六話-またね
「どこも窯元が潰れてこっちに皺寄せだ。
生産が追いつかないよ。職人に逃げられたら終わりだからそんなに無理もさせられないし……。
釉薬の原料も、今高くてね。」
窯元の社長がため息をついた。
僕は陶器製品を扱う卸売業者の営業だ。
今日は、山の麓にある取引先の窯元まで足を運んでいた。
「良い物を作っていただけてますし、納期が1年待ちでも、多少値段が上がっても欲しいお客さんはいますから。そこは大丈夫ですよ。」
参考価格表を見ながら、仕入れ掛率でなんとなく頭の中で計算する。
やっぱり高いなぁ。
職人の手仕事なんだから仕方ないか。上代を少し上げても、この商品なら売れるだろう。
「よろしく頼むよ。」
「こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
商談を終え、応接室を出た。
廊下に面したドアは開け放たれていて、その向こうに、それほど広くないこじんまりとした作業場がある。
「また来ます!ありがとうございました!」
挨拶すると、作業場の数人が顔を上げた。
「おー、お疲れ!また来いよ!」
「いつもありがとうございますー。」
強面の常務が、「おう!」と大股で歩いてきた。
ここの職人の一人で、繊細で正確な作品を作る人なのだが、その姿は一見するとカタギの職業に見えない迫力のある人だ。
口調も荒々しいが怒っているわけではなく、ただのお祭り男である。
「せっかく来たんだから、この裏山を登ってった山頂あたりにある石割桜でも見ていけよ。葉桜だけどな!あれはあれで良いんだよ。」
「石割桜って、石を割って育った桜ですか?」
「そのまんまじゃねぇか!その通りだけどよ。
信仰山ではあるけど、なんも怖いことねぇからよ!車で登ればすぐ着くから、まず行ってみろ!」
あまり気乗りしなかったが、取引先の常務からこう言われては行かないわけにはいくまい。
「それじゃあ、見てから帰りますわ!」
◇◇◇
車1台分ほどしかない狭い山道を上がっていく。
道路は舗装されていてそれほど困難な道ではないものの、対向車が来たらどうしようかとヒヤヒヤした。
ガードレールは無く、左には道路と落差のある川。右は急斜面。タイヤが外れれば確実に転げ落ちるだろう。
車同士すれ違うための待避スペースが所々にあり、気をつけながら運転した。
道の両側には深い山の木々が立ち並んでいて、見ているだけでマイナスイオンを感じるようだった。
だいぶ登った頃、木々が少なくなり草原のように視界が開けて道も緩やかになった。
駐車場は無いが車を停められそうなスペースがいくつかあったので、車を端に寄せて停めて降りた。
小さな妖精類があちらこちらに泳いでいる。
鹿のように枝分かれした角が生えており、ドジョウのような長い体に、細く長い足のようなヒレが4本生えている。
透き通るような天色の体で、空に向かって泳いでいくと空の色に混ざってよく見えなくなった。
4本の長い足びれを一生懸命うにょうにょと動かして泳ぐ姿がなんとも滑稽で可愛らしい。
魚っぽくはなく、ウーパールーパーなどの両生類に近い姿だ。
「この辺は、この妖精類しか棲んでないのか。」
地元の人に祀られてる信仰山だからなにかそういうものなのだろうか、と思った。
先を見ると、常務の言っていた石割桜が草原の真ん中に見えた。
石割桜の向こうには、遠くの山々から麓までが一望でき、その上には広い空が開けている。
小高い山々と同じ目線ほどに見えて、ここまで登ってきたんだなと実感した。
「なんか、空、でっかいなぁ。」
真っ青に広がる空が全てに覆いかぶさるようだった。
透き通っているのに圧があって、自分の上半身がまるで飲み込まれるような、空の中に半分溶け込んでいるような気分だった。
僕も、この自然の中の一部か。
そう思ったら、めんどくさい上司や取引先を何となく許せるような気がした。
僕も、何もかも全て自然現象で、嫌な奴もみんな自然現象なのだとしたら。
自然災害と一緒で、怒っても仕方がないのかもしれない。
やるせなさや怒りが、体ごと空気に溶けるような感覚がした。
4つ足の小さな妖精類たちは、一生懸命空に上ったかと思えば脱力してフワーっと綿毛のように下りてくる。
