41話 繋がる星々-7 ずっと私の一番星
迫る烈光。身を焼く熱線。
その全てを躱しつつ、リーンは身を翻す。
彼がどれだけ素早かろうと、数の不利はなくなるものではない。
そこには既に、次の攻撃たる光の鞭が迫っていた。
「どうした!? 逃げ回るだけか、『閃き星』!」
ハーリアの次はエーディが、その次は再びハーリアが。
絶え間なく続く致命の一撃を繰り出していく。
彼らが戦況を握っていることは、言うまでもなかった。
それを嘲るように口にしながら、ハーリアは再び光線を放つ。
「っ!」
足元、移動先へ向けて放たれたそれもまた、リーンは飛び跳ねて避ける。
攻撃を避けたための慣性が、それ以外を彼に許さなかったのだ。
その瞬間、エーディとハーリアの動きが大きく変わる。
「仕留めるぞ、エーディ」
「ああ!」
彼らもまた、動きを制するための一撃として狙ったものだったようだ。
伸ばしていた光の鞭を収束させつつ、二人は一気に浮いたリーンへと距離を詰める。
あらゆる攻撃を躱す速さを持つリーン、そこへより鋭く、より重い攻撃をぶつけるために。
「死ねっ!!」
「ちっ……!」
そしてリーンが着地した時、既に彼らは白兵戦の間合いへと踏み込んでいた。
先んじてエーディから叩きつけられる光刃を、リーンは連結させた得物、両刃剣で防ぐ。
当然、攻撃は終わらない。続けてハーリアも、違う角度から光の刃を振りかぶる。
回り込んだそれを、リーンは何とか視界の端で捉えていた。
即座に得物の持ち手へと手を伸ばして。
「っ!!」
「何っ……ぐっ!?」
得物を分割し、エーディの攻撃を受けていない側を回してそれを受ける。
不意の反応に僅かにたじろぐハーリア。
その一瞬の隙に、リーンの右足が腹部へと突き刺さっていた。
リーンの体躯からは想像できないほどに重い一撃だ。
硬質のアーマーを砕くには至らなかったものの、大きく彼を蹌踉めかせた。
「貴様ッ……!」
「遅い!」
「がっ!?」
そこを埋めるように続くエーディの攻撃を更に跳んで避けて、
同時に彼の顔面へと蹴りを打ち込むリーン。
更にそれを足場とし、再び大きく飛び退いた。
「ちょこざいな……!」
「ふん……時間稼ぎのつもりか? 愚かな。
先に行かせた雑魚どもが、我々に勝てるとでも思っているのか?」
そこへ向き直り、再び構え直す二人。しかしそこに、大きな負担は見られない。
この仕合はリーンが勝ったが、与えたダメージとしては僅かなものだった。
その状況を揶揄するように、二人はリーンに言葉を投げかける。
「さあな。昨日知り合った連中だ、大して知りはしない」
「ほう? これは驚きだ。
そんなものの為に、態々アスタリトの英雄が出張って来たというのか?」
「くだらん。余計な手間をかけさせてくれる……!
利口であれば、もう少し長生きできたものを……!」
舌戦の中、リーンを嘲っていく二人に。
それでも揺るがない瞳を返して、再びリーンは双刃を連結させる。
その最中。すっと、頭の中を思いが駆け巡っていった。
今、ここに立つ意味と共に。
「約束だからな。あいつとの」
そして、構える。
「ほざけ!」
「終わらせてやる!」
再び距離を詰めるハーリアとエーディ。
今度はリーンにも迎え撃つ準備が出来ている。
接敵に合わせて間合いを動かすと、同じ方向に来るように彼らを迎え撃った。
再び迫り来る光の刃の連撃。それを巧みに両刃を振り回し、リーンは受けていく。
「ちぃっ、しぶとい奴め……!!」
「押し潰してくれる!!」
それに対し、エーディ達は更に攻撃を激化させることを選んだ。
リーンも引きながら攻撃を捌いている。攻勢は自分たちにあるのは確かだ。
ならばそれを強めることで、この防御を突破するのだと。
(……)
それを、リーンも受けながら感じ取っていた。
この猛攻の中、冷静に。その突破口へ繋がる道を紐解いていく。
(見事な連携だ。仕掛ける間合いが完全に噛み合っている。
これだけ前のめりでも成立している。同じ部隊というだけではこうは行かない。
恐らく……経験の長いタッグパートナーだ)
それは。この戦いの中に見たものをかき集めた先にあった。
今打ち合わせる刃から。その先に見える二人の姿から。
(だが、俺に追いつけては出来ていない……!
