九つの砲台
黒煙を放つ瓦礫の上。
そこに立っていたのは――魔王。
〈ラオ・ウルグ〉
金色の鬣は鋼鉄のように硬く、爪は刃のように鋭い。
その目には獣の王としての威光が宿っていた。
「……我が将たちを屠ったこと、称賛に価するぞ」
言葉の端に、わずかな笑みすら感じさせる。
低く、しかし澄んだ声だった。
その時、脇に立っていたカマキリがふらついた足取りで前に出た。
「……まだ、こんな奴がいたのかよ……」
身体はボロボロだった。
治癒魔法でかろうじて動かしているだけで、血を流しながらも笑っていた。
ラオは一歩、静かに歩を進めた。
その一歩が地を揺らす。
――その瞬間。
閃光。
カマキリは吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられた。
目では追えぬほどの瞬撃だった。
「カマキリさんっ!!」
叫んだのはハイドラだった。
ベージュの髪を揺らしながら、彼女は残された最後の希望として、ひとり立ちはだかる。
「あなたが……ラオ・ウルグさんですね」
「……貴様が、最後の一人か」
ラオの足取りは重くも早い。
膝を曲げ、瞬きすら与えぬ速さで距離を詰め――
拳が振るわれた。
――ゴンッ!!!
衝撃。直撃ではない。だが、防御ごと吹き飛ぶ。
服が裂ける。
胸元、肩――布が砕けて、豊満な肢体が覗く。
「っぐ、ぅぅ……」
苦しげに息を吐くハイドラ。
その両手には、魔力の塊が宿っていた。
「……撃たなきゃ……でも……!」
魔力を溜める隙すら与えられない。
ラオ・ウルグの爪が彼女を容赦無く襲いかかり、動きを縛る。
「逃げておってはワシは倒せんぞッ!」
まるで読み切ったように、拳が飛んでくる。
ハイドラは咄嗟に身を引き、ギリギリで避けた。
その横顔をかすめる拳風。
髪が散り、耳飾りが吹き飛ぶ。
「やば……い、ほんとに……」
崩れそうな膝を震えながら立て直し、息を吐いた。
その時だった。
「……まだ、だ……」
聞こえた、声。
――カマキリの声。
瓦礫の下から這い出てきた彼は、血まみれになりながらも、片膝をついて詠唱していた。
《極強装術―ラッシュ・スパーク―》
魔力を強制的に全身に流し込む強化魔法。
だが、傷ついた今の身体には負担が大きすぎる。
筋繊維が引き裂かれ、骨が軋む。
それでも、ほんの数秒だけ――
「オラアアアアッ!!」
カマキリが飛び出す!!
ラオの眼前に、鋭い打撃を叩き込む。
咄嗟に腕で防がれたが、その一瞬――。
時間ができた。
「ハイドラァッ!!! 」
「……はいっ!!」
ハイドラは叫ぶ。
空中、九つの方向に魔法陣が展開される。
それぞれに魔力が収束し始め、砲台が唸りを上げる。
「させん!!」
ラオがカマキリを地面に叩きつけ、ハイドラへと突進の構えを見せる。
だが、カマキリはラオの足にしがみき、離れない。
ようやく振り解いたときには、既に砲台は火を吹く寸前だった。
カマキリが即座に退く。
「……撃ちますっ!!」
《魔力爆撃砲・九連式―ナイン・ノヴァ―》
――轟。
九つの魔力が、一斉に閃光となって発射された。
その全てがラオを中心とした空間を貫き、穿ち、砕き、灼き尽くす!
それはあらゆる破壊を孕んだ、完全なる九方向同時砲撃。
「ぬ……うぉおおおおおおおおおお!!!」
ラオの咆哮が響く。
だが、その巨体すら、砲撃の奔流の前には抗えなかった。
やがて、煙と破壊の中にその姿は――崩れ落ちた。
◇
静寂。
倒れたラオの前に、ふらふらと歩み寄る二人の姿があった。
カマキリは肩で息をし、ハイドラはよろけながらも、それでも力を込めた眼差しでラオを見つめた。
そして――
ラオが、がはっと血を吐いて笑った。
「ふは……はっは……!! 見事……じゃ……」
ギリギリまで意識を繋ぎとめ、ラオが呻いた。
「まさか……ここまでの者が……まだおったとはのぉ……」
ラオは笑う。
「そなたに……ワシの軍をくれてやる……この区ごと、くれてやるわ……」
ハイドラは数秒間だけ黙り込んだ。
そして、困ったように笑って言った。
「いえ、いりません。それより、教えてほしいことがあるんです」
ラオの目が見開かれた。
「情報を……くれるなら、それでいいんです。ね?」
少女の、澄んだ微笑み。
それはどんな猛獣の咆哮よりも、“強さ”を証明していた。
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