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OverDrivers  作者: jau
1章 魔物動乱編

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42話 繋がる星々-8 向き合うこと

「はぁ、はぁ……! やった、のか……?」


 視線の先。

吹き飛んだクライスが立ち上がらないのを見て、

ジェネはようやく、勝利したことを理解する。


(……やった……!!)


 しばらくは、自分の弱さに打ちのめされていたばかりのジェネだ。

こうした明確な強敵を打ち倒したことに、心も滾っていた。

だが。不意に、右手に握った光の剣が消える。


「……ん?」


 訝しげな様子は、彼自身がそうした訳では無いことを表していた。

それが、何を意味するのか。

思考がそこに辿り着く前に、小さな音が背中側から鳴る。

振り返った先に、その答えはあった。


「っ、ゼニア!?」

「く……う……」


 床に倒れ込んだゼニア。

理由といえば、考えるまでもなかった。もはや、限界だったのだ。

彼がここに至るまで受けてきた負担は、極めて大きなものだったから。

直ぐ様ジェネは彼へと駆け寄り、その身を抱く。


「ゼニア、大丈夫か!?」

「ジェネ……」


 戦いの中でも、余程の無理を通していたのだろう。

余りに重い口調が示すように、状態は重篤と言えるものだった。

絞り出すような声は、最悪の想像も抱かせた。


「ゼニア! ……っ!!」

「大丈夫か、ゼニア」

「……っ!」


 遅れて駆け寄ってきた二人。

彼らもまた、見るだけでその状態の悪さを悟る。

そこに回す意識の余裕もないほどに、ジェネも身を抱く手に力が込もる。

それはまたも悔いを、彼の中に湧かせてしまった。


「悪い……俺が全部押し付けちまったから……!」

「ううん、いいんだ……」


 しかしそれを赦すように、ゼニアは微笑みを返す。

そこには、どこか哀しさの色があった。

必死に開く瞳が、僅かに揺れて。ゼニアは、絞り出すように続けていく。


「ジェネ……ずっと、謝らなきゃいけないことがあったんだ……」

「……!」


 そうして切り出そうとした言葉。

しかし、聞くまでもなく分かっていた。

心当たりはもう、十分にあったから。これまで見てきた、彼の身体の変化に。


「ゼニア、もういい……!」


 疑問が無いわけではなかった。ずっと疑念は抱いていた。

それでもジェネは、彼の言葉の続きを求めなかった。

そう思うことこそが、彼への裏切りであるようで。

それこそが、ジェネのゼニアへの思いだった。


「ううん、言わせて……そうじゃ、なきゃ……」


 それでもゼニアは、意志を変えない。

今際の言葉のような切実さで続けて、彼は唱える。


「ゼニア……!」

「"外装展開(アームド)"……」


 彼もまた同じだった。

そう思っているジェネを、裏切りたくなかった。

だからこそ。この姿であり続けるわけには、いかなかった。


 ジェネの腕の中。

ゼニアの全身が組み替えられるように、姿を変えていく。

一瞬、ジェネは拒む様に目を閉じて。

しかしすぐ、決意と共に開く。そこには。


「……っ!!」


 最後まで、否定しようとしていた疑念の。

しかし、想像していた通りの。


 鋼鉄の甲殻のようなもので包んだ全身。

鴉のような黒い翼、そして右手から伸びる刃。

——小さな体格の、『鉄の悪魔』。


「ジェネ。僕が、犯人だったんだ。

 リリアの村を襲ったのも、精霊たちを暴走させて魔物にさせたのも」


  追い求めていた仇敵の、その姿があった。


「思うことを、皆のおかげで出来るようになって……

 思い出したんだ……あの時、リリアとジェネに会ってたことも。

 色んな人を、精霊たちを襲って苦しませてたことも。

 ……償わなきゃって、思ってた」


 瞳だけ見える兜からは、かつて相対した時には無かった意志の瞳が覗く。

鉄の悪魔と形容できるその姿のまま、ゼニアは言葉を紡いでいった。

それは罪の告白であり、懺悔でもあった。

ずっと、それを胸に抱いて。彼は、ここで戦っていた。


「だから……命も、心も。皆のために、使いたかったんだ。

 だからジェネ、君は気にしなくていいんだ。

 キミが許せないことを、僕が先にしてしまっていたから」

「……」

「でも……それも、卑怯だった。

 本当なら、真っ先に言わなきゃ駄目だったんだ。

 また会えた時。真っ先に謝らなきゃいけなかったんだ。

 こんな、先に恩を着せるような形じゃなくて……」


 言葉を紡ぐゼニア。ジェネは、言葉を返せなかった。