ならば……!)
そして、先の反撃の様子から。
リーンは、その狙い目を付けて。意識を、眼の前の光景に引き戻した。
そして。
「っ!?」
より重くなる攻撃に、弾かれるように後退りするリーン。
これまで保てていた均衡が崩れたかのようだった。
その様子に、当然ながらエーディ達は更に圧力を強めていく。
「どうした『閃き星』! ここまでか!?」
遂にその防御を突き崩せる時が来たと判断して。
エーディとハーリアが繰り出す攻撃は、更に更に重くなっていく。
有利になっていく状況は、その力を遠慮なく全て攻勢へと注ぎこませていた。
(……)
大人としてはそこまで大きくはないリーンの体格。
この圧力に押しつぶされそうになるのを、ギリギリで受け流して躱して。
しかしそれでも、リーンの瞳に揺るぎはなかった。
ただ、その一瞬を狙っていた。
(——今っ!!!)
押し潰すための攻勢へと、彼らが全てを注いで。
防御を相方の攻撃へと依存した、その瞬間。
「"エクスレア"ッッ!」
今攻撃を繰り出しているハーリアと、
その隙を消すために更なる攻撃を構えるエーディ。
「——がっ!?」
その、ハーリアの刃が迫るその僅かな間で。
リーンの右足がエーディの顎を撃ち抜いていた。
「——っ!!」
そして、武器を回して受け流す形でハーリアの攻撃を捌く。
本来ならここを埋めるはずだったエーディの攻撃は、もうない。
そしてその更なる答えも、有りはしなかった。
彼らを突き動かした攻勢が、それを捨てさせていただのだから。
残った左足でその勢いを残したまま、身体を捩って。
「なっ……がああああああッッ!!?」
受けた力を、返すように。
反対側の刃が、ハーリアの胸部にある赤い水晶へと突き刺さっていた。
水晶はまるでその力の結晶を砕かれたのように、赤い光の爆発を引き起こす。
「は……ハーリアっ……!?」
「終わりだ」
一瞬にして相棒が致命打を受けた。
それを認識したエーディに、更に冷たく言い放つリーン。
状況は、一瞬にして逆転していた。
強力な蹴撃を受けた彼を助ける者も、もう居ないのだから。
エーディが体勢を立て直すよりも、リーンが構え直すほうがずっと早かった。
「"エクスレア・ラスティール"ッッ!!」
「が、がああああああッッ!!!!」
瞬きも許さない無数の剣閃を残して。
リーンは文字通り、彼の背中側へと斬り抜けていた。
砕け散る赤い水晶。
また起きた赤い光の爆発の後、倒れるエーディの身体から装甲服が砕け散っていく。
振り返って見れば、ハーリアの方も同様だった。
どちらも動く様子もない。
この一戦の終わりを見届けて、リーンは大きく息を吐いた。
(一か八かで狙ってみたが、本当に心臓部だったとはな)
そして改めて、二人へと近づいていく。
その様子を観察して、息があることを理解するリーン。
静かに目を閉じて、考えて。そして、言い放った。
「俺の戦いなら、お前たちを許しはしないが。
これは、あの子の戦いだ。だから、命は奪わないでおいてやる。
——感謝することだな。リリアに」
そう言い残して、武器を背中へとしまって。
リーンは動かなくなったエーディの装甲服の欠片から、一枚のカードキーを拾いあげる。
(確かグローリアでは、こんな形の鍵があるんだったな)
原型は留めていたが、中身が生きているかも定かではない。
だが一先ずそれを懐にしまうリーン。
そして、一気に踵を返して走り出した。
その行き先は、先ほどレオ達と共に進んでいた道ではない。
(瓦礫を退かしている暇はない……別の道から、内部に行くしかない)
そう判断しての選択だった。
強大な存在たるガストチームを打倒してなお、彼の闘志には全く衰えはなかった。
それは。今のリリアの仲間達としては屈指の実力者であること。
その自負を表明するかのようだった。
——
「ネル。目を、開いてみてください」
