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OverDrivers  作者: jau


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40/41

40話 繋がる星々-6 燃えよ魂、思いのままに

 ベリオンへ近づく、新たな影。

漆黒の翼を広げたゼニアが、ジェネを掴み上げて飛んでいた。

体格の差を思えば驚くべき光景ではあるが、

それは、彼の秘められた能力を示すものであった。


「ジェネっ! 一番強い気配があるところに行くよ!」

「おうっ!!」


 空中で一度身を翻すと、彼らは一気にベリオンへと急降下していく。

その最中、ゼニアの翼が再び変形していく。

急降下する先へと向けて尖るように姿を変え、それはドリルのような形を成していた。

それに彼の意図を悟って、ジェネも手のひらをその先へと向ける。


「"ギアバース"ッッ!!!」

「"渦巻け"ッッ!!!」


 漆黒の鋼鉄、そして炎と風が一体となって。

その勢いのまま、彼らはベリオンの表層部を打ち破った。

そして止まること無く、見える床や壁、全てを砕いていって、

彼らはその内部へと進んでいく。


最も強い気配。

その、向かう先は。


——


「う、ぐうッ……?」


 視界を覆った赤い光と舞った埃が、収まっていって。

レオはようやく、自分が倒れていることに気づいた。

そして、その所以もゆっくりと思い出していく。

視界が覆われるほどのクライスの強大な一撃。だが、同時に自覚する。

今身体に走る痛みは、それにしては妙に軽いことに。


「……はっ!?」


 そして。その理由を彼はすぐに知ることになる。


「へへっ。起きたかよ、少年」


 迫った赤い光へ立ちはだかるように。

アムズの背中が、眼の前にあったからだった。


「そんな!?」


 より開けていく視界。

中央で佇むクライスのその先で、同じようにヴァイクの姿も見えた。

その背中に倒れた、ノインを守るように。


「何故、我々を……」

「やってみたくなったんだ……隊長の、真似事をよ……ぐ、ううう……!」 


 その代償は、当然小さくは無かった。

限界に達して倒れていく最中、言い残すようにアムズが返していく。

それは、反対側のヴァイクもそうだった。

手放されていく意識の中、その思いを口にした。


「俺達は……ゲイルチームは。

 どこまで行っても、ジストという男の部隊だった。

 それだけだ……」


 それを最後に、二人は倒れる。

しかし彼らの献身を、冷めた目で見つめる者もあった。


「いつまで言ってんだよ。

 防衛隊の総隊長はもう、レクス隊長だろ?

 ま、こんなんだからゲイルチームは終わったんだろうけどな」


 中央に立つクライスが吐き捨てる。

先ほどまで上下関係は守っていたような口調であるが、

今彼らを侮蔑するそれを見れば、本心でもなかったのだろう。

 

