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九話-よりよい未来のため


 特別広域派遣協会の定例報告会が、特別広域派遣交流センターで開かれた。


 未来から各時代に派遣された調査員が、3ヶ月に一度、この定例会に集まる。

 集会ホールのステージの上には、人々が手を繋いで平和を謳っているような、協会のシンボルマークが描かれた旗が掲げられている。

 

 そのステージ脇の役員たちの長テーブルに座り、前回の定例会とそれほど変わり映えしない報告を聞く。

 目の前にある『副会長』と書かれた三角柱の役職札に、めんどくせぇなと今日も思う。


 「人魚たちは時空移動ゲートを利用して、この時代の研究施設や宗教施設などを襲撃しています。」

 「やはり、人為的な遺伝子操作が過去に起きていたのでしょうか。その恨みでしょうか。」

 「この時代と、△△年代での調査では、人為的な遺伝子操作を示す資料は確認できませんでした。」

 「××年代にも、おそらく時空移動ゲートを利用した人魚と思われる存在が確認されました。」

 「人魚による過去への介入が確認されてから、この時代ではまだ時空外来種は人魚ではなく宇宙人という見立てがされていますが、△△年代ではどうでしょうか。」

 「現時点、△△年代でも変わりないです。」


 未来では人魚との戦いが苛烈になっている。

 人魚側に直接聞けりゃ手っ取り早いが、お互いへの不信感が高まりすぎて、話し合いを設けても仲介役もおらず、ただの腹の探り合いになって終わるばかりだった。

 そこで独自調査に切り替えて3年ほど経つが、なかなか成果は得られていない。

 そうしてるうちに人魚たちは時空移動ゲートを使って過去にも襲撃を始めた。

 意味わかんねぇよ、お前らなんなんだよと、俺は頭を抱える気持ちだ。

 

 「調査中の△△年代で起きた妖精類の突然変異については、未だ原因不明です。」

 「"妖精類暴走事件"についての記録を共有資料に追加しました。ご確認ください。」


 妖精類には元々聞きようがないので、地道に調査しかない。

 俺から見れば、この未来からの介入調査には、他種族を見下すような驕りを感じて仕方ないが。


 驕りがあろうが、俺は組織の人間で、これが俺の仕事で、仕方がねぇな。

 

 「△△年代は不景気による物価高で大変です。調査に支障があります。手当てを増やしていただけますでしょうか。」

 「××年代での暮らしが厳しいです。こちらは手当てよりも、未来の道具を持ち込む許可はいただけませんでしょうか。」

 「別時代からこの定例会へ参加している調査員の負担が大きいです。定例会は半年に一度にならないでしょうか?」

 「定例会はオンライン集会にできますでしょうか?」

 

 いつの間にか議題は変わり、調査員たちの不満が溢れていた。

 俺の隣の席に座る協会長のおばちゃんは、穏やかに作ったような笑顔でそれを聞いている。

 調査員たちには協会から生活費の補助金が出ているが、決して十分な金額ではないし、生活に馴染むためにその時代の仕事をして働いている者が大半だ。

 また、派遣された時代によっては暮らすだけで苦労をする。

 調査員たちの訴えは切実だ。

 協会長がマイクを手に取りステージへ上がった。


 「皆さん、ご苦労様です。

 意見は受け止めました。

 それぞれ事情があり大変かとは思いますが、人類と世界の平和のため、よりよい未来のため、未来の子どもたちのため、頑張りましょう。

 引き続き、調査をお願いします。」


 協会のシンボルマークが視界に映える。

 高尚で結構だ。

 人類と世界の平和を守ることが、未来にいる俺の愛妻と中学生の娘を守ることだって言うんだろ。

 そのために世界に尽くせと。

 分かるけど、分かりたくねぇんだ。

 俺は、こんな単身赴任を早く終わらせて家族のいる場所へ帰りたいんだ。

 俺の幸せと平和は、そこにあるんだ。

 


 ◇◇◇

 

 

 定例会を終えて廊下に出た。

 自動販売機でコーヒーを買おうとしていると、真っ白いヘビのような妖精類を連れた知り合いの女性調査員が目に入った。

 

 「よぉ、12番。」

 「あ。お久しぶりです、副会長。」

 「スミちゃん、なんで白くなってんだ?

