第四章二十話「許せない」
「コハク」
村から外れ、畑からも離れてもまだ歩き続ける勇者一行。
塀の規模はかなり大きいらしく、日の傾きが回るぐらいは歩いているのにまだ塀の反対側にはたどり着けなかった。
「どうやって龍神に会うかな。いや儀式を中断させる方法だけでも分かればいいんだけど」
イオアネスの呼びかけにも応じず、琥珀はあごに手を当て考え込み、ブツブツと独り言を繰り返している。
一行がただ歩き続けているのも塀で囲まれている範囲が知りたいから、というわけではない。
琥珀が考えをまとめるために足を進め、イオアネスたちは一人にしないために後を追っているのだ。
「コハク。無視しないでください」
「無駄なの。こうなったコハクには声が届かないの」
「ううーん」
イオアネスが再度琥珀を呼び、呆れたようなクリスが肩をすくめる。
「言われなくても知ってます。でも今すべきなのは一人で頭を抱えることではないはずですわ」
「そうね。予想以上に面倒な状況だったわけだし」
イオアネスの言葉に不機嫌が混ざり、キテラも重たいため息を吐いた。
邪教徒と同じだと思われる儀式が行われる。
妨害するだけなら簡単だ。だが相手はお尋ね者ではなく村を守護する神だという。敵に回したときの被害は計り知れない。
しかし琥珀たちの誰もが困難な状況でも諦める様子はない。だから頭を抱える琥珀に誰も嫌な顔をしていないのだ。
「じゃあ僕が現実に引き戻すよ。勇者様に後で怒られるだろうけど」
サンは潜み足で考え込む琥珀に近寄り、左手の小手を外して彼女の背中へと押し込んだ。
「きゃぁあっ」
「ほら。これでひとまず話はできるよ」
琥珀の気持ちを現実に引き戻したサンが、どうだとばかりと振り向く。
「……サイッテー」
「気持ち悪いの」
「王都に戻ったら覚えておきなさい」
「そこまで言われますか!?」
称賛されると思っていたサンだったがあったのは女性陣全員の冷たい視線と言葉だった。主君に怒鳴るなど普段のサンからすれば考えられないが、驚きのあまり思わず目をむいてしまう。
「まあ冗談ではない話は置いといて」
「冗談だって言ってください」
魔王を倒した後の人生を罪人として過ごしそうなサンが呟く。だけど全員に無視された。
「コハク、これからどうするのですか?」
「決まってるよ。あの子を助ける」
即答だ。
「龍神と一緒になるって言っていたから、多分命を奪われるんだと思う」
「そうでしょうね。村を維持しているので邪教徒ほどではないんでしょうが、やはり儀式という名目で人を殺めているのだと思われますわ」
「許せない。生贄を用意することで自分だけ安全圏にいようとする大人たちも、何も理解していないのに笑顔で死のうとしているジャハムも、指をくわえているしかない自分も全部許せない」
琥珀ならどんな状況だろうと誰であっても見捨てない。
だけどそれはあくまでも信条としての話であり、状況を打破するだけの力はない。
自分の無力っぷりに琥珀は歯がゆい思いを抱いていた。周りが見えなくなるぐらいに。
「でもどうするの?」
冷静な言葉とともにクリスが首を傾げた。
「現状アタシたちにできることはないわ。無理やり止めれば村人全員を敵に回すことになる」
「安全を引き換えにしているのも痛いよね。阻止すればまた面倒な事態になる」
「気に入らないのは皆同じなの。でも手を出せば色々と取り返しがつかないの」
それなりに旅をし、何度も琥珀の我儘を聞いてきたキテラ、サン、クリスが今の状況を簡潔に説明する。
龍神を倒せば一番手っ取り早い。しかし相手はアダムに並ぶと予想される神の一柱だ。倒すとしたらこちらも相応の覚悟をしなければならない。
加えて龍神は村を守っている。いくら生贄が気に入らなかったとしても倒してしまえば村は無事では済まなくなる。
どうせ一緒に助けるのだ。自分だけ関係ないと傍観するつもりはないし、ぼーっとしているつもりもない。
「それは、分かってるよ」
先ほどから堂々巡りしていたのだろう。琥珀の表情が苦々しいものになる。
「だから一人で悩んでいるのですよね?」
「……うん。妙案をまったく思いつかないんだ」
イオアネスに問いかけられ、琥珀は苦々しい顔のまま頷いた。
「そうだね。ううーん」
「思い浮かばないの。儀式を止めて村人とも敵対しない方法なんてないと思うの」
サンも考え始め、クリスはあっさりと思考を放棄した。
現状のままではジャハムを助け出すのは不可能に近い。それにクリスはあまり考え込むのも得意ではなかった。殴って終わらないのなら頭のいい人に任せたほうが効率的だと考えているからだ。
「いいえあるわ。一つだけ」
「ホントに?」