彼の肩を抱く手の力だけが、ただ強まっていた。

表情の見えない今。

しかし重なったゼニアの瞳は、後悔と悲しみに染まる。


「……でも、怖かったんだ。

 皆にまた会えたのが嬉しかったから。

 皆と、本当に話せたのが嬉しかったから。

 ……皆の敵だって言うのが、怖かった。

 せっかく皆がくれた心で、皆を怖がって」


 あるいは。こちらこそが、彼の後悔の根源だったのかもしれない。

心を再び手に入れて、

しかしそれが、不誠実といえる行動を招いた事が。


「……結局、うまく出来なかった」


 その結実を口にして。覗く瞳が、掠れていく。

伝えたかった謝罪と後悔。

とうに力尽きた身体の中、それが意識を支えていた。

今。堪えていたものを離すように、その体から力が抜けていく。


「……だから、これで。もういいんだ……」


 やがて至る終わりを受け入れるように、心と言葉を揃える彼に。

ジェネはようやく、口を開く。


「——良いわけねえだろ!!」


 それは目を覚させるような、強い一喝だった。

驚くように見開かれたゼニアの瞳に、ジェネの目も重なる。

強い意志を込めた、熱い蒼き瞳がそこにあった。


「分かってた。分かってたさ! でも、それがどうした!

 お前は操られてただけだったんだろうが!

 悪いのはお前を操ってた奴だろうが!

 なんでお前が全部被んなきゃいけねえんだ!!」

「同感だ。心を奪われ、操られていたお前に責を求めるのは道理に合わない」


 ゼニアの懺悔を吹き飛ばさんとする言葉を、思いのままに叫ぶジェネ。

そこに背後のノインも同意する。

彼の語った懺悔、その前半に対する反論だった。


「でも……」

「……そうだろ、怖いだろ!

 失望されるかもって思うのは!拒絶されるかもって思うのは!!

 俺だってそうだ……! 何度も、何度も、そんな時があった!」


 そのまま後半、彼の後悔の正体へもジェネは言及していく。

むしろジェネもまた、こちらにこそ強い思いが湧き上がっていた。

 失望への恐怖。それは、彼の前に立ちはだかり続けたものだから。


「だから、これからこう思え……!

 俺は、俺達は! 助けてくれたお前をずっと、ずっと仲間だと思ってる!!

 これからもずっとそうだ! お前が何だったとしても、絶対に仲間だ!

 だからお前もそう思え! ゼニア!!」


 その反論は、あるいは。

彼の、この旅で得たものの結実とも言えるものであった。

信頼する事もされる事も。相応の勇気は要るものだ。

だけども。いや、だからこそ。

自分がそうであると伝えることが、その勇気を呼ぶのだと。

かつて抱かれた、小さなリリアの胸が教えてくれた。


「……これからも……?」


 言葉を受けた、ゼニア。頭部から覗く瞳が揺れて、にじむ。

それにジェネは力強く頷いた。

そこにレオも、言葉と意志を繋ぐ。


「ああ。それが友というものだ。

 ……だから生きるんだ! ゼニア!」

「応急処置をしよう。楽にしていろ。

 死なせはしないぞ、ゼニア」


 ジェネの言葉通りの心が、そこにあると伝えるように。

ゼニアを囲うように近づいた二人も、彼の命を繋ぎ止める言葉を口にした。

それは。一度後悔を産んだゼニアの心を、大きく揺らした。


「……みんな」


 更に揺れて、滲んでいくゼニアの瞳。

後悔と悲しみの海から掬い上げられた心を、もう一度抱いて。

ゼニアは、熱を抑えきれない声で彼らに呼びかけた。

装甲に隠れ見えない口元が、続けたい言葉を紡ごうとして——



「——見つけたぞ! 『聖体』!!」


 彼らの背中から響く、新たな声。


「っ!?」


 物語は、再び暗転する。


——

 

「邪魔よ、どいてっ! "雷霆"!!」


 暗い室内を、再び雷が照らす。

エクレアの周囲が瞬いた瞬間、四本の稲妻が既にアカリへと迫っていた。

瞬きの間ですら射抜かれるその光を、しっかりと捉えて。


「っ! "灯籠一刀流・『激流上り・連』"!!」


 抜刀と共に振るった太刀は、その全てを捉えていた。

弾かれて四散する雷。それを突っ切って、アカリは一気に距離を詰める。

凄まじい踏み込みは、一瞬で彼女を刃の範囲に収めていた。


「はぁっ!」

「っ!」


 勢いのまま振り払われた刃を、戦槍で受け止めるエクレア。

そのまま何度か斬り結ぶと、彼女は大きく飛んで身を翻す。

再び距離を取るのが目的だった。だが。


「"『光芒一閃』"!!」


 再び剣を収めてからの、抜刀による居合。

その踏み込みは、既にその着地点へさえ到達していた。

再び打ち合わせる二人の得物。それを通して、エクレアはアカリを睨みつけた。


「っ! しつこいッ!」

「言ったでしょう!

