第四章十九話「ボクたちと一緒に」
「うんー。ここならいいかなー」
勇者パーティを先導していた少女が足を止める。
「君? ここがおうちなの?」
パーティの全員が困惑する中、パーティの代表として琥珀はたずねる。
彼女たちは村の外れに来ていた。周りに家と呼べるものは一つもなく、あるのはせいぜい畑ぐらいだ。収穫が終わったのかワラが積んである。
野宿で使うベッドとしては好条件だ。しかし、家と呼ぶにはあまりにもあんまりである。琥珀は内心嘘であってほしいと祈ってすらいた。
家には本がたくさんあるという話はなんだったのか。
「違うよー。人目につかない場所だけどねー」
「なんでしょう? 雰囲気が」
「二人とも下がるの」
ニタリと笑って振り返る少女。
イオアネスが突然の変化に戸惑い、彼女を守るようにファイティングポーズをとったクリスは一歩前へ出た。
「様子が変だ。いや、化けの皮がはがれたと言ったほうが正しいかな」
「お兄さんどうしたのー? 怖い顔ー」
「確かに子供っぽくはないわね」
剣を抜くサンに対しても少女はクスクスと笑みを絶やさず、キテラもようやく納得した様子で右手を突き出して宙に魔法陣を描き出した。
「ダメですわ三人とも。武器を下ろして」
「できないの」
臨戦体勢、きっかけさえあれば問答無用で襲いかかろうとするクリスたちを、イオアネスは少女との間に体を割り込ませることで妨害する。
両手を広げる障害物にクリスは目を細める。彼女の腕力なら本気を出せば一撃でイオアネスはペチャンコだ。大切な仲間を傷付けるつもりはないが、場合によっては治癒も検討しなければならない。
「わたくしたちを騙そうとするということは何か知っているということです。情報を引き出せるチャンスなんですよ」
「でも」
「皆抑えて」
「コハク」
イオアネスの隣に並んで、やはり琥珀もクリスたちのほうへ向き直る。
「まだ子供だよ? それに何かしてきたとしてもボクたちなら大丈夫。だから、落ち着いて」
穏やかな口調の中に、シャリンと金属のこすれる音が重なる。琥珀が剣を抜いた音だ。
勇者と勇者の一味が睨み合う。実力で言えばクリスたちに分はある。しかし、ぶつかり合えばタダでは済まないだろう。少女を倒すだけの体力は使い果たしてしまう。
「……分かったの」
折れたのはクリスたちだった。
クリスはこぶしを下ろし、ため息を吐いて肩をすくめる。
「コハクが言うなら仕方ないわ」
「でも油断はしないでください」
クリスが戦意喪失したのをキッカケに、キテラとサンもそれぞれ戦闘体勢を解く。
「お姉さんが一番偉いんだねー」
「偉いんじゃないよ。皆がボクを信頼してくれているだけ」
「へえー。そうなんだー」
少女はケラケラと笑っている。多分琥珀の言うことなど聞くつもりがないのだろう。
「それで、君はボクたちを騙してどうするつもりだったんだい?」
琥珀は剣を腰に差しながら振り返り、少女と一対一で向き合った。
「騙すつもりなんてなかったのー。ただ村の外の人だったから気になっただけー」
「気になっただけ? じゃあボクの質問に答えてくれないかな?」
「いいよー」
少女は子供らしく微笑んでいる。だけどなんとなく、違和感のようなものがあった。
琥珀はしこりのように残る違和感に眉をひそめながら、協力する気らしい少女に質問を浴びせる。
「龍神様ってのはなんだい?」
「わたしたちを守ってくれるすごい神様なのー」
「それはアダムよりも?」
「アダムー? 神様は龍神様だけなのー」
この村では珍しくアダムの名前が届いていないらしい。この世界は唯一神教だと思っていた琥珀はわずかに目を丸くした。
「そんなことないの」
「クリス。静かに」
「……はいなの」
アダムに仕えるシスターでもあるクリスが口を挟むが、今その話題を出せば話がこじれると判断した琥珀によって封殺された。
シスターが肩を落とし、宗教にも情報にも疎いサンが琥珀たちから距離を取ってから励まし始めた。
「ボクたちは旅をしてたから龍神様を知らないんだ。どこにいるか教えてくれないかな?」
「いつもは空の上にいるー」
少女の言葉は予想の範疇だった。
「やっぱりかあ。どうしたら会えるか分からない?」
「わかんないー」
「そっか。じゃあ諦めるしかないかな」
少女が首を横に振り、琥珀は困り顔でため息を漏らした。
普段は空の上にいるらしい龍神。神というものは大体天界暮らしだから、会う方法がきっとある。
だけど頼みの綱である少女は情報を持っていない。これでは龍神に話を聞くなど夢のまた夢だ。
「でももしかしたら会えるかもー」
「えっ?」
まさかの言葉が出て来たことにより、落胆していた琥珀たちの注目は少女に集まる。
「どういうことかな? 龍神様は空の上にいるんでしょ?」
「うんー。でも村の人は儀式があるって言ってたー」
「儀式?」
「そー。儀式ー」
少女は楽しそうに笑いながら大きく頷く。
しかし儀式と言われてもまったくイメージが湧かない琥珀は少女の言葉を反芻しながら首を傾げた。
「ねえ。その儀式って何? 詳しく教えてもらえないかしら?」
「キテラ?」
