38話 繋がる星々-4 哀する愛に身を灼いて
また、ベリオンから遠く離れた地で。
「こちら、『カスパール』。
……はっ、お待ちください」
響いた名詞。それは、彼らを表すものだ。
最も、その頭は特別に自分の呼称だとは認めていないのだが。
「あのバカジジイか? 居ないって言っときな」
ソファに寝転がるその当人は、
アイマスク代わりに顔へとずらしていた帽子の端から覗いて、話の流れを汲み取っていた。
しかしかの夜の妖魔の男は歩みを止めない。
彼女の言葉には、該当しない相手だったのだろう。
「学長。『メルキオール』からです」
「ほう? どういう風の吹き回しだろうね」
そしてギルダも自分はともかく、相手についてはその言葉から悟る。
あるいはそれは、その存在を表すものであるとも言えた。
起き上がると、連絡用の端末を受け取って応える。
「あたしだよ。珍しいね、お前さんから便りを寄越すとは」
『いえ、特別なお願いなどではないのですが。
一つ、お耳に入れておきたい事がありまして』
「ほう?」
恐らくは、続いた彼の言葉が故だろうか。
軽快だったギルダの口調が、しばし止まる。
何かを考えるように黙り込んで、それからまた口を開いた。
「……それをあたしに伝えて、どうするつもりだい?」
『いえ、特に何も。計画に関わりはありませんから。
ですが貴方が、彼女を気にかけていると聞いたもので』
「世間話ってことかい。
じゃあ、これからあたしがどうしようが勝手だね?」
『ええ。そのつもりです』
敢えてか、続いた言葉ではその内容への直接の言及は避けられていた。
通信用の端末を机に放り投げると、ギルダはそのまま席を立つ。
傍らの外套を手に取って、そして視線と共に言葉を夜の妖魔の男へと向けた。
「ちょっと出てくる。留守番を頼んだよ」
「はっ」
彼もまた、その意味を詮索はしなかった。
それは言葉の雰囲気から、彼女の気持ちを悟ったからかもしれない。
何か、やけに楽しんでいるような様子。
だからこそ、邪魔となることを避けたようだった。
――
「ジェネ? どうした?」
ジェネがそうであったように。
まさに彼と話していたレオも、突如遮断された通信に困惑する。
潜入部隊である彼らにとって、大前提であった情報を失った状態だ。
軽いと言える状況ではなかった。
ノインもまた脚を止めて、その状況を彼の視点から確かめていく。
「この周辺の精霊反応が乱れていることが原因と思われる。
しかし、これは……前例のない反応だ」
「どういうことだ?」
「私の持つデータに類似の反応が存在しない。
ベリオンの通信妨害である可能性もある。ミラゲンドのような最新機構か……?」
「……」
その先頭に立っていたリーンは、無言で彼の考察を聞く。
実質的なこのチームのリーダーである彼は今、選択を迫られることになった。
暗中模索になろうとも進むか、他の利口な手段を見つけるか。
脳内でそのどちちらを選ぶか。様々な要因を勘定にかけていた、その最中だった。
(……っ!!?)
それは逡巡を張り巡らせていた脳内から、突如飛び出した直感。
考えていた二択を抜き去って、それは彼を叫ばせる。
「……後ろだ、避けろ!!」
「え?」
戦いの場の経験が長い彼のみが察していた、殺気。
それを込められた赤い光の鞭が二本、
目にも留まらぬ速度で、暗闇から飛び出していた。
「うおおおッッ!!?」
「敵!? しかし、この装備は……」
ほんの僅かに早かったリーンの警告は、しかし既の所で間に合ったと言えた。
暴力的な速度で迫っていたそれらから、レオとノインは身を躱す。
なんとか無傷で、現れた敵へと彼らは対峙することになった。
「ほう、いい勘をしているな。噂に聞く戦士だけはある」
暗い通路の先で、並んで現れた二つの人影。明らかになっていくその輪郭。
それは彼らが近づいてくるからだけではない。
「だが。命を捨てることになったな。"閃く星の勇者"。
この装備があれば、もはや敵などない」
二色の男の声。おそらくその持ち主である二人。
延びた鞭と同じ、赤色の光が。
彼らの身体に迸っていて照らしていたからだ。
「データ照合……注意を。ガストチームの隊員だ。
右がガスト4、ハーリア。左がガスト5、エーディだ」
「ガストチーム……! いきなり強敵という訳か……!!」
ノインからもたらされた情報が、その警戒を更に強めた。
元より最も警戒していたと言えるガストチームの隊員、それが二人。
言うまでもなく、窮地と言える状況だ。
(……あの光……!?)