「……お前」


 しかし、それは。


「これが、怒りか……!」


 今まさに自らを救ったその思い、存在を侮蔑されたことは。

圧倒された実力差にすら臆しない程の怒りを、彼らに与えた。


「……おまええええええええええ!!!!」

「ガスト9、クライス! お前を許しはしない!」


 再び立ち上がり激昂する二人。

怒りとともに、再び戦意を彼に叩きつける。

若きレオ、心を震わすノイン。

一切の怯みもない瞳を向けられて、しかしクライスは身じろぎ一つ見せない。


「んだよ、まだやんのか? ったりーな」


 その戦意を受けてなお、彼は完全に二人を舐めきっていた。

激昂の理由、それすらも侮蔑していた。

だがその怠そうな所作で、再び赤い光がその身体へと現れる。


「つまんねーって言ってんだろ。さっさと消えろよ」


 今度こそ、二人を葬るために。


 だが、そうはさせない。その思いと共に、彼らは現れた。


「うおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」

「あんっ!?」


 直後、爆ぜ飛ぶ天井。そこから襲いかかったもの。

咄嗟に反応して、クライスは大きく跳んでそれを躱す。

この一撃で分かった。明確に、自分を狙ったものであったと。


「何だっ……!?」


 同時にそれは、レオたちにとっては加勢であることも示していた。

だが誰であるかは、この混乱した状況もあってすぐには思いつかない。

元から手助けを期待できる程、戦力に余裕はないのだから。

そして。その正体を教えるように、土埃の中から大きな翼が現れる。


「こないだの借り、返すぜ……二人とも!」


 見えたのは、二対だ。

雄々しい龍人の翼と。漆黒の、機械の鴉のような翼だった。


「助けに来たよっ!!」


 一度羽ばたいて。土埃を吹き飛ばす。

そしてジェネと、ゼニアの姿が顕になった。


「ジェネ、ゼニアっ!?」

「どうしてここに……?」


 先の攻撃を躱したことで、クライスの位置関係は変わっていた。

中央から跳び出した彼と向かい合うように、

ノインとレオも、ジェネたちと合流する。


「通信も出来なってしまったから。直接、助けに来たんだ」

「だがジェネ、体は……」

「大丈夫だ。細かい説明は省くけど、ゼニアがなんとかしてくれたんでな」


 彼らのダメージの具合については、見れば理解できた。

ジェネもゼニアも、彼らと入れ替わるように前に出る。

相見えるクライスの敵意もまた、入れ替わって向けられた。


「雑魚が次から次へと……鬱陶しいっての」


 それとともに、クライスは左腕を突き出す。

同時に左腕が、強く赤色に輝いた。言葉通り、直ぐに畳むというつもりだった。

一瞬の間に光は極めて強く増幅し、そして、放たれた。


「"Gアーツ『スカーライト』"!」


 腕から放たれた巨大な光線が、四人へ襲いかかる。

簡単に飲み込まれてしまいそうな勢力のそれを前に、

直ぐ様動き出したのはゼニアだった。


「大丈夫、任せて!……行こう!」

「っ、おう!!」


 その背中に合図だけ残して、前に飛び出したゼニア。

迫る光線へ、その左腕を向けた。そして。


「"フリクション"っ!!」


 放たれた光線が、ついに彼の翳した腕に重なって。

しかしそれは、ゼニアの体を焼くことはなく。

むしろ触れた箇所から即座に反応するように、次々と輝く精霊の姿へと戻されていく。

荒々しい赤い光から、優しい黄金の光へと。


「……あ゛!?」


 それだけではない。まるで連鎖反応を起こしたかのように、

それはクライスの手元まで一気に発生していく。


「どうなってっ……なっ!?」

「うおおッ!!」

「ちいっ!?」


 予期せぬ現象に流石に驚いて、照射を中断するクライス。

その側面へ、続けざまにレオがナイフを突き立てていた。

体の周囲の赤い光は、先よりもずっと勢力を失っている。

故に光だけに任せられず、今度は右手の光刃で受けることになった。

だが、まだ終わらない。


「"ファイア"」

「うおっ!?」


 ノインの右腕からの砲撃が、彼の体を襲う。

いずれも内部の装甲を貫くには至らなかったが、明確に彼は体勢を崩した。

そして更にその背後、レオの反対側になる位置。

ジェネはそこまで踏み込んでいた。その右腕に、精霊が象る炎と風が宿る。


「ちぃッ……!!」

「"爆ぜろ"ッ!! ……ちっ!?」


 致命の隙と思われたその瞬間。

しかしクライスはとっさに光の刃を伸ばして盾とし、その直撃を防いでいた。

だが衝撃に反応し、ジェネが纏った炎風が炸裂する。

受けるしかなく、クライスの体が吹き飛んだ。


「クソッ……!」


 なんとか、受け身を取って着地するクライス。

だがこの一合で、その戦況は一変したと言えた。


「悪い、仕留め損なった……!」

「いや、いい。奴を相手に戦えている!」

「しかし……凄い力だな、ゼニア」

「うん。出てきてよかった」


 今まで彼らを脅かしていた赤い光。そして高い戦闘技術。

それをゼニアの能力と、数で優ることで対抗する。それが、実現できていた。

焦るように謝るジェネを、そうした気持ちでレオは諌める。

これだけ状況が変われば、心の持ちようも違う。それを表すかのようだった。


(……でも、ゼニア。お前の力は……?)


 その最中。ジェネの心に、先の光景への疑問がわずかに浮かぶ。

精霊を、制御する力。精霊術のように象らせるだけではない。

まるで、()()()()()()()のような光景。

それは、やはり別の光景が重なった。精霊を、()()()()()光景が。


(——いや、今はそんな事考えてる場合じゃねえ!)


 しかしそこまでで、ジェネは首を振って疑問を無理やり振り切った。

敵はまだ倒したわけではない。再び、クライスの方へと目を向ける。


「……テメエら」


 だが。この状況の変化は、彼の抑圧には繋がらなかった。

次の瞬間。目にも止まらぬ速度で、赤い鞭が翻る。


「うおあっ!?」

「うわっ!?」


 不意打ち気味に薙ぎ払われた赤い鞭が、四人を再び吹き飛ばした。

距離もあって直撃と言えるものではない。

故に、それぞれへのダメージは大したものではなかった。だが。


「な……!?」


 その一撃は。再びこの場の空気を、大きく変える事になった。

湧き上がる怒り。それを表すかのように、赤い光がクライスから溢れ出ていた。

先の比ではないほどの輝きと、勢力を持って。


「……なんだよ! 結構、面白いじゃねえかッ!!」


 いや。敵意と殺意だけではない。

強く高まった、好奇心のような喜びを称えて。

クライスは、もう一度彼らを見据えていた。


「"Gアーツ・タイプヴァリアブル!! 『ヴォルテクス』"ッッ!!!」


 その発現と同時に、光の鞭がより強くより長く輝いて。

極めて巨大な姿となったそれを、クライスは大きく薙ぎ払った。

その規模も重さも、先程までの比ではなかった。

纏めて押しつぶされそうになる状況に、再びゼニアが先んじて前に出る。


「ゼニアッ!?」

「っ、"ラピスブランド"ッッ!!」


 それを迎え撃つように。ゼニアはあの時と同じ手刀を振るう。

いや。その正体は、今明らかになった。

翼と同じように、右腕が瞬時に組み替えられるように姿を変えていく。

またたく間に、それは腕から伸びる細く長い刃と化していた。


(……っ!!)


 それもまた、ジェネの記憶に重なるような。

だが、状況は考える暇を与えない。

向かい来る巨大な光の鞭へ、なんとかゼニアは受け止め、切り払う。

だが全ての勢いは殺せたわけではなかった。

大きく蹌踉めく彼を、レオが案じる。


「くうっ……!」

「ゼニアッ!? 大丈夫か!?」

「うんっ……! 待って、まだ来る!」


 気丈に答えるゼニアだったが、端から見てもその負担は小さいものではなかった。

だが彼を案じる余裕さえ、この状況には残されていなかった。

一度切り払った光の鞭が、再び勢いを持ってこちらへ迫っていた。


「ハッ! 

 なるほど、()()なら通るって訳か!