窮地に陥って、まるで流れる走馬灯のように。
「どうですか。正しく、見えるでしょうか」
「……! はい、普通に見えます……!」
ネルはずっと、遠い日のことを思い出していた。
忘れない日のことだ。初めて、フェムトの顔を認識した事を覚えていた。
「なら良かった。当然ですが、それはただの眼鏡ではありません。
視覚を変換し、我々と同じ見え方にするためのフィルターです」
「フィルター……?」
「ええ。ですので、多少不便ですが常に着けて頂くことになります」
「……」
「演算型の精霊術で位置を固定するようにしています。
多少の衝撃なら外れることはないとは思いますが、
くれぐれも気をつけて。細かい制御方法は、後ほどお教えしましょう。
洗面など、どうしても外す場面はあるでしょうから。
その時は仕方ないので、目を瞑って対処してください」
いや、彼の顔だけではない。
記憶に残る景色というもの、すべて。
その時に、本当に初めて、視覚で捉えたことを。
多少不可解なフェムトからの言葉も、それが故に受け入れる事になったことも。
彼女の様子に気を遣っているとも、遣ってないとも言える様子のまま、
フェムトは続ける。
「貴方の眼球自体に処置を施すこともできましたが……
その能力は余りに特異で、天才的なものです。
まだ発展段階にある演算型の、その遥か先に既に到達していると言える程に。
なので、こういう手を取らせてもらいました。
……いつか、貴方の意志でその力が使えるように」
「!」
今、この記憶が蘇ってきた事は。
彼の言葉の内容と、関係がないとは言えなかった。
覚悟を決めるように、ネルは記憶を辿っていく。
「とはいえ、能力の行使に物理的な着脱が必要になるのは危険でしたので。
その眼鏡の方に、機能を仕込んでおきました。
特殊な演算と解除コードを唱えることで、
僅かな時間だけそのフィルターを解除することが出来るようにしています。
これも後ほどお教えしますが……解除コードは、貴方が決めますか?」
「……」
思い起こせば。フェムトの言葉はやはり、
気を使っているとは言えないものだったかもしれない。
現在のリリアと同じか、僅かに下程度の年齢だろうか。
俯いていた記憶の中のネルが返したのは、結局違う話だった。
「あの……」
「何です?」
「あの子は……?」
「ああ。貴方を介抱していた、精霊を纏っていた少女ですか。
あの後。保護者の方がいらっしゃったので帰すつもりでしたが、
貴方が心配ということで、まだ隣の部屋に居ますよ。
話が済んだら、姿を見せてあげるといいでしょう」
「ほ、本当ですか!?」
その言葉が指すものは、言うまでもなく、現時点にも関わる存在だ。
そう。彼女との始まりも、この記憶にあった。
だからこうして、強く思い起こせていて。
「しかし。現場があれだけの惨状だったというのに、
彼女だけは無事で驚きました。何か関わりが?」
「いえ、多分初対面で……でも」
記憶の中のネルが、胸を押さえる。
思い起こすにも苦しい、ある景色を思ってのものだった。
それは、今もそうだった。何よりも恐るべきものであり忌むもの。
そういうものが、その景色だった。
だが。それだけではなかった。
それが、記憶の中のネルに口を開かせる。
「あの中でも……あの子だけは、見えたんです。
優しい、光で」
忌まわしい景色を塗りつぶしてしまう程の、でも小さな、しかし確かな光。
それが、初めて認識した彼女の姿だった。
「……興味深いですが、詮索はやめておきましょう」
記憶全てを辿った中でも珍しい、驚きを表情に見せるフェムトがいた。
それだけ興味を引くものだったのだろう。
だが言葉通りにそれを引っ込めて、彼は話を進める。
「それならば、先に会いに行きますか。
身体に外傷は無かったので、動くことに支障はないと思いますが」
「は、はい!」
