十一話-初めて
(そりゃ、川魚がいるんだから、川の人魚がいてもいいのかもしれない。)
橋の下に倒れている人を見つけた――と思ったら、人魚だった。
人魚といえば水色やピンクといった熱帯魚のような華やかなイメージだったが、そのイメージは見事に裏切られた。
上半身は人間と似ているものの、下半身は魚そのもので、サケのような銀色の鱗が生々しさを増している。
(リアルな人魚だ。)
腰まで伸びたウェーブがかった赤毛が、日の光でキラキラと輝いている。
幻想的ではないのになぜかとても美しく、驚きと共にしばらく見惚れてしまった。
人魚はこちらを警戒して少し後ずさった。
石だらけの川辺に打ち上げられているような状態で、上手く身動きが取れないようだ。
「何もしないから、落ち着いて。」
できるだけ優しく話しかけ、近くのホームセンターまで急いで走り、ビニールシートを買ってきた。
人魚のそばに敷いて、「ここの上のほうが痛くないよ」とまた話しかけてみるが、こちらを警戒して動かない。
よく見ると、腕に擦り傷があったり鱗が剥がれたりして血が出ている。
『魚 ケガ 治療』などと携帯端末で調べていると、いつの間にか太陽が高く上がり、夏の日差しがジリジリと肌に当たっているのを感じた。
小さい頃、父に連れられて釣りをしたとき、釣り上げた魚が熱せられた地面の上でベチベチと暴れていた姿を思い出した。
「焼き魚になりそうだね。」
と言ったら、人魚がわかりやすく顔を顰めた。
(しまった。)
言葉が通じるとは思ってなかったから、つい出た発言だった。
「もしかして、言葉が分かるの?」
日差しを和らげるため、驚かせないように地面に敷いていたビニールシートをゆっくりと人魚の上に被せながら聞くが、人魚は答えない。
どうしたものかと悩み、いつもこういう時に相談している友人2人の顔が浮かんだ。
けれど、青いビニールシートの薄く透ける光の下の美しい姿を見ていると、この人魚のことを誰にも話したくない気持ちになっていた。
「あなた、ヒーローでしょ。知っているわ。」
突然、人魚が喋った。
確かにボクは時空外来種と戦うヒーローの活動をしているけれど、なぜ知っているのだろう。
人魚から"ヒーロー"という単語が出るのは驚きだった。
「うん。ヒーローをしているよ。
それを知っているってことは、もしかしてキミは未来から来た時空外来種なのかな。
人型と怪獣型しか見たことないんだけど、人魚型の子もいるんだね。」
「人間は、私たちを"時空外来種"と呼ぶわよね。
宇宙人とか、本当の外来種は他にいるのに。変なの。」
再び友人2人の顔が浮かんだ。
やっぱり来てもらったほうがいいだろうか。
人魚型の時空外来種に、さらに宇宙人も来ている?
「あなたたちが"時空外来種"と呼んでいる私たちは、みんな人魚よ。
私をどうする? 食べるの?」
時空外来種は、みんな人魚?
思えば、怪獣型の時空外来種にもヒレのような特徴があったような気がする。
この前出会った人型の時空外来種の子どもにも、エラのような部分があった。
食べるの? と聞かれたのは、人魚の肉を食べると不老不死になると言われている古い伝説のことだろうか。
「…………。
ちょっと、聞いてる?」
時空外来種は未来から来ている。
ということは、人魚って未来生物だったっていうことになる?
昔の妖怪絵巻にも描かれているのに?
(ちょっと分かんなくなってきた。)
あれもこれもと頭に浮かぶが、掴みかけたことがポロポロと手のひらから落ちていくようだった。
「…………。」
気がつくと、人魚が呆れた顔でこちらを見ていた。
「ああ!ゴメン!考え事してた!
