↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスで一番嫌いだった女子と結婚した。――それは十年前の約束から始まった  作者: 綾小路如月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

最終話 嫌いだったはずの君と

十年前の悲劇に隠された真実が、ついに明らかになる。家族に決められた婚約も、兄への憎しみも、すべてを乗り越えた蓮と美緒。もう誰かに決められた未来はいらない。嫌いだったはずの二人が、自分たちの意志で選ぶ未来とは――。そして、二人が辿り着いた本当の答えとは――。

 ――『蓮、逃げて』


 美緒から届いた、最後のメッセージ。


 それを見た瞬間。


 俺は家を飛び出していた。


「美緒……!」


 電話をかける。


 繋がらない。


 何度かけても。


 何度かけても。


 返事はなかった。


「くそ……!」


 俺は走った。


 向かったのは、あの神社だった。


 十年前の事故のあと、美緒が兄のことを思い出すために何度も訪れていた場所。


 そして――


 黒田真司と初めて会った場所でもある。


 境内には誰もいない。


「……美緒?」


 返事はない。


 そのとき。


「来たか」


 背後から声がした。


 振り返る。


 黒田だった。


「美緒はどこだ!」


「落ち着け」


「ふざけるな!」


 俺は黒田の胸ぐらを掴んだ。


「お前が美緒に何をした!」


「何もしていない」


「じゃあ、どこにいる!」


「……十年前の川だ」


「……!」


「佐伯は、一人で真実を確認しに行った」


 俺は黒田を突き放した。


「何で止めなかった!」


「止めても行っただろう」


「……」


「お前と同じだ」


 黒田はため息をついた。


「俺たちは十年前から、ずっと逃げてきた」


「何から?」


「真実からだ」




 川へ向かう。


 夜の川は、あの日と同じように暗かった。


 街灯の下。


 美緒が立っていた。


「……美緒!」


 彼女が振り返る。


「蓮……」


 無事だった。


 それだけで、胸の力が抜けた。


「何してるんだ!」


「ごめんなさい」


「心配したんだぞ!」


「……はい」


「電話くらい出ろ!」


「……すみません」


 美緒は俯いた。


「でも、ここに来なければいけないと思ったんです」


「一人で?」


「……はい」


「馬鹿!」


 思わず叫んだ。


 美緒が驚く。


「……ごめんなさい」


「謝るなよ……」


 俺は息を整えた。


「お前までいなくなったら、俺はどうすればいいんだよ」


「……」


 美緒の目に涙が浮かぶ。


「蓮……」


「俺はもう、誰かを失うのは嫌なんだ」


 美緒は何も言わなかった。


 ただ。


 ゆっくり俺の手を握った。


「……私もです」




 黒田が後ろから歩いてきた。


「全部話す」


「……」


 俺と美緒が黒田を見る。


「十年前」


 黒田は川を見つめた。


「俺は悠真と一緒に、工場の不法投棄を調べていた」


「……」


「証拠を集めていた」


「それを会社に知られた」


「そうだ」


 黒田は頷く。


「俺は怖くなった」


「だから逃げた?」


「ああ」


「じゃあ、兄は?」


「悠真は逃げなかった」


 黒田の声が震える。


「俺が『やめろ』と言っても、証拠を警察へ持っていこうとした」


「……」


「その途中で、お前と会った」


 黒田が俺を見る。


「そして、お前が川へ落ちた」


 俺は目を閉じる。


 記憶が蘇る。


 悠真。


 川。


 俺の手。


「悠真は迷わなかった」


 黒田が言う。


「証拠を捨てて、お前を助けた」


「……」


「その後、俺は通報した」


「じゃあ、どうして姿を消した?」


「会社の人間に脅された」


 黒田は拳を握る。


「証拠を渡せば、悠真の死を事故として処理する」


「……」


「そして、俺にも罪を着せると言われた」


「だから十年間?」


「ああ」


 黒田は俺を見る。


「だが、全部俺の弱さだった」


 美緒が静かに言った。


「……でも、兄はあなたを恨んでいないと思います」


「……」


「兄なら、きっと」


 美緒は少し笑った。


「『生きててよかった』って言うと思います」


 黒田の目から、一滴の涙が落ちた。


「……そうかもな」




 その後。


 黒田が持っていた証拠と、父が保管していた記録によって、十年前の事件は正式に再調査されることになった。


 すべてが一度に解決したわけではない。


 会社の責任。


 隠蔽。


 当時の大人たちの判断。


 たくさんの問題が残っていた。


 でも。


 少なくとも。


 悠真の死を「ただの事故」として終わらせることはなくなった。


 そして俺の父も。


 美緒の両親も。


 俺たちに謝った。


 初めて。


 誰かに決められた未来ではなく。


 俺たち自身の未来を選んでいいと言ってくれた。




 それから一か月。


 俺たちは、いつも通り学校へ通っていた。


「おはようございます」


「おはよう、美緒」


「……」


 美緒が一瞬、固まる。


「どうしました?」


「いや」


「何ですか?」


「名前で呼ぶの、まだ慣れないなと思って」


「……私もです」


 美緒が少しだけ笑った。


 以前なら。


 学校では絶対に名前で呼ばなかった。


