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クラスで一番嫌いだった女子と結婚した。――それは十年前の約束から始まった  作者: 雨宮 怜


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第5話 俺たち、付き合ってることになりまし

「付き合っている」と噂されるようになった蓮と美緒。二人は周囲の目をかわすため、三か月限定の偽装カップルになる。ところが、次第に芽生える嫉妬や戸惑い、そして美緒が隠している「好きな人」の存在が、二人の関係を少しずつ変えていく――。

人生には、どうしてこうなったのか理解できない瞬間がある。


 俺にとって、その日は金曜日だった。


「……もう一回言ってくれ」


 俺は教室の後ろで固まっていた。


 目の前には、美緒。


 そして、その横にはクラスメイトの高橋と女子数人。


「だから」


 高橋がニヤニヤしながら言う。


「お前ら、付き合ってるんだろ?」


「違う」


「即答かよ」


「違うものは違う」


 美緒も頷く。


「そうです。私たちは付き合っていません」


「でもさぁ」


 女子の一人が言った。


「最近、二人で帰ってるところ見たよ?」


「……」


「佐伯さん、如月のネクタイ直してたよね?」


「……」


「この前なんて、二人で同じ傘に入ってたじゃん」


「……!」


 美緒の顔が赤くなる。


 まずい。


 誰かに見られていたらしい。


「それに」


 高橋が追い打ちをかける。


「昨日の放課後、二人とも同じタイミングでいなくなっただろ」


「偶然だ」


「へえ」


「本当に偶然だ」


「じゃあ聞くけど」


 高橋が美緒を見る。


「佐伯さん。如月のこと、好き?」


「……」


 美緒が黙った。


 俺も黙る。


 教室の空気が一瞬で変わった。


 美緒がゆっくり口を開く。


「……好きではありません」


「おお!」


「……」


 俺はなぜか胸の奥が少しだけ痛んだ。


 意味が分からない。


 別に、こいつに好きだと言われたいわけじゃない。


 俺だって美緒のことを好きじゃない。


 なのに。


 どうして、こんな気持ちになるんだ?


「じゃあ、付き合ってないんだな?」


「はい」


 美緒は答えた。


 その瞬間。


 教室の後ろから、男子の一人が言った。


「じゃあ、俺、佐伯さんに告白してもいい?」


「……え?」


 俺の口から、思わず声が漏れた。




 放課後。


 俺は一人で廊下を歩いていた。


 なぜか、さっきの言葉が頭から離れない。


 ――俺、佐伯さんに告白してもいい?


 別に、いいだろ。


 俺には関係ない。


 美緒が誰と付き合おうが。


 誰と帰ろうが。


 誰と結婚しようが。


 ……結婚?


「いや、まだ決まってないだろ」


 俺は自分に言い聞かせた。


 すると。


「如月くん」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 美緒が立っていた。


「何?」


「少し話があります」


「何だ?」


「……今日のことです」


「ああ」


 俺は壁にもたれた。


「告白されるんだってな」


「……はい」


「よかったじゃん」


「……」


「人気者だな」


「……嬉しくないです」


「え?」


 美緒は俺を見た。


「私は、好きでもない人と付き合うつもりはありません」


「……そうか」


 なぜか安心した。


 そして、そのことに自分で驚いた。


「それで?」


「もし、また誰かに聞かれたら」


 美緒が少し迷ってから言った。


「私たち、付き合っていることにしませんか?」


「……は?」


「偽装です」


「なんで?」


「今のままだと、毎日のように聞かれます」


「それは確かに……」


「それに、私に告白しようとしている人にも、断りやすくなります」


「なるほど」


 俺は考えた。


 確かに合理的だ。


 俺と美緒が付き合っていることになれば、面倒な質問も減る。


「でも、なんで俺なんだ?」


「……」


 美緒が黙る。


「他の男子でもいいだろ」


「……あなたが一番、都合がいいからです」


「それ、ちょっと傷つくな」


「すみません」


 美緒は少し笑った。


「それに――」


「ん?」


「あなたなら、変な期待をしないと思ったので」


「……それはどういう意味だよ」


「そのままの意味です」


「失礼だな」


「お互い様です」


 俺はため息をついた。


「分かった」


「本当ですか?」


「ああ。三か月限定の偽装カップルだ」


「ありがとうございます」


 美緒が笑う。


 その笑顔を見て――


 俺は思った。


 ……まただ。


 最近、こいつの笑顔を見ると、少しだけ嬉しくなる。




 翌朝。


 教室に入った瞬間。


「おい! 如月!」


 高橋が飛んできた。


「何だよ」


「聞いたぞ!」


「何を?」


「佐伯さんと付き合ってるって!」


「……」


 昨日の話がもう広まっている。


 俺は美緒を見る。


 美緒は俺を見る。


 そして――


「はい」


「「え?」」


 クラス中が静かになった。


 美緒は平然と答えた。


「私たち、付き合っています」


「……!」


 俺は思わず固まった。


 事前に打ち合わせはしていた。


 でも。


 実際に聞くと、妙に恥ずかしい。


「マジかよ!」


「いつから!?」


「どっちから告白したの!?」


「どこまで進んでるの!?」


「一緒に帰ったりする!?」


 質問が一気に飛んでくる。


「落ち着いてください」


 美緒が両手を上げる。


「付き合い始めたのは最近です」


「如月から告白したの?」


「……」


 美緒が俺を見る。


 俺は頷いた。


「俺から」


「うおおお!」


「マジか!」


「意外すぎる!」


「じゃあ、佐伯さんのどこが好きなんだよ!」


「……」


 俺は考える。


 どこが好き?


