45話 繋がる星々-11 煌めく双翼、並び立て
「はあッ!!」
「ギェアアアアアアッ!!??」
道を塞ぐ巨大な魔物、それを輝く拳の一撃の下に破って。
リリアを背負ったまま、ジストは一気に駆け出す。
一度の跳躍で最上層まで到達した彼は、
バストールが使ったであろう昇降機を目指していた。
「……ガアアアアアアアアアアアッッ!!」
「くっ!」
倒した先からも、新たな魔物が出現していく。
全ての魔物を倒していては進むこともできない。
道を塞ぐ者のみ相手にするのが利口に思える、だが。
「ジストさんっ、あれっ……!」
「っ、ああ……!」
それが出来ない理由が、そこにあった。
二人の視線は、同時に同じ方向へと向く。
(バストール……!)
そこには。
倒れたバストールら、ガストチームの3人がいた。
ジストにより制圧された彼らだが、死んではいない。
だが気を失っている今、生命を狙う魔物たちの、絶好の獲物となっていた。
そして今も、彼らの元へと巨大な魔物が迫っていく。
「グギャアア……!」
迷いはある。彼らは宿敵ではあった。
だが。ジストもリリアも、彼らの死を望んだことなどなかった。
その思いが共通しているからこそ、同時に彼らを見ていたのだ。
ジストの、脚の向きが変わる。
「くっ、はああッッ!!」
「ゲギャアアアアッ!!?」
倒れた彼らを手に掛けようとしていた魔物。
そこへ直ぐ様近寄って、その脇腹へジストは回し蹴りを打ち込む。
これもまた、一撃の下に魔物を倒せてはいた。
だが、状況は改善した訳では無い。
(……どうする!?)
一体倒したところで、際限無く魔物は湧いていく。
この場でまともに動けるのはジスト一人だけだ。
リリアに加え、倒れた3人まで守った上で上方に脱する。
それが求められているが、難題という他なかった。
凄まじい剛力が宿っているとはいえ、腕はたった二本しかないのだから。
「くっ……!」
尚も襲い来る魔物たちへと振り向いて、厳しい表情で構えるジスト。
その、最中だった。
まだ離れた昇降機の扉が、突如開いた。
「えっ!?」
ジストの代わりに、そちらへ視線をやるリリア。
その先に、二人の人影が見える。
身に纏っている装甲服は、ガストチームが使う水晶を携えるものではなかった。
「隊長!? 行くぞ、トーマス!」
「おうっ!」
そして胸に刻んだ標章は、ジストのそれと同じもの。
彼らは駆け出すと同時に銃器を構えると、
周囲の魔物へと光弾を掃射していく。
「ゲギャアアアッ!!?」
「キエエエアアアッ!!?」
当てずっぽうではない、急所を確かに狙ったそれは、
次々と魔物に止めを刺し、輝く精霊へと戻していく。
技術の高さが伺えるものだった。
そのまま彼らはジストに近づいて、声を掛ける。
「ご無事でしたか、隊長」
「来るまでもなかったって訳じゃ、なさそうっすね!」
「トーマス! ボルン! 無事だったか!」
「出会い頭に『閃き星』に海に叩き落とされましてね。
その後は引っ込んでたんですが、
どさくさに紛れてこそっと助けられないかと思って。
まあ、それはお姫様がやったみたいですが……」
彼らは、海上でリーン達に立ちはだかった二人だった。
結果として、彼らは足止めとしての役割も果たせずに終わったのだが、
しかしそれは現状としてはむしろ僥倖と言えた。
ジストの前に現れた彼らは、今もまだ十分以上に余力を残しているようだった。
「さあ、上に行くんでしょう? ここは任せてください。
バストール達は俺達が拾ってきます」
「!」
そしてジストの立ち位置や様子から、彼らはこの状況まで読み取っていた。
あるいは、それは信頼でもあったのだろう。
ジストであれば、彼らを見捨てる事はないと思っていた。
「大丈夫なの!?」
「安心しな、お姫様。
俺たちはグローリア防衛隊最強の一番隊、ゲイルチームだぜ。
魔物退治も怪我人の救助もお手の物って訳だ! 行くぜ!」
「ああ!」
リリアにもその意志を力強く返すと、
彼らは尚も生まれ出る魔物たちへ再び、銃を構えて踏み込んでいく。
その位置取りは、昇降機への道を守るように。
「……っ!」
その背中が、ジストへ語りかける。
強い信頼、そして熱い思いがそこにあった。
それを、受け取って。
「すまない、頼む!」
「ええ! レクスの奴をぶっ飛ばしてやってくださいよ!」
「無理しちゃ駄目だよっ!!」
覚悟と共に、ジストは振り返った。
そしてその言葉を最後に、一気に昇降機へと駆け出していく。
彼らの思いに答えるのが自分の役目だと、そう誓って。
「ジストさんっ!」
「ああ、急ぐぞっ……むっ!?」
その勢いのままに、昇降機の扉を開いて。
しかし、そこには。
「——ボオオオオオオオオッッ!!」
昇降機の部屋、それを押しつぶす形で。
巨大な食虫植物のような魔物が、待ち構えていた。
その空間をほとんど塞いでしまっているそれは、
狙いすましたかのように、二人へ向け蔦を伸ばす。
(——止まってられるか!!!)