そして何より。それを見た瞬間にリーンは思い当たった。
この烈光が、何であるかを。彼らが、どういう力を使っているかを。
その瞬間。リーンの脳内は、先まで上げていたものと違う第三の選択肢を選んでいた。
「……!」
言葉よりも早く。
既に振り切ったその手から、彼らの方へと投擲されたもの。
もうその説明すら省いて、リーンが叫ぶ。
「ノイン、起爆しろ!」
「了解。即時起爆」
そして応えたノインも、また早かった。
次の瞬間にはリーンが投げていたもの……カタストの遠隔爆弾が輝き、そして爆ぜた。
狭い通路に巻き起こる、派手な爆風。
彼らを隔てたそれらは、当然のように壁や天井も砕いていく。
「ちっ、道を塞ぐつもりか!?」
一連の素早い行動を悟って、相手の男のうち片方、ハーリアが苦々しく言葉を零す。
この強襲を防ぐための障壁を、逆に侵入側である彼らに張られてしまった形だった。
「逃げるつもりか。馬鹿め。
この程度の瓦礫など、この装備には障害にもならん」
一方で、相方のエーディは気にも掛けぬ様子だった。
道が砕かれようと、些事であると言わんばかりに。
その根拠も、この赤い光によるものだった。
「瓦礫ごと焼き尽くしてくれるわ」
彼は左腕を、瓦礫で塞がれた通路へと向ける。
迸っていく赤い光。正にマリアンやレナが使ったそれと、同じものを使うつもりだろう。
視線の通っていない今、それは結果的に一方的な強襲となる形だった。
「誰が逃げるものか、貴様ら如き相手に」
いや。違った。
その迸る光を認識しているものが、ただ一人居た。
「……があッ!?」
その、瞬きの間に。
赤い光を押し留めるように、白刃が左腕を上から刺し貫いていた。
誤りであったのは、彼らが皆逃げたという判断。
それは、ただ一人。瓦礫のこちら側に残った、リーンの一撃だった。
「エーディ!? 貴様っ!!」
「ちっ!」
直ぐ様隣のハーリアから振られた光の鞭を、リーンは刃を引き抜いて躱す。
瓦礫とは逆の方向へと大きく飛び退く。
彼らを追えば、その背中を脅かす。その意図を示すように。
そこでリーンは、バッジからけたたましく響く音声に気がついた。
『何をしてるんだ、リーンさんっっ!?』
それは、レオからの叫び声。
この状況は、彼らと意図したものではなかった。
説明できる状況ではないというのはあったが、
特技の神速で、彼らにすらも不意を打って作った形だった。
(なるほど。近ければまだ使えるのか、このバッジも……)
剣を構えたまま、小さく息を吐いて
リーンは彼らに言葉を返していく。
「先に行け。奴らは俺が始末する。お前達は何としてでもジストを探し出せ。
これほどの状況だ、ジストの処刑を急がれる危険もある。
ジスト奪還の主軸である俺達が足止めを喰らうのは都合が悪い」
『そんな! あなたはどうなるんだ!』
『リーン殿、あなたの実力は聞いている。
だがガストチームはグローリア屈指の精鋭部隊。
それに加えて相手は未知の新型装備だ、余りに分が悪い』
レオだけではない。ノインもまた彼のこの挺身を案じていた。
きっとまだ、その瓦礫の反対側に居るのだと分かった。
「なら尚更だ。ここで二人、俺一人でまとめて潰せば状況は一気に傾く」
説得を続けるが、きっとこれでは彼らの心が変わることはないだろうとは思った。
リーダーとして。どうか彼らには、先に向かって貰わねばならない。
自分が、言葉が下手なのは分かっていた。それでも彼らを説得しなければならない。
だが強敵を眼の前にして、うまい言葉がすぐに思いつくわけでもなくて。
「……信じてくれ。俺は、必ず勝つ!」
そして、絞り出したのは。陳腐なまでの言葉だった。
だが本心でもあった。負けるつもりだけは、全く無かったから。
しかし、それが良かったと言えたかもしれない。
時間をおかず、返ってきたのは。
『……分かった。必ず無事でいてくれ!! ノイン、行くぞ!!』
『了解した。ご武運を、リーン殿』
リーンの挺身を受け入れた、彼らの言葉だった。
あるいは本心であったからこそ、その心を揺り動かしたか。
しかしその言葉に安心ばかりもしていられなかった。
「ブツブツと……何を話している!」
「……ちっ!!」
そして伸びる二本の赤い光の鞭。先ほど貫いたのはエーディの左腕だ。
右腕から伸びるこの光の鞭への支障は見受けられない。
素早い身のこなしでそれらも避けたリーンに、再び二人の敵意が集まる。
「お前の名は聞いているぞ。『閃く星の勇者』。
だがこれは、蛮勇と呼ぶべきだな」
「舐め腐りおって。我々ガストチームを、ただ一人で止める気か?」
攻撃は躱されながらも彼らの態度は堂々としている。
この状況の優位を、誇示するように。
「……」
その言葉に、リーンは答えない。
だが苦境に食いしばっているわけではない。彼の目は今、強く戦意を宿していた。
(確かに似ている。あの光と)
リーンは、直感的に感じていた。
この赤い光が、かの老戦士が使っていたそれと似ていることを。
それは普通に考えれば、この状況を更に悪く見積もる情報である。
(だが……同じではない。ずっと弱い。ならば勝たなければならない!)
