八話-お守り
【 31日目 】
ヒーローな彼の戦いのスタイルはいたってシンプルだ。
物を動かす超能力ひとつで戦っている。
足元のⅤ字のボードを浮かせて飛ばすのも、自分の体を空中で回転させるのも、手から衝撃波を撃つのも、全て念動力だ。
ある種、力業である。
「でもさ、助けにいけるところって限られてるんだよね。
さすがに500キロメートル離れたところに飛んで行くのは時間かかっちゃうから。」
今日も時空外来種との戦いを終えた彼が、そう話しながら学校の校庭へ滑り降りてきた。
「時空外来種が使ってる移動手段を使えたら楽だよなぁ。
○○県に出た怪獣型の時空外来種が、時空の歪みに消えたと思ったら、5分後に△△県に現れたっていう記録もあるし。」
友人Aがボードを受け取りながら言う。
僕はウンウンと頷きながら、気になっていたことを聞く。
「で、その子供はどこの子?」
ヒーローな彼に片手で抱きかかえられている10歳くらいの子供がいた。
◇◇◇
この世界に来て1ヶ月が経ち、選択肢ウィンドウの無い生活にも慣れてきた。
というより、あらゆる選択肢しかない状況が多くて、選び取る感覚そのものが麻痺してきている気がする。
「迷子?」
「そう。時空外来種を倒したあとに周りの安全確認をしてたら、1人でいて。
帰り道が分からないらしいんだけど……。」
作戦会議という名のもと、いつも通り僕の部屋へ。
僕の部屋は8畳くらいで、3人で集まるには十分な広さだったのだが、ここ最近はなんだか狭さを感じる。
「あれから妖精類も7匹に増えて、迷子にも懐かれるなんてな。モテ期来たんじゃね?」
友人Aの言葉に、それだよな、と思う。
妖精類7匹が僕の周りを囲み、僕の腕は迷子の子供にがっしりとホールドされている。
そりゃ狭いわけだ。
3匹目の妖精類がついてきたあの日からまた徐々に増えていき、この1ヶ月で7匹になっていた。
絵面があまりにも"妖精類御一行様"状態だ。
脇役だったはずの友人Bの僕よ、どういうことなんだ。
ほぼ常に妖精類7匹に囲まれ、とても脇役とは名乗れないエフェクトがかかっている。
しかも、先ほど校庭に降り立ったヒーローな彼に抱きかかえられていた子供は、僕を見るなり駆け寄って、僕の腕にヒシっとしがみついたのだ。
「モテたがってたから嬉しいよなぁ?」
「ハーレム欲しいって言ってたもんね。」
「妖精類と子供にモテて喜ぶのは、教育番組の歌のお兄さんお姉さんくらいだろ。」
この体の持ち主である友人Bの思わぬ情報に、僕は何とも言えない笑いをするしかなかった。
僕の元いた世界は、ゲームの世界だった。この体に入った初日に知った。
恋愛シミュレーションゲームで、冴えない主人公がなぜかモテるハーレム型のゲームだ。
彼はおそらく僕と入れ替わり、僕の元いた世界で暮らしているのだろう。
選択肢ウィンドウに支配された世界で暮らすのは不便でつらかろうとずっと心配していたが、彼がハーレムを欲しがっていたというなら、存分に楽しんでくれという気持ちになった。
「で、迷子なら交番にいくべきなんじゃないの。」
腕にしがみつく迷子の子供を見る。
シュンとして、俯いている。
かっこいい女の子にも見えるし、かわいらしい男の子にも見える容姿だ。
「そう思ったんだけどさ。この子、ちょっと人間じゃない気がして……。」
「え?」
「は?」
僕と友人Aが揃って声を上げる。
腕にしがみつく手の感触にゾワっとしたが、気を落としている様子を見ると可哀想な迷子そのものだったので、仕方がないと諦めた。
「なんで人間じゃないって?」
「"ゲート"から来たって言うんだ。それが消えたから帰れないって。」
僕らは顔を見合わせて、たぶん同じことを考えた。
"ゲート"とは、時空の歪みのことじゃないだろうか。
友人Aが携帯端末の録音アプリを起動させて、僕らのちょうど真ん中に置いた。
「優しく聞いてね。」と、ヒーローな彼が横から肘で小突いたが、友人Aの耳に届いたかどうかはわからない。
理科実験室で動物の剥製を見上げていた時と同じ、楽しげな表情をしていた。
「君、帰り道分からないの?」
「フレア、終わっちゃった。ゲート、消えた。」
「フレア……。
ゲートって、どんなの?」