 さあ、これで終わりかよ!? おらおらおらッッ!!」

「くうっ……うぐぅっ!」


 それを見て再び前に出るゼニア。

迫りくる光の刃に、再び刃を打ち合わせる。

またなんとか弾き返すが、力関係は変わっているのか、

今度はゼニアの小さな身体は吹き飛ばされてしまった。

レオはすんでの所で回り込んで、それを受け止める。


「う……ぐ……!」

「ゼニアッ!」


 彼のダメージは明らかに増していた。

だがそれでも立ち上がろうとするゼニア。

それは。この攻勢が、とても終わっているようには見えなかったからだ。


「出力が失われていない……!?」


 光の鞭が、再び翻る。

即座に数度、その鞭とクライスに向けて砲撃を打ち込むノイン。

だがいずれも、大きな効果は無かった。

自在に曲がった太い鞭がそれを受け止め、そして鞭自体には何の影響も見せなかった。


(……やるしかねえっ!)


 おそらくは一撃で全滅となる、その攻撃を止めるには。

ジェネには、ただ1つの方法しか思いつかなかった。

浮かぶ不安、それを塗りつぶして。ジェネは右腕を翳す。


「うおおおおおおッッ! "ヴァールレガリア"……!」


 先の戦いで呼び出した精霊の剣。その形成へと、精霊たちを呼び集める。

周囲から姿を現した輝く精霊たちは、ジェネのその手のひらへと集って。

そして、一つの光を成していく。だが。

その勢力は先の戦いで見せたそれよりも、ずっと弱く小さなもので。

同時にジェネの体を、大きな負担が蝕んだ。


(くっ、そっ……!?)


 それは、あの場で彼に起きていた現象。

その意味を、示すものでもあった。


「くうッ……!?」 

「ジェネ、どうした!?」 


 遂に堪えきれずに、膝を付いてしまうジェネ。

結局、形成されていた光は四散してしまう。

駆け寄ったノインに支えられる中、ジェネはまたも悔やむ。

 

(……くそッ、駄目だ! やっぱり、リリアの力が要るのか……!?)


 彼女がリリルドライブと名付けていた、精霊との一体化。

その力が、ジェネにあの光剣を呼び起こさせていたのだと。

自らの無力さに打ちのめされそうになる中、遂に、その最期が迫る。


「何だよ、成す術なしってか!?

 ちったあ楽しませてもらったが——これで終わりだッ!!」


 クライスが大きく身を回して、更に強い勢いで赤い鞭を振り抜く。

全員を一掃するような一撃が、迫って、迫って——


「——ッッ!!」


 赤い光に、映し出される影。

その中で一番小さな人影が、飛び出していた。


「……あん?」


 衝撃が、止まる。

それは彼らを、襲うことはなかった。


「は、ぐううううッッ……!!!」

「ゼ……ゼニアーッッ!?」


 今度は刃だけでなく、その両腕を盾にして。

ゼニアが、赤い光を受け止めていた。

それもまた、変貌したのだろうか。その手足は、人のそれではなかった。


「……っ!!」


 もう、言うまでもない。

おそらくは『鉄の悪魔』と同じ、鉄質の手足だった。

しかしそれは見れば分かる程に、衝撃により砕けた跡が見えた。

その最中にも、彼は光の鞭へと手を伸ばす。


「つ、かまえ、た……!