 ニーコさんと話したい事があるのなら、まず私を倒しなさい!」


 怒りと憎しみを全面に出すエクレアに、

しかしアカリも気迫で負けることはない。

再び互いの武器が大きく振り回され、何度も打ち合わせられる。

文字通り、どちらも一歩も引かない戦いだ。

重い一撃。そこから、今度は鍔迫り合いに入る。


「調子に乗って……! ええ、そうさせてもらうわ!」


 体格としてはアカリよりも一回り小さいエクレア。

だが膂力はその通りではないようで、彼女はそれでも押し切られることは無かった。

それどころか、その最中に左手を武器から離してみせる。

そこに、稲妻が迸った。


「っ!?」


 それでも軽くならない刃に、迸った稲妻。

脳が鳴らした警鐘に反応して、アカリは即座に力の向きを後ろへと変えた。

ほぼ同時に。瞬間のやり取りの中、エクレアは左手を叩きつける。


「——"トールスタンプ"っ!!」

「ぐ、ううッ!?」


 彼女の腕の動きに合わせて。

先ほどまでアカリの立っていた場所に、巨大な鎚のような雷が落ちていた。

身を引かなければ、その直撃を受けていただろう。

だがその余波までは避けきれず、それだけでもアカリは苦悶の声を上げる。


「まだよ」


 それだけではない。鋭さを失った身体に、今度はエクレアから接近していた。

振りかぶる巨大な戦槍に、激しい稲妻を宿して。

エクレアはその勢いを持って、アカリへと叩きつける。


「っ、『登り龍』っ! う、ぐうっ!!」


 その衝撃と同時に、宿った稲妻が炸裂する。

技を合わせて武器の直撃は防いだものの、その余波がまたもアカリを苛んだ。

激しい衝撃に吹き飛ばされる中、何とか受け身を取るが、

アカリの表情には大きな苦悶が浮かんだ。


「ぐ、う……!」

「鬱陶しい……動かなければ、消し炭にしてやったのに。

 ただ、貴方の速さもこれまでね」


 その様子を忌々しそうに見据えるエクレア。

だが状況は言葉通り、彼女に傾き始めていると言えた。


 「……っ!」


 身を焼く稲妻は全身を回り、

痛みと痺れがアカリの機敏さを生み出す身体の動きを妨げる。

劣勢に陥ったことは、嫌でも理解していた。

それでもアカリは、再び刀を構える。


「なんの……これしき!」


 それ以上に、状況を理解していた。

自分が倒れれば後ろの仲間たちがどうなるか、想像するまでもない。

だからこそ、死への恐怖は勘定に入らなかった。

それこそが、彼女を彼女たらしめる魂だ。


「そんなに死にたいの? じゃあ、お望み通りにしてあげる!」


 だがそれは、状況の好転の材料には繋がらない。

再び構えたエクレアが、再び殺気を増大させる。

これまで五分であった斬り合いがどうなるのか。

そこには、悪い予感しか生まれなかった。


「ど、どうしよう……! あの子、あんなに強いなんて……!」

「アカリ様……!」


 それは、後ろからそれを見るアーミィの胸中も同じだった。

これだけ激しい稲妻を迸らせるエクレア。

自分の弱さは自覚している。到底、勝てる相手ではないのも明らかだ。

レオナも倒れた者への流れ弾を防ぐため、ずっと盾を張り続けている。

この危機的状況に、アカリ援護に行くわけにも行かなかった。


「……なあ、そっちの小さなお嬢さん」

「ひゃいっ!?」


 その焦燥しているアーミィに、突如声が掛かる。

倒れていたマルクトからのものだった。

苦しそうに声を捻り出す彼は、丁度背後に位置した、部屋中央の端末へと瞳を向ける。


「こーなりゃ、ヤケクソだ……そこの端末、ちょっと触ってくれないか?」

「こ、これ!?」

「ああ……右側のキーで動かすんだ。

 画面の一番右下の項目を押してくれ」

「う、うん……! わっ、何か出た!?」


 混乱の中、一先ず彼の言葉に従って進めるアーミィ。

すると、画面に突如巨大な警告が現れる。

急変する画面に驚くアーミィだが、マルクトはそれを宥めた。


「大丈夫だ、進んで。

 そこに、今から言う数字を入れてくれ」


 そして、マルクトは更に指示を続けていく。

皮肉屋の彼には似合わない、まるで祈るかのように僅かに目を閉じて。

そして開いて、その続きを伝えた。


「——"549"、"472"だ……!」

「え、えっと……5、4、9、4、7、2……!」


 たどたどしい手つきでそれを入力していくアーミィ。

画面に、言葉にした数字が浮かんでいく。



—— 


「——っ!?」


 戦いが終わり、静かになった艦橋部。しかしそれは、長くは続かなかった。

突如破裂した天井が、それを文字通り破る。

そして向きの都合、それを視覚でも捉えていたアイリスが叫んだ。


「……危ないッ、避けろ!!」

「えっ!?」


 破れた天井から更に赤い光の光線が、リリアとマリアンの元へ放たれていた。

逆にその発生源へ背を向けていたリリアだったが、

彼女の警告が功を奏し、ギリギリのタイミングでそれを認知して。

直ぐ様腕に力を込め、抱きしめたマリアンごと大きく飛び退いてそれを避ける。


「くうッ!? ……何っ!?」


 余波に体勢を崩されながらも、その元へと視線を向けるリリア。

続け様に、裂けた天井から降りてくる影が三つ見えた。

その装いはいずれも、マリアンと同じ意匠のものだった。


「ガストチームの人っ!?」


 再び高まる緊張。

着地の後、彼らもまた瞳をリリアの方へ向けた。

その中央に立つ者が、口を開く。


「何をしている、マリアン」

「……!」


 リリアにも、聞き覚えのある声だった。

そしてそれは、彼女の知る中で。

最も警戒すべき存在である証明でもあった。


「……副隊長……それに、フレア、アンジェ……」


 リリアに抱かれたマリアンが、彼らの名を呼ぶ。

そう、ガストチームの副隊長たるバストール。

更に二人の隊員を連れて、彼はこの場に現れたのだ。


「ジェネレーターが破損しているようです。ガスト3は戦闘不可かと」

「なるほど。敗れたか、マリアン。

 ——役立たずめ」

「……っ!」


 バストールの視線に、マリアンの身体が跳ねる。

失望と、怒りの込もった視線だ。

傷ついた彼女を労う意志は、全く見えなかった。


(——っ!!)


 それを、すぐ近くで重ねて見て。


「……ねえ、あなた!」


 彼の心を、そこに見て。

そしてリリアは、抱いた怒りを叫んでいた。


「貴方のために戦ってたのよ、マリアンさんは!

 私のことが許せないって! 貴方が馬鹿にされたのが許せないって!!

 そんな人に、なんて事言うの!!?」


 先ほどまで命のやり取りさえしていた、マリアンの思い。

それでもそれを抱くと決めたのが、リリアの選択だ。

彼の言葉も態度も、許せるものではなかった。


「もういい。貴様と言葉を交わすつもりなどない」


 それに答えるように動く、バストールの視線。

返された視線には、あらゆる悪意が滲んでいた。


「貴様から正義を語られるだけで、あの日の怒りが湧き出してくるようだ。

 ガスト7、8。やれ」

「はっ!」


 彼の指示を受けて、傍らの女性隊員二人が同時に左腕を向ける。

そこに、赤い光が宿った。それが何を意味するのか、もう言うまでもない。

リリアが危機を察知するのとほぼ同時に、その片方から赤い光線が再度彼女へと放たれる。


(マリアンさんごとっ……!!?)