だが。
燃える思いは、もう止まらない。
「邪魔だああッッ!!!」
「ボゴオオッッ!!?」
一切踏み止まることなく。
決意を表すように輝く拳を、ジストは勢いのままに叩き込んだ。
縦に拉げた昇降機を、更に横に圧縮するほどの一撃だった。
一瞬にして力を無くした魔物の、精霊へと戻る体へと身を乗り上げて、
ジストもリリアも、更に上を見上げる。
その果てが見えないほどの高度がある中、
昇降機を失ったことは道筋を失ったとも言えた。
だが。
「ジストさん、どうしよう!?」
「考えても仕方がない!
支柱や出っ張りがあるはずだ、無理やり上がるぞ!」
「え……わっ!?」
迷うこと無くジストはそう答えて、背中に担いでいたリリアを前に抱き直す。
これからの行動での、リリアへの負担を考えてのものだった。
その両足を、精霊たちが包んでいく。
「きっと……この体ならいけるはずだ!
うおおおおおおお!!!!!」
その瞬間。咆哮とともに、ジストは渾身の力で跳躍した。
弾けたかのような凄まじい勢いの踏み切りは、
彼を身長の何十倍の所まで跳ね上げていく。
「ふんっ! はぁっ!!」
そして先程口にしたそれを実現するように。
ジストは更に壁面を蹴り飛ばして、再度の跳躍を繰り返す。
それは、もはや昇降機のそれを遥かに超える速度でこの縦穴を駆け上っていた。
(ジストさんっ、すごい!!)
片腕は、彼女を抱くために使っている。
残りの三肢だけでそれを実現するジストに、リリアは素直に驚きが隠せなかった。
苦境さえも跳ね返す、強く英雄。
夢として、道標として思い描いていたような姿が、そこにあった。
「出口か、はあっ!」
暫くそれを繰り返していたジストが、やがてこの縦穴の終わりを見つける。
入ってきた箇所がそうであったように、
今回の出口となる場所にも扉が設置されていた。
本来であればその扉が迎える昇降機は、今はない。
であれば。ジストはその対角線上の壁面へ脚を付けると、強く屈み込む。
「リリア、掴まっていろ!」
「うんっ!」
その全身を、溢れる精霊たちが包んで。
「はああああああああッッ!!!」
そして次の瞬間、爆発したようにジストは壁を蹴り飛ばす。
同時に体を翻して。強烈な飛び蹴りを、その扉へと打ち込んだ。
一瞬にして吹き飛ぶ扉。そして、それだけではない。
「ゲ、ギャアアアアアアアアッッ!?」
「ガアアアアッッ!!??」
砕けた扉の先に映る、その先に続く通路。
そこには、無数の魔物がひしめいていた。
だが扉を打ち砕いて、なお全く勢いの衰えないジストの飛び蹴りは、
巨大な砲弾のようにその全てを打ち貫いてしまった。
「——フウーッ……!!」
代わりに輝く精霊たちに包まれた通路で、大きく息を吐くジスト。
そこでようやく、リリアを離さぬよう込めていた腕の力を抜く。
「リリア、大丈夫か?