 墨色だからスミちゃんだろ。綺麗な澄んでるほうのスミちゃんになったのか?」 

 「さすが、おじさんは言葉遊びが上手いですね。」

 「よく言うぜ、まったく。」


 未来での名前と派遣先での名前は異なるので、基本的には調査員番号で呼び合う。

 俺も、役職じゃなく固有番号で呼ばれたいもんだ。


 「黒かったのに、なんで白くなったのかはわかんないんですけど、元気なのでいいかなぁと。

 ……突然変異かもってことでしたら、追々報告書は上げますけど……。」


 12番が渋るように目を泳がせる。

 自動販売機のボタンを押し、ブラックと微糖の2つの缶コーヒーが落ちてきた。


 「なんだよ。言ってみろ。」


 微糖コーヒーを12番に渡す。

 言うしかあるまい。

 ふいに中学生の娘の顔が浮かんだ。

 待て。これはパワハラか? と、少し不安になる。


 「スミちゃん、私の心境の変化で色が変わったような気がしていて、きちんと調べて知ったら恥ずかしさがありそうで……後回しにしちゃってました。」

 「調査員の中で妖精類がついて来てんの、12番だけだからな。隠せるもんでもないし。

 恥ずかしいのはあるだろうけど、支障ない程度に適当に報告あげとけな。」


 12番は「そうですよねぇ……。」と、観念したように溜め息をついた。

 

 「……あ。ナチュラルに受け取っちゃってました。コーヒーありがとうございます。」

 「おぅ。しかし本当にこの時代の妖精類はかわいいな。羨ましいもんだ。」

 「特に懐いて擦り寄ってくるとかはないですけどね。」

 「良い距離感だよ。」


 タイミングを合わせたかのように、2人とも缶のフタを開けて飲んだ。

 横目で見ると、12番の目がまた悩みがちに泳いでいた。


 「……あの、実は副会長に相談してから報告上げようと思ってたことがあって……。」

 「なんだ?」

 

 12番は廊下を少し見渡して、声の聞こえる範囲に人がいないことを確認した。

 


 「妖精類研究の基礎を作ったあの先生を見つけたんです。△△年代に失踪したっていう記録のある、あの人です。」



 ◇◇◇



 人型ロボットを未来から送り込んで、そこに意識を接続している。

 本当の体は未来にある。

 遠隔単身赴任とでも言うべきか。

 俺の単身赴任先の家は、特別広域派遣交流センターの横に建てられた役員寮だ。

 副会長である俺は、贅沢しなければ困らないだけの手当てを貰えているので、この時代の仕事というのは特にしていない。

 一応、特別広域派遣協会の副会長なので、無職ではない。

 調査員を派遣した各時代への視察だってある。

 それなりに忙しくはしている。

 

 夕陽が辺りを照らす。

 交流センターから寮に戻る途中の道に、ヒレが丸っこく可愛らしい妖精類がいた。

 垣根の上に止まったので3メートルほどのところまで近づくと、その体に縞模様が浮かび上がった。

 警戒すると縞模様が浮かび上がる妖精類がいるとは聞いていた。

 

 「怖いもんじゃないぞー。」


 と言いながら1歩近づくも、妖精類はふわっと俺を飛び越えるように泳いで行ってしまった。


 まったく、寂しいぜ。と、心の中で愚痴る。


 定例会のあとは何も予定がない。

 帰ったら楽な服装に着替えて、パスタ作って食べて、それから近所のホームセンターにでも行こう。

 

 

 ◇◇◇


 