彼に促されて、ベッドから身を下ろして。
そのままフェムトに連れられて、隣の部屋へと歩んでいくネル。
「お待たせしました」
「あ……」
先導するフェムトは遠慮も躊躇いもなく、その扉を開いた。
心の準備も用意されないまま、開けていく視界。
そして自分を救った、温かな小さな光の正体が顕になる。
「……お姉ちゃん!」
いくつもの輝く精霊たちを纏った、まだ5、6歳程度の本当に幼い少女。
初めて知った、リリアの顔。それは、満面の笑みで彼女を迎えていた。
「お姉ちゃん! 元気になったの!? よかった!」
「わっ!?」
間髪入れずに自分の胸元に飛び込んでくる、リリアのことを思い出して。
その笑顔を、逆に自分はどんな顔で迎えていただろうかと。
ネルは、ふと思う。いや、辿ってすぐに思い出した。
「……うっ……くっ……」
「お姉ちゃん!? 大丈夫、まだ痛いの!?」
「ううん……大丈夫、だけど……」
ぐしゃぐしゃに泣いて、彼女を抱きしめていたことを。
もう少し立派な対面にすればよかったなんて、思って。
だが。それでも確かにその時に、世界の見え方は変わった。
闇の中で強く煌めく、一番星を中心に。
——
締められていく首。
僅かに残された喉の、その隙間で。
「が、う……ろ、ろく……」
「何?」
掠れ切った声のそれに、レナは対して気を割かなかった。
左手は空いている。
この距離であれば、光線によって間違いなくトドメを刺せる。
これまでの戦いで実力の差も明らかだ。
得物も手離したネルに、出来ることなどないと見下していた。
「……"6789566234455678"、"216179751"……!!」
「……ッッ!!? 貴様、何を——」
しかし、その油断が。
掠れた声が、精霊術の詠唱であると気づくのに遅れさせていた。
直ぐ様左腕をネルに向けるレナ。
強まっていく赤い光に、だが先んじて、ネルが叫ぶ。
「"解除コード、『明けの明星』"!」
掛けたレンズの上で、精霊たちが何かに作用して。
ネルはこの切羽詰まった状況で尚、一度目を閉じる。
(教授。使います。今度は本当に、あの子のために!!!
だから——)
だから、どうか。
私よ、耐えて。
そして、開いた。
その目が、レナの左腕を捉える。
「……なっ!?」
その瞬間。
そこに集まっていた赤い光が突如、あらゆる方向へと四散した。
それだけに留まらない。
「ぐ、あああッッ!!??」
さらに次の瞬間。
ネルを掴み上げていた右腕があらぬ方向へとねじ曲がり、折れていた。
レナが突然の激痛に悲鳴を上げる一方、拘束から解放されたネルも呼吸の自由を取り戻す。
「ぐッ、げほッ、げふッ……!!」
そして整うのを待たないまま、その顔を上げる。
再びレナの姿を見据えたその時。
今度はレナの体が一気に吹き飛ばされ、近くの壁に叩き付けられた。
「があッ!? ぐ、あああああああッッ!!??」
更に続けて、精霊術による高重力が彼女の身体を苛んでいた。
一瞬にして劣勢となり圧倒され続ける中、レナは必死にこの状況を分析する。
特に、自分を襲い続けているこの謎の現象についてだ。
(どうなってる!? 演算型か!? 一体何をされている……!?)
高重力から抜け出そうと身を捩りながら、先程までの光景を再生するレナ。
その最中、発見のきっかけを手繰り寄せていた。
見えたのは、ネルを掴み上げている時。
(奴が急変する前、何か……そうだ、あの眼鏡!!)
至近距離に居た彼女は、精霊たちがレンズに纏わるその瞬間も見ていた。
そこに、突破口を見出していた。
「……くっ!」
しかしその最中にも、更なる攻撃が迫る。
甲板上の戦闘で壊れた破片が、一斉にレナに向かって吹き飛んでいた。
高重力から逃れる大跳躍でそれを避けると、レナは再びネルの顔を見据える。
「はあッ……はあッッ……!!」
(……何だ!?)
