第四章二十六話「それは支配者であって」
多大な犠牲を払った琥珀たちは、旅を再開するべく村まで戻ってきた。
「そんなっ、あんな奴らが龍神様を」
「くそっ、なんで」
「いったい何者なんだ化け物め」
「これだからよそ者は」
「……」
村人たちがヒソヒソと悪意をこぼしている。琥珀は黙って往来の真ん中を歩いていた。
本当は龍神なんて下らないものを信仰しているこの村に近付きたくもない。だけどこの腐った塀の中から出るためにはこの村の入り口にある門を潜らなければならなかった。
もしも龍神が自分が倒された後のことまで考えていたのなら、素晴らしい策士だと思う。
この村を通るだけで暗い感情が湧き上がってくる。だけど手を出すことはできない。村を一つ消せば、それは龍神と同じ化け物になってしまう。
「余計なことをしやがって」
「私たちが死んだらアイツらのせいだ」
「疫病神め。化け物め」
「今すぐこの村を出て行け!」
どこからか飛んできた石礫が琥珀の額を打った。
「そうだ出て行け化け物め!」
「二度と顔を見せるな人殺しめ!」
「……」
誰かが見せた勇気に釣られて、村人たちは足元の石を拾い上げては琥珀たちに投げる。
琥珀は黙って降り注がれる石礫の中を歩いていた。体のいたるところに石が当たって血が滲み、浅黒い痣ができても頑なに口は開かない。
もう、どうでもよかった。
イオアネスと約束した。この世界を平和にすると。
罵詈雑言をぶつけてくる相手であっても、将来を案じてやらねばならない。何を言われても気にする必要はない。言い換えるなら有象無象のために意識を割くことも意味がない。
琥珀は摩耗し変質していた。別の世界で自殺しようとする誰かを止めたい恋する乙女ではなく、誰に対しても関心が薄れてしまった正義の味方へと。
「いい加減にするの!!」
青痣を増やしながらも無言を貫く勇者に代わり、声を張り上げる者がいた。
琥珀は足を止めて振り返る。声は背後を歩く仲間から聞こえてきたからだ。
「黙って聞いていれば好き勝手に、私たちが何をしたって言うの!?」
水色髪のシスター、クリスが全身を使って叫ぶ。
その隣でキテラとサンも厳しい目つきをしていた。まるで今にも飛び掛かりそうな獣みたいだ。
「龍神を殺しただろう!」
「俺たちを守ってくれていたのに!」
「寝言は寝て言えなの! 龍神が守ってくれた? そんなの都合よく利用されていただけなの」
クリスの言葉にキテラとサンは頷いていた。
琥珀はどうでもいいから早く行こうよと口を開く。だけど声はまったく出ず口をパクパクと動かすことしかできない。
「よそ者に何が分かる!」
「よそ者だから龍神が魔物だって分かるの!」
村人に怒鳴り返すクリスの言葉に、村人に動揺が走る。
「龍神はアダム様の敵なの。魔王の味方だったの!」
「でたらめを言うな!」
村人の一人が叫びながら再び石を投げてきた。
向かってきた石をクリスは難なく掴み、果実を潰すように石を握り砕いた。村人のざわめきが大きくなる。
「でたらめじゃないの! だったらどうして私たちが襲われなきゃならないの!?」
「お前らがよそ者だからだろう!」
「じゃあ儀式の内容を知ってるの!?」
クリスが問いただすと、村人は押し黙った。
龍神の言うとおりだ。村人は自分たちの命を長らく支えてきた儀式を何一つ知らない。
「儀式はこうなの! 龍神が人間に化けて一緒に生活し、頃合いが来たら龍神に取り込まれるってものだったの」
龍神が隠していた事実を、クリスはあっさりと村人へ教えた。
困ることはない。どうせ龍神は灰も残さず消滅した。クリスの口が軽かったとしてもそれを咎めるものはいない。
「誰か知ってたの!? 生贄になった女の子の家族はいたの!? そんな人いなかったの!」
クリスたちは村に潜伏している間、龍神について可能な限り情報を集めていた。結果として成果は得られなかったが。
その際、ついでとばかりにジャハムについても調査した。しかし彼女に家族はおらず、これまた何の情報も掴めなかった。結果的にはジャハムも龍神の一部だったから情報はなくて当然なのだが、調べている最中は違和感だった。
村人の誰もがジャハムの両親について知らない。そんな話に疑問を覚えないわけがない。
「私たちが倒さなかったとしてもどうせ龍神はこの村を守らなくなっていたの!」
「なんてことを言うんだ!」
「誰だって自分を喜んで殺そうとする人間の元にいたくないの!」
話を盗み聞ぎして分かったのは、誰もが素性の知れないジャハムが生贄となったことに喜んでいたということだ。
素性が知れないからこそ安心して殺せる。村人は口々にそう言って笑っていた。
「私たちは守ったの! 神を語る魔物からこの村を助けたの! なのにどうしてひどいことを言うの!?」
龍神は魔王の味方だった。この村もいずれ龍神に利用されて滅んでいたかもしれない。
クリスは叫ぶ。我々こそが正義なのだと。ただでさえこちらも失ったものが大きかったのにどうしてまだ追い打ちをかけてくるのかと。
「嘘だでたらめだ! 龍神様が守ってくれないわけがない!」
「いい加減にするの!!」