「っ、ううっ!?」


 何とかもう一度身体に力を込めて、大きく横跳びして躱すリリア。

だが時間差でもう一本、もう一人が放つ光線が隙を突くように襲いかかる。

赤い光が、リリアとマリアンの顔を照らして。

しかし突如、違う方向へと逸らされた。


「わっ!?」

「"エリアルセイバー"ッ! しっかりしろ、混じり空(ヘスペリデス)!!」

「アイリスさんっ!」


 ナイフを振るった、アイリスの空間操作によるものだった。

何とか立ち上がった彼女。

だが先に烈光を受け止めていた身だ。

その負担の程は、荒い呼吸と余りに悪い顔色が物語っていた。


「貴様……」

「っ!?」


 そしてそれは、更なる不覚を彼女にもたらしてしまう。

前進していたバストールが、すぐ背後に迫っていた事。

今のアイリスは、それを気づけずにいてしまっていた。

反応して身を躱すことも、もう許されなかった。


「邪魔だ!!」

「げぶッ!?」


 間髪入れずに、恐ろしい重さの膝蹴りが腹部へと突き刺さり。

蹌踉めくアイリスに更に容赦なく、バストールは剛拳を顔面へ向けて打ち込む。


「がッ、ううッッ!!!」


 その追撃についてはなんとか両腕を潜り込ませ、直撃を避けたアイリスだったが、

勢いまでは殺しきれず、小さな身体は大きく吹き飛ばされてしまう。

受け身も取れず、彼女はリリアのすぐ隣にそのまま転がった。


「がぐ、うううっっ……!」

「アイリスさんっ! ……あぐっ!?」


 すぐに彼女を案じ、一旦マリアンを寝かせて駆け寄ろうとするリリアだったが、

その膝は、立ち上がった直後に脱力してしまう。

なんとか転けはしなかったものの、急激に全身の脱力感を実感するリリア。


(何……!? まさか……!?)


 一瞬混乱するリリアだったが、すぐに理由へと思い当たった。

それは悪い記憶。そして、余りに悪い予感とともに。

そして。それを言語化するのは、意外にも相対するバストールだった。


「だが。()()()を使わせたのはよくやった、マリアン。

 消耗の大きい技という見立てに、違いは無かったようだな」

「……!」


("ルクスドライブ"……!?)