だがリーンの胸中は、そうではなかった。
確かにその姿も気配も似ている。
だがあの日に浴びた、心臓を握られているかのような苛烈な殺気や緊張感。
同じものと言うには、余りにそれらが欠けている。それを、感じ取っていた。
そして、もう一つ。
「お前達こそ。借り物の力で、既に勝ったつもりか?」
理由は、いくつもある。だがそれは、ただ一点に帰結する。
手も足も出ずに敗れた経験は、彼の中に重い楔として突き刺さっていた。
ならばこそ。次、あの紅い光の老戦士と相見えることがあったとしたら。
絶対に勝つという、強固なる決心。
「貴様……知っているのか」
「であれば、尚更生かすわけにはいかんな。
元よりアスタリト現体制派である貴様に、未来など無いが」
であれば。この紛い物相手であれば、例え数に劣ろうと負けることは許されないと。
その決意こそが、押し負けることのない戦意を彼に与えた。
レオやノインに語った言葉に、紛れもなく本心だった。
敵意を強めていく二人に、改めてリーンも構える。
「俺はもう、二度と負けない。その赤い光の力にもな」
「よく吠える……だが、ここで終わりだ。行くぞ、ハーリア!」
「おう、エーディ。現体制派の有力者だ、首を上げれば我らの立場も良くなろう!」
それぞれ構えられた腕に迸っていく赤い光。
それが撃ち出されると同時に、リーンも一気に飛び出した。
「やってみろ、コウモリ共……!」
――
一方の司令部では。
先にも増して、その混乱は増していた。
理由は言うまでもなく、ここへ迫りくるリリアの姿が故だ。
彼女を写すモニターを憎らしく睨むと、バストールは通信を取る。
「マリアン、聞こえるか。
本部が急襲を受けている。例のガキだ。至急、戻って応戦せよ」
『例の少女が!? 馬鹿な……!?』
連絡を受けたマリアンは、当然ながら混乱が隠せないようだった。
倒したと確信したはずのリリアが生存しているどころか、
何事も無かったかのように戦っている。
自分が起こしたはずの光景とは、まったく繋がらない状況だった。
「そうだ。どんな策を使ったかはわからんが、
奴らは艦橋部まで侵入したようだ」
『副隊長、申し訳ございません。完全に捉えていたものと……
まさか逃がしていたとは』
兎も角、その現実を受け止めて。
意気消沈するマリアンに、バストールは再び声をかける。
「マリアン、申し開きはいい。
今は奴らを排除することに全力を注げ。
……信じているぞ」
「……っ! は、はいっ!! 必ず!!」
それは、常に事務的な彼からは珍しい色の言葉で。
しかしそれに、マリアンの声の色も大きく変わる。
この一言だけで、その戦意が蘇っていた。
「一先ずこれでよいだろう。お前の言葉ならば、マリアンも奮起する」
「はっ」
通信が切れた後。
バストールの更に背後から、レクスが口を出した。
それはマリアンへの言葉の、その真意を示しているかのようなもので。
しかしバストールは、それに否定も肯定もしなかった。
「G-0の性能は上々のようだ。
そろそろ、ゲイルチームの奴らも切り時だろうな」
「はっ。各員には各自の判断で始末してよいと伝えています」
「それでいい。……いや、奴には直接、言ってやるべきだろうな」
「!」
話の流れで出た、指されたその人物。
その言い回しだけで、バストールも誰であるか思い当たったようだ。
しかし。
「……クライスには、私からも指令を出していますが」
「どうせ聞いておるまい。私から言ってやるとしよう」
急激に重くなっていく表情と言葉。
バストールにとっては好ましくない相手だろうか、
しかしそれも苦笑した上で、今度はレクスが通信を取る。
「私だ。聞いているか、クライス」
『はっ。総隊長からのご連絡ってことは、遂にオレの出番ですか?』
すぐに返答を返したのは、バストールよりもずっと若いであろう男性の声だった。
その口調もまた軽いもので、強く若さを感じさせるものだ。
「遂にも何も、バストールから指令はあったはずだろう。
貴様、またサボっていたな?」
『へへっ……オレが出るまでもないって思って』
そして、どういう関係か。
対するレクスの言葉もまた、他の隊員と比べるとずっと軽いものだった。
「まあよい。今日こそ働いてもらうぞ。
ベリオン深部へ向け進む鼠共。そして、船内のゲイルチーム。全てを始末しろ」
『ゲイルチームも、ですか。勿論、G-0は使っていいっすよね?』
「お前、バストールの話を何も聞いていないな?
