15
俺が心の中で、そう気合いを入れた時だった。
しゅうぅ、と音が聞こえそうな程、光のドームが急激にしぼみ始めた。いかにも「エネルギーを溜め込んでまぁす!」と言う感じだった光の塊は、いまやさっき程の恐ろしさを感じさせなかった。
やがて、魔獣のシルエットが光の中に浮かび上がった。
「おい……、あれ……」
俺の呟きに、ハルも微かな声で答える。
魔獣、と言う言葉の響きに、俺は騙されていたのだ。
心のどこかで、ユニコーンとかウロボロスの龍とか、想像上の生き物みたいな形を思い浮かべ、そうであって欲しいと期待していたのだ。
早い話が、拍子抜けしたのだ。
シルエットがだんだんとくっきりとして来て、それと反比例する様に、魔獣を取り囲んでいた光が薄まって行く。
シルエットには、二つの尖った出っ張りと、おそらくしっぽであろう、長いにょろにょろが見えた。四つの足を持ち、まるっこい顔を持っている……。
光が完全に消えたとき、「魔獣」は、にゃあ、と鳴いた。
俺も、「まじかよ」と鳴いた。いや、呟いた。
「猫だったのかよ……」
「猫だったみたいね……」
傍らで、いつの間に俺の横に来たのか、ハルの声がする。
深くえぐれたアスファルトに、砕けたゴーレムの山。そして、全てと向き合う様に、一匹の黒猫が佇んでいる。
「お前、ずっと魔獣と向き合ってただろ。なんで猫だって気付かなかったんだよ」
「だってずっと光を出してたんだもん。こんな夜中に光に囲まれてるんだから、見えるはず無いじゃない」
なるほど。こいつは、逃げ出した魔獣がどんな物か、聞いていなかったらしい。
何気なくトレーナーのポケットに手を突っ込むと、くしゃり、と音がした。カサカサしたビニール袋の手触りだ。引っ張り出すと、魚肉ソーセージ三本パックが入っていた。
「ハル、一つ聞いておきたいんだけど」
「何?」
「魔獣ってさ、魔法の樹があるって事以外は、普通の動物なんだよな?」
「うん、そうだね」
未だに、ハルの声には張りが無かった。よっぽど気が抜けてしまったんだろう。
俺も炎天下の炭酸並みに抜けきった気を、どうにか奮い立たせて、魚肉ソーセージを剥いた。剥き難い包装に四苦八苦しながら、黒猫へと近付いて行く。
もともとあの酒飲みのエサになる物だったのだ。一本くらい猫のエサにしたって、何の問題も無いだろう。
猫に近付き、しゃがみ込む。剥けた魚肉ソーセージの先端を黒猫の鼻先に突き出して、ひょいひょいと振ってみる。
果たして、黒猫はかわいらしい肉球で魚肉ソーセージをつつき回し始めた。しばらくつつき回していると、さすがに飽きたのか、黒猫は魚肉ソーセージを齧り始めた。
「猫にとっちゃ、塩分多すぎだからな」
俺はそう黒猫に話し掛けると、黒猫を抱き上げた。さっきまで、あんなに荒れ狂っていた「魔獣」とは思えない程、あっさりと俺の腕に潜り込み、ガリガリと俺のトレーナーを引っ掻き始める。
そんな姿を見て、やっとハルは現実を直視したようだった。
「魔獣は魔獣でも、普通の猫ってことなのね」
「そうみたいだな。あ、こら。穴あくだろうが」
猫を叱りつける俺を見て、なぜかハルは、白い頬を緩ませながら、軽やかに笑った。
「ふふっ」
「なんだよ。なんかおかしいのか?」
「べ、別に。何でも無い」
わざとらしく咳なんかもして、ハルはぷいっ、とそっぽを向いてしまう。なんでもないって、なんだよ。人を見て笑うなんて、失礼にも程が……。
「ハルちゃん」
聞き覚えのある声が、真後ろで、した。ただ、今まで聞いて来た声よりも、数段低く、原へずっしりと響く声だ。
後ろを向こうと、首を回す。しかし、油を差し忘れた歯車の様に、どうしてかスムーズに曲がらない。
「どうしてヤマトと、一緒にいるの?」
眼球だけを動かして、隣のハルを見る。ハルもどうやら、首が歯車仕掛けになってしまったみたいだ。
「ヤマトも」
うう。こわいよう。かえりたいよう。
「何でハルちゃんと、一緒にいるの?」
ハル! 俺は心の中で呼びかける。
「みっちゃん」って、翠の事かよ!