 みんな、戻れ……"フリクション"っ!!」


 唱えたそれは、精霊への合図だった。

その瞬間、赤い光は輝く黄金の精霊へと戻り、分解されていく。


「ちっ、仕留め損なったか! させねえよっ!」


 悪態を付きながらも、その意味を理解して。

急いで鞭を引き戻すクライス。

それは素早く、わずかな間であったが、既に鞭の半分ほどの光が失われていた。


「く、う……!」

「ゼニアっ!」

「しっかりしろ、ゼニアッ!」


 一方、鞭を手放して倒れていくゼニアの側に駆け寄るジェネ、レオ。

ノインも砲撃でクライスに牽制しながら近づく中、

ゼニアは尚も自ら、身を起こしていく。

その瞳は、ジェネの方へと向いていた。


「ジェネ……さっきの術……」

「……」

「今、戻した精霊たちがいる……彼らに頼もう。

 さっきと同じで、君の負担は僕が受ける。だから、やろう」

「な……!?」


 彼が指したのは、ジェネが呼べなかった精霊の剣のことだった。

ゼニアが術を知るわけはない。

あるいはあの土壇場で唱えた、そのジェネの様子から切り札の技であると見抜いたのか。

いずれにしても、この身体でさえその助力を申し出る形だった。


「ゼニア、どうしてそこまで——」


 ここまで来ればジェネも、どうしても聞きたい気持ちはあった。

何故そこまで、自分を助けてくれるのか。

そしてもう一つ。どうしても、幾つもの記憶が重なったから。

お前こそが、()()であるのかと。


 だが。


「——いや。分かった。やってやるぜ、ゼニア!」


 それも引っくるめて、ジェネは今再び彼を信じる事を決めた。

状況がというよりも、彼自体を信じようと決めていた。

覚悟と共に、振り返る。


「てめえら、調子乗んのもいい加減にしろよ……!?」


 怒り心頭のクライス。

あれだけゼニアからの干渉を受けて尚、まだ身体中に輝く赤い光が漲っていた。

それが迫る中、レオとノインも並び立つ。


「ジェネ、何か手が?」

「……ああ。さっき失敗した。でも、あいつにも勝てるかもしれねえんだ」


 短い言葉で、ゼニアと交わした事を共有するジェネ。

しかしレオとノインにとっても、それで十分だった。

二人とも頷いて、そしてクライスへと向き直る。


「分かった。俺達が援護する!」

「頼んだぞ、ジェネ」


 そして。再びジェネの背中に触れる手。

ゼニアのものだ。振り返って、そして頷きあった。


「いくよ、ジェネ」

「おう!」


 ベリオンに来る前、痛みを共有した時のように。

二人の間で再び、精霊たちが飛び交う。

辺りにも無数の精霊たちが溢れ出した。先ほど、ゼニアが戻した者達だろう。

もう一度、ジェネは右腕を掲げる。


「"ヴァールレガリア——『龍王剣』"!!」


 リリアのそれを思わせる程に溢れる精霊たち。

それが一点へと集い、集まり、そして。

赤い光にも負けない眩さの、一つの光剣を成していた。


——

「各員、交戦に入ったようだな」

「はっ。G-0の影響か、各員との通信は不安定ですが」


 各部で起きている激戦に反して。

この司令部は、落ち着きが広がっていた。

それはそもそも、人数が少ない故からかもしれないが。


「強力ではあるが、小回りが効かんか。

 中々美味い話はないものだな」


 今この広い部屋に居るのは、

レクス、バストール、そして彼らと同じ標章——つまりガストチームである2人だけだった。

それ以外のメンバーが出払い、今リリアたちと戦っているという事だろう。

そしてこれまでの様に、殆どの場所で有利であるのだから。

緊張感の薄れた視線で、モニターを眺めていくレクス。その1つに、気を留めた。


「……む? 第5ブロックの通信障害が解消されているな」

「クライスが戦闘中のはずですが」

「ふむ。奴が敗れるとは思えん。調子に乗ってシステムを使いすぎたか——」


 そのまま、クライスの映る映像とその関連する情報の一覧に目を通して。

 

「——っ!」


 突如、レクスが立ち上がる。

その顔は驚愕に包まれていた。


「馬鹿な……何故……? いや、最早どうでもよい……!!」


 信じがたいものを見たかのように、言葉を漏らすレクス。

だが驚きだけではない。その口角は、上がっていた。

不思議な彼の様子に、バストールがその真意を問いかける。


「!? どうされました?」

「バストール、これを見よ」

「……!!」


 言葉と共に返された、バストールの前の液晶に映った情報。

それに、バストールも驚きを見せる。

逆に落ち着いたレクスの表情は、完全に暗い喜びに満ちていた。


「私は今すぐ()()に向かう。

 お前達は下で暴れているガキと……そしてもう、ジストも始末してしまえ!

 もはや()()()()を待つ必要もない!」

「はっ。

 ……ジストの処刑には、()()を使っても?」

「うむ。最早こんなもの必要ではないからな!」


 幾つかの指令を残した後、レクスは完全に席を立つ。

まだ戦いが続く中。状況は、独りでに進みつつあった。


——


「はっ……ただの光る剣かよっ!

 んなもんで勝てるってか!? "『ヴォルテクス』"ッ!!」


 再び、巨大な光の鞭を振るうクライス。

ゼニアの献身により先程よりは抑えられているとはいえ、

それでも並の人間であれば、塵のように吹き飛ばせてしまうであろう一撃。


「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 それを真っ向から、光剣を叩きつけるジェネ。

精霊たちが象る光剣だ。ただの武器代わりという訳もない。

まるでリリアが纏うそれのように、彼らはジェネの力を後押しして。


「どりゃあ!!!」

「なっ!?」


 ゼニアが先にやった受け流した、どころではない。

ジェネはそのまま光剣を振り抜いて、光の鞭を弾き飛ばした。

生まれた隙に、一斉に飛び込んでいく。

レオが、ノインが、ジェネが。ようやく、白兵戦の射程に踏み込んだ。

素早く先手を、レオが打つ。


「はあっ!」


 牽制の一撃であるのは分かっている。

だが分かっていても、防ぐしかない。全員がそれを分かっていた。

減衰した赤い光では、最初に見せたような防御は叶わない。


「ちっ!」


 それは、クライスも分かっていた。

構え直した光の鞭で防いだクライスへ、続け様にノインの刃が襲う。


「ぐっ!?」


 これもまた、伸ばした光の鞭で防いだクライス。

分かっている。これも本命ではない。だが防ぐしかなかった。

そこへ、ジェネが光剣を振り上げて。


「おらああああああああッッ!!」

「ぐうう……!! はっ!?」


 クライスに向けて、一気に振り下ろした。

彼も光の鞭をうまく動かして、根本でそれを受けはした。

しかし。度重なる攻撃や吸収、そしてこの強力な一撃。

先に限界を迎えたのは、その光の鞭だった。


「ぐわあっ!?」


 光の鞭の発生源たる右腕の装置が、力の限界に達したのか爆発する。

その衝撃で吹き飛ばされたことで間合いは取れたクライスだが、

最も強力な武器を失ったという事には違いなかった。


「さあ、終わりだぜ!」

「ああ。お前を倒し、俺達はジスト隊長を救い出す!」

「油断するな。相手は精鋭、ガストチームだ」


 再び三人はそのクライスを見据える。この戦いを、終わりへと進めるために。


「……嘘だろ? 負けんのか、俺が——?」


 一方で、クライスは呆然としていた。

まるで、先程までの戦意や敵意が嘘のようだった。

瞳にたたえていた喜びも、ふっと消えてしまっていた。

この状況にというよりは、自らがそういう立場に置かれていること。

それ自体が、受け入れられないかのように。


 そう。

眼の前の現実、その拒絶から繋がるのは。


「……っざ、けんじゃねーぞ!!!

 負けてたまるああああああああッッ!!!!」

「いっ!?」


 踏み出した彼らを迎え撃つように、クライスはこれまでにないほどに激昂する。

それに呼応するように、薄れていた赤い光が再び溢れ出て、彼を囲んでいく。


「消し飛べッッ!!

