第四章二十九話「生き返らせなくてよかったの?」
次の村を目指し、琥珀たちは足を進める。
馬車が走って固めたわだちは歩きやすく雑草も生えていない。琥珀たちはその道をたまに左右を飛び変えながら歩いている。
そうして二日が過ぎそうな頃、不意にクリスが口を開いた。
「そういえばコハク」
「ん? 何?」
「イオを生き返らせなくてもよかったの?」
「えっ?」
琥珀は足を止める。
たまたま後ろを歩いていたサンが面を食らったように反対のわだちへ飛んだ。
「私とコハクなら人一人ぐらいなら生き返らせられるの。初めて出会ったときのことを忘れたとは言わせないの」
「そう、だね。うん。ボクとクリスならイオを生き返らせられたかもしれない」
クリスの祈りに琥珀の魔力を加えれば、人一人ぐらいなら生き返らせられる。
代償として個人の幸せは奪われてしまったけど、逆を言えばすでに失っているのだから躊躇する必要もない。
「でもコハクはしなかったの」
「それは、クリスだって同じでしょ?」
「私は魔力がほとんど残っていなかったの。だから時間を稼ぐことしかできなかったの」
キテラとクリスはサンにすべての魔力を託し、結果として龍神の炎を一度凌いだ。
真正面から受けたならきっと最上級の魔法に匹敵する威力だったはずだ。改めて、三人のポテンシャルに琥珀は驚く。
まあその琥珀は覚醒した後は正面から打ち勝ったのだが。
「あのときのコハクなら、魔力は溢れていたはずなの」
「……うん。そうだよ。ボクの魔力は依然とは比べ物にならないくらい増えた。人を生き返らせるのも前より簡単になったと思う」
以前は勇者の剣だけだったけど、殻を破った琥珀はそれ以上の魔力をその身に宿している。今なら魔力量はキテラにも並ぶはずだ。
今の琥珀たちなら代償を支払う必要もなく禁忌魔法を扱えるかもしれない。
「きっとイオを生き返らせることもできたと思うよ」
「じゃあどうしてなの?」
「人を生き返らせるのは禁忌だからよ」
二人の会話に割って入ったのはサンの尻を蹴飛ばしながらわだちを歩くキテラだ。
琥珀とクリスの視線が赤い魔法使いに集まる。
「禁忌魔法には代償が必要になる。その内容はどんな禁忌を犯したかで変わるわ」
「でも私たちは何ともなかったの」
「あり得ないわ。きっと気付いていないだけで何かを支払っている。旅をする上では困らない何かをね」
琥珀とは違い、まだ代償について自覚のないクリスが首を傾げると、キテラは首を横に振った。
事情を知っている琥珀は黙っていた。自分で気付いてもらったほうがよいと考えているからだ。
「そして今回は死体を蘇らせるのとはわけが違う。消滅したのよ。イオは」
「でも話はできたの」
「そりゃあね。クリスが形を作ってアタシが魂を呼び戻したもの。生き返らせるのとは別の作業よ」
それでも代償は払ったけどね。
キテラは口の中で呟く。彼女の体は魂を保管している魔法の代償により常に内側から何かに全身を引っかかられているような感覚に襲われている。魂を直接操作すれば当然その痛みも強くなり、意識が遠くなることだってある。
もう痛みに慣れつつあるキテラだからこそ我慢できるのだ。
「肉体の創造は当然禁忌。できるとしたら神であるアダムだけだし死体に魂を入れ込むのも禁忌。繰り返すけど人を生き返らせるのも禁忌だから、最低でも三つの禁忌を犯すことになるわ」
キテラは指を折って数えていく。
琥珀の顔はどんどん暗くなっていった。
「代償は何なのか。それは実行しなければ分からないけど、すべての魔力を失う可能性もあるわね」
そう簡単に求められる代償の内容が変わるとは思えない。世界を渡れば前の世界の痕跡が、誰かを生き返らせれば子供を育む未来が失われるのは変わらないだろう。
しかし、琥珀にとって未体験の禁忌が二つある。そのどちらかが今生の魔力をすべて奪う可能性だって否定できない。
「……魔力を失えば、イオの願いを叶えられない。魔力を失わせてクリスやキテラの帰る場所を奪うこともできない」
琥珀は俯いて絞り出すように言った。
「だから生き返らせられなかったんだ。イオ自身も望んでいなかったから」
いつしかわだちを進むことを止めていた一行は、琥珀の涙声に黙り込んだ。
自分の幸せよりもイオアネスの願いを優先した琥珀。
彼女は自分の親友を生き返らせることすら我慢していた。
「コハクはそれでよかったの?」