その表情に、レナは違和感を感じていた。
少なくとも今は自分が劣勢だ。この謎の攻撃は、恐らくネルのものであるから。
だがそんな状況だと言うのに、ネルの表情には一切の余裕がない。
それどころか、焦りのような色は寧ろ、
先に捉えられているときよりも遥かに強まって見えていた。
まるで、何かに怯えているように。
(……苦し紛れの手、ということか!? ならば!!)
レナはそれを、活路として捉えていた。
再びアーマーから呼び起される赤い光を纏って、折れた右腕を振り回すレナ。
そこから伸びた光の鞭が、ネルへと大きく振るわれた。
「っ!!」
ネルの視線が、そちらへ動く。
そしてまたも、大きな力が打ち合ったかのように赤い光の鞭が跳ね飛ばされた。
「まだッ!」
だがレナもそれを理解していたかのように、
弾かれた勢いを殺すことなく再び振り回し、再度ネルへと向かわせる。
それもまた、ネルの視線が動くと、弾かれるように防がれた。
まるで先程の繰り返しのような光景。だが、1つ違う所があった。
レナの、立ち位置だ。
この攻撃に乗じて、彼女は既にネルの懐へと飛び込んでいた。
その視界から逃れるよう、深く伏せて。
「……ッッ!?」
ネルがそれに気づいたのは、既に彼女が攻撃体勢に入ってからだった。
レナの狙いはただ一点、この攻撃を生み出していると判断した、眼鏡に向けてだった。
「——終わりだ!」
視線を向けられる前に落とさなければならない。
その思いで放たれた極めて鋭いアッパーカットが、ネルを襲っていた。
ネルも咄嗟に身を引いてそれを躱そうとする、が。
(しまっ……!!)
それでも尚、掠めるように打ち込まれた拳は。
眼鏡を巻き込んで、彼女の顔から弾き飛ばしてしまった。
ネルへの致命の一撃にはならなかったものの、
狙いを達成したことに、レナの口角も上がった。
(獲った……!!)
その、瞬間。
不安と恐れに満ちた、ネルの瞳が向けられた瞬間。
「……ぐあああああああッッ!!???」
今度はレナの左腕が、ぐちゃぐちゃに折れ曲がっていた。
間髪入れずに更なる力場が彼女を襲い、
ネルから離れるように大きく吹き飛ばされる。
(馬鹿な……何故!?)
「……っ!?」
身を起こして、再びネルの姿を目にするレナ。
それに、言葉も失ってしまった。
ネルが纏う、恐るべき雰囲気、そして。
「……どうして、くれるの」
小さく、呟く様に。しかし怨嗟の声を零すネル。
今の視線の先にある硬質の床が、歪み、曲がり、拉げていた。
そしてそれが、移ろう視線に合わせて広がっていく。
「——もう、戻れない」
その目は、まるでこの世の物とは思えないほどに戦慄しきっていた。
恐ろしい瞳が、遂にレナを捉えていく。
(まずいっ——!?)
これまでの事象から、視線がこの技に関わっていることは分かっていた。
だが視線を掻い潜るということは容易ではない。
一旦身を隠すように、赤い光を増幅させていくレナ。
一先ず視線を切るための、光の壁を形成することを試みて、だが。
「っ!?」
恐らくは、ネルの視線が重なった瞬間。
赤い光は打ち破られるように、またも四散してしまう。
完全に、ネルの瞳がレナの身体を捉えた。
「ぐあああああああッッ!!???」
直感的に横跳びするレナだったが、残された左足が圧縮されるように潰されていた。
四肢のうち三つを潰されて、もはや立ち上がることも出来なくなった彼女に、
尚も、尚も攻撃は続く。再び撃ち出された瓦礫を、最早避ける術はなかった。
それどこから。まるで磔にされるように、彼女の身体は無理やり立たされ——
「あ、がああああああああッッ!!!!」
暴力的な破片の瓦礫が、胸部の水晶を打ち砕いた。
壊れていくアーマースーツ。他の仲間たちであれば、戦いの終わりとなる合図だった。
だが。再び倒れ込んだ彼女に、再びネルは視線を合わせる。
「……ッッ!!!」
そこに更にまた高重力が襲いかかる。
もう身じろぎも出来ないようになった彼女。
そこにふらふらと、ネルが近づいていく。
「がッ、ああ、ぐうああッッ……!!」
揺れる視線の先は、次々とねじ曲がり、拉げていって。
これから来るレナの未来を、映し出しているかのようだった。
そう。本当の意味で、そこに容赦など欠片も見えなかった。
それは、つまり。
「ごめんなさい。多分、何か言ってるのかもしれないけど——」
何か、謝罪を口に出したネル。その表情は、完全に虚ろになっていた。