 "Gアーツ・タイプヴァリアブル『ハイドロカノン』"ッッ!!」


 発狂じみた大声と共に、それらは奔流としてジェネたちに放たれる。

それを、ジェネは光剣を眼の前に構えて迎える。

その光が、より強く煌めいた。


「うるせえってんだよッ!!

 俺だって——俺達だって、ここで止まって居られねえんだっ!!」


 その光が巨大な盾となって、赤い光の濁流を跳ね返していく。

結局赤い光は彼らを飲み込む事無く、部屋中に散っていってしまった。

しかし。クライスの口角が歪む。


「掛かったな!! 『テリブルドーン』!!」

「うおっ!?」

「がッ!!」


 部屋に散った赤い光。

それらが今度は彼らを押しつぶさんと、強く下へ向けて引かれていく。


「おらああああああああッッ!! 潰れちまえやあああああっ!!!」


かつて彼が操ったそれと比べるとずっと薄いものだが、

それでも傷ついた彼らを押さえつけ、潰すには十分な重さだった。


「く、っそ、負ける……かっ?」

「何だっ……!?」


 力に抗っていたジェネ、その体が急に軽くなる。

ジェネだけではない。レオも、ノインもそうだった。

それは地に伏せた彼らの上で、一人。


「……"フリクション"……!」

「ゼニアっっ!」


 満身創痍とも言える身体で、赤い重力に逆らって立ち上がって。

その手を上げていたゼニアによるものだった。

彼らを押しつぶしていた赤い光が、その手の先から輝く精霊の姿へと分解されていく。

それは、今度はクライスの周囲まで巻き込んでしまった。

またも発生した状況の逆転。もはや完全なる激昂で、クライスは叫んだ。


「てめえええええええええええ!!」


 そして懐に収められていた拳銃へと手を伸ばす。

最早自信としていたこのアーマースーツの機能ですらないもので、

その怒りを完遂しようとして、だが。


「終わりだ、ガスト9」

「なっ……! がっ!?」


 放たれた光弾は、ゼニアに届くことはなかった。

自由になったノインが、その光弾を装甲で弾いていたからだ。

そして次の瞬間。手にしていた拳銃も突如跳ね飛ばされる。


「"怪盗技術(トリックスキル)『フラッシュ』"。俺達の勝ちだ!」


 レオの投げた、硬質のカード。

正確無比な投擲が、彼の手からそれを弾き飛ばしていたのだ。

全ての武器を失ったクライス。そこへ、ジェネが一気に踏み込んだ。


「終わりだッッ!! "ヴァールドライブ"!!!」

「がッ……がああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 その勢い全てを乗せた回転斬り。

それを彼のアーマースーツの中央、紅く輝く菱形の水晶へと叩き込んだ。

精霊たちの助力も加えた強烈な一撃。それを耐えきることもできず、砕け散る水晶。

それは、力の源だったのだろうか。クライスが吹き飛んでいく最中、

連鎖するように、アーマースーツは砕けていった。


——


 激戦であるのは、どこも同じだった。

ここもまた、凄まじい勢いで光の鞭が舞う。


「死ねッ、死ねえッ!!」


 床を砕き、壁を抉る一撃。

クライスのそれと比べると、鞭のサイズ自体には特別なものはない。

だがマリアン技術、そして怒りと憎しみが、これを苛烈なる光の嵐にしていた。


「折角あの婆から離れてやることが、ヒス女の相手とはな」


 それをジストのナイフで受け、躱しながらアイリスはぼやく。

欠けたことのないナイフは、その剛撃すらも受け止めていた。

無論アイリスの技量もあるのだろうし、元を辿れば自分のものとはいえ。

ジストのナイフが身を守っていることに、ふと彼女は思う。


(気持ちは分からなくは無いのが、むかつくな)