使用許可は既に出しているぞ」
『ゲッ……副隊長殿、こりゃ失礼しましたっ。
それでは任務に当たります、失礼!』
それはクライスにしてもレクスにしても。
軍隊の体をしている防衛隊としては、あまりに異例と呼べるような応答だった。
命令無視に聞き逃し、そしてそれをあっさりと許すレクス。
先ほどまでの雰囲気とも、全く異なるものだった。
「……」
クライスの言葉が自分に向いても、バストールは言葉を返すこともしなかった。
侮られていることか、彼の軽薄な態度への怒りか、それとも。
穏やかでない表情を浮かべる彼の、その肩が叩かれた。
「気を悪くするな、バストール。
人には人の使い方というものがある。マリアンと同じようにな。
クライスには、それをやってやるだけの価値が有るということだ」
「……はっ。理解しています。奴の実力も」
その重い言葉からして、おおよそその心境を改善したわけではないのだろうが。
あるいは言い残した、それこそが。
彼を引っ込めるだけの価値が有るということだろうか。
兎も角、レクスもそれ以上の言及はしなかった。
それもまた。彼の使い方、ということなのかもしれない。
――
「クハハハハハ!! 貴様が噂のガキか!!
私は『止まり木』序列39、ガーリッド!
この名を響かせるその足掛かりに――」
「はッッ!!!!」
「……え?」
空気を歪ます、輝く烈拳。
精霊を纏ったリリアの裏拳が、相対した男の剣を横から粉砕する。
砕け散っていく得物には、幾つもの影が重なった。
少女が相手と見た慢心、そしてこれからの自分の姿。
それが、意識を保った中の最後の光景になった。
「でやああああッッ!! "ステラアサルト"ッッ!!」
「ぐぎゃ、ばごッ、げぎゃがぶげぎゃああああああああッッ!!??」
一気に懐に飛び込んだリリアの、嵐のような連撃で全身を瞬く間に破壊され。
もはや抵抗も出来ずに、男はトドメとなるアッパーを受けて弾け跳んでいく。
まるで玩具のように吹き飛んでいった男の巨体は天井にまで達して、
そして、落ちて力なく倒れた。
「だ、旦那あっ!? な、何だよ今の……!」
「無理だ……あんなの、勝てるわけねえ……」
その光景に恐れ慄く、恐らくは守衛であったろう者たち。
先に倒されたこの男は、そのリーダー格の存在だったのだろうか。
だがいずれにせよ、その男はただ一方的に圧倒されてしまったのだ。
少女であるリリアの姿は今、却って畏怖を呼ぶものになっていた。
やがて集団で増幅されていくその恐怖は、閾値に達して。
「に、逃げろ……ひいいッッ!!?」
ひと足早く駆け出し集団から抜け出そうとした男、その数寸先。
「どこに行く気だ。ボクたちの要求を忘れたのか?」
気がつけば、その投影先の壁に。
一閃された巨大な斬撃跡が残されていた。
それが何であるかを示すように、殺意を込めたアイリスの声が響く。
完全に動きを止められた彼らに、次はリリアが近づいて怒鳴った。
「鍵はどこ!? 出して!!」
「ひ、ひいいっっ!!