心が、砕かれてしまったかのように。
所以も分からないそれは、しかし。
これからの行い。それに対してのものでもあった。
「もう。貴方の姿も正しく見えないし、声もまともに聞こえないの。
——多分、これが貴方なのよね?」
その瞳は。彼女を、映していなかったのだから。
希望と意志を失った、ネルの瞳。彼女だけが見える、そこには。
忌むべきものばかりが、映っていた。
視線が、再び揺らぐ。
——
「はぁッ、はぁッ……!」
先に必殺の大技を放ったマリアン。
しかしそれは、代償を伴うものであった。
灼けたように煤けてしまった左腕をだらんと下ろして。
それでも、彼女の瞳は今も怒りと憎しみの闘志で燃えていた。
「殺してやる……お前だけは、絶対殺してやるうううううう!!」
「っ!!」
その憤りのまま、マリアンはリリアに斬りかかる。
重い赤の光刃を受け止めて尚、リリアは、力負けすることはない。
それを押し流しながら、この戦いを終わらせるための方法を考えていた。
脳裏に浮かぶのは、やはり。
(やっぱり、あの技しかない……でも、どうしたら……!)
かつてエリスすらも打ち破り、そして救った技。
マリアンを殺すことを望まないリリアにとって、それは希望と呼べるものであった。
だがそれが封じられていることも、同時に思い起こされる。
真正面から相対し打ち合っている状態だ。
再度技に入ろうと、先と同じ様に簡単に妨害されてしまうだろう。
(くそっ……混じり空……!)
致命傷は避けたとはいえ、
元より本調子でない上にあの光の奔流の盾になっていたのだ。
アイリスは最早、技を発動させるための囮も担えないだろう。
リリアは今、自分一人で打開する必要があることを自覚していた。
「っ、くうっ!!」
更なる連撃を受けながらも、リリアは考える。
その先は、刃のすぐ後ろのマリアンへと向いていた。
果てしない怒りと憎しみを、ただひたすらに叩きつけてくる彼女に。
(……)
その所以は、この戦いの中で確かに見えていた。
それは逆恨みではあったかもしれないが、それでも純粋な思いが故だ。
そして、そのきっかけが自分にあること。
だからリリアは、その憎しみに負の感情で返せずにいた。
純粋な殺しへの嫌悪感よりも強いほどに。
「死ねッッ!! 死ねッッ!!!」
「く、ううッッ……!」
だが、今迫る殺意はその思いさえも凌駕するほどの意志で。
繰り出される剣戟は、文字通りリリアを押しつぶさんほどだった。
受ける一方のリリアだが、まだ答えが出せていなかった。
彼女を破る方法も、そして救う方法も。
リリアは、打ち合いながらも考える。
どういう思いで、彼女に接すればいいのだろう。
どういう思いなら、彼女の怒りを受け止められるだろう。
どうしたら——
(——違う)
新たな答えを探し続けて。
そしてリリアは、あることに気づいた。
リリアの刃に、光が灯る。
「……はあッ!!」
マリアンの一撃を受けるリリアの剣。
それは端から、あるいはマリアンから見れば大した変化ではなかった。
防御のために打ち合わせる剣、それに違いは無かった。
ただ、その動きは確かに。リリアには分かる具合に、やけに大げさになっていた。
「ぐううッ、がああッッ!!!」
「はっ、せやッ!!」
それを、幾つも重ねていく。何度も、何度も。
その変化は、如実に現れ始めた。
マリアンは、それを掌から感じる。剣が、重くなっている。
「……ッッ!?」
気がつけば。リリアの纏う精霊の光もずっと強くなっていた。
周囲に溢れる精霊も、ずっと増えていた。
それは。打ち合わせる刃、その交点から現れていて。
その軌跡が、ずっと大袈裟に動いていた剣先へと繋がっていた。
「……やられたッッ!?」
「でやあああああああッッ!!!」
「がッ!?」
その瞬間。リリアと精霊たちの膂力が、マリアンの昂りを上回って。
ずっと強くなった一撃に、マリアンの身体が大きく吹き飛ばされる。
苦しみであれば全てを理解して、それを宥めて和らげることが出来るわけではない。
どこかに全てを解決する、百点満点の答えがあるわけではない。
「——"ルクスドライブ・エクリプス"。
逃げないよ、私は。マリアンさん」
だから。正面からそれと見つめ合うこと。
それから来る痛みから、逃げないこと。
それが、リリアの答えだった。
して、それは。
「ひっ……開き直るんじゃない!!