 でも今は違う。


 俺たちはもう。


 「家同士が決めた婚約者」ではない。


 「偽装カップル」でもない。


 ただ。


 お互いを知っている二人だった。




 放課後。


 俺たちは屋上にいた。


 夕日が校舎を赤く染めている。


「……ねえ、蓮」


「ん?」


「聞いてもいいですか?」


「何?」


「どうして、あの日」


「?」


「私と結婚するのをやめようって言ったあと……私の手を握ったんですか?」


「……」


 俺は黙った。


「忘れました」


「嘘ですね」


「……」


 美緒が笑う。


「教えてください」


「……あのときは」


 俺は空を見る。


「家族に決められた結婚は嫌だった」


「はい」


「でも」


 美緒を見る。


「お前と離れるのも嫌だった」


「……」


「だから、分からなくなった」


 美緒の頬が赤くなる。


「それって……」


「たぶん」


 俺は苦笑した。


「その頃から、もう答えは決まってたんだと思う」


「……」


「俺は、お前のことが好きだったんだ」


 美緒が固まる。


「……ずるいです」


「何が?」


「そんな顔で言うなんて」


「どんな顔だよ」


「……嬉しそうな顔です」


「実際、嬉しいからな」


 美緒は俯いた。


「……私も」


「ん?」


「私も、好きです」


 小さな声。


「最初は大嫌いでした」


「俺も」


「あなたを見るだけで、兄を思い出したから」


「うん」


「でも」


 美緒が俺を見る。


「いつの間にか、兄ではなく……あなたを見るようになりました」


「……」


「あなたが笑っていると嬉しい」


「……」


「あなたが誰かと楽しそうに話していると、少し嫌です」


「それ、嫉妬?」


「……はい」


 美緒は恥ずかしそうに頷いた。


「だから」


 彼女が手を差し出す。


「もう一度、聞いてもらえますか?」


「何を?」


「今度は、誰にも決められていない状態で」


 俺はその手を握った。


「佐伯美緒」


「はい」


「俺と結婚してくれますか?」


 美緒の目に涙が浮かぶ。


「……はい」


 一度だけ。


 小さく頷く。


「でも」


「ん?」


「一つ条件があります」


「またかよ」


「今度は、あなたも家事をしてください」


「……」


「料理も半分」


「え?」


「掃除も」


「……」


「洗濯も」


「ちょっと待て」


 美緒が笑う。


「嫌ですか?」


「いや」


 俺も笑った。


「それくらいなら、いくらでも」


「……本当に?」


「ああ」


「じゃあ、約束です」


 俺たちは手を繋いだ。


 夕日の向こうに、ゆっくり夜が近づいてくる。



 数か月後。


 俺たちは、もう一度両親の前に立っていた。


 今度は。


 誰かに決められた結婚ではない。


 俺たち自身が決めた未来だ。


「蓮」


「ん?」


「少し緊張しています」


「俺も」


「……昔なら、こんな日が来るなんて思いませんでした」


「俺だって」


「だって」


 美緒が笑う。


「最初は、あなたのことが世界で一番嫌いでしたから」


「俺も、お前が世界で一番苦手だった」


「『嫌い』じゃないんですか?」


「今は違うから」


「……」


 美緒が少しだけ顔を赤くする。


「では、今は?」


 俺は彼女の手を握る。


「世界で一番、大切な人」


「……ずるいです」


「何が?」


「そんなこと言われたら、もっと好きになってしまいます」


「もう十分だろ」


「まだです」


「まだ?」


「これからもっと好きになります」


「……」


 俺は笑った。


「じゃあ、俺も負けない」


 美緒も笑った。


 そして。


 俺たちは歩き出した。


 十年前。


 俺は川で命を救われた。


 その日から、美緒は俺を守ろうとしてくれた。


 でも。


 俺たちが本当に出会ったのは。


 もっとずっと後だったのかもしれない。


 最初は。


 嫌いだった。


 顔を見るだけで腹が立った。


 話せば喧嘩になった。


 同じ家で暮らすなんて、絶対に無理だと思った。


 なのに。


 料理を失敗する姿を見て。


 眠そうな顔を見て。


 泣いているところを見て。


 誰にも見せない笑顔を知って。


 少しずつ。


 少しずつ。


 俺の中の「嫌い」は消えていった。


 そして。


 気づいたときには。


 その場所に、一人の女の子がいた。


 俺が守りたいと思える人。


 俺の隣にいてほしいと思える人。


 俺自身が選んだ人。


 ――佐伯美緒。


 俺たちは今日。


 もう一度、結婚することを決めた。


 今度こそ。


 誰にも決められていない。


 誰かへの罪悪感でもない。


 十年前の約束でもない。


 ただ。


 俺が彼女を好きだから。


 彼女が俺を好きだから。


 それだけでいい。


 だから。


 もし誰かに聞かれたら。


 俺はこう答える。


 ――「クラスで一番嫌いだった女子と結婚した」。


 でも。


 その言葉には、もう一つ続きがある。


 「そして今は、世界で一番大切な人になった」。


 これが。


 俺と美緒の。


 少し遠回りな恋の始まりであり――


 俺たちが自分自身で選んだ、


 最初の物語だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。