すまんな。手段を選べる状況ではなかった」
「ううん、大丈夫。ジストさんこそ大丈夫?」
「おかげさまでな。凄まじい力としか言いようがないな、これは……」
リリアも床に降り立ちながら、彼を労う。
唯でさえ理外の膂力を持つジストに、それを助力する精霊たち。
その本人が感嘆するほどの力は、今の状況における大きな希望だった。
「ともかく。今最も自由に動けるのは俺達と言っていいだろう。
通信はどうだ?」
「うん。
皆、聞こえる!? ……駄目みたい」
ジストに従ってバッジに声を吹き込むリリアだったが、
そこからの返答はない。
今度の理由は、容易に察しがついた。
「レクスの仕業だろうな。
通信に割り込む程だ。妨害も思いのままということか……
ともかく、どう動いたものか……! 皆はどうなっている……!?」
その犯人もこの状況も、ただ一人に集約されていた。
そのレクスを倒すための考えを、ジストは脳内で巡らせていく。
(……)
この緊迫した状況に置いて、その逡巡の時間は小休憩の場にもなった。
リリアもまた、大きく息をつく。
「ふうーっ……」
ずっと張り詰めていた中での、落ち着き。
その中でも、視界を外しても、ジストの存在感をまた強く感じた。
圧倒的な生命力、圧倒的な存在感。
その力にリリア自身も大きく関わっている身ではあるが、それを強く感じていた。
(本当にすごい……目を閉じても分かりそうなぐらい)
あるいは、限界に近い体がそうさせたところもあったろう。
試してみるように、リリアは目を閉じる。
閉じられた視界の中。
その中でもやはり彼の姿が浮かび上がって、笑った。
しかし。
(——あれ?)
それは、あるいは。
彼の生命力によるもの、だけではなかったのかもしれない。
リリアはそこに、思い込みだけではないものを見ていた。
(これって——)
それは、すぐ目の前に居る彼よりも、ずっと弱い光だった。
視覚ではない。もっと本質的なものでしか、それは見えなかった。
だが。感じるだけで誰か分かる、ずっと近くの光だった。
「……ジェネっ!?」
「リリア!?」
その名を呼んで、突如リリアが顔を上げた。
突拍子もない行動に驚くジストだったが、
最後に聞いた声、そして今の状況から、その意味を悟る。
「リリア、ジェネに何かあったのか!?」
「……分かんない。でも!
何か、すごく消えそうになってて……!
……こっち!」
「リリア!」
しかしリリアは、明確な答えよりも更に先に駆け出していた。
まだ体が癒えたはずもない、それでも。
そうせざるを得ないほどに、それを強く感じ取っていた。
——
それは。
予感では、片付けられないものではあった。
「……ち、くしょう……」
「ジェネ、しっかりしろ! 気を強く持て!」
レオに肩を叩かれながらも、
ジェネは最早、立ち上がることも出来ない状況にあった。
唯でさえ、ゼニアの助けの下に成り立っていた身体だ。
彼を失い、更に攻撃を受けた今、立ち上がる余力など残ってはいない。
(……畜生! なんで俺は、こんなに……!)
もう何度目かも分からない。強い悔しさが、自分を襲う。
愛を超えた場所にあるリリアへの思い。ジストへの憧れ、申し訳なさ。
そのどれにも報えずに、今地に伏せていること。
何もかもが悔しくてたまらない、だが最早四肢を動かす力は残っていなかった。
「くう……! "怪盗技術『六道縛』"っっ!!」
「"ファイア"。ジェネ、気を失うな!」
そして今自分を守ろうと奮戦する、同じく限界のはずの二人もそうだ。
傷を負い、装甲や可動部を砕かれて尚、彼らの意志は砕けない。
彼らの奮戦は倒れたアムズ、ヴァイクに、そして敵だったクライスの為でもあり。
そして何より動けない自分のために、際限無く現れる魔物と戦い続けている。
(畜生……! 畜生……っっ!!)