分かったつもりか!? 全て、お前のせいだというのに!!
この怒りも、憎しみも!! 私のものだッッ!!」
その答えは、しかし。
マリアンを救いうる類の物ではなかった。
激情と共に立ち上がり、マリアンは尚も猛る。
大きく剣を回して、そこにまた、リリアは向き合った。
「わかってるよ。きっと、貴方の痛みも貴方のものだから。
私が理由でも、代わったり分けてもらったりも出来ないって。
間違ってたっては、今も思ってないけれど」
「黙れええええッッ!!!」
再び激しく跳び立って、マリアンはリリアへと斬りかかる。
繋いだ光の剣は、凄まじい勢いのそれを完全に受け止めていた。
だがそれでも終わらない。着地と同時に、マリアンは猛攻を仕掛ける。
「ぐ、ぐうううッッ!!!」
「はっ!」
「ぐうっ!?」
しかし。リリアの力は更に強まっていく一方だ。
既に技の成立まで成された。
マリアンが見出していた対抗策も、もう使える段階にない。
戦力差は完全に逆転していた。
リリアの一振りが、再びマリアンを大きく蹌踉めかせる。
「はッ、でやあッッ!!」
「ぐ、があああッッ!!」
続く連撃の時には、もう完全にリリアが主導権を握っていて。
繋いだ光の剛撃が、完全にマリアンの防御をこじ開けていた。
リリアはもう一度、身を翻して。
「でも——」
回す身体と足取りと共に、身体に乗せた勢い全てを乗せて。
「大好きな人でも……間違ってたら、駄目だよって言ってあげなきゃ!!」
「……ーッッ!!!」
リリアの瞳と、握る直剣がより強く輝いた。
「"ルクスドライブ・ノヴァ"ッッ!!!!」
「がっ……があああああああああああああああああッッ!!!!」
眩いほどの輝きと共に。
繋いだ光の一撃が、マリアンの胸部へと叩き込まれた。
その力の奔流を最早受け止めることも出来ずに、マリアンは背面の壁に激突する。
「が、あ……」
力の余波に砕けた壁。
そこにあった赤い水晶ごと砕かれていく、彼女のアーマースーツ。
見えた青空を背景に、マリアンは前方向に倒れていく。
もう、立ち上がる力も残ってはいなかった。
「っ、っと……!」
その身体を受け止める、ずっと小さな腕と身体。
誰であるかは、もう言うまでもなかった。
リリアが、彼女の身体を抱きとめていた。
「お、前……」
「……だとしても。
私の思いも、私のものだもの。
貴方がどれだけ私に怒ってても……私は、貴方を恨まないよ」
今更、分かり合えると驕るつもりはなかった。
だが自分が逃げなかったように、彼女にも真っ直ぐそれを伝えた。
「きさ、まあッッ……!!!」
言葉の、外に語る。
どうか貴方も、逃げないで。
「く……っそ……!」
顔を伏せるマリアン。
その心境は、言葉では表せない程に複雑なものだった。
双眸から零す涙も、悲しみとも感動とも言い難いものだった。
ただ。
力なく抱き返した腕には。
確かな、温もりがあった。
——
「さよなら——」
その、リリアの一撃によって砕かれた壁は。
偶然にも、ネルの直上の位置関係にあった。
「……!?」
それは、僥倖とも言えるものであった。
ネルの目が、それを成すまさに寸前に。
その視界に、1つの光が差し込んだ。
その元は視界の外でも、すぐに分かった。
この世界で輝く、唯一の光だったから。
(……リリア!!!)