旦那が持ってるはずだ、助けてくれええええ!!」
その声に完全に決壊して、リリア達の要求に応えると同時に彼らは一斉に逃げ去っていく。
今度はアイリスも追撃はしなかった。
そのまま振り返って、リリアに倒された男へと近づきその懐を弄る。
抜いたその手には、小さなカードが握られていた。
一瞥して、目的のものであることを理解して。アイリスはリリアへと頷く。
「これだな。手間を掛けたな、混じり空」
「リリアって呼んでよ、アイリスさん。折角名前教えたんだから。
でも、こうじゃなきゃ駄目なんだよね?」
「ああ。
ボクの力は今、このナイフのおかげで何とか使えてるだけの状態だ。
この三下共ならともかく、本命の奴らには開いた時点で勘付かれる可能性もある。
あまり制御が効かない今、ここからは乱用は避けたい」
アイリスの操る、空間を跳躍する力。
しかしそれに頼れない理由があった。それ故に道を開くための、この戦闘だった。
リリアもそれは知っていた。つまりは事前情報の確認でしかない会話である。
「……」
だがアイリスの言葉を受けた彼女は今、
また何かに気づいたような表情を浮かべていた。
その様子を怪訝に感じて、アイリスが聞き返す。
「どうした?」
「いや、なんかジストさんたいな話し方だなーって」
「なっ!?」
それは、何てことはない直感的な感想だった。
ジストのよく使う説明の口調に似通ってると、そう思っただけだった。
「お前またっ、そういう事をッ……!!」
不意打ちだったのだろうか、そんな事にアイリスは突如大きく狼狽する。
明らかに落ち着きを無くして、返す言葉を探していた。
そして、その次の言葉は。
「……そうだな」
その微笑ましくもある様子は、長くは続かなかった。
突如、また急激に冷めたかのように落ち着いて。
彼女は俯いたまま、どこか哀しそうに二の句を次いだ。
「多分、そうなんだろう」
愛、あるいは哀。
言葉も態度も、それらに満ちているようだった。
浮かんだ哀しげな微笑も、その意味も全くわからない。察することも難しい。
だが抱えたその思いだけは確かに見えて。
「……おい、何のつもりだ」
俯いていた彼女の頭を、リリアは胸に抱いていた。
何もわからないまま、心に浮かんだ言葉をそのまま、口にしていく。
「アイリスさんに何があったか、知らないけど。
大事にして大丈夫だよ。
それもきっと、ジストさんとの繋がりなんだから」
「……ボクのことは詮索するなと。そう言ったはずだ」
「別に何があったか、聞いたりするつもりもないよ。
ただ、ジストさんを大切に思ってる事。
そう思ってる事自分のことは、大事にしていいんじゃないのって。
そう言いたいだけだよ」
起きた出来事や数少ない発言から事情を察する、それすら出来なくても。
大切なはずのジストへの思いを自棄的に語る彼女が、見ていられなかった。
あるいはそれは、アイリスの胸にも届いただろうか。
しばらくの沈黙の後。差し込まれた彼女の義手によって、リリアの身体が退けられる。
思慮の果てにアイリスが浮かべたのは、不機嫌とも言えるような表情だった。
「ガキのくせに。知ったような口を効くな」
「ガキって。同じぐらいじゃない、アイリスさんも」
「ふん……まあいい」
言葉も、それに準じたものではあったが。
しかしあの自棄的な哀しさは、そこから引いているようではだった。
貰った言葉によるものか、切り替えて引っ込めただけなのかはわからない。
「だが、これだけは言っておく」
そしてそれを、察することさえも阻むように。
振り返るアイリス、その目は。ぎゅっと鋭くなっていた。
「余りボクに構おうとするのはやめておけ。
ジストのためにも……そして、お前のためにもな」
そして多くは語らないまま、彼女はそう忠告を残した。
だが言外に、それは。
ジストを挟まない、リリアへ直接向けた言葉のようだった。
「私のため、って?」
「さあな」
それをどこか感じ取ったリリアが問い返すも、
もうアイリスはそれに答える気を見せなかった。
無理やり話を断ち切るように、彼女はそのまま振り返る。
「まあいい、先を急……」
しかし。その言葉もまた遮られることになった。
「ぐっ!?」
「うわっ!!?」
突如爆音と共に、巨大な振動が部屋に巻き起こった。
洋上とはいえ巨大な要塞であるベリオンだ。
この大きさの振動は、それだけで緊張を大きく高める。
「見つけた……見つけた見つけた見つけた!!!!!!!」
故に。この振動が、捨て置ける理由によるものであるはずもなかった。
「逃さない……今度こそ、絶対に殺してやる!!!」
部屋を一気に照らす、赤い光。
そして何より、自分に向けられた敵意と殺意。
それがその正体を、リリア達に悟らせた。
「ガストチームのマリアンさんっ!?」
「あのヒステリック女……!! ここまで追って来たか!」
「死ねえッッ!! "Gアーツ『スカーライト』"っっ!!」
二人が振り返った先、既に。
構えたマリアンの左腕から、赤い光が放たれていた。
「ちいっ!」
「くうっ……!」
どちらも巻き込む範囲で迫る光線を、二人左右それぞれに跳んで避ける。
無論それを確認してだろう、マリアンが動く。
左右に分かれた二人のうち、彼女はリリアを追っていた。
「"Gアーツ『ホロウウィップ』"!!」
「っ!!」
迫る赤い光の鞭。
それを見てリリアは抜刀すると、精霊たちと共に刃で受ける。
腕に伝わる衝撃は、本当に強い敵意を彼女に感じさせた。
おおよそ、人生で受けたことのない色の感情。
瞳を揺らしたリリアに、マリアンは畳み掛けていく。
「小娘がッッ!!」
それが次の行動を教えるように、
マリアンはそのままリリアへと距離を詰めていく。
その手元で一点へと収束していく光の鞭。
それは圧縮されて、今度は光の刃の形を成していた。
「死ねッッ!!」
「くうっ!?」
その攻撃もまた、刃で受け止めるリリア。
ここ数日で渡り合ったそれらとは、比較にならない程重い剣だった。
それはこの赤い光の力が故か、
それとも今眼前まで迫ったマリアンの瞳に籠る、凄まじい敵意が故か。
(どうして、こんなに……?)