仲間が増える度に。大事な存在が増える度に。
ジェネは、自分の歯さに打ちひしがれていく。
何も出来ない自分に。弱い自分に。彼らを助ける力もない自分に。
そして何より。そんな懺悔は、この場には何の意味もないことに。
「ゲギャアアアッッ!」
「があッ!? しまっ……!」
そしてこの劣勢は、ついにその瞬間を生み出していた。
狼男のような魔物の一撃に、耐えることもできず大きく弾かれるレオの得物。
武器を失った彼に、再び魔物が迫る。
「レオっ!!」
「レオっ……!」
叫んだノインのカバーも、最早間に合う距離でも時間でもなかった。
ジェネの開くだけでも精一杯の目の先で、レオにその凶爪が迫る。
(——っ!!)
最早助けるその手段すら浮かばない。
絶望に包まれた。
その、先に。
「——でやあああああああああッッ!!!!!」
それは、彼女の志そのものだったのかもしれない。
こんな場面に現れて。全てを都合よく解決していくこと。
消えていくだけのハッピーエンドを、すくい上げること。
「——"ステラシュート"っっ!!!」
その思いのままに。
現れたリリアが、精霊を纏った飛び蹴りを魔物へと叩き込んだ。
「リリア!?」
「な、何故ここに……! いや、それはいいか……
すまないリリアっ……! 助かったっ……!」
「……っっ!!」
目の前に現れた彼女に、次々と掛かる声、しかし。
ジェネは、その名前を呼ぶことも出来なかった。
感極まって、そして、それ以上に。畏れ多ささえ感じてしまって。
自分の成せないような偉業を、成してしまえる英雄。
そう、強く思ってしまっていた。
「……っっ!?」
でも。
そんな彼女が、次にやるのは。
「……ジェネっっ!!」
「リリアっ、わあ!?」
不安に満ちていた理由である彼に、顔を合わせて。
そしてその無事を、確かめることだった。
倒れた彼をぎゅっと抱いて、リリアは更に続けていく。
「ジェネっ、生きてる!? 大丈夫なのっ!?」
「あ、ああ……ごめんな、俺、ずっと情けなくて……!」
顔を合わせるなりの彼女の、その態度に困惑しながらも。
胸を詰まらせていたその思いがどうしようもなくて、最初にそれが口に出てしまった。
それでも。リリアがそれを責めるはずもない。
「そんなのっっ! 何だっていいよっ、そんなの!
……生きてよっ、ジェネ!!」
しかし。
その様子、もしくはもっと深いところで彼の様子を悟ったか。
リリアはただ、彼の無事だけを祈って言葉にしていく。
あるいは。その気配こそが、彼女が恐れていたものだったのだ。
「リリア……、っ!?」
だが。状況はその思いに沈む事を許さない。
「ゲギャアアア!!!」
「ギャアアアアッッ!!」
「やべえっ……!?」
更に現れた魔物が、今度はリリアとジェネに向け一直線に駆け出す。
言うまでもない。二人を葬るための動きだった。
ジェネはそれを捉えたが、この短時間で身体が癒えたはずもない。
「リリアっ、離れ……」
「そうだぞ、ジェネ」
ともかく。命よりも重く思う彼女だけを助けようとしたジェネ。
しかしそこに、更に制する声が重なった。
「ギャアアアッッッッッ!!?」
「ベギャアアアッッッ!!」
次の瞬間、文字通り弾け飛んでいく魔物たち。
そう。駆け出したリリアを追う形で、言うまでもなく彼もここに至っていた。
「どんな苦労があったか、計り知れない。
だがそれでもお前は、ここまでリリアを守り続けた。
今倒れ伏していることより、それを誇るべきだ」
「……おっさん……!」
最後に声を交わしたのは、ほんの数日前。
でもずっと、久しぶりに思えるような。
「苦労を掛けたな、ジェネ。
……よく戦った。あとは休んでいろ」
そんな思いがジェネとジスト、二人の間にあった。
ずっと近づいた今。ジェネは、彼の身体が精霊たちに包まれている姿を見る。
「!? おっさん……その、身体は……!?」
「そうだ、俺もだ。
……だからこそ、お前を死なせはしない!!」
そんな彼に、ただ笑いかけてて。
そしてジェネ達を守るように前に立ったジストは、吠える。