食べない!食べないよ!焼き魚になったとしても!」
「あなたって、ヒーローのくせにデリカシー無いわね。」
黙っていればイケメンとよく言われる。
時空外来種との戦闘中やその前後、近くにドローンカメラが飛んでるときはあまり喋るなよと友人Aからも言われている。
まさか人魚からも言われてしまうとは。
「はぁ……仕方ないわね。
私、閉じかけたゲートにやむなく逃げ込んでここに落ちたの。
帰れるように手助けしてくれる? ヒーローさん。
代わりに、"時空外来種"のことを教えるわ。どう?」
◇◇◇
半身が魚の彼女は、陸のゲートではなく海の中にあるゲートを探さなくてはいけないらしく、まず怪我をある程度治してから帰り道を探そうということで話がまとまった。
(こんな夏は初めてだなぁ。)
「どちらかと言えば海水がいいわ。」と、人魚が言ったので、ホームセンターのペットコーナーで人工海水の素をたくさん買ってきて、水を張った浴槽に大量に溶かした。
それを混ぜながら耳を澄ますと、小さくしゅわしゅわキラキラと音がして、炭酸水みたいだと思った。
浴室に差し込む昼の光が優しく、時間がゆったり流れるようだった。
隣には、青いビニールシートの上の、ちょっと高飛車な銀色の人魚。
「だいたい溶けたかな。入ってみて。」
声を掛けると、人魚はボクに向かって手を伸ばした。
お姫様抱っこをすると、耳のすぐ下から顎角の後ろに大きな裂け目のようなエラが見えた。
二度ほど、少し苦しそうに開いては閉じた。
強気に振る舞ってはいるが、見た目以上に弱っているのかもしれない。
「尾びれからゆっくり入れて。」
人魚に言われた通りに尾びれからゆっくり浴槽へ入れる。
怪我をした部分が浸かると、人魚が小さく呻いた。
それが少し可愛いと思ってしまったボクは、心の中で自分を引っ叩いた。
「ゲートに逃げ込んだっていうのはどうして?
あっ、傷は大丈夫? もっかい上がる?」
空気を変えたくて質問をしたけれど、もう少し怪我の具合を気遣ってあげればよかったと思い、少し慌てた。
「いい。大丈夫よ。」
人魚は、伸ばしたボクの腕をグッと押し戻した。
思ったよりも力強くて、人間ではないなというのを改めて感じてドキッとする。
「多くの人魚は人間との対立を望んでないわ。
共存派よ。特に思想がなければみんな共存派。私もそう。
でも、そうじゃない人魚たちもいる。その過激派の人魚に追いかけられて、閉じる寸前のゲートに仕方なく逃げ込んだの。
いきなり飛び込んだから、あんなとこに落ちてしまったわ。」
(人魚たちは一枚岩ではないんだ。)
未来では人間とだけでなく同族内でも争っているなんて、大変な思いをしているようだ。
迷子の人魚の子は、人魚たちは過去へ来て"悪い人間"を探していると言っていた。
過去に来てもボクのような人間がそれを阻むのだから、常に何かと戦い続けていることになる。
少し、胸が痛むような思いがした。
「等価交換で色々教えてあげてもいいけれど、ちょっと疲れちゃったわ。眠っても?」
人魚が顔半分まで浴槽に浸かって言った。
長い赤毛が水面に広がり少し不気味な感じになる。
しかし初めに出会った時のピリピリとした表情はなく、その言葉通り疲れ切っているように見えた。
「眠っていいよ。何かあったら、ここの呼び出しボタンを押してね。ここ。押すと、別の部屋で音が鳴るんだ。」
人魚は頷くと、頭のてっぺんまで浴槽へ沈んだ。
(……そういう寝方?)
一瞬心配になる。
友人Bから、『目を開けて寝てるんだけど!』と迷子の人魚の寝姿の写真が送られてきた時のことを思い出した。
目の前の人魚も、目を開けたままだ。
死んでいるかどうかを見分けるのが難しそうな絵面だった。
起きたら、人魚に何を食べさせたらいいだろう。
迷子の人魚の世話をした友人Bに聞いてみよう。
◇◇◇
友人Bには聞けなかった。
友人Aにも話せなかった。
食べ物は色々買ってきて人魚に選んでもらえばいいと思ったし、友人たちに話すのは人魚の怪我の具合がもう少し良くなってからでもいいだろうと思ったから。
浴室に月明かりと、隣の部屋からの明かりが差し込む。
電気を点けると人魚が眩しいと嫌がったので、この状態だ。
人魚はエビとイカを喜んで食べた。
明らかに嬉しそうな顔をしていて、とても可愛かった。
ギザギザとした鋭い歯が覗いて、ボクも八重歯あるんだよなぁ、ちょっとだけおそろいだなぁとぼんやり思った。
いつの間にか顔がニヤついてしまっていて、それに気づかれて水をかけられた。