キテラもサンも言葉が出てこない沈黙を、クリスは打ち破った。
「この世界で初めての友人で、失ったショックで性格が変わるぐらい大切な人で、恋人になるかもしれなかった人なの。なのに、生き返らせなくてよかったの?」
「だから言ってるでしょ。イオの願いが――」
「魔力の有無なんて、旅をするだけだったら関係ないの」
クリスの言葉に、今度は琥珀が黙り込んだ。
「私は思ったの。わざわざ命を賭ける必要なんてないんじゃないかって」
クリスは目を伏せて、今までの旅の根幹を否定する。
「コハクが魔王を倒すというのなら、私も手伝うの。だけど誰かが死ぬなんてもう嫌なの。ずっと楽しく旅を続けていたいと思っているの」
クリスは自分で言っていて感情が溢れてきたのか、涙交じりになっていた。
実際に仲間の一人を失って初めて強まった思い。
誰だって死にたくはない。それに仲間を失いたくもない。
もう二度と悲しい思いなんてしたくない。
「ただ旅を続けるだけだったら、サンが戦えれば十分だと思うの」
サンは騎士だ。戦いの専門だ。護衛だけを任せるのなら、魔王が相手でもない限り彼一人でお釣りが来る。
「ちょっとクリス。コハクは元の世界に残した大切な人を助けるために」
「じゃあ私たちのことは大切じゃないの?」
「それは……」
あんまりな言い方をするクリスにキテラが口を挟む。しかし、すぐに黙らされた。
大切じゃないと言うことはできない。だけどそう言わなければ、クリスには反論できないからだ。
「私は大切なの。コハクもイオもキテラもサンも、皆が大切なの」
自分の胸元を握りしめて、クリスは体をよじる。
感情が溢れて止まらない。ブレーキは壊したらしい。
「コハクは違うの? 結局は別の世界の人間だから使い捨てても構わないと思っているの?」
「クリス! アンタ言っていいことと悪いことが――」
「いいんだよキテラ。気持ちは分かるから」
それだけは言ってはならない。
キテラは激高し、言ってはならないことを口走ったクリスに怒鳴ろうとする。だけど琥珀が肩に手を置いて、首を横に振った。
大切な仲間たちを使い捨てるつもりなんて毛頭ない。だけど魔王を倒すその動機は間違いなくこの世界を捨てる選択だ。そう思われたとしても仕方がない。
だからこそ、琥珀は怒り猛るキテラの肩を引っ張って、代わりに一歩踏み出した。
「クリス。ボクは魔王を倒す。だからずっと旅を続けたいっていうクリスの気持ちには応えられない」
「それは、やっぱりこの世界のことなんてどうでもいいからなの?」
「違うよ。ボクはこの世界を去る気はない」
クリスが悲痛そうに目に涙を溜めるが、琥珀は首を横に振って予想とは違うと言葉なく告げる。
「キテラには言ったよね? ボクが元の世界に帰れば、勇者コハクはいなくなるって」
「ええ。世界を渡る代償として、元居た世界での記憶と記録を抹消されるのよね?」
「そう。アダムが出した、帰るための条件だよ」
キテラの話を聞いて、サンとクリスは目を見開いた。
人間では不可能と言われる偉業。魔王を倒して英雄になったとしても、琥珀の名前は語り継がれない。
それどころか琥珀という人間がいたことすら忘れられてしまう。それでは何のために命を賭けるのか分からない。琥珀が戦う理由はほとんどないも同然だ。
「クリスの言う通り、元の世界に帰るだけならこの世界は使い捨ててもいい。どうせ何も残らないんだから」
悲しそうに答える琥珀に、クリスは無言で首を横に振った。
そんな最低な考えをするような人間じゃないと知っている。もしも琥珀がそれほど淡白だったのなら、きっとクリスも命がけで魔王を倒す旅に同行なんてしなかったはずだ。
「でも、ボクはイオと約束した。この世界を平和にするって」
琥珀は静かに断言する。
「世界を平和にする。当然争いをなくさなくちゃいけないから魔王は倒す。でも魔王を倒したら解決するかと言われたらそうもいかない」
魔王を倒せばすべて解決するわけではない。今度は権力争いに未知の大陸を手に入れようと競争になる人々。新たな戦争の火種になる可能性だってある。
「この世界に残り続けて、イオの願いを完遂する。それがボクにできる弔いだ」
だからこそ、琥珀は剣を取る。
親友の願いを叶えるために自分の幸せを捨てて、琥珀は平和のために戦い続ける矛盾を抱えた未来を歩む決心をしたのだ。




