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堕神契約―祈りを奪われた少年は、裏切りの神と世界を呪う―  作者: 苗月
序章

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白の覚醒(1)

インフェルノ看守棟、カボラの私室――。


 そこは牢獄とは思えぬほど、妖艶で豪奢な空間だった。

 薄暗い照明、天蓋付きのベッド、燻る香の匂い。壁には数十の武器が飾られている。


「レイヴンちゃんがアタシの部屋に来るなんて……やっと抱かれる気になったのかしら?」


 腰をくねらせて現れたのは、派手な化粧と看守服を纏った男――カボラ・ノッティ。


 だが、レイヴン・バーンズは構わず扉を閉め、低く告げた。


「武器を見せろ。お前のコレクションの中に、使えそうなのがあれば一本、貰っていく」


「まぁ……強引ね。人の趣味に土足で踏み込むなんて……でも、嫌いじゃないわ」


 カボラは目を細め、扇をひらりと舞わせる。

 扇の先が示すのは、奥のコレクションルーム。


 そこには、短剣、大剣、槍、鎖、異国の武器まで――無数の名品が静かに並んでいた。


「さて、どんな子がお好みかしら? 暴力的な子? 冷たい子? それとも……淫靡な子?」


「俺が使うわけじゃねぇからなぁ……」


 レイヴンは歩を進め、一振り一振りの武器を手に取っては感触を確かめていく。

 そして――ひときわ小さなナイフの前で、動きを止めた。


「……これ、どこで手に入れた」


 低く鋭い声。

 カボラが小首をかしげる。


「それ? 最近、闇商人から買ったものよ。素性はよく知らないけど」


「闇商人の名前は!居場所は!」


「んもぉ! 聞く態度ってものがあるでしょ!? ……ふふん、でもレイヴンちゃんがそんな顔するなんて珍しいし、教えてあげてもいいわよ。」


 名を聞き、情報を得たレイヴンは、ナイフを無造作に腰に差した。


「ちょっと、お代は? まさかタダで持ってく気じゃ――」


「全区画、制圧してやる。まけとけ」


 くるりと踵を返すレイヴンの背中に、カボラの笑い声が響いた。



 一方、静寂区。


「――足りない」


 ルカが膝をつき、苦悶の声を漏らす。

 額から汗が滴り、指先が震える。


「うむ。白の魔力の感知は悪くない。だが……魔力量があまりにも少ないのぉ」


 バルバトスは顎を撫でながら、静かに告げた。


「奪われてしまった代償か……使う前に、枯れるとはな」


 それでも、ルカは顔を上げる。

 呼吸を整え、目を閉じる。


 かたや黒の魔力は未だ膨大だ。

 その一部でも白に変換できれば――


「……いや、待てよ」


 脳裏に浮かぶのは、《逆祈願》。

 祈りを呪いに、光を闇に、理を反転させる禁術。


 ならば。  黒を、白に――。


「……やってみる価値は、ある」


 両手を組み、静かに詠唱を始める。


《逆祈願―アンブレス―》


 黒が、白へと変わる兆し。

 空間がざわめき、魔力の波が肌を打つ。


「おお……!?」


 バルバトスが目を見開いた、その瞬間。


 膨れ上がる黒。

 暴走、いや、逆流。

 制御しきれぬ魔力が、ルカの全身を貫いた――


「ぐっ、うあああああああッ!」


 激痛が全身を襲い、意識が薄れる。

 その最中、少しずつ闇に沈んでいく感覚を覚えた。




 

 ―精神世界―


 そこには、ただ果てのない闇の草原が広がっていた。

 風も、音も、色さえも曖昧で、唯一確かなのは目の前に佇む、一本の“影”。


「……よぉ、バディ」


 枯れ枝のような細い手足。

 笑っているはずの口元。

 人間の輪郭をしていながら、どこか“別のもの”に見える存在――ナカト。


「ずいぶん、勝手してくれるじゃねぇの。さすがにビックリしちゃったぜぇ……」


 その声には確かに軽さがあった。

 だが、それ以上に――不自然だった。

 冗談のようで、どこまでも冷たい黒い淵があった。

 底のない井戸のように、感情の“深さ”を感じさせ


「まさか自分にこの力を使うとはなぁ……」


 ふわりと浮かぶように歩み寄るナカト。

 足音もなく、気配もないのに、距離だけが詰まっていく。


 瞬間、空気が凍りついたように感じた。


「いいぜ……半分、くれてやる」


 その手のひらに、禍々しい光が浮かぶ。

 墨を溶かしたような闇の魔力が、蠢くように漂っている。


「聞き飽きてるかもしれねぇがよ……」


 ナカトが何かを言いかけたとき

 ――世界が軋む音が鳴った。


 地面が割れ、空が裂ける。

 闇と光が渦を巻いて、押し寄せる。


 ナカトの姿が、徐々に闇に溶けていく。

 その最後に、虚ろな声がぽつりと囁いた。


「"復讐"はまだ、終わっちゃいねぇぜ……?」





―そして、現実―


「……う」


 微かな呻きと共に、ルカの瞼がゆっくりと開いた。

 まるで深い眠りから覚めるような、重たく、ぼんやりとした感覚。


 空気が、肌に触れている――そのことに、ようやく気づく。

 鼓動の音が徐々に明瞭になり、肺が息を求めて震えた。


「……っ、は……」


 大きく息を吸い込んだ瞬間、胸の奥が灼けるように熱くなった。


「お前……それは……」


 低く震える声が響いた。

 バルバトス。

 かつての最強の男でさえ、その瞳を見開き、言葉を失っている。


 ルカの周囲には、二つの魔力が揺れていた。


 白――純粋な光。

 黒――混沌の闇。

 それらが、互いに混ざり合うことなく、しかし拒絶もせず、螺旋を描いて絡み合っている。


 まるで“対”であることを理解しながら、共に在ることを選んだかのように――。


「……これは」


 ルカが、そっと手を持ち上げる。

 指先から放たれる魔力が、二色の粒子となって空気に滲んだ。


 静かな震えが走る。

 自分の中に、確かに“何か”が芽生えた感覚。


 その“何か”は、白でも黒でもない。

 両方であり、両方ではない。

 混ざり合い、新たに生まれた“未知”の力だった。


「……やれる」


 ぽつりと呟いた声には、確かな実感が宿っていた。

 ルカは、ゆっくりと拳を握る。



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