人工海水はちゃんとしょっぱかった。
人魚が浸かっていた水を浴びたことに何とも言えない何かを感じて、ボクは自分の心を探るように考えた。
(何とも言えない……。)
人魚の肉を食べると不老不死になれるなら、人魚の浸かってた水は出汁みたいなものだし、浴びると何か魔法のような効果があることもあるんじゃないだろうか。
またデリカシーが無いと言われそうだから、それは口に出さなかった。
「過去に来てる人魚たちは過激派なの?」
人魚の目はこちらの気持ちを見透かしてきそうなほど力強くて、勝手に気まずくなったボクは質問を投げた。
「あら。逆よ。未来からここへ来てる人魚たちは共存派よ。あなたがヒーローだから教えるけど、人魚はなにも脅威ではないわ。ただ、争いの種となった人間を探してるのよ。
……でもそうね。過激派がこちらにくるということも、あり得ない話ではないわ。」
「前に保護した迷子の子が言ってたよ。
"悪い人間"を探してるって。
"悪い人間"は、何をしたの?」
人魚はそこで一旦黙ってしまった。
どこまでこちらに話していいか推し量っているようだったが、やがて決心したようにボクを見据えた。
「教えたら、その人間を探すのに協力してくれるの? 隠さない?」
「うん。協力する。そうすれば人魚たちからの襲撃が無くなるんでしょ?」
「共存派でも、みんながその人間を見つけたら、どんな感情になるかわからないのよ。
その人間の命をどうするかはわからないわ。」
「ボクはヒーローだよ。みんなを守るよ。
ボクは人間だから、その悪い人間も守るだろうし、人魚たちのことも守るよ。」
「なによそれ。」
「ボクがヒーローだってこと。」
人魚が呆れたように少し笑った。
神秘的な可愛らしさが月明かりに照らし出される。
この人魚のいる世界を守りたいなぁと思った。
この瞬間は、そう思うほどだった。
「"悪い人間"は、何をしたの?」
もう一度聞くと、人魚の顔から笑みが消え、伏せた顔に陰が落ちた。
「妖精類を、食べたのよ。」
(あぁ、待って。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけれど。)
◇◇◇
銀色の人魚を家に連れてきてから何日か経った。
ボクは時空外来種——もとい人魚たちとの戦いを続けていた。
変わったことといえば、銀色の人魚の彼女から教わった言葉を使い、ゲートを通って来た人魚たちに隙を見て帰るよう促していることと、
「ただいま。」
「あら、おかえりなさい。」
ボクが家に帰ると浴室にいる人魚が迎えてくれることだ。
「イカは最近高くてなかなか買えないや。エビ買ってきた。」
「カニも好きよ。」
「カニはもっと高いって!」
「ふぅん? 人間って食べづらいものに高値をつけるのね? 苦労をするのが好きなのね。」
銭湯へ行った帰りにスーパーで買い物をして帰ってきた。
浴室を人魚の部屋にしてるから、ボクはこのところ銭湯通いだ。
人魚の体の傷は前より具合が良くなってきたから、そろそろ帰るゲートを探してもいい頃かもしれない。
けれどボクは多少苦労しつつもこの生活が大概気に入ってきてしまっていた。
友人たちに、まだ人魚のことを話せていない。
時空外来種としてこの人魚を友人たちに会わせることは、彼女を異生物として扱うようなものだという気がした。
異生物に違いはないのだけれど。
何となく、それは嫌だった。
(このまま帰らずに、ここにいてくれればいいのになぁ。)
人魚は"悪い人間"について話してくれた。
"悪い人間"は、妖精類を食べたらしい。
そんなにダメなことだろうか。
食べるヤツもまぁいるだろうなって思ってしまった。
『私たち人魚は、妖精類から進化して生まれた生き物よ。
妖精類は私たちにとって、ルーツでありながら神様であり太陽なの。』
人魚たちにも宗教はあるんだなと思った。
妖精類から人魚が生まれたのは、なるほど、何となく雰囲気で腑に落ちる感覚がした。
目の前の人魚は妖精と言っていいほど美しかったから。
でも、サルがヒョウに獲って食べられたとして、人間はべつにヒョウに文句は言わないよなと思った。
『魚を食べると頭が良くなるって聞いたことない?』
『うん。よく聞くよ。』
子どもの頃、よく両親にそう言われていた。
正直、魚を食べるのは苦手だった。
どうせ嘘だろうけどそう言われるなら少し食べておくか、ぐらいの気持ちでその言葉を聞いていた。
『同じなのよ。
この時代、まだ妖精類は食べられてない?
