五話-宝探し
「自室にしている部屋以外は、好きに戸や引き出しを開けていいよ。」と言われていたので、古民家の中を探索していると、古い金庫を見つけた。
「階段下の収納戸のところに、金庫あったよ。
博士、知ってた?」
顔だけ覗かせて廊下から研究室の博士へ話しかける。
博士は板状端末をテーブルの上に立てて動画を見ながらノートにメモを取っていた。
「君のお祖父さんの金庫だよ。
そもそもこの家は、君のお祖父さんの研究室だからね。」
「お祖父ちゃんの?」
あたしが生まれる前に亡くなったから、あたしはお祖父ちゃんの顔を遺影でしか知らない。
けれど家にはお祖父ちゃんの遺した動物の剥製や鉱物のコレクションがたくさんあって、あたしはそれを見る度にお祖父ちゃんの存在を身近に感じてきた。
お祖母ちゃんはそのコレクションを眺めて、「処分に困るわ。」なんて言いながら、ずっと大切に飾り続けてる。
この古民家も、お祖父ちゃんのものだったんだ。
急にこの家が愛おしく思えてきて、心が弾んだ。
「博士は、ここが研究室って知ってたから借りたの?」
「いや。若い頃、君のお祖父さんから妖精類のことを教えてもらったからね。
亡くなったあと少ししてから、奥さん――君のお祖母さんから連絡があって、それで借りることにしたんだよ。」
お祖父ちゃんと博士にそんな接点があってその縁でこの家を借りていたなんて、全然知らなかった。
博士とあたしってお祖父ちゃんを介して繋がっていたんだ、って嬉しいようなこそばゆいような気持ちになった。
お祖母ちゃん、話してくれればいいのに。
「変な先生が住んでいるのよ。」なんて言って、あたしの興味を引き出そうとしてたんだ。
そういえば「あなたはお祖父ちゃんと似てる。」って言われたことがあった。
あたしと博士を会わせてみたかったのかな。
家に帰ったら聞いてみよう。
「おもしろいだろうから、見てみるといいよ。金庫の中の物。
鍵は開けっ放しだから。」
表情は分からなかったけれど、そう言う博士の声はいつもより楽しそうに聞こえた。
金庫の前に戻る。
観音開きの扉を開けると、いかにも時代を感じさせる紐綴じの本や巻き物が入っていた。
鍵は開いているというか壊れていて、金庫というより収納棚として使っているようだった。
古い金庫に古い本や巻き物。
なんだか宝箱みたいで素敵じゃない?と思った。
巻き物の一つを手に取り、紐を解いて広げてみた。
筆と墨で魚のような気持ち悪い生き物が描かれていて、この妖怪に取り憑かれると心身にこのような症状が表れる、といったことが書かれていた。
とんだマニアックな宝箱だった。
「これって妖精類……?」
「そう。まだ妖怪のような扱いをされてた頃の妖精類。」
いつのまにか博士が後ろに居て、覗き込んでいた。
腕を組んでなぜか得意げに見える。
もしかして本当に博士にとってこれは宝物なのかもしれない、と僅かに察したあたしは、なんだコレと思った気持ちを急いで遠くへ蹴り飛ばして、これは絶対に茶化さないようにしようと誓っておいた。
昔って、妖精類は妖怪のように思われていたんだ。
これもお祖父ちゃんのコレクションなのかな?
