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「で?」
十二月初めの、成英学園高等部屋上。はっきりしない曇った空と、駅の方角には高めのビル、反対側には平べったい住宅街が見える。乾いた風吹きすさぶ中、俺は二人の女子生徒の前で、一人正座させられていた。
目を上げると、そこには制服であるブレザーとチェックのスカートを履いた女子が二人。片方は肩までの黒髪を天まで逆立ててーーいや、そんなではないなーー、怒っていた。もう片方のふわふわの金髪は、さっきからずっとそっぽを向いている。
「なんでヤマトが、ハルちゃんと、夜道で一緒なわけ?」
感情の消えた声が、頭上から振ってくる。今まで、こんな得体の知れない翠の声は聞いた事が無い。こわいよう、ぐすん。
「それはまあ……、いろいろ事情があってだな……」
「私はヤマトの幼なじみだからね。ヤマトが可愛い可愛い彼女を作って、幸せに暮らしてくれる分には、何の問題も無いんだけどねえ」
「お前もしかして、起こってる?」
「ぜーんぜん。まあーったく、怒ってないよお」
ああ、こりゃ完全にキレてるな。正直俺がなにかをしたわけじゃ無いんだが、それは魔法使いの理屈には適わないみたいだ。
「まさか、ハルちゃんに手を出すなんて、思っても見なかったけどねえ」
ほれみろ。キレてるじゃないか。
昨日の夜、俺達は魔獣、もとい黒猫にやられながらも、どうにかして奴の身柄を拘束した。
で、俺が猫を抱えて、一件落着、と言う時に、新たな問題が生じたのだった。つまり、俺が魔獣を抱きながらハルと一緒にいる所を、みっちゃん、いや、翠に見られてしまったのだ。
魔法使いでもない一般人に姿を見られたってだけでも、相当取り乱しそうなはずだが、なぜか翠は至極冷静に、
「アシタ、ヒルヤスミ、オマエ、オクジョウ、クル」
と言い残し、俺の腕から黒猫を引ったくって、あろう事か地面へずぶずぶと沈んで行った。思わず翠を引き止めようと思ったが、ハル曰く、これは土の精霊の力を借りる魔女の魔法らしい。いやあ、何か大変な事が起きてるのかと思ったよ。だって、いきなり人が足から地面に沈んで行くんだもん。そりゃあ驚くさ。俺は驚きすぎて、思わず靴の裏確認しちゃったよ。靴底に穴が開いてるのを発見した。
ハルの話によると、あいつは小さい頃から家ぐるみでハルの家と仲良くしており、小さい頃から一歳上の姉貴分として、異常な程ハルを溺愛して来たらしい。だから、ハルに言いよる男子には、俺や竜二の知らない所で、「天誅」がくだされていたようだ。なんだかんだであいつとは十年くらいの付き合いになるが、俺はまだ真実のあいつを知らなかったのだ。怖い怖い。
もう一つ。魚肉ソーセージ三本パックから一本引き抜いて黒猫に与えたのだが、見事に母親にバレた。
「あんた、一本つまみ食いしたでしょ? 隠したって解るんだからねえぇ」
等とクレームをつけ、酔っぱらいはひとしきりぎゃーぎゃー騒ぐと、
「わたしの……、ギョニソ……」
と、急に落ち込んだ、ギョニソって、魚肉ソーセージの事かよ。
俺は将来、節操を持って酒を飲もうと、心に固く決めた。
つまり、翠の怒りは「俺が魔法使いの存在を知ってしまった事」「ハルに言いより、彼女にしようとした、と誤解された事」の二つにまとめられる。全く勝手な話だ。
「ところで、あの猫、お前が連れて行ったけど、どうなったんだ?」
「あの猫? ちゃんと飼い主に返したよ」
「ふうん。結局、飼い主って誰だったんだ?」
まったく、その飼い主のせいで、俺がどれだけビビったと思ってるんだ。もっと言えば、その飼い主がもっと注意していれば、俺は今、こんな固いコンクリの上で正座なんかせずに済んだのだ。是非一言でも良いから、文句を言いたい。
「カタリーナ・クラウゼヴィッツって言う、おばさん。組合の人に頼んで届けてもらった」
興味なさそうに、翠はそう吐き出した。俺の質問で少しは話をそらせるかと思ったけど、奴は魔獣の飼い主なんかに興味は無いみたいだった。困ったな。
「そのおばさん、外人さんなのか?」
「当たり前でしょ。どこを見たらこの国の名前になるのよ。
それより、あんたに関係ないでしょ」
ぴしゃり、と短い言葉を俺に叩き付ける。そして、今度は少し激しい調子の、真面目な説教が始まった。
「ヤマト、私はヤマトを心配してるの。魔法使いの存在を知ってしまったって事が、私も含めた魔法使いの人達に知られちゃったら、それはそのまま、ヤマトがヤマトのままでいられなくなるのと、同じ事なの。
でもヤマトは、ハルちゃんが魔法使いだって事も知ってた。当然、ハルちゃんから説明はあったと思うんだけど、それでもあんな時間まで一緒なんて、危ないよ。
だからね、ヤマト。もう悪い事は言わないから、ハルちゃんと一緒にいるのは止めて。で、私が魔法使いだったって事も見なかった事にして、元通りにしよ。ね?」
ハルも、そうやって融通を利かせてくれてればなあ。俺はぼんやりとそんな事を思いながら、心配そうな顔の幼なじみを見上げた。こいつもこいつなりに、俺の身を案じてくれているのだ。
だが、翠はまだ、ハルが魔法の樹を失った事を、知らない。これは、俺の大きな切り札であると同時に、大きな弱みでもある。
救いのまなざしを求めてじっとハルを見つめるが、冷たい事に、ハルはぷいっ、とどっか別の方を向いてしまった。ううーっ、冷たい。コンクリの冷たさが骨身に沁みるぜ。
そろそろ感覚のなくなって来たつま先をくいくいっ、と動かしながら、俺はぼんやりハルと翠を見ていた。
翠は、姉貴分としてそうとうハルを可愛がっていると言う。多分、ハルのピンチには、身を呈してハルを護るんじゃないか。
脅すみたいで申し訳ないけれど、仕方ないか。秘密を守り抜くには、二人は少なすぎる。
「おい、翠。ハルの事について話があるんだけどさ」
「なによ」
イライラしているのが丸わかりだ。自分が譲歩したのに、俺が返事をしないからだろう。俺はちょいちょい、と手招きをし、翠をしゃがませた。俺は翠の耳元でハルの秘密を話す。
ごにょごにょごにょ、っと……。




