13
「うおっ」
そして亀裂は、もう俺のいるゴミ捨て場へと辿り着こうかと言う時に、ゆるゆると止まった。俺は小さく安堵の息を吐き、目を向こうへと戻す。
「裂けよ!」
みっちゃんの叫び声が、夜の冷たい空気を震わせた。と、同時に、固い固いアスファルトの舗装が、まるでカッターで切られたかの様に、両側へと裂け始めた。亀裂はみっちゃんの手前で二手に分かれ、みっちゃんだけを島みたいに残し、みっちゃんの後ろでもう一度合流していた。
同時に、ゴーレムのエメちゃんが、再び足を前へと運んだ。重そうな泥の足が地面に触れるたび、自分の体が持ち上がってしまうのではないか、と思う程の縦揺れが、俺を襲う。
しかし、魔獣も手強かった。ゴーレムとみっちゃんの影になって、俺からは未だに魔獣の姿が見えない。けれど、さっきからみっちゃんは地割れを起こしたりしているのに、一向に魔獣が地割れに落っこちた気配がない。
「エメちゃん! 泥の銃弾!」
「うあぁい」
みっちゃんの言葉に、地鳴りの様な声でゴーレムは返事をした。だらりと垂れ下がっていた両腕をゆっくりと持ち上げると、手のひらをアスファルトの道路へ向けた。
パチン! パチン!
ゴーレムの手のひらからは、名前の通りの、泥の銃弾が放たれていた。無数の泥の弾が、固められ、地面へ雨のごとく降り注いでいる。意外にも弾は固いらしく、アスファルトと弾はぶつかって、乾いた音を立てていた。
「これでおしまいなんだから! ひゃははははははァッ!!」
みっちゃんは邪悪な笑い声を上げた。俺はポリバケツの中で身をすくめた。いや、あの笑い方は絶対に悪役の笑い方だろ……。
でも、その笑いも長くは続かなかった。ゆっくりと進んでいたゴーレムの足が、地面へ縫い付けられたかの様に、止まった。地鳴りの様なうなり声も、地面が砕け散るんじゃないかと思えた縦揺れも、ぴたりと消えた。
夜の静けさが、再び訪れた、のだけれど。
「えっ?」
「ねえ、ちょっとまずいんじゃないの?」
心配そうに、ハルが尋ねる。あいつは今、魔法が使えない。そんな状態で魔獣と相対するのは、やっぱり相当不安な事なんだろう。
でも、俺のいる所からは、騒ぎが収まった様にしか見えない。
「しくじったか……」
みっちゃんは悔しげにそう吐き捨てると、何やらぶつぶつと呪文を唱え始めた。
「土よ、母なる大地の精霊よ……」
俺は、ゴミバケツの蓋を被って、ごくりと唾を飲み込んだ。急に訪れた静寂に、一言も声を発してはいけない気がした。何か少しでも音を立てたら、この危ない均衡が崩れてしまう。そう思った。
だから、俺は塩抜きをされているアサリの様に、微妙な高さでゴミバケツの蓋を開けていた。
「…………」
ぶつぶつと、呪文の詠唱が続く。しかし、その向こうでは、ここからでも解る程の光のドームが、見ているだけで恐ろしくなる早さで、膨らんでいた。音も無く、ただ己の姿を辺りへ誇示する様に、光はまき散らされた。
ハルはそれに気付いたみたいだった。ただ、今のあいつには何もできない。ただただ怯えた様に身を固めて、膨らんで行く光を見つめている。
突然、静寂が破られた。
「大地の槍よ! 我が敵、魔獣を射よ!」
みっちゃんの声が、空気を切り裂いた。同時に、亀裂から尖った物が、ゆっくりと飛び出した。ガリガリと地面を削りながら、やがてそれは全身を地上に現した。
まぎれも無い、槍だった。
土から作ったからだろう、光沢は無かったが、穂先は鋭い円錐形をし、柄も含めるとみっちゃんの身長とさほど変わりがなかった、
「はぁッ!」
一声気合いを入れ、みっちゃんは振りかぶる。ほれぼれする様な形の槍が、飛んで行く。
はずだった。
「キェェェェェっ!」
耳を聾するばかりの魔獣の声が、夜の街に響き渡った。歪み、掠れ、嗄れ、声が止んだ後も耳鳴りを残して行く様な声だった。