 愛する存在のために、心をささくれ立たせる。

そんな、マリアンに向けての感情。だがそれも、長くは耽らなかった。


「ジストを助けるんだ。邪魔をするなっ!」

「黙れええええッ、小娘がッッ! "『スカーライト』"!!」


 マリアンが突き出した左腕から、赤い光の光線が放たれる。

それを眼の前に、アイリスは避ける動作を見せなかった。

代わりに、短剣を眼の前に構えた。

そして光線が届く直前、それを振るう。


「——"ポルタ"!」

「なっ……ぐわっ!」


 そこを切先に、空間が開かれて。

飛び込んでいった光線は、また開かれた別の場所から現れた。

その向き先は、マリアンの立つ場所。

不意打ちとなる形で光線を浴びせた形だ。チャンスに、アイリスが叫ぶ。


混じり空(ヘスペリデス)! 今だっ!」

「うんっ!!」


 それは、リリアに合図を伝えるための物だった。

彼女も即座に反応して、分かれていた別方向からその着弾点へと、

一気に距離を詰めていく。 

着弾の土埃が舞うそこへ、近づいたリリアが左腕を向ける。


「えっ!?」


 晴れる土埃。

そこに、マリアンの姿はなかった。

では、彼女はどこに行ったのか。あれほどの殺意だ、逃げるはずもない。


「っ!!?」


 そう。当然彼女はその怒りのままに攻めていた。

自らに反射された光線、それさえも突き抜けて。

鬼気迫る姿で、アイリスの眼前へと到達していた。


「邪魔だッ!!」

「がう゛ッッ!?」


 そして驚愕も許さぬ間に、マリアンは彼女の首を掴み上げる。

突然の急襲を受ける中、もがき、武器を振るおうとするアイリス。

だが、それも叶わなかった。

先んじて制するように、マリアンが義手の右腕も押さえつけていたからだ。

膂力で完全に制圧した彼女を、その握力を以って更に追い込んでいく。


「あ、ガッ、アッ……!!」

「アイリスさっ、……!?」


 彼女の窮地に駆け出そうとしたリリア。

しかしそれを、そのアイリス本人の視線が止める。

それはアイコンタクト、そして合図だった。


 今だ、やれ。と。


「……っ!」


 しかしそれに、リリアは首を横に振る。

必殺の一撃たる、腕輪による精霊の奔流。

今放てば、彼女を巻き込んでしまうのは自明の理だった。

確かに彼女には技の詳細も説明していない。


「——ッ!」


 応えないリリアに、アイリスからの視線に憤りが混じる。 

だがリリアは、それに答えるわけにはいかなかった。

とはいえ急襲のチャンスであり、アイリスを救うチャンスでもあるのは確かだ。

()()は使えないにしろ。精霊たちを四肢に纏うと、リリアは一気に駆け出した。


「ッ、ッ——!!」


 その動きに、アイリスの視線は更に厳しくなった。

何故なら、それは。


「——来たなッ、小娘ッッ!!」


 仲間が捕まり苦しめられていて。そして同時に、背を向けている。

他者から見れば、ここで仕掛けること自体が最も予想できるものであるからだった。

それを覆すための未知の武器を欠いて攻めた今。

完全に、マリアンの術中に嵌っていた。


「はっ!?」

「これなら……どうだっ!!」


 先手を取った形になったマリアン。

彼女は掴み上げていたアイリスを手元で持ち直すと、

そのまま彼女を振り回して、リリアに向けて叩きつけるように振るった。


「ウ、ぐああッ……!!」

「っ!?」 


 これもまたリリアの心を見抜き、利用したと言えるものであった。

仲間が自分に向けて叩きつけられようとしている。

避ければ、鋼鉄の床が彼女を迎えるだろう。その状況で、彼女が選ぶのは。


「アイリスさんっ、くうっ!!」


 そしてその予想通りに、迷うこと無くリリアは彼女を受け止めた。

だが唯でさえ首を掴まれた状態で振り回された形だ。

負担と衝撃の吸収のため、リリアは大袈裟な動きを余儀なくされていた。


「ば、ばかッ……!? 早く逃げ——」


 当然のように、抱き止めるために両腕は塞がり。

さらに衝撃を受けるために屈み込むことにもなってしまった。


「死ね」


 この、極大の殺意の眼の前で。


 彼女たちに向けられたマリアンの左腕が、今までに無いほどに極めて激しく輝く。

リリアもアイリスも、次に何をするのかは予見できた。

そしてそれが、恐るべきものであることも。


「——ッッ!!!」

混じり空(ヘスペリデス)っ……!?」


 元々企んでいた形とは大きく異なる、劣勢だ。

だが迷う余裕がないことも、言うまでもなかった。

まだ動く余裕のないアイリスを抱いたまま、リリアは決心と共に左腕を向ける。


「ごめん。でも今やらなきゃ!!」


 より激しくなっていく赤い光に対抗するように、

再び無数の精霊たちが彼女たちへと集っていく。

そして整った動きで、リリアの左腕へと纏われていく。


「ようやく、ようやくお前を……!!

 あの方の苦しみの報いを受けさせられる!!!」


 その様子を見て尚、マリアンも一切身じろぐことはなかった。

燃え上がる憎しみに、戦いも命も魂も全て委ねているかのように。

否、もはや焚べているとも言えるほどの苛烈な出で立ちだった。

鮮烈に輝く左腕が、今。その閾値へと到達する。


「"『スカーライト・オーバーロード』"ッッ!!」


 それは、最早光線と形容できる段階を超えていた。

まるで太陽がそこに現れたかのような、巨大な赤い光。

彼女たちの視界全てを埋め尽くすそれを前に、

しかしリリアの瞳は今も、その象徴たる黄金の輝きを放ち続けていた。


 逃げるつもりは無かったから。

この烈光からも、そしてその源泉であるマリアンの憎しみからも。


「——例え、()()だとしても。

 私は、私を辞めないよッッ!!」


 そこに一切の濁りも、曇りもなかった。

眼の前の厄光へと立ち向かうその意志と共に、リリアはその符牒を叫んだ。


「"燦明"ッッ!!!」


 対抗するように放たれた、輝く精霊たちの奔流。

元々至近距離からの撃ち合いだ。次の瞬間、それらは激突する。

凄まじい衝撃が二人を襲って、身体が後ろに流されていく。

それでも、リリアは何とか左腕を継続して構えていた。


「う、ぐううううっ……混じり空(ヘスペリデス)っ……」

「お願い……もっと、もっと……!!」


 恐るべき力の光の奔流、その最中。

呻くアイリスは、間近のリリアの顔を見上げる。

この光の中では状況もわからない。

リリアの表情には、一切の余裕すら見られなかった。

だが同時に、不安や恐れもまた無かった。

例え、自らの命が風前の灯火という状況だとしても。


 優しいだけでも、勇ましいだけでもない。

それらを持った上で、決して折れることのない強い意志を宿した瞳。


(……ジスト。だから君は、この子に託したんだな)


 そこに、愛する者の遺した思いを重ねて浮かべて。

アイリスが再び目を前に向けると、先ほどまでよりもずっと視界は赤色に近づいていた。


「ぐうううッッ……!! みんな、頑張って、お願いッッ……!!」


 それが何を意味するのかは、言うまでもない。

精霊たちを励まし、懇願するリリア。だが状況は後転することはない。

この光景が赤に染まった時、二人の身も赤い光に飲み込まれていくのだろう。

僅かに目を閉じるアイリス、そして。

その義手の右手が、ジストのナイフを手放していた。


「混じりヘスペリデス。ジストに、これを返しておいてくれ」

「えっ——」


 この極限の状態。

突然の言葉に、そして続いた行動に、リリアは反応できなかった。

反応も待つこと無く、介抱するように回していたリリアの右腕をすり抜けて。


「……頼んだぞ」


 彼女は一気に跳び出して、迫る赤い光へと立ちふさがっていた。

言うまでもない。リリアの盾になるためだった。


「アイリスさんッッ!!!!」


 これほどの勢力を持つ赤い光の濁流だ。

じき対抗する力が消えて飲まれれば、間違いなく身体は崩壊するだろう。

彼女の意図はすぐに理解した。

だが、やはりリリアはそれを受け入れられるわけもなかった。

赤い光に消えていく彼女の光の影に、リリアは叫ぶ。


「駄目だよッッ、そんなの!!