僕もここから助走をつけてジャンプすれば飛べそうな気がしたが、転がり落ちるのは理性的に分かるので普通に歩いて石割桜の近くまで行った。
大きな岩の割れ目のその真ん中に立派な幹が生えていて、青々とした葉っぱが生命力を感じさせる。
この石割桜がこの信仰山の御神木みたいなものなのだろうか。
「良い気分転換になったな。帰るかー。」
一つ伸びをして車に戻ると、4つ足の妖精類が1匹ついてきていた。
「山下りるよ?帰れなくなるよ?」
話しかけても妖精類は分かんないか。
まぁいいかと僕は車に乗り込んだ。
4つ足の妖精類はサイドミラーと車体の隙間にスポッと収まった。
……そこでいいのか。
まぁいいかと二度目思って僕は車を発進させた。
中腹あたりまで下りてくると、一気に日常の感覚が戻って来たようだった。
さっきの清々しい気持ちはどこかへ行き、やっぱ嫌な奴は許せないな、嫌だよなと思い直していた。
それはそれとして一瞬でもあの感覚を味わえたことは本当にリフレッシュになったから、またこの窯元のとこに来た時には、あの景色まで行こうと思った。
「あれ?」
ふと見ると、サイドミラーにいた妖精類は飛ばされたのかいなくなっていた。
そのついでに、川を跨ぐ古い簡素な橋を見つけた。
橋を渡った向こう側の奥に、人影があった。
小学校中学年くらいの子供だ。麓の集落の子供だろうか。1人で来たのか?
楽しそうに歩いては止まり、しゃがんで何かを見つけてはまた歩いている。
僕は道の脇の待避スペースに車を停めて車を降りた。
「君!1人でそこにいるの?」
聞こえないのか、反応は返ってこない。
仕方ない、と僕は橋を渡った。
川は水量が少なく、ちょっとした崖を渡るような感じだった。
橋は結構傷んでいて、いつ足が突き抜けて落ちてしまうかハラハラした。
橋を渡ると、深い森の湿った土と草の匂いがした。
革靴で入るのを少しためらうも、数歩進む。
右手側に、道路からは見えなかった古い鳥居があった。
鳥居は橋と同じように傷んでおり、白く乾燥してヒビ割れている。
紐がかけられ、そこに綺麗な紙垂が付けられていることからして、管理はされているようだ。
ただ、鳥居の先には入ってはいけないような感覚がして、僕は少し背筋が冷えた。
「君!1人なの?」
ようやく声が届き、子供がこちらを振り向いた。
「あなた、なに?」
その瞬間、少しドキッとした。
この辺には何度も訪れていて、子供たちとも何人か触れ合う機会があった。
「あなた、なに?」と、子供が聞くだろうか……。
何となく、この辺の子供ではないような気がした。
「僕は仕事でこの町に来て、石割桜を見てきた帰りなんだ。
君は?お父さんお母さんは?1人?」
「散歩してる。大丈夫。いつも、1人。」
女の子なのか男の子なのか、どっちともわからなかった。
謎の子供はまた足元に目をやりながら歩き出した。
「待って待って。こんな山で1人は危ないよ。」
前に回り込んで手で制止する。
この子供が何者なのか全く分からないが、後で何かあったんじゃ後味が悪い。
ここは信仰山。怪異の類がいることもそりゃあるかもしれないけれど、本当にただの子供だったらと思うと放っておけない。
こちらを窺い見る目は黒目がちで、考えてることを見透かされるようだった。
「一緒、くる?」
やっぱり怪異かも……と思っていたら、謎の子供がそう言った。
「え?」
「あの子、会いに行く?」
◇◇◇
恐竜がいる、と思った。
10メートルはあると思われる大きな体。
ギザギザの背びれ。
ゆるやかに長く伸びる、背びれから続く尾びれ。
鹿のように枝分かれした大きな角。
その体は、茜色が輝くように透けている。
謎の子供に導かれるまま、先程の古い鳥居の横を通って、獣道でもない藪を掻き分けて進んだ。
「鳥居の中、通らないよ。違うところ、出ちゃう。」と言われて、いよいよゾッとした僕は営業マンとして装うこともできず、ただただ貼り付けたような苦笑いをしていた。
逃げようか引き返そうか悩んでいるうちに巣穴のように丸く開けた場所に出たと思ったら、そこに、この巨大な妖精類がいた。
こんなに大きな妖精類は見たことがなかった。
「わ、わぁ。
この山のヌシ……神様かな?」
「この子、愛されてる。
大切してくれて、ありがとう。」