「あっちとこっち、繋がってる。」
「それって、空にできるやつ?」
「うん。大きいと、空。穴空く。
小さいの、空じゃない。
色んなとこ、門。」
「まじか。」
これまで、台風の目や天使の梯子など、空に特徴的な現象が見られるときに出現すると思われていた時空の歪み。
空ではなくとも、時空の歪みはあったらしい。
どうりで、まっさらな青空のときにも時空外来種が現れていたわけだ。
「ゲートから来る、怪獣みたいな生き物のこと、なにか知ってる?」
「仲間。人間じゃない。」
「……となると、君も時空外来種なんだな。」
「じくうがいらいしゅ?」
僕は静かに息が止まった。
薄々、思ってはいた……。
この子は人型の時空外来種のようだ。
とはいえ、腕を振り払うことはできず、僕は体を硬直させるしかなかった。
「うん。君はゲートから来て何をしてたの?」
「散歩。内緒だから……。
帰れない、怒られる……。」
「内緒で来たんだ。宇宙から来たの?」
「宇宙違う。遠くの先、未来。」
時空外来種は宇宙から来ているという説が世の中に広まりつつあったが、違うらしい。
未来から来た異生物――。
宇宙から来たと言われるよりも、よっぽど非現実な話に思えた。
でも、ゲームの世界から飛んで来た僕がいるのだから、未来から異生物が来ることもそりゃあるよなという感じもする。
「人間、違うよ。ここ。」
迷子の子供は自分の顔の横を両手で指差した。
よく見ると、耳のすぐ下から顎角の後ろに、大きな裂け目のようなものがある。
「そこ、痛くないの? なんだろう?」
「水、入ったら使う。痛くない。」
「なんだろう。息するとこ? 魚のエラみたいな?」
「うん。」
警戒心もなく教えてくれる迷子の子供。
あれこれ知りたい反面、これって時空外来種側からすると、わりと痛い情報漏洩ではないだろうか。
この子の身の安全を思うと少しヒヤヒヤもした。
時空外来種の子は、ヒーローな彼と友人Aを見て首を傾げた。
「そっち、人間?」
今更な質問だった。
この子のように、これほど人間に似ている生き物がそんなに存在していたら怖いのだが。
とはいえ、僕もゲームの中の存在だった。
人間という設定を与えられた意思生命体だとして、堂々と人間を名乗っていいのかは、いくらか不安はある……。
「人間だよ。」
友人Aが答えると、時空外来種の子は傾げた首を今度は逆方向にコテンと動かし、「そっか。怖くない。ね。」と僕を見た。
最初から人間だと思い込まないところにこの子の賢さを感じたが、大人に内緒で時空の歪みから過去へ散歩するなんていう危険な遊びをしてしまうのは、人間の小学生男子とそう変わらないようにも思えた。
「人間は怖い?」
「人間怖い、未来は。たくさん奪う……。」
僕らは再び顔を見合わせた。
この時空外来種との戦いが未来まで続いているのだろうか。
そもそも、未来から彼らが来ることが無ければ、この戦いは生まれていないのだけれど。
「君の仲間は、未来から来て、人間をやっつけようとしてるの?」
「うん。悪い人間、いる。探してる。
あなたたち、悪くない人間。」
時空外来種の子は、そこでようやく僕の腕から手を離した。
未来ではなく過去に悪い人間がいるとは、どういうことなのだろう。
「ボク、キミの仲間を倒しちゃったよ?
ボクは悪い人間じゃないの?」
ヒーローな彼が心配そうに言うと、時空外来種の子は目を閉じ、胸に手を当てた。
「"我々は大きな一つ、我々は小さな全て"。
大丈夫。怒ってない、みんな。
考えてるの、分からない。
でも、感じてるの、分かる。
怒ってない、あなたに。」
時空外来種らしさ、未来生物らしさとでも言うべきか。
意思の共有まではいかずとも、感情のおおまかな共有ができるのか。
この子供を通して、ちょっとした畏怖の念すら感じた。
「その"悪い人間"って、君たちに何をしたの?」
「うーん……子供知らない、大人知ってる。」
「そこまでは分かんないか。しゃあない。
よし、いったん終わり。」
録音を止めて、友人Aはポケットに携帯端末をしまった。
「しかし色々と、すげーな。
時空の歪みとフレアね。太陽フレアのことか。
磁場エネルギーか何かを利用してんのか?