「簡単ですわ。龍神に言って聞かせればいいのです」
キテラがポツリと呟き、琥珀が首を傾げ、イオアネスが答えを出す。
龍神を倒せば被害が出る。ならば倒さなければいい。
ジャハムを生贄なんかにしたくない。ならばさせなければいい。
言って聞かせる。間違いなく話し合いでは済まないだろうけど、琥珀たちが取れる数少ない手段だ。
「強引だし乱暴な手段だけど、キテラらしいと言えばらしいね」
「うっさいわね。いいでしょ。もっとも可能性があるんだから」
「それでも低いけどね。相手はアダム様に並ぶかもしれないんだ。もし戦いになればただでは済まない」
サンが肩をすくめ、キテラがギロリと睨む。睨まれてもサンは冷静だった。
「それでもやるしかない。儀式を止めるなら」
もっと成功する可能性が高く、もっとも安全だ。
ならやるしかない。アダムに並ぶかもしれない怪物が相手だという問題は、躊躇する理由にはならないのだから。
「見なかったことにすれば危険を回避できますわ。利口な判断だと思いますが?」
イオアネスが今さら利口げな選択肢を増やす。
答えは決まっている。でも敢えて聞くのは後悔したくないからだ。
最終的な決定権を持つ琥珀だけではない。キテラやクリス、サンに向けたものでもあった。
道中で遭遇する魔物とは次元の違う怪物と戦闘になるかもしれない。
見捨てればよかったという最低で利口な後悔を、全員にして欲しくないからこその問いだった。
「もちろん見捨てない。そんなことをすればボクは魔王を倒せなくなる」
「なら龍神を倒すしかないね」
琥珀はもちろん頷き、やれやれとした口調の割りには覚悟の決まった顔のサンに続いて四人は同意する。
もっとも賢い自己保身の考えを持つ者はこの中にいない。紛れもなく勇者とその一味であった。
「でもどうやってなの? 普段は空の上にいるって言ってたの。倒そうにも攻撃が届かないんじゃ意味ないの」
クリスがバシンッとこぶしを自分の手に打ち付けて、手さえ届けばどんなものでも砕いてやると言わんばかりに眼光を光らせる。
ジャハムの話では普段は遭遇できない。
空の上にいるような相手に届く攻撃なんて紅蓮の魔法使いぐらいしか持ち合わせていないし、頼みの綱であるキテラでさいも有効射程距離を優先するあまり威力は幾分か弱まる。龍神を仕留めるには足りないだろう。
「それなら大丈夫よ」
「そうなの?」
「この村を守っている以上、龍神が実在するのは間違いない。その龍神が儀式を望むんだから、自分が出ないわけにはいかないんだ」
キテラの代わりにサンが説明した。
龍神は村を守る。だが習慣だけではいつか龍神を軽んじる者が出てくるだろう。習慣そのものが風化するかもしれない。
権威を示すために龍神は表舞台に立つ必要がある。生贄を使う儀式なんかが権威と恐怖を振りまくには手っ取り早いのだ。
「問題はどうやって儀式の日取りを掴むかですわ」
「それならジャハムを見張っていればいいんじゃないかな? どうせボクたちは歓迎されていないんだ。何をしていようが変わらないと思うよ」
イオアネスの言葉には琥珀が答える。
生贄であるジャハムを見張っていれば確実に辿り着けるだろう。
「それでいいわけ?」
「仕方ないよ。ボクのためだ。怒られるのも覚悟の上さ」
「コハクがいいならいいけど」
ストーカー紛いのことをすれば、村人に何をされるか分からない。ただでさえ歓迎されていないのだ。耐え難い屈辱を味わうかもしれない。
キテラは琥珀を気遣うが、当の本人はただ微笑んでいた。
「それに、ボクがしなければキテラが一人でするんだろう? もしくはイオかサンだ。どっちにしろ許せることじゃないよ」
琥珀がしたくないと言えば優しい仲間たちが代わりを務めてくれるだろう。でもそれではダメだ。
仲間を悪く言われるのは許せない。それならまだ自分が悪く言われるほうがマシだ。
「考えすぎですわ」
「そうですよ」
「二人とも嘘が下手だよね」
「うっ」
しれっとイオアネスは顔を背け、サンも主人に同意する。
琥珀がジト目になるとサンは胸を押さえてうずくまった。
「嘘だと気付かれてもいいのですもの。本気で嘘を吐く必要もありませんわ」
「イオの変に素直なところ、ボク好きだよ」
反対に腕を組んで開き直るイオアネスに琥珀は思わず苦笑してしまった。
もしもイオアネスが本気で嘘を吐けば琥珀は多分見抜けない。
「えーっと、つまりどういうことなの?」
話題が逸れてきたのでクリスが首を傾げて本題に戻す。
琥珀は顔を引き締めた。全員の命を預かるリーダーとして、この決断には責任がある。
「儀式に乱入する。ジャハムを助けるにはそれしかない」
断言する琥珀に反対者はおらず、全員が重々しく頷いた。