「あ。いえいえ僕は何も……。
こちらこそいつもありがとうございます……。」
恐竜のような妖精類は微動だにせず、真っ直ぐ前を見ている。
謎の子供はその体に寄り添うと、横に寝転がった。
なんも怖いことねぇからよ!と言っていた窯元の常務を僕は恨めしく思い出していた。
「すぐ日が落ちるよ。帰らなくていいの?」
「今日、まだ大丈夫。」
「……ねぇ。君ってさ、人間?……なんてね。」
「人間、似てる?」
そう聞いた瞬間、逃げそうになる足を何とか踏み留まらせた。
藪を掻き分けて来たから、下手をするとあの橋に戻れなくなりそうだった。
どうやらこの子は人間ではないようだ。
一見、子供に見えるが、実は結構な歳ということもあるのだろうか。
恐竜のような妖精類はこの山にいるただの妖精類で、この子こそが信仰山の神様か?と僕はその正体に考えを巡らせた。
「君は、何なの?」
思い切って、聞いてみる。
「散歩、来てるだけ。」
答えになっていない。
言いたくないんだろうか。
謎の子供は、傍らの妖精類を愛おしそうに撫でている。
不気味さはあれど、害意は無く無邪気なだけの存在に見えるが……問い詰めて正体が分かった瞬間に食われるパターンも想像したので、ここらで切り上げよう。
「僕、そろそろ帰らなくちゃなんだ。まだ仕事中でさ。
さっきの橋のとこまで一緒に戻ってくれる?」
「うん、いいよ。」
謎の子供はあっさり承諾して起き上がると、「また来る。」と恐竜のような妖精類に優しく抱きついた。
妖精類はどっしりとして動かず、深い呼吸だけしていた。
それがまるで取引先の会長の存在感で、つい営業の癖で、僕までも「また来ます!」と言いそうになった。
お辞儀だけはしといた。
藪を掻き分けて歩く。
謎の子供の後ろをついていくしかない僕は、無事に車へ戻れますようにと祈りながらも、さっきよりは安堵していた。
周りをよく見てみると、自然のままによく手入れされた山だなと思えた。
見上げれば木々の隙間から空が見え、光が地面に優しく届く。
様々な山菜があちらこちらに生えていて、とても豊かだ。
もしもあの妖精類が祀られている神様なのだとしたら、"愛されている"という感覚が何となく分かったような気がした。
しばらく歩くと、見覚えのある鳥居が見えた。
「鳥居だ。ここからは僕一人で戻れるよ。
ありがとうね。」
「うん。またね。」
営業マンとしてはあるまじきことだが、僕は何とも返答できず、薄い微笑みだけして謎の子供に背中を向けた。
怪異側から「また会おう」と言われる恐怖から、焦る気持ちが蘇ってきていた。
その気持ちを悟られないように、できるだけ自然なペースを意識して歩いたが、どうにもふわふわとぎこちないのが自分で分かった。
橋を渡り、車に乗る。
そこでようやく橋のほうを振り返った。
謎の子供の姿はなく、鳥居も見えなかった。
僕は焦る気持ちを落ち着かせながら山を下り、窯元のところへ戻った。
作業場の窓から常務を呼び、一部始終を話した。
第一声、「鳥居?そんなのあったか?」と言われた僕は顔を引き攣らせたし、「オサカミ様に会ったのか?」と言われて気が遠のくように笑うしかなかった。
オサカミ様というのは夫婦神で、大きな妖精類が男神、小さな妖精類が女神なのだそうだ。
主に五穀豊穣の神で、自然との共存を表す神でもあるらしい。
男神が人間と自然との境界を守り共存させ、女神がその境界を馴染ませ共存させる。
相反する力で支え合っているのだとか。
男神に会えることはそうそう無いのか、らしくもない緊張した面持ちで常務が色々聞いてくるから、怖いことはないと言って送り出したの誰ですかと言いたくなるのを喉元で堪えた。
あの妖精類たちがオサカミ様なら、あの子供は何だったのだろう。
「神の使いかもなぁ。」
常務が、思いを馳せるようにぼんやりと空を見上げて言った。
僕には恐ろしく思えたあの謎の子供の存在も、地元の人間である常務にとっては、少し心が沸き立つような嬉しいニュースらしかった。
営業としては、客先に有益な情報を持ち帰れて何よりだ。
僕は常務に「また来ます。」と挨拶をして、また次の取引先の地へ向けて出発した。
◇◇◇
「ねぇ博士。
妖怪だって見られてた頃の妖精類って、退治とかされなかったの?」
