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第四章二十一話「ワガママ」

 村から畑の方向に歩き、日が目に見えて傾く、時計がないので曖昧だが恐らく歩き続けて二時間は経ったであろう離れた場所。さすがに村人たちの手も入っていないのか鬱蒼と茂る森の中を進むと一つの建物があった。

 石造の建物にはいたるところに苔が生えており年季を感じさせる。何段も積み重なって作られたその建物は上に行くほど石が小さくなっており、こぶし大まで小さくなった石が積まれている天頂には、登るための階段が石を切って作られていた。

 天頂部には木製の分厚い板による台が置かれており、その台の四隅から伸びる紐が幼い少女の両手足に結ばれている。

 幼い少女はジャハムという。生贄となる彼女がいるこの場所こそが、龍神のための儀式場なのだろう。


「準備はいい?」


 儀式場の様子を確認し、物陰に潜む少女が囁く。


「もちろんよ」

「当然なの」

「覚悟はできてる」

「抜かりなしですわ」


 さらに四つの声がして、少女の問いに覚悟を示す。


「この戦いはいつもと違う。誰にも感謝はされない。ボクのワガママだ」


 少女、琥珀は皆の声を聞いた上でもう一度戦いの目的を話す。

 引き返す最後のチャンスだ。本当に後悔しないのかと暗に問いかける。


「今さらしらけさせないでよ。大丈夫だって言ってるでしょ」


 キテラがハンと鼻で笑った。

 後悔する段階はとうに過ぎている。もしもキテラたちが琥珀の我儘に付き合いきれなかったらとっくの昔に道を分かれていただろう。


「……そうだね。じゃあ、行こうか」


 琥珀はその場にいた全員の顔を見て、それぞれ呆れた態度を示す仲間たちが一様に頑固だったことを思い出した。

 少なくとも言って聞くような人間はこの場にいない。

 琥珀は皆に呆れて、そして意を決するためにため息を一つこぼし、ゆったりとした足取りで祭壇へと歩き出した。


「あれー?」


 両手足を縛られ、台に仰向けで貼り付けにされていたジャハムが首だけを動かす。

 その視線の先にはちょうど儀式の壇上に上がった琥珀がいた。剣を抜き、闘気は魔力を孕んで時折火花を散らしている。


「お姉さんたちどうしたのー?」

「君を助けに来たんだよ。ジャハム」


 琥珀は剣を二度振るう。

 一度にして両手、二度で両足の紐を斬った。

 解放されたジャハムは自分に何が起こったのか理解できず呆然としている。


「助けにー?」

「とりあえず行くの。ここにいてもいいことはないの」


 クリスは言葉少なにジャハムの上体を起こし、背中と膝の裏に腕を差し込んで持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。