そのうち、"妖精類を食べると心が豊かになる"と言われるようになるわ。
妖精類の肉がスーパーに並ぶようになるし、缶詰になるし、お菓子になる。』
人間が妖精類を食べるというのは、一部の変な人間が【妖精類】【食べてみた】ってふざけて動画を出すようなのをイメージしていたから、驚いた。
『人間はより多くの妖精類を世に安定供給するために、養殖しようとしたわ。
でも、妖精類は管理できないのよ。
そもそも、そういう生き物なの。
養殖の過程で遺伝子異常が起きて、人間に襲いかかる妖精類がいたわ。
その遺伝子異常から、人魚の原型となる妖精類が生まれたの。
人間と私たちの祖先の争いはここから始まったのよ。』
産業になるほどの規模だとしたら、"悪い人間"とは、誰になるのだろう。
『人魚の進化の分岐の歴史を捻じ曲げてでも止めたいのよ。未来で人魚が滅びようとも。
"我々は大きな一つ、我々は小さな全て"。
妖精類を救うことは、人魚を救うことにもなるの。』
ボクは一体、何を守るんだろう。
◇◇◇
(人魚の怪我がだいぶ治ってしまった。)
ぼーっとしながら通学路を歩いていると、ベタのような妖精類が1匹ボクについてきた。
赤く半透明な体に、大きく広がったヒレがとても優雅な妖精類だ。
学校に着くと友人たちはびっくりした顔をしたけれど、友人Bには妖精類が7匹もくっついているんだから、びっくりされるのはちょっとびっくりする。
友人Aが「俺にも妖精類ついてこねぇかな。」と言った。
ベタのような妖精類は戦いでとくに役に立つということもなく、傍らで泳いでいるだけだった。
◇◇◇
休日の昼下がり。いつものように浴室で2人、ゆったり過ごしていた。
ベタのような妖精類はまだいる。
初めてこのベタのような妖精類を家に連れて帰って来たときの人魚の目の輝きといったら。
とんでもない可愛さだった。
(あの顔をまた見るにはどうしたらいいだろう。)
人魚はファンタジー映画が好きで、今日は様々な種族がパーティーを組んで1つの目標に向けて旅をする映画を観ていた。
人魚が動くと時折聞こえる水の音が可愛らしい。
ボクはというと、その横で学校の課題をやっている。
わざわざ浴室でやることもないのだけど、こうして過ごす時間が心地よかった。
映画を見終えた人魚が画面を止めた。
板状端末を操作するのも、もう慣れたものだ。
「ねぇ。ヒーローをやっていたら、死にそうになることもあるでしょう?」
「うん、まぁあるかも。」
「怖くはないの?」
人魚がボクのノートを取り上げて横に置いた。
濡れた手で触るからノートが濡れる。
近頃、ノートを提出すると『お前のノートはなんでこんな歪んでるんだ。』と教師からツッコミを受けていた。
理由はこういうわけだ。
人魚がボクにちょっかいをかけた証だ。
「怖くはないかなぁ。
ボクは、わりといつ死んでも仕方ないなぁと思ってるんだ。
あ、いや、死にたいわけじゃなくてね。
人生に結構満足しているから、ここまででもいいといつも思ってるんだ。
戦いのなかで死ぬならそこそこかっこいいしさ。」
「空虚ね。」
「満たされてる感じなんだけれどね。」
伝わらないか、とボクは苦笑した。
人魚はいつになく真面目な顔をしていた。
ボクの人生は今、とても幸福なものなのだ。
思い返すのは省くが、本当に今は恵まれている。
人生のピークが常に今この瞬間。
だから今突然ここで人生が終わるとしても後悔がない。
本当だ。
(でも、そうだな……。)
最近は、学校にいても戦っていてもこの人魚のことが頭にあって、帰りにスーパーで何を買おうとか、帰ったら何してるかなとかそんなことばかり考えているような気がする。
「スーパーでエビを買わないといけないから、ちゃんと帰らないとなって思うよ、最近は。
そういう時は、ここで今死ぬのはやだなって思うよ。」
「ふぅん。そうよね。
死なないでよね。私、困るから。」
冗談っぽく言ってみると、人魚は柔らかく笑った。
「私を死ねない理由にするなら、生きる理由にもしてよね。」
人魚は柔らかい笑顔を変えなかったけれど、……いや、その笑顔を変えなかったからこそ、まるで文句を言われているように感じた。
(キミは未来へ帰ってしまうのに?)
「ヒーローさん、私、今度カニが食べたいわ。」
人魚は浴槽の縁に頬杖をついて、いたずらっぽい笑みでそう言った。
(今度って、いつまで待ってくれる?)