日の差し込む縁側に寝転がりながら、あたしは博士に訊ねた。
博士はいつもの椅子に座っている。
なんてことない、いつもの平和な水曜日が来ていた。
「退治されたこともあったらしいよ。
逆に、神様として祀られている妖精類もいるけれど。」
「神社とかで?」
「そういうのもいるね。
私が若い頃、調査先で実際に見た中には、山の神様として地元の人たちから祀られているのもいたよ。」
博士は立ち上がり、ガラス戸の書棚からハードカバーのファイルを取り出した。
何ページかめくり、博士がファイルをテーブルの上に置いたのを見て、あたしは起き上がって駆け寄った。
ご飯が用意された犬みたいだなって思ったけれど、それも悪くないかも。
博士に懐いている感覚って、なんだか心地良いから。
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【愛科アシヒレ属喜型亜属プロトプテルス種】
・枝分かれした大きな角(硬質)
・細長い体型
・細長い四本の足のようなヒレ
・濃いめの水色の体色
XXXX.09.14 ○○県○○町・○○山
同種が多数群泳していた。
【愛科クシセビレ属恐型亜属ポリプテルス種】
・枝分かれした大きな角(硬質)
・櫛状のギザギザとした背びれ
・背びれから続く長い尾びれ
・深みのある赤色の体色
XXXX.09.14 ○○県○○町・○○山
この個体は大きく成長しており、体長5メートルほどあった。
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資料を簡単に読んで、目に入った部分に驚いた。
「5メートルの妖精類? そんな大きいの見たことない!」
いつだったか水族館で見た大きなピラルクーの大きさを思い出す。
目の前にいたら結構な迫力じゃない?
「妖精類は人の感情に反応してついてくるけれど、多くの人々から永く同じ感情を向けられ、山の神として祀られるようになった妖精類は、その山に居ついて大きく育つか、同種で群泳するようになることが分かったんだ。」
「これ、同じ山にいたの?」
「そう。夫婦神として祀られて、居ついてた。
でも、この2種に共通しているのは信仰心からくる愛科っていうだけで、古代に系統が分かれた、全くの別種だよ。」
資料にはところどころ手書きで書き込みがあり、これまでのものとは少し違って、博士が実際に調査したものだというのがよく分かった。
XXXX年……博士が20代の頃だ。
当時の写真のひとつでも挟まってないだろうかとファイルをめくっていたら、思った通り、研究チームの集合写真に若い頃の博士が写っていた。
「博士、若ーい!」
「そりゃあ、誰だって若い頃はあるよ。
はいはい、終わり。」
若い頃の博士の姿に見入っていたのに、速攻でページを戻されてしまった。
博士が調査した愛科の2種の写真が大きく目に入る。
知っている何かに似ている気がした。
「愛科ってみんなこういう角?
なんか、ウーパールーパーみたいだね。」
「いいところに気が付いたね。
愛科には、こういう枝分かれした角を持つ種が多いんだ。
ウーパールーパーが幼い頃の特徴を残したまま大人になるネオテニーはわかるね?
愛科の角は、その外鰓によく似ているよね。
妖怪ではなく生物として妖精類が研究され始めた頃、最初にサンプルとされたのが愛科でね。
その角の形から、妖精類もネオテニーが進化に関係した生物なんじゃないかと考えられて、進化系統を調べる起点になったんだ。
そこから"幼く""生きる"と書いて"幼生類"とされたんだけど、魚の子供の"幼生"と紛らわしかったらしくて。
誰かが冗談で言った"妖精類"が採用されて世に広まったんだよ。」
前にサラっと教えてくれた妖精類の成り行きだ、と思い出した。
愛の感情の科に、幼い姿を残すネオテニーを思わせる特徴があるなんて、ちょっといじらしくない?と思って、
「妖怪じゃなくて妖精になってよかったね。」
って、心からあたしはそう思った。
博士が「そうだね。」と頷いた。
「ちなみに、人間も他の霊長類に比べてネオテニーが進んだ生き物だという説もあるんだよ。」
なんてことない、いつもの平和な水曜日が来ていた。