 貴方が渡さなきゃ!!! 貴方が言わなきゃ!!!

 ジストさんに、生きてって!!!!」


 関わった僅かな時間。それでも分かるほどに、深いジストへの愛情。

それがジストに伝わること無く、赤い光の中に消え去っていくことが。


 そして、何より。

アイリスの存在そのものに向けた、リリア自身の思いが。

眼の前の現実に、抗う意志を生んでいた。


「だから……アイリスさんッッ!! 貴方も、生きて!!!!」


 その時。視界から、リリアの操る精霊の色が消えて。

赤い光で覆われる視界の中、叫んだリリア。

思いを、願いを。もう見えない彼女に向けて。

そしてこの現実にも向けて。考えるとも願うとも違う、思いを抱いていた。


 この状況でも、なお。

アイリスを救い出す。

その思いで。リリアの心が、燃えていた。


『反応検知、冷却モード強制終了。登録待機』


 そこへ。

場違いに思われるような声が、いや音声が響く。

それは、腕輪からだった。


「え? ……いやっ!」


 その意味を知っているわけもない。

だが。まるで何かが通じたかのように、リリアはもう一度目の前に左腕を向ける。

それは、藁をも掴むとも。しかしあるいは、確信を持ったものでもあった。

その合図に応じて、瞬時に腕輪の周りへと現れていく精霊たち。

集った精霊たちはそのまま、1つの星のように激しく輝いて。


 そしてリリアは、その()()を叫ぶ。


「"燦明・閃"!!」


 精霊たちは瞬くように、一度激しく強く輝いて。

次の瞬間、何本もの光線となって撃ち出された。

それらは赤い光を避け、迂回するような道を通って。

赤い光の放たれる、その根本を狙っていく。


 つまりは。


「ぐあああっ!?」


 響く声は、マリアンのものだった。

攻撃が成功したという証だった。

それを示すように、遅れて視界の赤い光も晴れていく。

開けた視界が、様々なことをリリアに教えた。

光の奔流の衝突の衝撃で、思いの他離れていたマリアンとの距離も。

そして。


「ぐ、う……」


 その間で、リリアを守って立ちはだかっていたアイリスの姿も。

光が晴れて、気が抜けたか。

彼女は倒れ込んでいく彼女を、リリアはまた抱き止めた。


「アイリスさんッッ!!」

「気にするな……思いの外、大したことない。誰かさんのおかげでな」

「ほ、本当? 良かった……!」


 そんなリリアに、皮肉っぽく軽口を叩くアイリス。

同時に、自らの無事も伝えた。それは感謝でもあった。

リリアの反撃が、彼女の命を救ったことに対しての。

ともかく。彼女の安全に喜んでいたリリアだったが。


「……っ!」

「くっ、そ……! どれだけ、面倒をかけさせる気だっ……!」


 尚も起き上がるマリアンの姿を見て、解けていた緊張を再び引き締める。

ゆっくりとアイリスを地に寝かせて。

そして再び、立ち上がる。


「あとは任せて」

「ふん……今更、疑いもしないさ」


 アイリスと軽く言葉を交わすのを最後に。

リリアは再び、マリアンへと向き直った。


「殺す……今度こそ、殺してやる!!」


 あの赤い光の反動だろうか。

彼女の様子もまた、全く余裕はないように見えた。

いや。左腕とそのアーマーに至っては、

遠目から見ても分かる程にボロボロになっていた。

代償無しに使える力ではなかった。それを、意味しているかのようだった。

リリアはそこに、彼女の思いをまた強く、重く感じる。

それ程に身を焼くほどの憎しみ、その所以が自分にあることを。


 だが。


「殺させないわ、誰も、貴方も。

 さっきも言ったけど。私は、私を辞めないから!!」


 それは、自らの戦意を衰えさせるものではなかった。

リリアは再び、剣を抜く。

纏う精霊たちはその思いの強さのように、ずっと強く輝いていた。


「『この剣閃の果てには、幸せな結末を紡いでみせる』!!

 ハッピーエンドは零さないわ!!」

「ほざけ、小娘!! 今度こそ、今度こそ終わりよッッ!!!」


 戦いは、終局へと進んでいく。


——


 所変わって。

ここはリリアの故郷、アトリアの村。


「いやー、本当にありがとうよ、旅人さん!