そう、敵意。あるいは悪意。
それはリリアの心を揺さぶるほどのものだった。
とはいえ先日の戦い、エリスら兄妹から向けられた殺意も決して温いものではない。
本気の殺意であるのは確かだった。
あるいはそれ以前、ギャングのゲルバや人攫いをしていたバゼルが相手でもそうだ。
野望や悪巧みの成就のため、あるいは陥った絶望の向き先として。
リリアは殺意を向けられたことはもう、何度もあったのだ。
「死ねえええええええッッ!!!!」
では、何がリリアを揺らすのか。それが、マリアンの瞳に宿っていた。
強く激しい、ただリリア個人一人に向けられた憎しみが。
鍔迫り会いの至近距離で、それは再びリリアの瞳へと注がれる。
「――っ」
思わず、息が止まった。無理もなかった。
その憎しみは齢13の少女へ向ける感情としては、余りに暴力的に過ぎるものだ。
今まさに、その思いのままに彼女を害さんとしている状況。
(どうしてこんなに……!?)
なのに、理由も分からないままだ。
苛まれる心を立て直す余裕など、内にも外にもありはしなかった。
リリアの四肢を支えるその強い意志が、揺れて、震えて。
(……なら!!)
瞬間、その瞳が再び強く輝く。
リリアは、そこで踏みとどまっていた。
その意思に呼応して、その全身を包むように精霊たちが溢れていく。
「でやああっっ!!」
そして力が上回った瞬間、リリアは大きく剣を振り抜いて切り払う。
重い剣戟を更に吹き飛ばした剛力だ。
マリアンの身体に堪えることを許さず、その体を弾き飛ばしていた。
「ちいっ……!」
ただマリアンも対したダメージは無いようで、
空中で身を翻すと受け身を取って着地する。
上げられた顔には、やはり酷く強い憎しみが貼り付けられていた。
それに顔を合わせて。詰まりそうになる息を、更に強い意志で動かして。
リリアは、自分から口を開いた。
「マリアンさん、だっけ。
私のこと、すごく嫌いみたいだけど……何があったの!?」
それは、あるいは恐るべき選択で。
だがある種、歩み寄りとも言えるものだった。
この憎しみの理由、その解明を望んで。それを、彼女本人に問いていた。
当然正気とは思えない言葉に、背後からアイリスが叫ぶ。
「混じり空!? 何下らんことを言ってる!?
どうせ敵だろうが! まともに話す意味など……!」
「話させて! そうじゃなきゃ、納得できないから」
「馬鹿か!? 納得できる理由があれば殺させてやるつもりか!?」
「そうじゃない! だからやらせて!!」
容赦のない糾弾に対しても、リリアはその態度を曲げなかった。
真っ直ぐにマリアンの方へ向いて、その答えを待っていた。
語ったように、結局は敵対するしかない相手への歩み寄り。
それに対して、彼女が返すのは。
「何が……だと!?」
憎しみから溢れ出る、止めようのない怒りからだった。
視線にも表情にも言葉にも、急激に満ちていく怒り。
それを込めた指差しとともに、マリアンは叫んだ。
「貴様、覚えてすらいないのか!?
貴様があの日、副隊長に向けた蛮行!
信頼を受けた任務の失敗、そして村娘に負けたというくだらない噂話での嘲笑!!