 そう。リリアの道を照らし切り開いた、繋ぐ光の剣。

エリスを破った後も、思えばそうだった。

強力な技の反動かのように、身体は重くなり動けなくなった。

今の身体の状態は、あるいは大技を放った回数の少なさによるものか。

立つことすら困難になったその時のものよりは軽いとはいえ、

明確に類似することに違いはなかった。


「く、う……」

「終わりだ。

 仕留めるぞ、最大出力までチャージしろ」


 技の反動に蝕まれた身体。そしてアイリスも倒れた今。

次なる攻撃を防ぐすべは、もう無いと言えた。

バストールの部下である二人に加え、今度はバストールも左腕を構える。

迸る赤い光。それは先程よりも更に強く、激しくなっていく。

今度こそ、リリアたちを確実に消さんとするかのように。


「負けない……! 負けちゃ、駄目……!」


 それでも、なお立ち上がろうとするリリア。

ここでも彼女は折れなかった。

力の入らない身体であろうと、ここに来て一番の強敵が現われようと。

ジストを助けるために、自らを鼓舞するように呟いて。

震える身体で、立ち上がって。


「——そうだと、思ってた」


 その彼女を、追い越す人影があった。

アイリスはまだ倒れ込んだままだ。つまりは。


「マリアンさんっ!?」


 驚くリリア。

見えた横顔からは、今までずっと張り付いていた怒りと憎しみの色は無かった。

そしてマリアンは、呟くように言葉を紡いでいく。


「私がそうであるように——彼も、()()()以外は見ていないもの。

 私がどう言ったって、彼が変わることはない。

 だから私も、何も思わずに。彼をただ見つめ続けるしかなかった。

 ……その結末が、これね」


 命の危機と言えるこの状況に反して、その口調は落ち着いていた。

覚悟を決めた。そんな雰囲気で。


「マリアンさん、下がって……!」

「聞きなさい。

 ジストはこの要塞の心臓部分、精霊機関の直上に囚われているわ。

 詳しくは知らないけれど……

 ジストの処刑に、この要塞を動かす巨大な精霊機関を使うつもりで」


 そして彼女は口早に、リリアに情報を伝えていく。

言うまでもなく、リリア達の利になるものだ。

翻意とも言える行動に、しかし理由を口にすることもなく。

アーマースーツの肩口から、一枚の部品を取り外してリリアへと見せる。


「これを。私のカードキーは上位権限よ。

 それがあれば、精霊機関部への侵入も出来る」

「え!?……わっ!?」


 そしてそのままリリアの懐に強引にねじ込んで。

ぼろぼろになった左腕で、マリアンは突如リリアを担ぎ上げる。


 「ぐっ!?」


 更に右手、赤い光はなく芯であった機械部分だけ残った鞭を振るって、

器用にアイリスの身体を掬い上げた。そして。


「"緊急通路『B6-8-568』解錠"!! ——はああああッ!!」

「きゃあああッッ!?」

「ぐ、うううッ!!」


 彼女の言葉に反応して、背後の何もないように見えた壁が開いていく。

その開いた小さな隠し扉に向かって、マリアンは渾身の力で彼女たちを投げ入れた。

一度力尽きたとは思えない、本当の底力だった。


 「"施錠"ッ!!」


 二人の身が収まったのを見て、即座にまた唱える。

反応して閉まっていく扉を一瞥して、マリアンはまた振り返る。

そして背中越しに、リリアへ達へ言葉を投げた。


「その先の階段を降りなさい。機関部へ直通の道よ。

 急ぎなさい。彼も同じことが出来る、そう時間は稼げない。

 それに壁一枚なんて、この装備の前では盾にもならないわ」

「マリアンさん……! どうして……!?」


 閉じていく扉。もはや掛けられる言葉もそうない。

残せるだけの情報を残していくマリアン。

その中でリリアは、彼女の気持ちを確かめる。

彼女の怒りも憎しみも、本当に深いものだと感じていた。