時空外来種は好きな時に時空の歪みを生み出して行き来してるってわけじゃないみたいだな。
これまでの出現場所をもっかい調べ直してぇな。」
目を鋭く輝かせる友人A。
考えていることがそのまま滔々と言葉となって出て回転しているといった具合で、まるで水車でも見ているかのような気分になった。
「それでつまり、これまで襲撃を受けたところが、その"悪い人間"のいそうなところってことだよな。
襲撃されてるのは主に研究施設とか、新興宗教の施設なんだよ。次に製薬会社、食品加工会社とか。
共通点ありそうでなさそうだし、なさそうでありそうだし。
そいつさえいなければ時空外来種から襲撃を受けることもないってことだよな?」
「ボクらも調べてみてもいいかもね。
時空外来種って言葉が通じないと思ってたけど、この子みたいに話せるのかも。
次、大人の時空外来種に会ったら、"悪い人間"ってどういうことなのか聞いてみるよ。」
「ボクは見つかり次第攻撃されるから、余裕があればね……。」と、ヒーローな彼は付け加えて言った。
改めて、超人的な力があるというだけで、よくヒーローをやっているよなと思った。
僕がまだゲームの世界に居て、この世界を漫画として読んでいた頃は、彼がヒーローとしてその負担を背負って当然だと思っていた。
何が彼をそんなに世の中に対して献身的にさせているのか、元の友人Bなら知っているんだろうか。
「とりあえず、この子を帰さないとなんだよね。
次に近くで時空の歪みが発生したときに行ってみようか?
……で、それまで、誰の家でこの子を預かる……?」
僕が言うと、2人とも、当然のように僕を見た。
「懐いてるお前んとこだろ。」
「ボクからキミのお母さんにお願いしてみるよ。」
この友人Bの母は、ヒーローな彼のファンなのだ。
頼まれれば二つ返事で引き受けるだろう。
「預かりまぁす……。」
戦えないし、情報収集も得意ではないし、友人Bである僕にできるのはこういうことだろうな。
妖精類7匹に、さらに時空外来種の子の一時預かりときた。
ハーレムではなく、子守り当番である。
僕は歌のお兄さん、僕は歌のお兄さん、と自分に言い聞かせた。
指を猫じゃらしのように使い、妖精類たちと遊ぶ時空外来種の子。
僕以外に興味を持つ7匹を初めて見たから少し驚いた。
未来にも妖精類はいるのだろうか。
未来はどんな景色なんだろう。
何を食べて生きているのか。
「あ。君って普段何食べてるの? 夜ごはん何用意したらいいんだ?」
初めて子猫を拾って帰って来た日を思い出すようだった。
◇◇◇
【 45日目 】
時空外来種の子は魚を好んで食べたし、お風呂では潜らないからエラは使わないらしいし、夜は目を開けながら寝るんだと知った。
男の子か女の子かを聞いたら、それは大人になってから決まるらしい。
思っているよりも未来生物だった。
「未来、妖精いるよ。
でも、違う。この子たち、昔の妖精。」
最初は、大人たちが行く場所が気になり、隠れて後をついていって時空の歪みに入ったらしい。
辿り着いた場所で昔の妖精類を見て楽しくなり、それからはこっそり1人で飛んで来ていたということだ。
時空外来種の子は僕の周りの妖精類たちをとても可愛がって一緒に遊んだ。
僕が歌のお兄さんだなんてとんでもない。
僕は着ぐるみマスコット担当で、時空外来種の子が歌の子役かもしれなかった。
平日、学校へは連れて行けないので、僕が通学している間は僕の部屋で過ごしてもらった。
ゲームや漫画に目をキラキラさせて、それは楽しそうに満喫していた。
なぜ人間の文字が読めたり言葉が話せたりするのか聞いてみると、言葉に大きな違いはなく、共通語みたいなものだと言っていた。
放課後は僕の部屋にみんなで集まった。
次の標的にされそうな施設の見当をつけたり、時空外来種の子から未来での暮らしぶりを聞いたり、トランプで遊んだり。
休日もみんなで集まって時空外来種の子を連れて散歩をした。
僕がこの世界に来てからの話だけれど、友人Aとヒーローな彼とこれだけ時間を共にしたのは初めてだった。