◇◇◇
人魚の怪我が完全に治ってしまった。
まだ暗い早朝。
人魚にイカを丸ごと手渡しながら悩む。
いよいよ友人たちに話して、人魚を未来へ帰す段取りを組まないといけない。
ベタのような妖精類は呑気に浴室の天井付近を泳いでいる。
「元気ないわね。学校行きたくないのかしら?」
「そういうわけじゃないよ。」
人魚は取り出したイカの墨袋や目玉を、脇にあるお皿に置いていく。
人魚はイカ墨を食べないらしい。
人間がイカ墨を使った料理をすると教えたら、『これはイカの影なのよ?』と、ものすごく驚いていた。
"イカの影"ってなんだ。
人魚独特の感性のようだった。
「最初会ったとき、『私を食べるの?』って聞いてきたよね。
未来では人魚も食べられてしまっているの?」
「そうね。とくに、私のような半身が魚型の人魚は食用にされやすいわ。
食べると不老不死になるだとか言われてるせいでね。
そんな効能無いわよ。ちょっと栄養あるくらいよ。」
あっという間にイカを食べ終わった彼女が浴槽へ潜る。
クルリと狭い浴槽で体を回転させると、天井を見つめながら、水面へフワっと浮いてきた。
「でも、あなたになら、私、食べてみてもらってもいいわ。」
あまりに衝撃的なことを言うから、ボクは固まってしまった。
相反する感情がぶつかり合うような、よく分からない感情だった。
「変な冗談言わないでよ。」
「そう、冗談よ。」
人魚は水面から体を起こした。
冗談だと言うには人魚は笑ってはいなかった。
「ここは狭いわ。」
「うん。」
「たまに広いところで泳がせてほしいわ。」
「うん。」
「怪我なら治ったから、カニは私が海で獲ってくるわよ。」
なにそれ、とボクは笑ってしまった。
「未来に帰らないといけないんじゃないの。」
人魚がボクの手を握った。
ぬるま湯のような手の温度がやけにリアルだった。
人魚が目の前にいるなんて、あまりに非現実なのに。
「ここにいてあげてもいいわ。
ヒーローさんがあまりに寂しそうだから。」
人魚は笑っていないが、優しい顔をしていた。
水の音がやけに響いて聞こえる。
言葉に詰まってしまった。
ベタのような妖精類が、天井からヒラリヒラリと人魚の横に舞い降りてきた。
「あら。この子は帰るそうよ。
窓を開けてあげて。」
人魚に言われるがまま窓を開けると、妖精類はその優雅なヒレを美しく波打たせて泳いでいった。
窓の外では朝焼けが綺麗に輝いていて、泳いでいく妖精類が絵画のように映えていた。
人魚はそれを嬉しそうに見つめている。
初めて妖精類を見たときにあんなに喜んだのに、そんな簡単に手放してしまえるのかと、ボクは少し不安になった。
(死ぬのが怖くなっちゃったな。)
この暮らしをずっと味わいたい。
この人魚との暮らしを。
「ねぇ。キミに、紹介したい友人たちがいるんだ。」
◇◇◇
「あ。ヒーローのライブ配信してる。」
テレビをつけると、時空外来種とヒーローの戦いが映し出された。
そこには、いつもと違うヒーローの様子があった。
ヒーローの近くに妖精類がついていた。
「博士。この妖精類、なに?」
いつもの椅子に座っていた博士が、眼鏡をサングラスのように頭の上に上げ、テレビの方を見た。
その姿がかっこよくて、あたしはつい凝視してしまった。
「彼、恋でもしてるのかな。」
「え?」
「欲科フヨウ属愛型亜属ベタ種。
ベタ種には様々な体色の個体がいるけれど、この個体は赤いね。
恋をしている人のところへ寄ってくるんだよ。」
あの博愛主義の権化のような笑顔のヒーローの子も、恋をするんだ。
案外普通の男の子なんだなと思った。
「ヒーローも、人なんだねー。」
「隣の公園で見かけたときも、普通の少年に見えたよ。」
――数日後、ライブ配信で映ったヒーローのそばには妖精類はいなかった。
「博士。ヒーローは振られちゃったの?」
色鮮やかなベタ種の写真がたくさん収められたファイル。
その写真を1枚ずつ取り出してスキャンし、板状タブレットに取り込む作業を手伝っているところだった。
このベタ種の体色のバリエーションが、欲科の体色の規則性を見つける鍵になるかもしれないと博士が楽しそうに話していたから、あたしもワクワクだった。
博士はテレビの中のヒーローの少年をチラッとも見ず、作業に夢中だ。
「さぁ、どうだろうね。
恋が実ったのかもしれないよ。」