そして、それを産んでいたであろう愛も。

翻意という言葉で表せるほど、軽いものではないと。

そして。彼女は振り返らないまま、リリアに答えた。


「貴方は逃げなかった。私ももう、逃げないわ。

 ——行きなさい!

 あなたは掴んでみせなさい!

 あなたの望んだ結末を!!」

「マリアンさんッ!!」


 それを最後に、扉となっていた壁が完全に閉まる。


「……そんな……!!」


 残されたマリアンの結末は、想像に難くない。

座り込んだリリアも、暗い気持ちに支配されそうになって。


「……立てるな、混じり空(ヘスペリデス)!」

「!」


 しかしそれを鼓舞するように、声を掛けるアイリス。

震える全身に力を込めて立ち上がっていた。

この短時間だ。身体へのダメージが癒されたはずもない。

だがマリアンの行為が、彼女の心にも火を付けたようだった。


「……うん!」

「急ぐぞ! 巻き込まれて死んだら、あの女の意志も無駄になる!」


 そしてそれは、リリアの感情も前に向かせることになった。

おおよそ万全とは言えない身体でも。

生まれた犠牲に、気持ちを引かれても。


 それでも。

望んだ結末(ハッピーエンド)を、すくい上げるために。


「……うんっ!!」


 薄暗い隠し通路。折り返しの階段が下に遥かに続く空間だった。

そのための一歩を、二人は駆けだしていく。


——

 して。

閑話休題、場所は一転して。


「はぁー…………つっかれた」


 覇気も何もありはしない、疲れ切った男の声が響く。

いや。逃すことなく、この周囲の森林が吸収してしまった。

丁度、今の彼の身分のように。

そう。彼もまた無数の視線、あるいは監視の中に閉じ込められてしまっていた。


「なんだ、もう音を上げたのか。情けない奴め」


 それに続くのは、彼を労るどころか詰るような言葉。

呆れた目で彼を見るのは、港町リーブルの領主。

アスタリトの辺境伯であるドグマだった。


「くそ……名うての傭兵たるバゼル様に何やらすってんだ!?

 名君の名が泣くぜ、辺境伯!!」

「何が名うてだ、チンピラめ。

 お主より強靭で、お主よりも潔白な傭兵などこのアスタリトには星の数ほどおる」


 その目を受け、そして反発するのはバゼルだった。

そしてこの場所は森林の奥深く、アーミィの館である。

ジストのリーンの激闘やリリアの一撃によって荒れ果てた庭に、

今、バゼルは完全に腰をついて倒れ込む。

その手に握られたショベルが、彼をこう追い込んだ理由を物語っていた。


「人攫いに脱獄。

 罪を重ねているお主をただの庭の整備で償わせてやろうと言うのだぞ?

 温情も温情だ。ありがたく受け取りたまえよ」

「ハア!? 脱獄はあのガキも一緒だったろうが!!」

「お主は普遍的価値観も持ち得ぬのか?

 リーブルの大恩人であるリリアと、人攫いまで起こしたチンピラのお主。

 何故釣り合いを計らねばならん?」

「ぐぬぬぬぬ……!」


 バゼルがどれだけ不服を口にしようと、

ドグマはそれに取り合う様子も見せない。

もはや反論の道具も失った彼を一瞥して、ドグマはため息をついた。


「まあ、そろそろ休憩の時間か。

 いつもの会議卓のある部屋に昼食を用意させている」

「お、マジか?

 いやーよかった、これだけが唯一の楽しみだからなあ!!」


 その言葉には、突然気が変わったかのように明るくなるバゼル。

何か意味があるというよりは、本当に言葉通りのなのだろう。

やや皮肉った言葉まで付けて、それを表現していた。


「喜んで貰えたようで結構だ。

 そうした小さな喜びを噛み締められる人間になれるよう励むといい」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!!」