「これ、取り憑かれると具合悪くなるみたいに書いてあるよ。
妖精類って、ほとんど害が無いはずじゃないの?」
「心身に不調を来たすほど感情が動いた人のところへ妖精類が現れるから、妖精類が来ると不調になると思われたということだね。
病気になって、死への恐怖に怯える人のところへ妖精類が来ると、死神だと言われたり天使だと言われたりね。
ちなみにこれは君のお祖父さんの直筆の書だよ。」
「直筆!?」
お祖父ちゃんが集めたコレクションは見てきたけれど、お祖父ちゃん自身が作ったものを見たのは初めてだった。
改めてじっくり見る。その一筆一筆の線に、お祖父ちゃんが生きていた痕跡を見た気がして、あたしはちょっと震えた。
「君のお祖父さんは、過度になると病の原因にもなると考えられていた東洋医学の"七情"に沿って、当時の妖精類を研究していたんだよ。
私が分類している8つの科のうち、7つは七情に対応しているけれど、それとはまた違う分類になる。」
「どう違うの?」
博士は腕を組んだままウーンと唸って、「あっちのホワイトボードのほうへ行こうか。」と指差した。
研究室へ戻ると、博士はホワイトボードに書き込み始めた。
いつもより若干熱が入っているように見えて、あたしはお祖父ちゃんの本と巻き物を急いでテーブルの上に置き、ワクワクしながらソファに座った。
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【 東洋医学上の七情 】
心身の状態に影響を与える7つの基本的な感情
それぞれの感情に伴って現れる妖精類を、妖怪として分類
・喜び
・怒り
・憂い
・思い悩む
・悲しみ
・恐れ
・驚き
【 感情分類 】
硬骨魚綱条鰭亜綱妖精上目白澤目に分類される。
分類学上の七情+白澤科(妖精類の原種)
・喜科 =蛇に似る
・怒科 =亀
・哀科 =虎
・恐科 =鳥
・愛科 =鹿
・欲科 =獅子
・悪科 =山羊
・白澤科 =マンボウ、カワハギ、フグに似る。9つの目がある。
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書き終えた博士は、全体を眺めるようにホワイトボードから一歩下がった。
「……こんな感じかな。だいたい分かるよね。」
「あっ、めんどくさくて説明省いた!」
「君がこの前話していた男子高校生に懐いていた妖精類たちは、この感情分類における7つの科の原種系だと思うよ。」
「原種系って、古代魚的な?」
「うーん……。そんな感じかな。」
やっぱりあの男子高校生についてた妖精類ってすごいじゃん!と思いながら、どの科の動物に似ていたか記憶を辿って考えてみたけれど、全く分からなかった。
「君のお祖父さんは、心身に不調を来たした時に現れる妖精類を妖怪として研究して、今でいうカウンセラーのようなことをしていたんだよ。
当時は"祓い屋"と言われていたね。」
研究してるのに"祓い屋"って突然胡散くさくなっちゃって、あたしはお祖父ちゃんの人物像の濃さに笑うしかなかった。
でも、納得することがあった。
知らない人から「ああ、あそこの家の孫か!」と言われることがよくあったから。
それは決して嫌な感じではなくて、お世話になったねというような温かい声だったから、お祖父ちゃんって顔が広いなぁくらいに思っていたけれど、それは祓い屋をしていたからだったんだ。
「博士の分類のほうの"白澤科"って、一つだけちょっと違うね。」
「白澤は、君のお祖父さんが研究していた時代の呼び名をそのまま残しているよ。
白澤は知識が豊富で、人間の言葉を理解するとされる伝説上の神獣でね。
原種とされる妖精類の見た目の特徴が白澤に似ているから、白澤目・白澤科にしているんだ。」
お祖父ちゃんの研究は、古いからってもう全く意味がないわけじゃないみたい。
この家ごと博士が引き継いでくれてるんだ。
さっきはお祖父ちゃんを介して博士と繋がっていたことに喜んだのに、途端に目の前の博士を遠く感じてしまった。
博士はこんなにずっとしっかりと生きてきた人で、あたしはただの学生なんだって今更ながら思ってしまって、気分が少ししぼんでしまった。
お祖父ちゃんが書き遺した本を開く。
1ページ1ページに、色んな妖精類の絵が丁寧に描きこまれている。
「んん?」
似ている姿の妖精類2匹が描かれたページがあった。
どちらも"怒り"に分類されているけれど、よく似た2匹を同じものとしていいのか、結論が出なかったようなことが書かれている。
「博士、このページ……どう思う?」
「ああ、そのページね。それは収斂進化なんだよ。」
「収斂進化?」
「似た環境や生活様式にそれぞれ適応した結果、別の種類なのに、よく似た姿形になることだね。」
博士はクルリと回って後ろのホワイトボードにまた向かった。