「でもー龍神様がー」

「大丈夫だよ。龍神には僕たちが話をしておくから」


 どのように伝えていたのか知らないが儀式の続行を望むジャハムに、琥珀は穏やかではない雰囲気のまま断言した。


「そうなのー?」

「ええ。アタシたちは嘘を吐かないわ」

「だから安心してこの場を任せてほしいのですわ」

「んー」


 キテラとイオアネスが自信を示すように自分の胸を叩く。

 しかしジャハムは首を傾げるだけだ。納得はしてくれない。


「やっぱりダメだよー。だって龍神様に会いたいもんー」

「だから無理なんだって」

「どうしてー? 龍神様と一緒になれるんだよー?」

「それは……」


 龍神と一緒になるのは良いことだと信じて疑わないジャハム。ぐずる彼女に琥珀は困ってしまった。

 現実を叩きつけるのは簡単だ。しかし果たしてそんな残酷なことをしてもいいのだろうか。

 ジャハムはまだ幼い。それなのに自分が村人たちに騙されて殺されてしまうところだったなんて教えていいのだろうか。ショックを受けないだろうか。

 琥珀は悩んでしまう。躊躇してしまう。

 いつもは飄々としていても家族の死によって最悪の道を選んだ友人がいたのだ。ジャハムが同じ未来を辿らないとは断言できない。


「死ぬからですわ」


 逡巡する琥珀の代わりに口を開く者がいた。


「ジャハム。龍神と一緒になるのはあなたが食べられてしまうからです」


 イオアネスはクリスに抱かれているジャハムに視線を合わせるためにかがみ真正面から見つめる。


「ちょっとイオ」

「止めないでくださいコハク。ときには現実を教えるのもオトナの務めです」


 琥珀が思わずイオアネスの肩を掴むが、彼女の肩はピクリとも動かなかった。


「ならアタシが引き継ぐわ」

「キテラまで」


 紅蓮の魔法使いがイオアネスの隣に立つ。琥珀の責めるような声は無視された。


「無理する必要はないのですよ?」

「アンタこそ。お姫様だかなんだか知らないけど、背伸びしてもいいことないわよ?」

「……ありがとうございます」

「いいのよ。年長者の務めってやつだし」


 イオアネスが頭を下げるとキテラは手をヒラヒラと振ってあしらった。

 ちなみに一番年上であるサンはピリピリとした様子で辺りを見回している。


「ジャハム」

「なにー?」

「これからアンタは龍神と一緒になれるわ。とある儀式をすることでね」


 キテラはクリスに目配せして下ろさせる。そして自分の腰ほどしかないジャハムのために地面に膝をついた。


「ぎしきー?」

「そう、儀式。具体的に何をするのかまでは分からないからこれは予想だけど」


 首を傾けるジャハムの肩を掴んで、キテラは目を逸らされないように見つめている。


「ジャハムは死ぬわ。龍神サマに食べられちゃうかもね」

「ちょっ」


 言い聞かせるような穏やかな口調でジャハムの未来を語るキテラに琥珀は掴みかかる。


「サン。コハクを」

「かしこまりました。申し訳ありません勇者様」


 イオアネスの冷たい声音。

 サンは主人の命に素早く反応し、琥珀を羽交い締めしてキテラから引き剥がした。


「サンまでキテラの味方なの?」

「コハク。イオアネスも言ってたでしょ? 現実を突きつけないといけないときもあるの」


 仲間がいないことに呆然とする琥珀に、キテラは振り向かずに言い放つ。


「だからって」

「黙ってるの」


 静かながら感情のこもったシスターの声に、拘束から逃れようとしていた琥珀の動きが止まる。


「イオアネスもキテラも喜んでやってるわけじゃないの。耐えているんだから黙るの」


 確かな覇気を纏って、クリスは琥珀を睨む。

 これほど怒ったクリスはあまり見たことがない。仲間が善意を利用されて騙されたときか仲間が道を踏み外しそうになったとき以来だ。

 ちなみにどちらも琥珀が関係している。前者は助けようと思ったら詐欺で、後者は迷惑をかける野獣を絶滅させようとしたときだ。


「うっ、分かったよ」


 琥珀はしゅんと肩を落として大人しくなった。

 クリスは琥珀に負けず劣らずの頑固者だ。それでいて腕っ節も強く琥珀よりも戦い慣れしている。

 まだ一度も琥珀はクリスとの喧嘩で勝てたことはない。


「それでいいの」

「クリス。ときどきアンタを尊敬するわ。頑固者なコハクを言いくるめられるのはアンタだけよ」