 荷車が壊れちまってどうしようかと思ってたんだ、

 ワシのおごりだ、好きなだけ飲んでくれ!」


 リリアが手伝っていたあの酒場に声が響く。

その主は、かつてジェネを迎えた時にもいた老人、トムだった。


「すまんな、旅人さん。

 こんな昼から飲んでいる厄介男に付き合わせてしまって」

「なーにが厄介じゃい! 誠心誠意込めた恩返しをやるというのに!」


 その彼を悪しざまに言う男もまた、あの場に立ち会っていた者、ガイだ。

軽口を叩きあう二人だが、今回はそれに加えもう一人が同じ席に座る。

旅人と呼ばれたその一人が、苦笑混じりに返した。


「いいや。迷惑なんて思っちゃいないさ。

 それにあたしも、酒は好きなもんでね」


 古ぼけた外套。暗い赤の繊維の装い。そして荒々しい三角帽。

そこから覗く紅い瞳は、しかし今はあの苛烈な殺気を放たずにいた。


 紅き光を操る老戦士、ギルダ。

彼女は今、この村を訪れていた。


「この村の地酒だ。美味いとは思うが、クセがあってな。

 口に合えばいいんだが」

「なるほど」


 差し出されたグラスを一瞥すると、

彼女は何の躊躇いもなく一気にそれを呷る。

再び卓上にそれを戻したとき、中身は完全に空になっていた。


「中々いけるじゃないか。いい酒だね」

「ほお……強いのお、旅人さん!」

「言ったろう、酒は好んでてね。

 しかし……どーにもしみったれてるね、この村は」


 その豪胆とも言える様子に、トムもガイも驚きを見せる。

それを受けながらも、ギルダはこの村の様子について切り出す。

話題転換というよりは、それが本題ともいうような言い回しだった。


「……いや、わかるかい」


 まるで貶すかのような言い方であるそれに、しかしトムも否定はしなかった。

続けてガイも口を開く。


「理由があってな。

 旅人さんには、身内の話で申し訳ないんだが……

 少し前。魔物が突然、この村に現れたときだ。

 ゴタゴタがあって、村長夫妻の孫娘がグローリアの防衛隊に連れて行かれたんだ。

 ……そして今。その行方が掴めなくなってる」

「……へえ」


 その内容は。言うまでもない、リリアについての事だった。

らしくないやや多い口数は、彼もまたこの状況に胸を痛めていることを表してもいた。

一方で。ギルダはただ、相槌でその続きを促していく。


「暫くは便りが来てたんだが、今はそれもなくてな」

「その孫娘っちゅうのが本当に良い子でなぁ……村の太陽みたいな子じゃった。

 この村に住んでりゃ誰だって知っとるし、皆仲良かった。

 そんな子が、居なくなっちまって……」


 トムもガイも、その沈痛さは態度からも分かるほどに深刻だった。

そしてこの村に住まうもの達もまた、例外ではないという事だろう。

ギルダが話題に出すのも当然と言えるほどに、今のアトリアの雰囲気は落ち込んでいた。

そんな重い話の中。ギルダの口角は逆に上がった。


「……なるほど。

 だとしたら、アトリアってのはここかい。丁度良かった」

「ん?」 

「その孫娘ってのは。輝く光を纏う力を持つガキのことじゃないかい?」


 悪戯っぽく笑いながら放った言葉。

しかしそれは、落ち込んでいたこの二人を急変させるに十分な内容だった。


「な、何っ!? 知っとるのか、リリアを!?」

「ど、どこかで会ったのか、旅人さん!?」

「ああ。つい3日前ぐらいにね」


 椅子から立ち上がる程に驚愕する二人を前に。

変わらない口調で、ギルダは続ける。しかし。


「あたしがこっちの方に旅するってんで、伝言を預かってたのさ。

 無事だと伝えてくれ、とね。忙しないんで、手紙も預かれちゃあいないが」

「ほ……本当か!?」

「リリアは、リリアは無事なのか!?」

「ああ、大元気だよ。笑っちまうぐらい暴れ散らかしてたさ」


 その内容は。

リリアの道筋を辿ってきた者からすれば言うまでもない嘘だった。

彼女がそれを口にした理由は、検討もつかない。


「もっと言えば。近いうち、ここに戻ってくるさ。

 色々と事情があるようだったが……もうすぐ、それも済むんだと」

「ほ、本当なのか……!!」

「本当だよ。つくづく、手紙の一枚でも貰っとけばよかったね」


 しかし一方で、その内容は希望に寄ったものであった。

リリアが無事であること、近いうちに戦いに決着を付けること。

そして、勝利するであろうこと。

大きく情報を隠したそれが村人たちに伝わることはない。

そして、そう語る彼女の目的もまた同じだった。


「ま、ここがアトリアってんなら、ちょっとその用事を済ますとするかね。

 その村長夫妻ってのが伝言の宛になっててね。

 ちょっと案内して貰えるかい?」

「そ、そうだな! アスラさん達に伝えて貰わんと……!」

「待て、トムさん。

 今の時間は、二人とも近くの森の社に参拝に行ってる。

 ……リリアの無事を祈るためにな。

 旅人さん。申し訳ないが、少し待ってもらえないだろうか?」


 話の流れで立ち上がるギルダとトムに、しかし理由を話して制するガイ。

だがまたも悪い笑みを返しつつ、しかしギルダは腰を下ろさなかった。


「おや。そんなに気落ちしてると聞いちゃ、

 一刻も早く知らせてやらないと悪いね。こっちから伺うとするよ。

 森ってのは……グローリアからの通り道のあそこかい?」

「あ、ああ。だが道は整備してあるが、案内を……」

「なら一人で大丈夫さ。あたしは鼻が聞いてね。人と会うのは得意なんだ。

 今はお姫様の無事をこの村に知らせてやりなよ」

「そ、そうか……」


 続くガイからの案内も断って。

今度は、ギルダは半ば強引な姿勢を見せる。

とはいえトムもガイも、強く引き止めるようすもなかった。

あるいはこの席のきっかけになった出来事が、それを納得させるに十分だったのだろうか。

そのままギルダは、足取り軽く店の出口へと歩き出した。


「ごちそうさん。いい酒だった、また来るよ」

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