「——うおおおおおおおおおッッ!!!!」
その咆哮と共に、彼は尚も現れていく魔物たちへと突撃していく。
「ジスト隊長!」
「後は任せろっ! はああああっっ!!」
その最中にすれ違ったノインよりも、更に前に出て。
ジストは迫る魔物たちへ立ち向かう、そして。
「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」
「ギャアアアッ!!?」
「ベギャッッ!?」
「ボオオオッッッッ!!!!!!」
振り回す光の拳が、撃ち込まれる輝く脚が。
自分の背丈よりもずっと大きな魔物たちを、軽々と吹き飛ばしていく。
巨大な身体を突き飛ばす例外無い強烈な一撃だ。
いずれもその身体の維持を許さずに、その一撃の下に輝く精霊へと分解されていた。
「ジスト隊長!」
「ご無事でしたか、ジスト隊長。
しかし、その姿は——」
「リリアの力だ。詳しい事は省くが、魔物程度なら鎧袖一触だ!」
そんな、完全に健在の彼を喜ぶレオに、
今の様子を怪訝そうに思うノインに。
ジストは簡潔ながら、しかし心強い言葉を返す。それは、決心でもあった。
「後は任せろ! レクスも——俺が倒す!!」
そして大見得と共に、ジストは闘志をその瞳に強く浮かべた。
強い決心と闘志、そして威圧感に満ちた視線だった。
「……ギ……!
ギギャアアアアアアアアアアア!!」
あるいは、それは生命をただ狙う魔物達にも、警告として機能していたのだろうか。
躊躇うような仕草さえ見せた魔物だったが、やがて。
無視することもできず、向き合っていた猪のような魔物がジストへと構える。
それを迎える背中を、静かに見て。
(ああ、すげえな。おっさんは)
羨むように、彼をそう総括するジェネ。
胸を覆っていた悔しさが完全に消えたわけではない。
だが、それさえも覆い尽くすような思いが、そこに生まれていた。
「——まだ、だぜ! おっさん……!」
見た目もそうであるし、直感でもわかった。
今のジストの姿は、かつてリーブルで自分に発現したそれと同じものであると。
だからこそ。それは奮起の種になった。
「ジェネ!? 無茶を……!」
「仲間が、いや! 友達が捕まってるんだ!
俺達が……俺が、助けてやるんだ!!!」
もはや無茶とも言えるような状態。それでも、ジェネは立ち上がる。
それはあるいは、妬みがないとは言わない。
自分だけがと思った場所に、ジストも至ったのが悔しくないとも言わない。
だが、それは負の感情として精算できるものでもなかった。
「ジェネっ!?」
その身を案じたリリアの頬を、そっと撫でて。
ジェネは、顔を上げた。
それは、憧れでもあった。そうなりたいという思いでもあった。
囚われていて尚今、状況を切り開く希望となっているジストのように。
そして。
「リリアっ! 俺だって……俺だって!!
お前が頼れる、俺にになりてえっ!!!」
何よりも大事な、リリアにとって。
そう思われるような存在になりたい。
その思いこそが、心の底から、身体の芯から。
彼を、全力で奮い立たせた。
「うおおおおおおおおおおお!!」
駆け出していくジェネ。
その彼を助けるように、リリアに纏っていた精霊たちがジェネへと追従し、
そして纏われていく。
「ジェネっっ!」
彼を呼びかけるリリアの声は、今もまだ不安そうだった。
ジェネは、最後にそれだけ恥じた。
ずっと立派な姿だけ、頼れる姿だけ見せられていたら。
きっと、そんな顔はさせなかったのに。
(ずっとそうだよな。リリア。
……いっつも頼りなくて、ごめんな)
ふと。
この戦いの日々が、彼女と出会った時からの記憶が脳内に流れ出す。
まるで走馬灯のようでさえあるそれは、しかし。
生命の始まりではない、ただ一点へと収束していく。
あの日に笑って出迎えてくれた、リリアの笑顔に。
でも、間違いではなかったのかもしれないと思った。
今自分を突き動かし奮い立たせる全てが、そこにあるのだから。
もう、そこに恐れもなかった。
例え、空が飛べなくても。
(俺は、お前のためなら!!!!)