「ここ、秘密基地、だね。」
と、時空外来種の子がニコニコと笑った。
いや、僕の自室なんだけど……確かに見てみれば友人Aやヒーローな彼の私物も置いてあって、みんなの場所という気もした。
「ここ、置く。綺麗なの。」
時空外来種の子は、海辺を散歩したときに見つけたシーグラスや貝殻を僕の本棚に並べた。
近いうちにこの子を時空の歪みへ送り出さなければならないことを思ったら、それを見て少し寂しさがよぎった。
拾った子猫に情が湧いてしまったようだ。
もっとたくさん置いてっていいよと言ったら、クワガタを連れ込まれた。
自然に返してきなさい!と、それは全力拒否した。
休日。たまたま通りかかった公園の木陰でセミを見つけて、時空外来種の子に見せていると、妖精類を研究しているという中年の男から声を掛けられた。
僕の連れている妖精類が気になったらしい。
彼は7匹の妖精類をまじまじと観察し、何か気になることがあったら連絡を、と名刺を渡してきた。
研究所は公園の隣にあるらしい。
帰ってから改めて友人Aが調べると、検索するのも一苦労するような小さい研究所だった。
一応標的予想リストに載せておいた。
そんな楽しくも穏やかな2週間だった。
『時空の歪みを見つけた。』と、友人Aから電話があった。
僕は急いで時空外来種の子を連れて時空の歪みの発生場所へ向かった。
それでも、電車で1時間はかかった。
友人Aと合流した場所は、なんてことない住宅地の空き地の前だ。
「目をつけてた施設と近いんだぜ。
ゲートは施設ピンポイントでは開けないんだな。
ていうか、まじで"ゲート"の形なんだな。」
お寺の三門のような入り口があった。
少し先を見上げると、ヒーローな彼が人型の時空外来種と戦っていた。
怒涛の攻防に、"悪い人間"が何をしたのかなんて聞くことはおろか、まともに会話もできそうにないなと思った。
「ゲート!」
時空外来種の子が、門を指差して嬉しそうにはしゃいだ。
これでお別れかと、想像していたよりも僕は切ない気持ちになっていた。
「よかったね。やっと帰れるね。」
僕がそう言うと、門を指していた指をゆるゆると下ろして、時空外来種の子が不安げに僕を見た。
「……また、会いたい。」
「黙って来るのはよくないからね。危ないから。」
「……。」
「いつか、またね。」
「うん……。」
涙がみるみる溜まっていくのを見て、僕の視界も若干潤んでしまう。
2週間に及んだ思いがけない家出がこれで終わりとなるわけだ。
いつかまた会える日は来るんだろうか。
「あ、こら、そんなに強く拭ったら目に傷がつくよ。」
「……ううん。これ、あげる。」
時空外来種の子が、ぐっと目を押すように涙を拭ったと思ったら、その手に直径2センチほどの白く輝く球体があった。
一瞬、目玉を取り出したのかと思って僕はちょっと悲鳴をあげかけていた。
「え、なになに。それなに。」
「涙出ると、出るの。お守りだよ。あげる。」
動揺する僕を無視して、時空外来種の子は僕の手にその球体を握らせた。
石のように硬いが、生温かく、産みたてのウミガメの卵のようにヌメっとした粘液がついていて、ちょっと鳥肌が立った。
「またね。楽しかった。
3人とも、いっぱい教えてくれて、ありがとう。」
「ああ……元気でね。
こちらこそ、ありがとう。」
この2週間ですっかり上手くなった人間の言葉を聞いて、また切なくなった。
「また会えたら会おうな。」と、友人Aが時空外来種の子の頭をくしゃくしゃと撫でた。
手の中のヌメりの気持ち悪さと、胸の切なさがぐるぐると渦を巻く。
紛うことなく、この時空外来種の子供と過ごした証だった。
時空外来種の子は空で戦うヒーローな彼を見上げて微笑み、それから僕らに元気に手を振った。
門の前に立ち、そこで「あ。」と振り返る。
「ゲート通るとき、歌うの。
行きの唄と、帰りの唄があるよ。
歌いながら通るの。」
まるで僕らにその唄を教えてくれるように、時空外来種の子は歌い出した。