まだ現実を信じようとしない村人たちにしびれを切らして、クリスは地面を全力で殴る。
隕石でも落ちたような巨大なクレータが出来上がった。
「ヒッ」
「龍神龍神って、子供みたいに駄々をこねるななの! 神様は天から見守る者なの。それ以外は偽物なの! 私たちに干渉するとしたらそれは支配者であって神ではないの!」
常識外れの力に怯える村人にクリスは説教した。
神とはすべてを見守る者である。見守り、祈りを捧ぐ信者に幸せを約束する存在である。
人間に干渉し生贄を求める者は神と呼べない。もしも呼ぶとしたら邪神か化け物だ。神は神でも人を助けることは絶対にない。
「だが、どうすればいいんだ」
「お前らが殺した龍神様に俺たちは守ってもらっていた。これから先、魔物に襲われるのを震えて待てって言うのか!」
「お前らだって村にずっといるわけじゃないんだろう!」
「無責任なことをしたのは事実じゃないか!」
龍神という信仰を精神的にも物理的にも砕かれた村人たちは、未来を憂いて怒りを再燃させた。
龍神がいなければこの村は存続する術がない。この村は千年以上もの間龍神に守られ、戦う力は一切持っていないからだ。
「……うるさいな。いい加減黙ってくれないか」
サンは彼にしては珍しい苛立ちの表情で剣に手を伸ばす。
「待ちなさいサン。騎士のアンタが村を滅ぼしてもいいわけ?」
「元はと言えばこいつらがいたせいでイオアネス様が亡くなったんだ。エドワード様も許してくれるよ」
「わぁお。清々しいほど無茶苦茶な理屈ね。怒りで我を忘れているのかしら?」
キテラはおどけてケラケラと笑う。
はらわたが煮え返る思いなのはサンもキテラも一緒だ。しかし禁忌魔法の代償で身を焼くような痛みが継続している彼女は、痛みのせいもあって幾ばくか落ち着いていた。
サンはそんな彼女に眉を寄せるが言及はしなかった。大本の感情が同じなのは理解していたからだ。
「いいから止まりなさい。イオアネスも言っていたじゃない。平和な世界にしてくれって」
「でも」
「主の命令に背くつもり?」
ジロリとサンはキテラを睨む。
キテラは相変わらず愉快気に薄く笑みを浮かべていた。しかし、彼女の目はまったく笑っていない。
「……分かったよ。任せる」
「ええ。コハクをよろしく」
「うん。絶対に守り切る」
「それは頼もしいわね」
最後まで飄々とした調子を崩さないキテラにため息を吐いて、サンは剣から手を放した。
「それについては考えがあるわ」
「キテラ……」
「本物のシスターなだけあるわね。聞いてるだけなのに不思議と懺悔したい気持ちになったわ」
クリスの隣に並んだキテラは、村人たちを見据えてからシスターの頭を撫でた。
「無理しないでほしいの」
「お互い様でしょ。ここは代わって」
心配そうな顔をするクリスに、キテラはへらっと笑ってみせる。
お互いイオアネスと話を反動で全身が痛い。歩くだけでも全身がバラバラに壊れてしまいそうだ。
そんな状態でつい地面にクレータを作ったクリスは、既に意識が薄れているようだった。気丈に振舞ってはいるが目がトロンとしている。
「さて、哀れな村人の皆さんに朗報です」
「黙れ! 誰のせいで――」
「余計な話をするつもりないから。故郷を焼け野原にしたくないでしょ?」
クリスが下がるのを確認してから口を開き、キテラは決して身内には見せない冷たい目で宙に魔法陣を描く。
千年以上も引きこもりをしていた村人たちでもさすがに魔法については知っているらしい。魔法陣を見た瞬間に口を閉ざして静かになった。
「静かになったところで話の続きだけど、アンタたちは魔物に怯えないで暮らせる未来があるわ」
「なっ、それは本当か!」
「ええ。ついこないだ村を一つ鍛えたところなの。そこと連絡を取れば魔物を倒せるだけの力は貰えるはずよ」
キテラの言葉に村人は顔を明るくし、その提案にすぐ渋い顔になった。
「他の村と連携を取れと? 無理だ」
「どうして?」
「俺たちはよそ者を突き放してたんだぞ! 今さら話なんて聞いてもらえるか!」
「知らないわよそんなことまで。自業自得じゃない」
龍神を頼っていた弊害など、龍神の敵であるキテラたちにはまったく関係ない。
キテラは肩をすくめて、なんだそんなことと呆れ返ってしまう。
「見捨てるのか!」
「調子に乗らないでくれる? 他三人はともかくアタシはそんなつもりないから。なんなら今すぐ燃やし尽くしてあげましょうか?」
キテラはため息を吐いて、魔法陣が紅色の輝きを強める。
琥珀やクリスは性格上村を滅ぼすことはないし、サンはイオアネスの願いを聞かなければならないため行動には移れない。
しかし、キテラは違う。
紅蓮の魔法使いは自分のためなら躊躇しない。たとえ仲間に嫌われようとも、村を焼き払わない理由がない。
「この化け物が!」
「なんとでも。じゃあ化け物はすぐに出発するわね。この村に居座ってもいいことないから」
逃げるのか、と叫ぶ村人にキテラは反応すらしなかった。
琥珀の精神衛生上、この村に長居するのは避けたい。村人の話を聞くなんて以ての外なのだから。




