四話-見
まるでブレイクダンスでもするように、空中で体を捻りながら回転し、敵の攻撃を避ける。
手に持っていた大きなV字のブーメランを思わせる板を足下へ滑り込ませ、それに乗って風を切るように空を飛び回る。
前へとかざした両手から力強い衝撃波が放たれ、敵へ命中した。
"時空の歪み"からやってくる"時空外来種"。
怪物然とした姿のものもいれば、人によく似たものもいる。
その目的は、未だ分かっていない。
いつもどこからかヒーローの彼が現れ、その圧倒的強さで時空外来種を倒してくれる。
◇◇◇
『ヒーロー君は今日もかっこよかった!』
『後ろにいた逃げ遅れた人に優しく声掛けてて、そういうとこホント尊敬する。』
『仕事終わりの飛行武器ナデナデ見れて満足◎』
『朝から出動お疲れ様でした!』
大好きな推しのヒーローへの愛を、今日もSNSに綴る。
わたしの推しは、時空の歪みから現れた怪物をやっつけるヒーロー。
八重歯がカワイイ爽やかな笑顔。それほど高くはない背丈。ダンスでも踊っているかのような身のこなしは、とにかくかっこいい。
怪我をしませんようにと祈りながら、ライブ配信をいつも観てる。
「見てた? あの体勢から衝撃波打てるのすごいね!」
リビングのテレビから視線を外し、後ろを振り向いてボーちゃんに話しかける。
体長30センチほどの妖精類。僅かに青みを帯び、ヒレの縁が細かく裂けたような半透明の体。V字型のツノを持ち、大きなウロコに覆われた体には、顔にある目とは別に、9つの目があちこちについている。
9つの目のうち、8つが閉じていた。
「ボーちゃん、わたしの推しに興味なさすぎない…?1個しか目開いてないの。」
「ボーちゃんはのんびり屋さんの平和主義さんだから、戦いなんて興味ないのよね〜。」
「ママ。ボーちゃん、目を全部閉じたよ。聞いてないよ。」
「ボーちゃんは頷いているのよね〜。
ほら叔父さんがお中元で贈ってくれた桃よ、食べなさい。」
ママが、カットした桃の乗ったお皿をテーブルに出す。
わたしのお気に入りのフォークも添えてくれてて、本当にママってわたしのこと分かってる!大好き!
「美味しい!叔父さんありがとうだね。」
「本当ね、美味しい!
夜にパパが帰ってきたらまた剥くからね。
ところで、彼氏と今度の夏祭り行くって言ってたよね?浴衣着て行くの?」
「うん。浴衣あったよね?」
「あるけど……。高校生になったんだし、新しいの買いに行く?買ってあげるよ。」
「本当に!?嬉しい!」
「ふふ。分かりやすいくらいあなた目が輝くわよね〜。」
「よく言われる〜〜。」
「じゃあお昼前に出かけようね。
ママ支度してくるから。」
「はーい。」
携帯端末で浴衣を検索して、どんな浴衣にしようかなあって桃を食べながら考える。
彼氏とは小学6年生から付き合っていて、夏祭りにはもう何度も一緒に行っている。
わたしの浴衣姿なんて、そろそろ見慣れてくる頃かもしれない。
少し大人っぽいのを選んでみてもいいのかな。
ママに相談して決めよう。
検索画面を引っ込めて、先程のSNSの推し専用アカウントを表示する。
そこから、見る専門のアカウントに切り替えた。
『ヒーロー』と検索をすると、今日の戦いについてのたくさんの人の呟きが出てきた。
その中でいくつか目に止まった呟きをブックマークする。
『世界滅亡でええわ。ヒーロー死ね。』
『別に何されたわけでもないけど、あのヒーローの人が生理的に無理。』
『あのヒーローの笑顔、自分が人気あるの分かっててやってそう。アイドル気取り?』
『ヒーローとかいう目立ちたがり屋め。戦い方もパフォーマンスじみててキモい。』
戦いの様子がライブ配信されるようになってからというもの、SNSでの嫌な言葉がよく見られるようになった。
どうか、ヒーロー君がこれを見てませんように。
祈る気持ちで、機械的に指を動かしてSNS運営へ淡々と通報をする。
きっと、この人たちに『それは嫌なことなんだよ。』って、ちゃんと伝える術は無い。
投稿したことを後悔なんてしないんだろう。
それならば、どうか、と祈る。
この人たちの人生のこの先に、相応のつらさがありますようにと。
この人たち程度に合わせた、この人たちのための苦しみがありますようにと。
一つ一つ、プロフィール画面を開いて丁寧に祈る。
SNSを開く元気なんて出ないほど、
何も投稿する気力が湧かないほど、
疲れて、
負けて、
臥して、
つらく苦しい経験を。
つらく苦しい思いを。
どうか、
どうか。
この思いが届きますように。
「あ!わたしも出かける準備しなきゃ!」
パッと顔を上げて自室へ向かう。
ボーちゃんの体の目が、9つ全部開いていた。
「ボーちゃんもお出かけ楽しみ?