 ホームセンターはおもしろい。

 電動工具、園芸用品、金具、塗料、ペット用品、農具……この時代はまだこんな道具を使っているのかと思ったり、見たこともない物もあったりする。

 まるでこの時代の博物館のようだ。


 夏用品コーナーで足が止まる。

 ドーナツ型の浮き輪、イルカの形の浮き輪……この時代にはまだ屋外プールがあって、海水浴もできる。

 未来では環境が厳しくて屋外にプールなんて設置できないし、人魚がいるから海で泳ぐことなんかできない。

 大型の屋内プール施設がいくつかあるくらいである。

 そしてそれもかつての海を再現したもので、未来の人類にはだいぶ、失われた海への憧れがある。

 ……だからって、過去への介入によって未来でも海で遊べるようになればいいなとまでは思いはしないが。

 憧れを再現した、安全でファンタジーな海も結構良いものなんだ。


 「お。これ初めて見たな。」


 釣り具コーナーへ来た。

 目的はだいたいここだ。

 新しいルアーが入荷していた。

 この時代に来てからというもの、俺の趣味はすっかりルアー集めだ。

 実際釣りに繰り出すわけではなく、釣り竿も持っていない。

 純粋なるルアーコレクターだ。

 見た目がおもしろかったり、かわいかったり、キレイだったり。

 それでいて、魚がこれをエサだと思って食いつくことで釣れるというのが良い。

 未来では海や川で釣りなんかできない。

 漁は戦車のようなロボットを使い遠隔で行うし、魚の供給は養殖がほとんどだ。

 プールと同様に、アクティビティとしての釣り堀はあるが。

 釣り具屋、ホームセンター、百円均一ショップ、ネットショップ……どこに行ってもどこを見ても、まずはルアー探しである。

 この時代での唯一の俺の楽しみだ。


 新しいルアーを買い、ホームセンターを出た。

 小さな路地を挟んでホームセンターと隣接する郵便局の駐車場は、通り抜けるのにちょうどいい。

 ふいに、ニャー、と鳴き声がした。

 猫がこちらをまっすぐ見て寄ってきていた。

 首輪はしていない。毛並みの具合からして野良猫だろう。

 この時代、まだ外を野良猫が歩いている。

 猫好きの妻が聞いたらびっくりした顔をしそうだ。


 「俺はなんも食えるもん持ってねぇぞ。残念ながら、これは疑似餌だ。」


 言葉は通じず、猫は俺の足元で寝転がった。

 腰を屈め、頭から首を撫でてやると、猫は気持ち良さそうに喉をゴロゴロと鳴らした。

 くしゃみが出そうになった。

 猫を跨がないように避けて、俺は歩き出した。

 猫もすかさず立ち上がって、後をついてくる。

 

 「悪いな、俺はネコアレルギーなんだ。」

 

 駐車場を出ると、猫はそこで諦めて止まった。

 しかし大して残念そうでもなく、その場に座り毛繕いを始める。

 来てくれるなら俺じゃなくてもいいんだもんなぁ。

 12番の妖精類は12番だからついて来てるんだよな、と思うと、やはり羨ましかった。

 

 裏の住宅地を抜け、用水路に架けられた小さな橋を渡り、また住宅地を歩く。

 誰かが育てている小さな畑があった。

 外に畑があるなんてこんな時代もあったんだよなと、つい立ち止まり見てしまう。

 畑の畝に沿って這うように泳ぐ、平たい妖精類がいた。

 しゃがみ込み、様子を見てみる。

 何となく、先ほど買ったルアーをパッケージから取り出してチラつかせてみる。

 妖精類と魚は違うが、猫じゃらし程度にならないだろうかと思ったのだ。

 平たい妖精類は、俺に気がつくと進行方向を直角に変えて行ってしまった。

 妖精類はルアーでは釣れない。

 これもまた新情報ではある。


 「猫みたいにゃいかねぇな。」


 妖精類ってやつは本当に思い通りにならない。

 まぁいいか。

 ついてきたとして、飼うって感じともまた違うんだろうな。


 ふと、12番の話を思い出す。

 調査が上手く進めば、全体として一段階進みそうな予感がある。

 調査員たちに順番に特別休暇を付与できそうな気がした。

 そうなれば俺も一時帰省できそうだ。

 

 「よっしゃ、やったるかー。」


 

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