「その絵の妖精類は、この2種だよ。」
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【怒科ウロコメ属悪型亜属オビテンスモドキ種】
・大きなウロコ
・9つの目(白澤目の特徴を濃く受け継いでいる)
・ヤギの角に似た突起(軟質)
・柔らかな突起の多い体表
・青みを帯びた体色
【悪科バンカラ属怒型亜属ボロカサゴ種】
・大きな斑点模様(色抜け)
・ヤギに似た角(硬質)
・不規則な突起の多い体表
・濃淡のある藍色の体色
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当然のように解説する博士を見て、お祖父ちゃんの本をこれまで全て読み込んで解き明かしてきたのだと分かった。
かっこいいなぁ、なんてちょっと的外れにもそう思って、しぼんでいたあたしの心はまた浮き上がった。
さっきまで寂しく感じていた博士との遠さが、今は尊敬する気持ちにひっくり返っていた。
「ああ、感情分類上での"悪"というのは悪いという意味ではないからね。
裁く、選り分ける、という意味だよ。……イメージとしては番人的なものかな。」
「んんー。つまりこれって、怒り、裁く、っていう感情が似てる妖精類同士ってこと?」
「そう。どっちが感情のベースにあるかってところの違いだよ。
感情が似てるから、姿形が似る。」
怒りの中に裁きの感情がある。
裁く中に怒りの感情がある。
違うのはわかるけど、それぞれ具体的にどんな経験からの感情なんだろうって想像がつかなくて難しいや、とあたしは首をひねる。
「妖精類の感情って思ったより複雑で難しいかも。
これって、体の色は科によって分かれてるわけじゃないってことだよね?怒科と悪科でどっちも青系の体の色なんだね。」
「体の色については、科によってどういう法則性があるのか、残念ながらまだあまり解明されてないよ。
ある程度は色の範囲にまとまりはあるように見えるのだけれどね。」
ゲームだとよく、炎タイプは赤っぽくて、水タイプは青っぽいとか、分かりやすいのに。
まだあまり解明されてないんだと話す博士は少し悔しそうな表情にも見えて、早く謎が解けるといいなぁと思った。
「博士って、妖精類のこと本当に好きだよね。」
ホワイトボードのほうを向いていつもの椅子に手を付いていた博士は、顔だけ振り向いてあたしを見ると、一瞬何かを考えたように動きを止めた。
そしていつもの椅子に座ると、真っ直ぐあたしを見た。
「私は、この全部の妖精類の世界が人の心にあるものだと思ってるんだ。
まだ知らない感情も、蓋をしている感情も、何かのきっかけでオセロのようにひっくり返って表に現れる。
人には、あらゆる感情の可能性がある。
一生知ることのない感情だって、心のどこかには潜在的に眠っているんじゃないかと私は考えてる。
そういう感情の可能性が、それぞれ違う命の姿をして泳いでいるように見えるんだ。
私は、それが尊くて美しいと思う。
妖精類を見ていると、人の心の尊さも分かるような気がするんだ。」
博士の言葉は、一度で一気に理解するにはあたしには少し難しかったけれど、なんとなく伝わってきた。
すべての妖精類が、あたしの中に生きているんだ。
「たくさんの命があたしの中にあるような気がしてきたかも。」
自分の中に宇宙のような広い空間が広がっていて、そこを妖精類たちが自由に泳いでいるような感覚がした。
博士は頷いて、改まっていた姿勢を少し崩して背もたれに預けた。
「たとえ自分の中の妖精類だとして、飼うことはできない。だからままならないことがある。
自分の中の海や山や川や、街にいるものだから。
自分の中の自然や景観をどうしていくかなんだ。」
「あっ、うーん……うん?」
首を傾げるあたし。
悩むあたしを見る博士。
「自分の中の妖精類、全種飼う気満々だった、あたし。」
博士が、フッと息を吐いて、顔を背けて手で口元を隠した。
「あ!え!?博士笑った!博士笑ってない!?」
「笑ってない。」
「笑ってるよね!?」
「いや。全く、君はそれでこそだよね。」
博士がいつものポーカーフェイスでこちらを見た。
笑ってたくせに。
今日の博士の話を全部理解するにはあたしにはまだちょっと難しかったけれど、今日は博士の知識じゃなくて博士の考え方を聞かせてもらえて、なんだか嬉しかった。
部屋の中を見回す。
どこからどこまでが、お祖父ちゃんの物で博士の物なんだろう。
お祖母ちゃんが最初に博士に連絡したとき、あのいつものように「処分に困るわ。」なんて言ったのかもしれない。
そう思ったときには、テーブルの上の本と巻き物をパタパタと片付けていた。
「博士!今日はもう帰るね!
お祖母ちゃんと話したくなっちゃった!」