準備するから待っててね。」
◇◇◇
〈 14歳・男(中学生) 〉
『世界滅亡でええわ。ヒーロー死ね。』
SNSにそう呟いた。
世界が滅亡して学校に行く必要がなくなればいいと思っていたし、ヒーローの存在もキラキラして見えて、うざかったからだ。
コメント欄には、同意するものもあれば、注意してくるものもあった。
帰り着いたばかりの部屋には西日が差し込み暑く、エアコンの冷気も追い付かない。
全部、何もかもうぜぇ。
少年のイライラは増した。
もういいや、と思って携帯端末の画面を消す。
――画面が暗くなった瞬間。
ギョロッとした大きな目が映り込んだ。
「うわぁあ!」
思わず携帯端末を放り投げ、四つん這いでバタバタと部屋の角まで後ずさった。
見間違いだろうか。
それにしてもハッキリと見えた気がした。
呼吸を落ち着かせ、気のせいだろうと自分に言い聞かせ、恐る恐る携帯端末に近づく。
何も映り込んではいない。
ホッとして、拾い上げる。
――日が落ちた頃。
カーテンを閉め忘れた窓の向こうから、複数の目が少年を見つめていた。
◇◇◇
〈 42歳・女(会社員) 〉
『別に何されたわけでもないけど、あのヒーローの人が生理的に無理。』
SNSにそう呟いた。
本当にそう思ったからだ。
ただの感想を投稿しただけ。
仕事帰り、女性はいつもの道を歩いていた。
石畳の歩道に、ぽつぽつと灯る街灯。
ショーウィンドウから溢れる光が眩しい。
営業を終え、明かりの消えた店舗の前に女性が差しかかった。
その瞬間だった。
暗くなったショーウィンドウ一面に、たくさんの目が開いた。
女性は叫ぶこともできず、その場に凍りついた。
その目は、何かを探すようにゆっくりと目線を動かし――
一斉に彼女を見た。
◇◇◇
〈 17歳・女(高校生) 〉
『あのヒーローの笑顔、自分が人気あるの分かっててやってそう。アイドル気取り?』
SNSにそう呟いた。
ヒーローのことはあまり知らないけど、文句を言ったらスッキリした。
本人が自分の呟きを見る可能性は低いし、大丈夫だろうと思った。
放課後、駅の中のショッピングモールに寄った。
トイレの大きな姿見。
今日の髪、上手くセットできたよね、と鏡の中の自分を眺める。
ゆるく巻かれたポニーテールの先が可愛く揺れた。
撮っておこうと思い立って、携帯端末を鏡に向けたときだった。
「きゃぁあ!」
転びそうになりながら、走ってトイレを出た。
店舗フロアに飛び出してきた少女を、通行人が不思議そうに見る。
その視線に気づき、少女は思わず乱れた前髪を整えた。
トイレへ繋がる通路を振り返る。
先ほどの光景が頭の中でフラッシュバックする。
鏡の中の、少女の周り。
たくさんの目が浮かんでいて、その全てが少女のほうを向いて、静かに見つめていたのだ。
◇◇◇
〈 47歳・男(無職) 〉
『ヒーローとかいう目立ちたがり屋め。戦い方もパフォーマンスじみててキモい。』
SNSにそう呟いた。
ヒーローの話題を目にするのに飽きたからだ。
時空外来種なんて自衛隊が対応するのに、目立ちたがり屋め、と思っていた。
今日もとくになんもなかったな、と重い体をベッドに投げ出す。
布団に入り部屋の電気を消し、しばらく目を閉じていたが、外で走るバイクの音や若者たちの笑い声が気になってなかなか寝付けなかった。
男性は、ああくそ!と目を開けた。
その瞬間、息を止めた。