「言いくるめるなんて失礼なの。私は声を届けているだけなの」


 琥珀の態度に満足して頷くクリスに、キテラは呆れてしまう。

 クリスは話を聞き良き未来へと導くプロだ。説得においてはパーティで一番の実力がある。


「ジャハム、死ぬってことは理解できる?」

「ううんー。よくわかんないー」

「じゃあ教えてあげる。死ぬってのは何もできなくなることなの」


 幼いが故に死の概念がまだ理解できていないジャハムに、キテラは簡潔に教える。


「おいしいごはんを食べることも友達と一緒に遊ぶことも大好きな家族と一緒に寝ることもできなくなっちゃうの」

「それはやー」


 ジャハムは首を横に振り、キテラの教える一番近い未来を拒絶する。


「でしょ? だからお姉さんたちに任せて。龍神にはアタシたちが話をしておくから」

「うーんー」


 キテラはもう一度豊満な胸を叩く。それでもまだジャハムは迷っている様子だった。


「大丈夫よ。この綺麗なお姉さんなら全部何とかしてくれるから」

「きれっ」

「そうですわ。コハクとわたくしたちにお任せください。ほら、帰りましょう?」


 キテラは微笑みながらあごで琥珀を指し、イオアネスも一緒に微笑みながら自分たちの後ろにある階段へ手を伸ばす。

 どうでも良いところで予想外の紹介をされた琥珀の顔が引き攣るが誰も気にしていなかった。


「分かったー! バイバイー!」

「サヨウナラ。さてと。これでいいわね」


 ようやく信頼を勝ち取れたキテラたちは、スキップしそうなぐらい軽い足取りで帰る決心をしてくれたジャハムに手を振る。


「後は龍神に話をつけるだけなの。現れるまで待つの」


 ジャハムの姿が段差の向こうへ消えたのを確認してから、クリスはパァンと自分のこぶしを手のひらに打ち付けた。

 クリス以外の全員も幼い少女の手前抑えていた闘志をむき出しにする。もう隠し事は必要ないし隠すだけの余裕もない。


「いやその必要はないよ」

「サン?」

「いるんだろう龍神! コソコソとしていないで出てくればいいじゃないか!」


 サンは仲間内には決して見せない怒気を孕んだ顔で怒鳴る。

 声だけでピリピリと肌が痺れる。


「ほほーう。わらわに気付くとは中々」


 儀式場の下から声がした。

 同時に儀式場のいたるところから煙が噴き出す。


「くっこの手の登場お決まりの煙か」

「何言ってるの?」

「なんでもないよ」


 四人が毒を警戒して袖で口を覆う中、琥珀だけは無警戒に顔をしかめる。

 煙越しでも分かるぐらいクリスが奇人でも見るような目を向けてきた。

 琥珀たちがそれぞれの反応を示しているうちに煙は晴れ、再び周囲の確認がしやすくなっていく。


「ふっふっふ。どうじゃわらわの尊顔じゃぞ!」


 煙の中を歩いてきたのだろう。小さな人影が腕を組み渾身のドヤ顔をしていた。


「「「「「……」」」」」

「そうかそうか声も出ぬか。仕方ないなわらわに恐れおののいているのだから」


 琥珀たちは絶句した。そのあまりにも見覚えがありすぎる姿に。

 龍神と思しき小さな人影は五人の反応を勘違いしたようだ。さらにドヤ顔に磨きをかける。もはや輝きすら放ちそうな勢いだ。


「どうしてジャハムが!?」


 琥珀は小さな人影の言葉を無視して目を丸くする。

 その人影はつい先ほど別れたばかりの少女だった。

 艶のある黒髪に琥珀の腰ほどまでしかない背丈。話し方こそ違うが見た目は完全にジャハムだ。


「む?」


 琥珀の反応が予想外だったのか、見た目ジャハムな龍神はこてんと首をひねる。


「まさか既に手を出していたなんてね」

「やりますわね龍神」

「外道なの」

「全員戦闘準備。最低な龍神を蹴散らすわよ」

「ままま、待て。おかしいじゃろが」


 次々に剣を抜き魔法陣を展開していく勇者パーティに龍神は慌てて両手を前に出した。


「聞く耳は持たない。ジャハムを解放しない限り」


 剣を構えた琥珀の闘気に反応して彼女の周囲に火花が散る。

 許せない。子供を生け贄の対象に選ぶだけでなく、子供を操るだなんて。


「なるほど誤解しておるな! わらわの話を聞け。これはわらわの体なんじゃあー!」


 戦意を漲らせる五人に、龍神は儀式場に響き渡る叫び声を出した。

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