それが。
ネルの瞳に、意志を取り戻させていく。
もはや分からなくなった境界線、それを超えそうになる脚を止めさせた。
「くうっ!!!」
その瞬間、突然正気に戻ったかのように表情を蘇らせるネル。
それと同時に、瞼をぎゅっと閉じた。
脱力したかのようにその場に倒れ込んで、更に重ねて手で目を押さえた。
(危なかった……私、今何をしようと……!?
とにかく眼鏡、眼鏡を探さなきゃ……)
正気に戻ったのは、心の中も同様だったようだ。
ともかく平時に戻るための、レナに吹き飛ばされた眼鏡を探そうとするネル。
だが全く視界が使えない中、それは容易いことではなかった。
(まだ……だ……!)
それは、何故なら。まだ、彼女が意識を離していなかったからだ。
破壊された四肢で這いずって、レナは少しずつネルへと近づいていく。
彼女のまたも起きた急変について、全くその理由は掴めていない。
だが今、彼女が力を失ったことだけは確かだった。
これを好機として、彼女は近づいていく。だが。
「そこまでだ。どう見ても勝負はついたぜ、レナ」
「……ゲイルチーム……!!」
「そんだけボロボロになりゃ、気も済んだだろ。
あとは寝ときな。嫌っつっても縛りあげるけどな」
その額に、拳銃が当てられる。
再び立ち上がった、ドルムのものだった。
口にした通り。この状況を、決するに値する行動だった。
「ネル様、ご無事ですか?」
「カゲツさん……すみません、ありがとうございます」
そして反対に。
ネルの下にはカゲツが駆け寄っていた。
「たぶん、怪我は大したことないと思います。
それよりも……この辺りに、私の眼鏡落ちてませんか?
あれがないと……辺り、めちゃくちゃにしちゃうので」
「! お任せあれ。探しましょう」
しかしそれでも、自分の介抱よりも眼鏡の所在を気にするネル。
先の様子を見ていたのだろうか。理解した様子でカゲツも頷いた。
なんとか落ち着く状況。それを表すように、ドルムが軽い口調で声を掛ける。
「しかし助手先生、あんたにも驚いたぜ。
……あんなに演算型を連打出来る奴なんて、初めて見た」
「暴走みたいなものですよ。だから、あの眼鏡で制御してたんです」
「へえ。あの教授もすごいもんだな。そんな事までできちまうたあ……」
それは、本当に雰囲気に対しての言葉だったのだろう。
あまり興味なさげに、彼は話を畳む。
そして一呼吸の後。本題であるかのように、違う声色で続けた。
「……俺にも、もうあんたらを止める力はねえ。
ガストチームの奴らも倒してる。
ほんとに、隊長を助け出すとこまで行っちまうのか?」
「……」
リリアに語った、長いものに巻かれる、勝ち馬という言葉。
それは、自らにもついた嘘というだけではなかった。
本心から希望が見えなかったからこそ、そういう手段を取っていた。
それを踏まえての、問い。ネルは、すぐには答えなかった。
「ネル様。見つけました」
その最中。再びネルの側に戻ったカゲツの声が割り込む。
「すこしフレームは歪んでいますが、レンズは無事なようです」
「あ、ありがとうございます!」
ネルはカゲツから眼鏡を受け取ると、定位置に戻してほんの僅かだけ目を開く。
フィルターの機能は、自動的にもとに戻っていたようだ。
その先の光景が、普通の視界であるのを認めてから。再び、大きく目を明けた。
「……」
再び、リリアの明けた大穴の方を見上げるネル。
あの視界で見た明るさからは分からなかったが、思いの他距離があった。
恐らく声を掛けても、波音に飲まれてしまうだろう距離だ。
見えるのも光だけで、具体的に彼女が何をしているかも分からなかった。
でも確かに。彼女は今も輝きを纏って、そこに立っていた。
もう一度、深呼吸をして。
そしてネルは、置いておいたドルムからの質問に答える。
「進みますよ。あの子が、ずっと進むんだから」