——この翼で。
生まれ持った、自分の全てで。
曇天さえも、吹き飛ばしてやる!!!
「"リリルドライブ・天"ッッッ!!!」
そして覆い隠すように纏わっていた精霊の嵐の中から。
ジェネは彼らと同化して、再び姿を表した。
「ジェネっ!?」
先ほどまでとは対照的な、力強く立つ彼の姿に驚くリリア。
その視線の先で、風に乗ることのない、
しかし誰よりも大きなその翼を精霊たちが包んでいく。
「ブモオオオオオっ!!」
そして。
ジェネの視線は、ただ一点。向かい来る猪の魔物へと向いていた。
それを迎え撃とうとするジストの背中に、叫ぶ。
「おっさんっ、避けろっ!」
「っ!?」
それは、言外に伝えるものであった。
俺がやる、と。
「——"吹き荒べ"ッッ!!!」
「っ、はあッ!」
ジェネは精霊たちへと号令を出すと共に、大きく翼をはためかせて。
巨大な翼、更にそれを上回る巨大な竜巻が生み出され、
それは一気に魔物の方へと伸びていく。
ジストが飛び退いて逃れて、それは巨大な魔物を、一瞬にして包みこんだ。
「ボギャアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
突進の勢いさえも押し返す勢力に、削り取っていく鋭さを持つ烈風。
飲み込まれた魔物に出来るのは、断末魔を上げることだけだった。
そして竜巻を成していた精霊たちと共に、その肉体は輝く精霊へと分解されていく。
「ジェネ……!」
「まだこんな力を……いや、違う。リリアの力なのか?」
立ち上がり、そして蘇った彼を見つめるレオにノイン。
更にその先で。ジェネは、ようやくジストへと並び立った。
「おっさん。俺もやるぜ!
レクスとかいう奴を、俺達でぶちのめしてやろうぜ!!」
「——ああ、そうだなっ!!」
尊い少女へ、思いを抱いて。精霊を身に纏う男が二人。
何よりもその思いこそを共にする二人が、今、見得を切って呼吸を合わせた。
「——しかし、お前が"天"か。では、俺が"地"か?」
「……へっ、それもいいんじゃねえか?」
その、最中。空気を解すように、ジストはジェネに尋ねてみる。
ジェネにとっては、魂の叫ぶままに名付けたものだった。
照れ隠しのように、皮肉っぽく返して。
「ま、それを決めるのは——」
でも。
「——カッコイイっっ!! うんっ、そうしよっ!」
その決定権は、その銘に目を輝かせるこの少女にあった。
二人が共に愛する、希望に輝く黄金の瞳に。
折れることのない強い意志を携える瞳を持つ、このリリアに。
「……と、言う事だな」
「ああ!」
二人は、そんなリリアを見てまた笑いあった。
あるいはそれは、誓いでもあった。この輝く瞳を、共に守るのだと。
「……っ!」
それを確かめ合う最中。不意に、ここへ繋がる扉が開く。
「何だっ!?」
魔物が一旦掃討されたここに、再び高まる緊張。
だが。それは今度は、新たな困難を呼ぶものではなかった。
開いた扉から続けて飛び出してきた者たち、それは。
「……っ、リリアっ!?」
「リリア様っ!!」
「リリアっ!? よかった!」
「——リーンさん! それにアーミィ達もっ!」
分かれて戦っていた、リーン。
そしてアーミィにレオナ。
「リリアっ! よかった、無事だったのですね!」
「リリア……!」
「うおっ、あのガキンチョっ!? お前まだ戦ってのか……!?」
「みんな……!!」
続いてアカリ。そのアカリに担がれたニーコに、
更に続けてマルクトを担いだバゼルも現れた。
仲間の無事に目を潤わせるリリアに、零すようにリーンが口を開く。
「ただ外にと走っていたいただけだったが……
合流できるとは、幸運という他ないな」
どうやらこの場で合流できたのは、偶然の産物ではあるようだったが。
通信も出来なくなっていた今、
それはリーンの言う通りに僥倖と言えるものであった。
最も物理的な方法で、リリアたちは連絡手段を確保したと言えた。
「マルクトっ、大丈夫か!?」
「おっ、何とかなりましたか、隊長……
ちょっとヘマしましたが、あんたが生き残ったのなら……!」
「よかった、皆生きてた……!
