白の覚醒(1)
インフェルノ看守棟、カボラの私室――。
そこは牢獄とは思えぬほど、妖艶で豪奢な空間だった。
薄暗い照明、天蓋付きのベッド、燻る香の匂い。壁には数十の武器が飾られている。
「レイヴンちゃんがアタシの部屋に来るなんて……やっと抱かれる気になったのかしら?」
腰をくねらせて現れたのは、派手な化粧と看守服を纏った男――カボラ・ノッティ。
だが、レイヴン・バーンズは構わず扉を閉め、低く告げた。
「武器を見せろ。お前のコレクションの中に、使えそうなのがあれば一本、貰っていく」
「まぁ……強引ね。人の趣味に土足で踏み込むなんて……でも、嫌いじゃないわ」
カボラは目を細め、扇をひらりと舞わせる。
扇の先が示すのは、奥のコレクションルーム。
そこには、短剣、大剣、槍、鎖、異国の武器まで――無数の名品が静かに並んでいた。
「さて、どんな子がお好みかしら? 暴力的な子? 冷たい子? それとも……淫靡な子?」
「俺が使うわけじゃねぇからなぁ……」
レイヴンは歩を進め、一振り一振りの武器を手に取っては感触を確かめていく。
そして――ひときわ小さなナイフの前で、動きを止めた。
「……これ、どこで手に入れた」
低く鋭い声。
カボラが小首をかしげる。
「それ? 最近、闇商人から買ったものよ。素性はよく知らないけど」
「闇商人の名前は!居場所は!」
「んもぉ! 聞く態度ってものがあるでしょ!? ……ふふん、でもレイヴンちゃんがそんな顔するなんて珍しいし、教えてあげてもいいわよ。」
名を聞き、情報を得たレイヴンは、ナイフを無造作に腰に差した。
「ちょっと、お代は? まさかタダで持ってく気じゃ――」
「全区画、制圧してやる。まけとけ」
くるりと踵を返すレイヴンの背中に、カボラの笑い声が響いた。
◆
一方、静寂区。
「――足りない」
ルカが膝をつき、苦悶の声を漏らす。
額から汗が滴り、指先が震える。
「うむ。白の魔力の感知は悪くない。だが……魔力量があまりにも少ないのぉ」
バルバトスは顎を撫でながら、静かに告げた。
「奪われてしまった代償か……使う前に、枯れるとはな」
それでも、ルカは顔を上げる。
呼吸を整え、目を閉じる。
かたや黒の魔力は未だ膨大だ。
その一部でも白に変換できれば――
「……いや、待てよ」
脳裏に浮かぶのは、《逆祈願》。
祈りを呪いに、光を闇に、理を反転させる禁術。
ならば。 黒を、白に――。
「……やってみる価値は、ある」
両手を組み、静かに詠唱を始める。
《逆祈願―アンブレス―》
黒が、白へと変わる兆し。
空間がざわめき、魔力の波が肌を打つ。
「おお……!?」
バルバトスが目を見開いた、その瞬間。
膨れ上がる黒。
暴走、いや、逆流。
制御しきれぬ魔力が、ルカの全身を貫いた――
「ぐっ、うあああああああッ!」
激痛が全身を襲い、意識が薄れる。
その最中、少しずつ闇に沈んでいく感覚を覚えた。
◆
―精神世界―
そこには、ただ果てのない闇の草原が広がっていた。
風も、音も、色さえも曖昧で、唯一確かなのは目の前に佇む、一本の“影”。
「……よぉ、バディ」
枯れ枝のような細い手足。
笑っているはずの口元。
人間の輪郭をしていながら、どこか“別のもの”に見える存在――ナカト。
「ずいぶん、勝手してくれるじゃねぇの。さすがにビックリしちゃったぜぇ……」
その声には確かに軽さがあった。
だが、それ以上に――不自然だった。
冗談のようで、どこまでも冷たい黒い淵があった。
底のない井戸のように、感情の“深さ”を感じさせ
「まさか自分にこの力を使うとはなぁ……」
ふわりと浮かぶように歩み寄るナカト。
足音もなく、気配もないのに、距離だけが詰まっていく。
瞬間、空気が凍りついたように感じた。
「いいぜ……半分、くれてやる」
その手のひらに、禍々しい光が浮かぶ。
墨を溶かしたような闇の魔力が、蠢くように漂っている。
「聞き飽きてるかもしれねぇがよ……」
ナカトが何かを言いかけたとき
――世界が軋む音が鳴った。
地面が割れ、空が裂ける。
闇と光が渦を巻いて、押し寄せる。
ナカトの姿が、徐々に闇に溶けていく。
その最後に、虚ろな声がぽつりと囁いた。
「"復讐"はまだ、終わっちゃいねぇぜ……?」
◆
―そして、現実―
「……う」
微かな呻きと共に、ルカの瞼がゆっくりと開いた。
まるで深い眠りから覚めるような、重たく、ぼんやりとした感覚。
空気が、肌に触れている――そのことに、ようやく気づく。
鼓動の音が徐々に明瞭になり、肺が息を求めて震えた。
「……っ、は……」
大きく息を吸い込んだ瞬間、胸の奥が灼けるように熱くなった。
「お前……それは……」
低く震える声が響いた。
バルバトス。
かつての最強の男でさえ、その瞳を見開き、言葉を失っている。
ルカの周囲には、二つの魔力が揺れていた。
白――純粋な光。
黒――混沌の闇。
それらが、互いに混ざり合うことなく、しかし拒絶もせず、螺旋を描いて絡み合っている。
まるで“対”であることを理解しながら、共に在ることを選んだかのように――。
「……これは」
ルカが、そっと手を持ち上げる。
指先から放たれる魔力が、二色の粒子となって空気に滲んだ。
静かな震えが走る。
自分の中に、確かに“何か”が芽生えた感覚。
その“何か”は、白でも黒でもない。
両方であり、両方ではない。
混ざり合い、新たに生まれた“未知”の力だった。
「……やれる」
ぽつりと呟いた声には、確かな実感が宿っていた。
ルカは、ゆっくりと拳を握る。
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