それがどれだけ、副隊長の……あの人の尊厳を傷つけたと思ってる!?」
爆発している怒りと共に彼女が語った言葉。
リリアが思い当たるのには、当然苦労もしなかった。
それは旅の始まりとなる、あの日のことだった。
しかし、それは。
「……それが、理由?」
リリアが零すように返した言葉。
冷静な、あるいは冷めているようなイントネーションが、
その答えに対する感情を表していた。
あるいはそれは、一応はマリアンのこの怒りを阿って抑えた、
呆れとも言えるものであった。
「それはあの人がジェネに酷いことを言ったからじゃない。
悪いなんて思ってない。
むしろあの時、ジストさんが助けてくれた事を忘れたの?
こんなことをして……」
恐れを生み出す悪意の謎は、開いてしまえばこんなものだった。
もう、揺らぐ理由もなかった。リリアは静かに、反論を返していく。
余計な風評は生んだかもしれないが、リリアの言うように自業自得で、
この怒り自体逆恨みとも呼べるようなものだ。筋など通ってはいなかった。
「それが分からないわけ、ないでしょ?」
「黙れえっ、糞餓鬼がッッ! 貴様のせいで……貴様のせいでっ!!」
そして相対するマリアンは、もう反論もしなかった。
上述したように逆恨みだ、出来なかったという面もあるだろう。
もうただ怒りを増幅させていく一方のマリアン。
それを、目を逸らさずに見据えて。
「貴様のせいで、あの人が……!!」
生まれたのは、確かな違和感だった。
(……本当に分かってないわけ、ないよね)
怒りに打ち震えるばかりの彼女の姿。
それは、筋を通すための答えに窮してのものとは少し違った色に見えていた。
少し考えて、理屈ではないと思った。
大事な人が理由がなんであれ苦しんだこと、それ自体を憎むこと。
その気持ちは分からないわけではなかったから。
「どれだけ……どれだけあの人が苦しんだと思ってるッッ!?
殺してやる、絶対にッッ……!! あの人のためにもっ!!!!」
僅かな言い回しと、溢れる憎しみと怒りが示す。
そこには、単純な上限関係による敬意以外のものが見えた気がした。
「……負けないわ。
私達も、ジストさんのために戦ってるから!!」
だからそれは。
リリアの心に十分な納得と、そして更なる決意を与えた。
跳ね上がっていく殺意の中、アイリスがリリアの隣に歩み寄る。
「余計な事を……結局、煽っただけになったな」
「大丈夫。だからここで、決着つけなきゃ」
嫌味を込めた彼女の言葉に、リリアはしかし微笑んで。
ゆっくりと、前に歩き出していく。
彼女の決意を示すように輝く、構えた剣先。
緩やかに動くその軌跡を繋いで、そしてリリアは力強く構えた。
「みんな、行くよ――"ルクスドライブ"!!」
瞳に滾る決意と共に。精霊たちが、強く輝く。
――
「"灯籠一刀流奥義――『乱れ桜』"ッッ!!」
「どきやがれっ! "ワールブラスト"!!」
「ぎょわあああああああッッ!!!」
アカリの剣戟が、ニーコの暴風が。
彼女たちの行く手を阻む者たちを文字通り吹き飛ばしていく。
二人とも、かなりの戦意に満ちていた。
ネルから託された身であるという事は、彼女たちを何より奮い立たせていた。
その少し後ろで、アーミィは通信を試みてバッジへと声をかけ続ける。
「リリア、リリア! 聞こえる!?
……だめ、聞こえてないみたい」
「やはり妨害でしょうか。無事であればいいのですが……」
従者のレオナと共に彼女は他チームへの連絡を試みていたが、
その結果は芳しくない。
声の帰ってくることのないバッジに落胆する中、背中越しにニーコ達が応える。
「なら上等だ! 見えたとこ全部通って行ってやる!」
「ええ! それに相手を全てなぎ倒していれば、いずれ大物が現れるはず!
それも打ち倒せば、ジストさんへの道も拓けるはずです!!」
通信は取れない。事前の計画は既に倒れた状況にある。
だがそれでも、彼女たちは全く怯むことはなかった。
とにかく前に、下に。深部に進むことを選んでいた。
「こ、これどこに繋がってるの……?」
「知らん! 何とかなるだろ!」
「ええ、何とかするんです!! ……っと、ちょっと待って!」
「わっ!?」
まさにその気持ちのままに邁進する彼女達。
しかしそれを、先頭に居たアカリが一度止める。
「……あそこ、様子の違う方が居ませんか?」
アカリが指さすのは、今まさに通り過ぎようとしていた横の入口の先。
会議室だろうか。それなりに広く、机が並ぶ部屋だった。
既に混乱が広がり、自分たちから逃げ出している者も多い中、
そこにただ一人、静かに椅子に座っている男が居た。
「ああ、やられたらしい。俺達も潮時って訳だな。
……ああ、進めてくれ。そっちは任せる」
彼の意識はこちらには向いておらず、一方的に認識する形となった。
入口からの覗き見で彼の様子を伺う一行。
まずニーコが、その気づきを口に出した。
「あいつ、防衛隊のスーツだ……!
