↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスで一番嫌いだった女子と結婚した。――それは十年前の約束から始まった  作者: 雨宮 怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話 あの日、兄は俺を救った

兄の死は、本当に事故だったのか――。十年前に隠された真実が、少しずつ明らかになる。父が現場にいたこと、黒田が知る秘密、そして美緒との関係に隠された両親の思惑。すべてが繋がったその瞬間、蓮のもとに届いた一通のメールが、運命を大きく変えていく。そして、美緒から届いた最後の言葉とは――。

 黒田真司の言葉が、頭から離れなかった。


 ――兄は事故で死んだんじゃない。


 あれは、事故に見せかけられた。


「……そんなこと」


 美緒が震える声で呟いた。


「あり得ません」


 黒田は黙っていた。


「兄は、川であなたを助けて……」


「それは間違っていない」


 黒田が答える。


「悠真は確かに、お前を助けた」


「だったら……」


「問題は、その前だ」


 黒田は俺を見る。


「悠真は、あの日にあるものを見つけていた」


「あるもの?」


「あの川の近くに、不法投棄された薬品があった」


 俺と美緒は顔を見合わせた。


「薬品?」


「ああ」


 黒田は続けた。


「当時、川の周辺で工場の廃棄物が問題になっていた」


「……そんな話、聞いたことありません」


 美緒が言う。


「当然だ」


 黒田は苦笑した。


「全部、揉み消されたからな」


「誰に?」


「金のある連中に」


 俺は拳を握った。


「それと、悠真に何の関係が?」


「悠真は写真を撮っていた」


「写真?」


「証拠を残すためにな」


 黒田がポケットから古いメモリーカードを取り出した。


「これが、その証拠だ」




 俺たちは黒田の家へ向かった。


 古いアパートの一室。


 部屋の中には、十年前の新聞や資料が大量に積まれていた。


「これ、全部……」


 美緒が呟く。


「十年間集めた」


 黒田はパソコンを起動する。


「悠真が死んだあと、俺は一度逃げた」


「どうして?」


「怖かったからだ」


 黒田は淡々と言った。


「俺も、まだ子供だった」


 画面に古い写真が映る。


 川。


 ドラム缶。


 黒い液体。


 そして――


 その横に立つ数人の男。


「……」


 美緒の顔が青ざめる。


「これ……」


「そうだ」


 黒田が頷く。


「事故が起きた日の昼、悠真はこの場所を見つけた」


「そして、写真を撮った」


「そう」


「でも、その日の夕方――」


 黒田は画面を切り替えた。


 川岸の写真。


 俺と悠真が写っている。


「悠真は、俺たちに証拠を見せようとしていた」


「……」


「そのとき、誰かに見つかった」


「誰に?」


 黒田は答えなかった。


「それが分からない」


「……え?」


「俺が戻ったときには、悠真が川へ走っていった」


「俺を助けるために?」


「違う」


 黒田が首を振る。


「最初は、お前を助けるためじゃなかった」


 俺は息を呑んだ。


「じゃあ……」


「悠真は、証拠を取り戻そうとしたんだ」


 そして。


 黒田は一枚の写真を見せた。


 川岸。


 遠くに立つ男。


 その手には、何か黒い袋がある。


「この男が、証拠を持って逃げた」


「……」


「悠真は追いかけた」


 俺の頭の中で、断片的な記憶が蘇る。


 走る足音。


 怒鳴り声。


 水音。


 そして――


「……俺」


 俺は呟いた。


「俺も、そこにいた」


「そうだ」


 黒田が頷く。


「お前は、その男を追いかけていた」


「どうして?」


「分からない」


「……」


「ただ、お前が川へ落ちた」


 その瞬間。


 俺の記憶が一気に戻った。




 ――十年前。


「蓮!」


 悠真の声。


 俺は川岸で足を滑らせた。


「助けて!」


 水が口に入る。


 息ができない。


 身体が沈む。


「蓮!」


 悠真が飛び込んだ。


 俺の腕を掴む。


「大丈夫だ!」


 俺は泣いていた。


「お兄ちゃん……!」


 岸から美緒の声。


 その後ろには――


「黒田……?」


 幼い俺が呟く。


 黒田が何かを叫んでいる。


 そして。


 川岸にいた男が振り返った。


 その顔。


「……」


 俺は思い出した。


「知ってる……」


「誰だ?」


 黒田が聞く。


 俺は震える手で写真を指差した。


「この人……」


 写真の端。


 当時の工場関係者の一人。


「俺の父親だ」


 黒田の表情が変わった。


「……何?」


「この人」


 俺は写真を見つめる。


「俺の父親だ」




 空気が凍った。


 美緒が俺を見る。


「……蓮のお父さん?」


「ああ」


「どうして……」


 俺は何も言えなかった。


 俺自身も知らなかった。


 父があの日、そこにいたこと。


 そして。