 だが、それももう全く相手にされなかった。

皮肉に皮肉で返されて、もう返す言葉も無くなって。


「あーはいはい、そーさせて頂きますよっと!!」


 バゼルはもう、捨て台詞まがいの言葉しか吐けなかった。

そのまま逃げるように立ち上がると、館へと入り込んでいく。

入って一番手前の部屋。彼らがこの仕事のために用意したのだろう、

用具やいくつかの書類も並んでいた。

そして、バゼルの愛用する大剣も。

そこの中で、机に弁当が並べられている席へとバゼルは腰掛ける。


「はぁあ〜、やってられねえぜ……

 何だって俺様がこんなことを……」


 弁当へ手をつける前にまず、愚痴が溢れた。

今の立場は、客観的に見て当然の扱いではある。

だがそれをすんなり受け入れるバゼルでもなかった。

それは立場もそうであるし、刺激に欠けたこの労務に対してもそうだった。

そんなフラストレーションと共に、椅子にもたれ掛かって辺りへと目を向けるバゼル。


「……お?」


 意味のある行動ではなかった。特に注目するものもなかったから目を泳がせていただけだ。

しかしその目は、直ぐに止まることになった。

机に載せられた物品の中でも、とりわけ異彩を放つ物。


「なんだこりゃ?」


 それは、かつてこの館を制圧した者が使っていたであろう、

精霊機関による通信装置だった。

あの動乱の続いた状況だ。

リリア達にしても回収するような暇は無かったため、そのまま置かれていたようだ。

それは今、退屈に潰れるバゼルの興味を呼び起こしたようで。

彼は立ち上がると、一先ず、それに手を伸ばしてみる。


「グローリア、ぽい感じか……?」


 言葉通り、それが何かは分かっていなかった。

ただこの機器の前部に並ぶ、数字の印字されたボタンが入力装置であるのは何となく読み取ってはいた。

だが、そこまでだ。それ以上のことなど、何も分からないし知りもしない。


だがこの退屈は、彼にそのアクションを取らせた。


「……」


 跳ねるように動いた指先。それは素早く、ある数字の羅列を入力したものだった。

それが何を意味するものなのか、彼にとって何なのか。

本当に小さな所作のみで行われたこの操作からは、それを読み取ることは難しい。

はたして、本当に意味のあるのですらあったのか。

なおも無反応の機器を前に、バゼルはため息をつく。


「ま、なんもねえか。つまんねーの……」


 ——結果から言えば。

そこまで行ったタイミングだったからこそ、それは不意打ちになったのかもしれない。


『信号一致確認。試作型精霊式転送システム、起動』

 