暗闇の中、天井いっぱいの目が、
男性を凝視していた。
◇◇◇
夏祭りの日。
彼氏が家まで迎えに来てくれ、夏祭り会場までは彼の家の送迎車に乗せてもらった。
付き合ったのは小学6年生からだけれど、幼稚園の頃からの幼馴染みだ。
送迎車の専属ドライバーさんとも旧知の仲と言っていいくらい。
だから、彼氏もドライバーさんも、妖精類にしてはちょっとだけハードな見た目のボーちゃんを見ても驚かない。
何にも考えてなさそうな顔をして当然のように車に乗ってついてくるから、妖精類って不思議。
お家の都合で彼氏は屋台の物を食べないので、一緒にいるときはわたしも食べないでいる。
でも、「家族とお祭り来たときは屋台のもの食べちゃうんだよね……。」って打ち明けたら、「いいね。楽しそう。」って優しく笑ってくれて、もっと大好きになった。
人混みを避けて、階段の上にある神社の広場までやってきた。
生ぬるい風がゆるく吹いて、賑やかなお祭りの明かりが目下に広がり、花火が高く高く上がって。
夏だね、暑いね、って手を繋いだ。
「あら、おかえりなさい。楽しかった?
ボーちゃんもおかえりなさい。」
家に帰ると、ママがニコニコして待ってくれていた。
パパはリビングのソファでテレビを観ていたけれど、「おかえり。」とこちらを振り返って言った。
「ただいま!楽しかったよ!
浴衣似合ってるって、カワイイって言ってくれたよ。かんざしも!」
「ふふ、よかったね。
もう何年も経つのに、ママはあの送迎車見るのなかなか慣れないわ……ふふ、シンデレラのかぼちゃの馬車みたいね。」
「行き先はお城の舞踏会じゃなく、地元のお祭り会場なのか……。」と、パパがボソッと呟いた。
「そうしたら彼氏が王子様じゃなくて魔法使いになっちゃわない!?」
「あらそうね。彼氏くんには王子様で居てもらわなきゃね。」
パパが、「ヒーローが好きなんじゃないのか。王子様でいいのか。衝撃波打てないぞ。」と、またぼやいた。
「ていうかわたしシンデレラじゃないよ〜。
ママもパパも優しいもん。」
わたしはシンデレラでもヒーローに救われるヒロインでもない。
ただの幸せな一般市民。
彼氏も、王子様というよりは宰相とか侍従長タイプに思える。
わたしは、そんな彼を支える素敵な奥さんになるのが夢だなって、秘かに思った。
ボーちゃんの体の目が全部閉じている。
「ボーちゃん、眠い?
歩き回ったから疲れたよね。
早く寝ようね。」
ちょっとまだ名残り惜しいけれど、そろそろ浴衣を脱がなきゃ。
2階にある自室へ上がる。
ドアを閉めて、何気なく携帯端末を手に取った。
「あ。」
嫌な言葉を書き込んでいた人たち、今日はどんな一日だったかな?
ブックマークしていた投稿から一人のホーム画面へ飛んで、今日の投稿を確認する。
『帰宅。』
『ネコの動画癒やされる。』
『まじで怖い目に遭った。』
『▲▲ショッピングモールのトイレにお化けいる。』
お化け見て怖い目に遭ったらしい。
投稿するネタがあって楽しそうだなって思った。
足りないな。
足りないかも。
怖いこと、嫌なこと、つらいこと、苦しいこと。
続きますようにと祈った。
明日も明後日も。
どんな小さなことでもいいから、
たくさんたくさん起きますように。
どうか、
気が滅入る日々を、
それなりに。
あなたなりに。
あなただけの苦しみを。
この思いが届きますようにと、
目を閉じて両手を組んで祈った。