ジストんとこかそうじゃないかは分かんねえけど」
「どちらにしても出会えたのは好都合です……!
敵ならば、ここで倒してしまいましょう!」
「ど、どうするの……!?」
「知れたこと! 勿論前進あるのみです!」
「えっ……!?」
その呼吸を、あるいは自分勝手な合図に。
次の瞬間、アカリは一気に部屋の仲間で飛び込んだ。
激しい踏み込みに流石にかの男も反応したようで、
ヘルメットを付けたままの顔がアカリのほうへ向いた。
「私はリリアと共に戦う剣士、アカリです!
グローリアの防衛隊の方とお見受けします、敵であるならば、お覚悟を!!」
それと顔を合わせて、高らかに名乗るアカリ。
先に認識したというアドバンテージを投げ捨てるような真似ではある。
だがこれが、彼女のやり方なのだろう。
対する男は、どうにもその様子に呆気に取られているようだった。
「何だこりゃ。
また随分と、ピュアピュアな感じの子が来たな」
「おいおい挨拶してどーすんだ、アカリ!
……ま、ともかく。ニーコ様が相手だ、悪く思うなよッ!」
「……」
そこに遅れてニーコも並び、臨戦態勢を取る。
だがそれでも、男は戦意を見せなかった。立ち上がりもしないままだ。
しかし口にした言葉が、その状況を大きく動かすことになる。
「お前も来てたのかよ。ニーコ。
……おっと失敬、ヘルメットが邪魔か」
親しげにニーコの名を呼んで、言葉通りにそのヘルメットを外す男。
そのスーツの胸元にある標章は、ジストが付けるそれと同じものだった。
「……って、てめえかよ! マルクト!!」
そしてニーコも、見えた顔からその名を呼び返す。
ジストに次ぐ、ゲイルチームの副隊長。ゲイル2、マルクト。
それが、この男の正体だった。
「この方は?」
「ジストんとこの奴だよ。上から2番目」
「他のお嬢さんたちは知らないが、多分お姫様の友達ってとこか。
なるほど、さっきの具合も納得行くわけだ」
ともかく互いに正体を認知したことで、理解が急速に進んでいく。
そこに遅れてアーミィとレオナも到着して、状況は落ち着き始めつつあった。
だが今もまだ、彼が敵であるかどうかは判明していない。
「て、敵じゃないの?」
「さあ? どちらだと思う、お嬢さん?」
「え!?」
そして本人はこんな調子だ。完全に緊張を解すわけにはいかなかった。
彼の人となりは知っているのだろう、
珍しくため息をついてニーコがその話を進めていく。
「ブレシアは私たちに協力したぜ。お前はまだやんのかよ?」
「ま、お前らと戦う理由はねえよ。多分な」
「何だそりゃ……お前、昔から適当なことしか言わねえな」
「ともかく……信じますよ、マルクトさん」
その問いにも煮えきらない答えが帰ってきて、完全にニーコも呆れていた。
答えとするには曖昧がすぎるが、兎も角今戦意は無いように思えて。
アカリもようやく、刀を鞘へと仕舞った。
「まあ、丁度いい。お嬢さん達にも付き合って貰おうか」
「……奇妙な言い回しですね。戦うつもりはないのですよね?」
改めて落ち着いた状況に、今度はマルクトから話が切り出される。
しかしその言い回しは、純粋な彼女たちへの助力とは違うことを示すようだった。
「なあに。ドンパチやる以外にも、面白いことがあるんだぜ」
「めんどくせー言い回しすんな、さっさと言えよ」
相変わらず曖昧な言葉ばかりを口にする彼に、
もうらしくなく落ち着いたニーコがその真意を促す。
呆れと苛々が顔に出ている彼女に対して、
マルクトはまた憎たらしい笑みを返した。そして。
「せっかちだな、ニーコは。まあ、いいか」
その軽薄な雰囲気が、変わった。
そして彼の言葉は、この場をまた大きく動かすことになる。
「このお祭りの、黒幕探しだよ」