 最も意識が逸れていたその時に、機器は音を上げ輝き始める。

喋ったというよりは録音された音声だろう、事務的なその声は、これから起きる事を彼に教えていた。


「……は?」


 その、()()()()()()()を除いて。


「——ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」


「っ!? 何だ、どうした!?」


 突如響いた、恐ろしいほどのバゼルの絶叫。

閑散としているこの森だ。この屋敷の外まで、それは響いていた。

只事ではない声に、ドグマも部下たちを引き連れて会議室へと現れる。


「……これは!?」


 先ほどまでバゼルのいた、そこには彼の姿はない。

気づけば大剣も、そこには無かった。

今はただ、おびただしい血溜まりだけが残っていた。


——

 そして。


「あぐうっ!!?」

「あ、アカリっ!」


 痺れる身体で堪えることが出来ず、吹き飛ばされてしまうアカリ。

遂にアーミィたちの場所まで押し込まれてしまっていた。

尚も立ち上がろうとするアカリだったが、エクレアは冷たい目を彼女たちへと向けていた。


「"雷霆"ッ!!」


 そして呼び起こした雷を、

今度は直接、レオナの張る防壁へと撃ち込む。


「ぐ、ぐううううううッッ!!!」

「レオナッ!?」


 今までの余波や跳弾とは違う、段違いの破壊力を持つ轟雷の直撃。

それは簡単に、レオナの張る防壁を砕いてしまった。


「くうッ……」

「レオナっ!! あ、ああ……」


 倒れるレオナを案じながら、アーミィは迫るエクレアを見て震える。

遂に障壁なく重なった視線には、容赦も遠慮も見えなかった。

振るった大槍に、再び雷が宿る。遂に、とどめの一撃を放つために。


 しかし。


「終わりね——えっ!?」

「わっ!?」


 それを阻止するかのように。

先ほどまでアーミィが操作していた部屋中央の端末が、強く輝く。

そして端末の光だけではない。

輝く精霊たちが湧き上がり、端末の前方、上部へと集まり始めた。


「おいおい……! マジかよっ!?」


 何が起きているのか。先ほどの操作と関係があるのか。

マルクトだけは、何か思い当たるものがあるようだった。

ずっと集まっていく精霊たち。

そしてその中心から、ボトリと何かが落ちた。


「ひいいっ!?」


 しかし。

まず、救いを求めていたはずのアーミィから悲鳴が上がった。

倒れ込んだアカリも、それを見て言葉を失う。


「あ……あれ、は……?」


 それは。落ちた、その物体が。

その美しい光景からは想像もつかない、悍ましい肉塊だからだった。


「う……何なの、これ」


 正体不明、所以も不明の肉塊。

しかも蠢いているそれに、エクレアさえも明確に不快感を示す。

あまりの悍ましさ、不気味さに、彼女も対応を迷っていた。

その視線の先で。肉塊は、更に激しく蠢いていく。


 そして。肉塊から突然、一本。逞しい人間の腕が伸びた。

更にその先に、今度はどういう仕組みか、鉄製の大剣が形成された。

独りでに、その腕はそれを握る。


(あれ? あの剣、どこかで——)


 戦慄する光景の中、アカリはその剣に見覚えを感じていた。

肉塊の変化はまだ止まらない。

握ったそれを切欠にしたように、突如肉塊の蠢きは激しくなっていく。


(……怪しいっ!!)


 その時点で。エクレアの中で、警戒心が悍ましさを上回った。

彼女の左腕に雷が宿る。そして間髪入れずに、それを叩きつけた。


「"トールスタンプ"ッ! ……えっ!?」


 激しい雷の鎚に打たれ、灼かれる肉塊。

しかしその中でも、蠢きは止まらなかった。

それどころか。轟雷によるダメージを上回る速度で肉塊は更なる形成を——

否。()()を行っていた。

もう一本の腕、胴体、脚。そして頭。

四肢と頭。それは、人間のシルエットを成していた。


「……オイ」


 打たれた雷の中から、声が響く。

再生された瞳に、怒りが灯った。


「……テメエかああああああああああああああああ!!!」


 そして、稲妻を切り裂いて。

肉塊から再生したバゼルが、エクレアに大剣を振り下ろしていた。


「ううッ!? あうううッ!?」


 エクレアも咄嗟にそれを槍で防ぐが、勢いを殺しきれずに大きく後退する。

まさに、完全な不意打ちだった。


「人をグチャグチャにすり潰したかと思やあ、今度は雷ってか!?

 人をなめんのも大概にしやがれってんだ!!」


「バ……バゼルさんっ!? どうして!?」

「え!? 辺境伯のとこで見たチンピラっ!?

 なんでえええええ!!?」

「……あん? あん時のガキンチョ共?

 一体どういうこった、これ?」


 そしてそれは、こちら側も同じことだった。

結果的に、まさに救いと呼べるバゼルの登場ではあったが、

全く予想だにしなかった現象に、流石に困惑が先に立っていた。


「……生きてたかよ、バゼル。

 イジけ死んでるんじゃねーかって、心配してたぜ」


 ただ、一人を除いて。


「ああん!? って、マルクト……!?

 なんでテメエが、このガキンチョたちと……」


 旧知の仲であることを示すように、軽い口調で名を呼ぶマルクト。

次々と自らの身に降り注ぐ理不尽な現象に怒り心頭だったバゼルだったが、

彼の姿を認めると、驚きと共に落ち着いていく。


「何がなんだか、全く分かんねーが……そーか、テメエか……!」


 が、やがて。何かを理解すると、また瞳に怒りが宿り始める。

今度はその矛先は、マルクトへと向いていた。

しかし重傷で動けない中でも、マルクトは調子を変えずに続ける。


「こうなるたあ思ってなかったんだよ、許してくれや。

 ……それより、このままだとここで死にそうなんだわ。

 手、貸してくれねえか?」

「はあ!? 久々に会ったと思えや、言うに事欠いてそれか!?」

「見りゃ分かるだろ。めちゃくちゃピンチなんだよ、今。

 頼むぜ、バゼル様」

 

 反発するバゼルだが、それでもマルクトも態度を変えない。

軽い調子で、重ねてバゼルに頼みこむ。

そして。意外にも、折れるのはバゼルの方だった。


「まあ……テメエにゃ、まだ()()()()()()()()()といけねえしな」


 常に打算的な彼とは思えない行動に、意味深な言葉。

それは、この場ではただ二人だけが共有するものであった。

しかし。それ以上の深掘りは、再び奔った蒼い雷が許さなかった。


「あんな姿から再生するなんて……どういう事?」


 体勢を立て直したエクレアが、再び刃を向けていた。

ため息をついて、そして再び闘志を宿して。

バゼルは、エクレアへと構える。


「それに俺を灼いた分の借りは、まだ返せちゃいねえからな!!

 おいクソガキ、覚悟しやがれ!!」

「うるさい……! だったら今度は、塵になっても灼いてあげる!!」


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