——なんでバゼルさんが居るかは分かんないけど!」
「俺だって何でここに来たのか分かんねえっての!!
——っ、てえ!?」
そして。
連鎖するように、また別の方向の扉が開く。
「反応はここに……お坊ちゃま、リリア様っ!!」
「っ! リリアっ!!」
そこから姿を現したのは、甲板で戦っていたネル、カゲツだった。
外部により近い箇所にいた彼らは、
どちらかと言えば内部の救助のために現れたのだろう。
「ネル姉っ、カゲツさんッ!!」
「どうやら潜入組は、全員居るみたいね。
——囚われたらしい、ゼニア君以外は」
「ああ……!」
ネルの言葉は、図らずともこの場の統括になった。
現状と、そしてこれからの目的。それを見据えるための。
強く頷いて、ジェネはかつてレクスが砕き逃げ去った天井の方を見据える。
その様子に気づいて、リリアも同じ方を向いた。
「ジェネっ、レクスって人は……!」
「ああ。あいつはこの先に逃げてった。
こうして魔物を出してるってんなら、きっとこの先に居るはずだ!
そこにきっと、ゼニアも……!」
同じ向きから重なる視線。
二人だけではない、この場に居る全員がそうだった。
それを、強く纏めるように。リリアの瞳に、また強い意志が漲った。
——
「……」
一瞬の間に、幾つもの命が散った森の中。
アスラは、その余りに壮絶な光景に言葉を失っていた。
それをやってのけたこの老婆の背中を、呆然と見つめて。
振り返る彼女は、平然と不敵に笑っていた。
「奴らがこの向きから来てよかった。
墓荒らしの趣味はないもんでね」
冗談のように言うギルダ。
確かに言う通り、墓石はアスラ達の立っていた側にある。
ギルダの力の奔流に巻き込まれることはなかった。
そして相対した傭兵たちは、それらに触れることすらなく消滅したのだから。
だからと言って、緊張が解けるはずもない。
それは言うまでもなく。
敵意をむき出しにしていた傭兵の何倍も、この老婆の方が恐ろしいからだった。
(リリア……お前は今、何をしている……!?
一体、何に巻き込まれたんだ……!?)
アスラも、ペティもそうだ。
彼女に向けた視線から、警戒と緊張を解くことが出来なかった。
その様子を見て、ギルダはなお笑った。
「そんな目で睨むんじゃないよ。
お前さん達を助けに来たってのは本当さ」
「……何故だ?」
「説明は面倒だ。後であのお転婆娘から聞きな。
だが、あたしから言わせてもらうなら……
白ける終わりなんか、御免だって事さ」
「何……?」
しかし。毅然として言葉を交わすアスラを嘲笑うように。
彼女は主語も要点も外したような言葉ばかりを返していく。
真面目に構うつもりはないと言っているかのようだった。
(リリア……)
一方的な緊張が満ちるのを、アスラは感じる。
先の光景を見れば分かる。
この老婆はその気になれば、本当に一瞬で自分たちも殺せる。
そして、それを躊躇うこともないのだろうと。
「ま、用事は済んだ。それじゃ……」
だが。
「……待て!!」
だが。
その彼女が。他者の命を躊躇いなく、そして容易に奪ってしまえる彼女が。
「確かに助けられた……
あんたが居なけりゃ、俺達はどうなっていたかわからん!
そこについては、感謝する。
……だが!!」
自分の命よりも遥かに大事で、大切で、暖かいリリアの事を口にすること。
それがアスラは、許せなかった。
その思いのままに、叫ぶ。
「だが……あんたがリリアに関わるのを、見過ごしてはおけん!
あの子に近づかないこと、約束してもらおう!!」
緊張と警戒、そして恐怖を破るような一喝だった。
ギルダの表情は変わらない。だが、その目の色は僅かに変わった。
「何だい。殺されるかどうかだった相手を悼んでやってんのかい?