 その後、何も話さなかったこと。


「じゃあ……」


 美緒の声が震える。


「あなたのお父さんが兄を……?」


「待て」


 黒田が遮る。


「それはまだ分からない」


「でも――」


「写真だけじゃ証拠にならない」


 黒田は冷静だった。


「俺たちが必要なのは、当時の記録だ」


「……」


「ただ」


 黒田が俺を見る。


「一つだけ確かなことがある」


「何?」


「お前の父親は、事故のあと姿を消した」


「……」


「会社を辞めて、そのまま海外へ行った」


 俺は唇を噛んだ。


「そんなの……聞いてない」


「家族から聞いてないのか?」


「ああ」


 美緒が俺の手を握った。


 俺は驚いて彼女を見る。


「……大丈夫です」


「大丈夫じゃない」


「それでも」


 美緒は手を離さなかった。


「私はここにいます」


 その言葉が。


 今の俺には何よりもありがたかった。




 翌日。


 俺たちはそれぞれの両親に話をした。


「十年前の事故について知りたい」


 父は黙っていた。


 母も何も言わない。


「どうして黙っていた?」


「……」


「父さん」


 長い沈黙。


 やがて父が口を開いた。


「……あの日」


 父の声は低かった。


「私は現場にいた」


 美緒が息を呑む。


「そして、悠真くんが君を助けるところを見た」


「じゃあ、どうして……」


「怖かったんだ」


 父は俯いた。


「会社が関わっていた」


「……」


「だが、私が直接命令したわけではない」


「じゃあ誰が?」


「当時の社長だ」


 父は苦しそうに続ける。


「悠真くんが証拠を持っていると知り、会社はそれを回収しようとした」


「……」


「私は止めようとした」


「でも、できなかった」


 俺は拳を握る。


「じゃあ、兄貴は……」


「事故ではない」


 父が言った。


「だが、殺したわけでもない」


「……どういう意味だよ」


「悠真くんは、誰かに追われて川へ入った」


「誰に?」


 父は首を振った。


「私は見ていない」


 俺は父を睨んだ。


「だったら、なんで俺たちは結婚することになった?」


 父と母が顔を見合わせる。


「それは……」


「俺と美緒の結婚は、兄貴の死を埋め合わせるためか?」


「違う」


 美緒の父が初めて口を開いた。


「最初はそうだった」


「……」


「だが、十年も経てば、それだけではない」


 彼は美緒を見る。


「お前たちが互いに支え合えると思った」


「だから勝手に決めたの?」


 美緒の声が震える。


「私たちの気持ちは?」


「……」


「私が蓮を嫌うようにしていたのも、全部知っていたんですか?」


 誰も答えない。


 美緒は笑った。


 でも。


 泣いていた。


「……最低です」


 その一言だけだった。




 帰り道。


 俺と美緒は無言で歩いていた。


「……」


「……」


 しばらくして。


「美緒」


「はい」


「結婚」


「……」


「俺たち、やめよう」


 美緒が立ち止まった。


「……え?」


「両親に決められた結婚なんて、俺は嫌だ」


「……」


「お前もそうだろ?」


 美緒は黙っている。


「だから」


 俺は続けた。


「全部、白紙にしよう」


 美緒の目から涙が落ちた。


「……はい」


「それでいい」


「……はい」


 なのに。


 なぜか胸が苦しかった。


 美緒も泣いていた。


 俺も、何も言えなかった。


 これでいい。


 これが正しい。


 俺たちは、家族に決められた関係だった。


 だから。


 終わらせるべきなんだ。


「……蓮」


「ん?」


「一つだけ」


「何?」


「最後に」


 美緒が笑った。


「一度だけ、私からわがままを言ってもいいですか?」


「……ああ」


「今日だけ」


 美緒は俺の手を握った。


「このままでいさせてください」


 俺は何も言わなかった。


 ただ。


 その手を握り返した。


 ――これが最後。


 そう思った。


 でも。


 その夜。


 俺のスマートフォンに、一通のメールが届いた。


 差出人は――


 父親の名前。


 件名は。


 『十年前の事故について、本当に伝えるべきこと』


 本文には、一行だけ書かれていた。


 ――悠真くんを追って川へ入った人物を、私は知っている。


 俺は画面を見つめた。


 そして。


 その名前を見た瞬間。


「……嘘だろ」


 そこに書かれていた人物は――


 黒田真司だった。


 俺はすぐに美緒へ電話をかけた。


 しかし。


 繋がらない。


 もう一度。


 もう一度。


「出ろよ……美緒」


 そのとき。


 スマートフォンに、美緒から一通のメッセージが届いた。


 たった一言。


 『蓮、逃げて』


 そして。


 そのメッセージを最後に。


 美緒のスマートフォンは、電源が切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。