何らかの民謡のように聞こえる。
その歌声は綺麗で、どんなものにも例えようがなかった。
歌いながら、時空外来種の子はもう一度こちらへ笑って手を振って、門をくぐって消えて行った。
この2週間は、まるで夏休みのようだった。
家に帰ると部屋の中がやけに静かに感じられて、出てしまいそうになった溜め息を深呼吸に変えた。
手渡された石は、よく洗ってよく拭いた。
暖かみのある白色にうっすらと優しい虹色がかかっていて、真珠のように見える。
あの子が本棚に並べた貝殻を受け皿に、その綺麗な石を置いた。
7匹の妖精類たちは、どこか退屈そうだ。
あの子は、帰り着いたらまず怒られるんだろうな。
また会えるだろうか。
成長したあの子をいつか見られたらな、と思った。
白く輝く石が視界に入り、いや、と思い直す。
この先もう二度と会えなくても、僕らは一緒に居る。
この夏に確かに一緒に居たのだから。
あの子が残してくれた物を嬉しく思った。
「楽しかったよな。」
とにかく元気に健やかに暮らしてくれることを、時空の歪みの門の向こうへ願った。
◇◇◇
「何日か前に、隣の公園にいたよ。
妖精類をたくさん連れた高校生。」
「え!?」
夏風邪気味だという博士に、ハーブティーを淹れて注いでいたところだった。
びっくりして博士の方を見たから、ティーカップから溢れそうになった。
「君の話していた特徴のある妖精類がいたから、間違いないと思う。
まさか隣の公園にいるなんてね。
3匹だったのが7匹に増えてたよ。
やはり七情科の原種系だった。その全種が集まってた。」
「7匹って、多すぎない? すごい目立ちそう。」
「妖精類がたくさんいるのもあったし、テレビでよく見るあのヒーローの子が一緒にいたのもあって目立ってたよ。」
博士が咳払いをする。
「はい、博士。これ飲んで。
風邪が治りますよーに、の、おまじないだよ。」
「ああ、ありがとう。
……香りは独特だけれど、香りほど味は強くないね。」
「ふふ。あたし、この香り結構好きなんだよね。」
博士に出したついでにあたしも飲む。
クセになる香りが広がり、癒やされる。
エルダーフラワーとリンデンフラワー、それからカモミール。
昔から、風邪を引くとお祖母ちゃんが作ってくれたハーブティーだ。
効果のほどは分からないし本当におまじない程度なのだけれど、博士の体を少しでも守ってくれますようにと願った。
いつも出すハーブティーより香りにクセがあるからか、博士はちょっと飲みづらそうに見えた。
そのわりに、いつもより飲むペースが早い。
この香りが薬のようで苦手だった子供の頃の自分を思い出したあたしは、頬杖をつくフリをしてニヤつきそうになる口元を隠した。
「笑ってる?」
博士って、案外こっちを見てるのね。
「えー? ねぇ博士、あの妖精類たくさん連れてる高校生がヒーローと一緒にいるなんてすごくない?
一緒に時空外来種から世界救ってくれそう。」
「うーん……時空外来種をどうにかできる力は無いだろうなぁ。」
話題を逸らすと、博士は片方の口の端を少し下げながらも答えてくれた。
「7匹揃ったら新たな力が目覚めるとかないかなぁ。」
「新たな力が目覚めてるなら、ぜひ私のところに相談に来てほしいなぁ。
一応、名刺は渡したんだけれど。」
「向こうの連絡先は聞かなかったの?」
「知らないおじさんに話しかけられて突然連絡先聞かれたら怖いでしょ。」
確かにそうだった。
「はぁ……あ、なんだか喉が少し楽になった気がするな。」
「ほんと?」
「うん。……ありがとう、助かったよ。」
見ると、博士はティーカップの中身を全て飲み干していた。
「ふふ。いつもありがとね、博士!
今日は早く寝なよね。」
エルダーフラワーとリンデンフラワー、それからカモミール。
あたしの頼れる戦士たちが、博士をちょっと守ってくれたみたいだ。
あたしがあたしの人生を過ごして、今日あたしが博士の家に来て、今あたしが博士と一緒にいてよかったなあって、大袈裟にもそう思った。