あんな塵共、いくら殺そうが端数みたいなもんだろうが」
「命に端数などあるものですか!
確かに私たちを害そうとしていた相手……それでも!」
その思いは、ペティも同じだった。
続けてギルダに、彼女もまた拒絶の意志を叫ぶ。
その言葉がどれだけ危険か、分からないはずもなくとも。
また、ギルダの目の色が変わる。にやりと、その口角が上がった。
「あたしの流儀で言うなら。他人をどうこうしたけりゃ、力で変えさせな。
——今すぐあたしを殺してみりゃあいい。
そしたら、もうあのお転婆娘に構うこともできなくなる」
「……っっ!!」
それは。
彼らには隠されていた殺気を、今、確かに携えていた。
場の緊張が、極限まで高まる。しかし。
「……なんてね」
その緊張は、ギルダの側から解かれることになった。
再び殺気を引かせて、彼女はまた笑う。
「何……!?」
「何にせよあたしは、お前さん達が殺されないために来たんだ。
あたしには、それだけの力があるからね」
それが可能なほどの絶対的な強者として。
彼女は、ここに君臨していた。
「だから。あたしの意であの塵共は死に、お前さん達は殺されず。
そしてお前さんたちの願いが聞き届けられることはない。
それだけさ」
それが何を成したかを言葉にして、そしてギルダは踵を返す。
この場の終わりを告げるものだった。
そしてその最中にも、彼女は言葉を残していく。
「だが、覚えておきな。
あのお転婆娘は、こんな片田舎の村娘で終わることはない。
あいつがあの剣を握った時から、それは決まってたのさ」
「!?」
しかしそれもまた、アスラたちにとって無視のできない言葉だった。
ともすれば、自分たちの知らないリリアの事情だったからだ。
「貴方、リリアの生まれの事を知ってるのですか!?」
「さあね。知ってると言えば知っているし、知らんと言えば知りゃしない。
だが……お前さん達には、それを知る力は無いって事さ」
だが。先の態度が示すように、
もう彼女はそれに答えるつもりはなかった。
「一つだけ、助言を残してやる。
長生きしたきゃ、大事な娘だからって閉じ込めるような真似はしないことだね。
——あたしの不興を、買いたくなきゃね」
「……っ!」
最後に二人の願いだけ、明確に否定する言葉を残して。
その瞬間、ギルダの姿が消える。
いや違う。瞬間移動とも見紛うほどの、大きな跳躍だった。
「ま、待て……!」
そのまま森の中へと消えていく背中だけが、残された彼らの捉えた全てだった。
結局、ギルダはまともに二人の相手をすることはなく。
ただ静寂だけが、アスラたちのもとに残されていた。
——
空を覆った赤黒い精霊たち、その範囲よりも更に外側の海面。
「……」
脱力か、あるいは力尽きたのか。
アイリスはただ流されるとも分からない様子で、仰向けに海面へと浮かんでいた。
どちらにしても、
その所作には、動きを制御しようという意志は全く見えない。
その表情も、無表情というか虚無そのものだった。
(……ジスト……混じり空……)
そんな中でも。
彼女は黄昏れるかのように、心の中で二人へと思いを馳せる。
いやそれは、言葉に出来ないものだった。
思いだけが、二人へと向いていた。
そんな、最中。
「……んっ? う、うわっ!?」
突如、着ている可憐な服装に引っ張られる形で、
彼女の小さな体が一方向に一気に引きずられていく。
それはまるで、釣り上げられるかのようだった。
否。それは、かのようではなかった。
文字通り。その服に引っかかった釣り針によって引かれていた。
そして身体に掛かる力が、横から縦に変わって。
「……!!」
その主と、目が合うアイリス。
虚無だった表情が、そこで動いた。
「——ようやく掛かったかと思えば!
何をしておるのだ、貴様は!」
対面から、強い叱責が掛けられる。それは。
「『カスパール』の混じり空——ダウナー系魔法少女、アイリスよ!」
「……ヘレ博士……」
浮き輪に乗ったカタスト博士、いや。
いつの間にか釣り竿を手にしたヘレ博士が、彼女の身体を持ち上げていた。