 そんなの、分からない。


 適当に答えればいい。


 そう思った。


 でも。


 口から出てきた言葉は、予想外だった。


「……料理がうまいところ」


「そこ!?」


 教室が爆笑に包まれる。


 美緒の顔が真っ赤になる。


「如月くん……!」


「悪い!」


「もっと他にあるでしょう!」


「急に聞かれたから!」


「……」


 美緒は恥ずかしそうに俯いた。


 そして小さな声で。


「……でも、嬉しいです」


「え?」


「何でもありません」


* * *


 それから一週間。


 俺たちは「偽装カップル」として学校生活を送ることになった。


 問題は――


 思っていた以上に大変だったことだ。


「如月くん」


「何?」


「手を」


「……は?」


「カップルなら、手くらい繋ぐでしょう」


「いや、必要か?」


「疑われます」


「……」


 俺は手を差し出す。


 美緒がそっと握る。


「……」


「……」


 心臓がうるさい。


 ただ手を繋いでいるだけなのに。


「……熱いですね」


「お前もだろ」


「私は普通です」


「いや、絶対緊張してるだろ」


「してません」


「顔赤いぞ」


「如月くんもです」


「……」


 何も言えなくなった。


 そのまま校舎を歩く。


 周囲から視線が集まる。


「見られてるな」


「仕方ありません」


「これ、本当に必要だったのか?」


「必要です」


 美緒は俺の手を離さない。


 ……いつまで握ってるんだ?


 そう思ったけれど。


 俺も、離さなかった。




 昼休み。


 俺が教室で弁当を食べていると、例の男子が美緒のところへ向かった。


「佐伯さん」


「はい?」


「……少し話したいんだけど」


「はい」


 男子が美緒を連れて教室の外へ出ていく。


「……」


 俺は弁当を食べ続ける。


 気にするな。


 ただの告白だ。


 美緒には俺という彼氏がいる。


 だから断る。


 それだけだ。


「……」


 なのに。


 なぜか気になる。


 十分。


 二十分。


 なかなか戻ってこない。


「……長くないか?」


 俺は箸を置いた。


 別に心配しているわけじゃない。


 ただ――


 そう。


 ただの確認だ。


 俺は教室を出た。


 廊下の先。


 美緒と男子が話している。


 俺は壁の陰に隠れた。


「……本当に好きなんです」


 男子の声。


「すみません」


「如月のことが好きなんですか?」


「……」


 美緒が黙る。


「……はい」


 胸が、ドクンと鳴った。


 その瞬間。


「――え?」


 俺は思わず声を出しそうになった。


 だが。


 美緒が続けた。


「でも……」


「?」


「私たちは、本当の意味では付き合っていません」


 俺は固まった。


「え?」


「今は……そういうことになっているだけです」


 男子が驚く。


「じゃあ、まだ可能性は――」


「ありません」


 美緒ははっきり言った。


「私は……誰とも付き合うつもりはありません」


「どうして?」


「……好きな人がいるからです」


 俺の心臓が止まりそうになった。


「誰ですか?」


「……」


 美緒は答えなかった。


 男子が去っていく。


 美緒が一人になった。


 俺は姿を現す。


「……佐伯」


「……!」


 美緒が振り返った。


「いつからそこに?」


「今来た」


「……嘘ですね」


「……まあ」


 美緒がため息をつく。


「聞きました?」


「ああ」


「……そうですか」


「好きな人、いるんだな」


「はい」


「誰?」


「教えません」


「俺には言えよ。偽装彼氏だろ?」


「……」


 美緒が俺を見る。


 その目が、少しだけ悲しそうだった。


「……あなたには、一番言えません」


「なんで?」


「言ったら――」


 美緒は言葉を止めた。


「……何でもありません」


 そして歩き出す。


「待てよ」


「何ですか?」


「その好きな人って……」


 俺はそこで言葉に詰まった。


 なぜ聞きたいのか、自分でも分からない。


「……俺の知ってる奴?」


 美緒は少しだけ笑った。


「ええ」


「誰?」


「秘密です」


 そう言って、美緒は先に歩いていった。


 俺はその背中を見つめる。


 胸の奥が、妙にざわついていた。


 ――その日の帰り道。


 俺たちはいつものように、少し離れて歩いていた。


「なあ」


「はい?」


「今日のことなんだけど」


「何でしょう?」


「お前が好きな奴って――」


「まだ気にしているんですか?」


「いや、別に」


「……」


 美緒は少し笑った。


「では、質問です」


「何?」


「もし、私に好きな人がいたら――」


 美緒が立ち止まる。


「あなたは、どう思いますか?」


「……」


 俺は答えられなかった。


 どう思う?


 普通なら。


 友達なら。


 よかったな、と言うところだ。


 でも。


 俺は――


「……嫌だ」


 気づいたときには、口にしていた。


 美緒の目が大きく開く。


「……え?」


「……いや」


 俺は慌てて言い直す。


「偽装彼氏としての立場的にだ」


「……そうですか」


 美緒は俯いた。


 そして。


 小さく笑った。


「それなら……よかったです」


「何が?」


「……何でもありません」


 彼女はまた歩き始めた。


 俺もその隣を歩く。


 いつもより少しだけ近い距離で。


 けれど。


 俺はまだ気づいていなかった。


 あのとき感じた「嫌だ」という気持ちが。


 ただの偽装カップルとしての演技ではなかったことを。


 そして美緒も。


 俺に見えないように、そっと胸元を押さえていた。


 ――お願い。


 これ以上、優しくしないで。


 これ以上、私を期待させないで。


 だって。


 もし蓮が本当に私を好きになったら――


 私は、もう彼から離れられなくなるから。

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