今まで傍観に徹していたキテラが琥珀の隣に並ぶ。
「そうですわね。わたくしも詳しく聞きたいです」
「僕も」
「私もなの」
「どうしたの皆。急に怖い顔になって」
イオアネス、サン、クリスの三名も隣に並び、琥珀と同じように膝を曲げた。
突然話題に入り込んで来た四人の顔は険しくなっている。魔物との戦闘中でもここまで張り詰めた空気にはならないのに。
「そっかコハクは知らないのよね」
「何を?」
四人が知っていて琥珀が知らないことなんてたくさんある。なぜなら琥珀はまだ半年しかこの世界で生活していないからだ。外国に行くだけで常識はいとも簡単に変わるのに、世界が変わればますます話が通じなくなる。
「今から十数年前、まだわたくしたちが物心もついていなかった時の話です」
イオアネスが胸に手を当てながら昔話を開始する。まるで苦虫でも噛み潰したような苦々しい表情で。
「当時王都で騒ぎがあった。僕も詳しいわけじゃないけど」
「人里離れたアタシの元まで噂は届いたわ。王都の虐殺事件」
「ぎゃくさっ――」
サン、キテラの順番で話された内容に、琥珀は声を詰まらせた。
虐殺事件。名前だけでもどれだけ凄惨だったのか容易に想像がつく。
「邪教徒がいたの。魔王を崇拝している異質な宗教があったの」
邪教徒の存在は琥珀もよく知っている。少数ではあるが何度かやり合った経験があるからだ。
「虐殺が起きたのは邪教徒の儀式が原因ですわ。曰く供物が必要だと」
邪教徒とはアダムを崇拝せず、魔王を崇め讃える集団である。
人間のほとんどは知る由もなかったが、魔王であるイブは人間を滅ぼしたいとは思っていない。魂なんかも当然欲しくはない。
だが自ら作り出した大陸に引きこもっている魔王の真意を知る人間はおらず、邪教徒もまた己のイメージにより魔王が求めているものを勝手に決めた。
それが人間の魂。
秘密裏に規模を広げていた邪教徒は王都に集まり、一斉に捧げ物を作っていった。
「じゃあ魔王を喜ばせるためにたくさんの人を殺したの? 儀式と言って?」
「そうなるね。歴史上二番目の戦争だったらしいよ」
琥珀が知る今の邪教徒たちは、かつて王都で暴れた残党だ。
王都での虐殺事件を当時の王が見逃すはずもなく、騎士を総動員して鎮静を図った。
騎士と邪教徒の全面戦争が起こったのだ。国で一番の軍隊と最大規模の犯罪集団の戦争は苛烈を極め、今でも語り継がれている。
「一番はアダムと魔王が直接戦ったとかいうおとぎ話だったわよね? 事実上最大の戦いね」
「おとぎ話じゃないの。ホントにあったの」
「はいはい。クリスはそう言うわよね」
千年前に起こったと言われる人魔大戦。
世界の指導者であるアダムに宣戦布告した魔王軍と全面戦争が起こり、人間側が勝利した。魔王は敗走し、アダムは魔王を倒した功績により神へと昇格したという話だ。
あまりの壮大なスケールの話だ。キテラのように信仰心の薄い人間だとおとぎ話と思っていることも多い。
逆に信仰心が厚く、何なら祈りまで届けられる聖人は当然のように話のすべてを真実として信じている。
「だから儀式と言われると気になってしまいますわ。わたくしたちにとって忌々しいものですから」
睨み続けているクリスの視線を軽く受け流しているキテラは放っておいて、イオアネスが本題に戻す。その目は琥珀たちではなく情報を持っている可能性が高い少女に向けられていた。
「難しいことは分かんないやー」
「大人たちは何と言っていましたか?」
てへーと笑う少女に、イオアネスは間髪入れず質問を浴びせた。
「ジャハム。お前が選ばれた。これは栄誉なことなんだーっていっぱい褒めてくれたのー」
「それは、きな臭いね」
少女の恐らく大人の真似をしているのだろうキリッとした顔でできるだけ低く言った言葉に、サンは顔をしかめた。
栄誉なことに選ばれた。一体何に選ばれたというのか。まさか、生贄だろうか。
「そのジャハムという方はどちらに?」
「何言ってるのー?」
イオアネスのさらなる質問に、少女はコテンと首を傾ける。
「ジャハムはわたしだよー」
「そんなっ」
予想外の言葉に、いや最悪の展開だと予想はしていたが当たって欲しくはなかった、琥珀が息を呑んだ。
つまり、この少女は。
「龍神様と一緒になるからー、お姉さんたちに会えてよかったのー」
何も知らないまま、生贄になろうとしているのか。
少女、いやジャハムが笑顔なのは多分一緒になるから龍神に会えるねとかそんな意味なのだろう。だけど、それは琥珀にとってあまりにも胸を締め付けられる言葉だった。
「ねえ。ジャハム」
「何ー?」
気付けば琥珀の口は勝手に動いていた。
「ボクたちと一緒に旅をしない?」
「えー?」
突然の琥珀の提案にイオアネスたちは目を丸くする。だけど琥珀を止めようとはしなかった。
「この村じゃ分からないことってたくさんあるんだ。夕日の綺麗さやおいしいごはんもいっぱいあるんだよ」
「それは楽しそうだねー」
世界は広い。この村では触れられないものはたくさんある。
海、村の特産品、魔物に困る優しい人たち。
この塀の中では見つけられないものは、きっとどれも魅力的なはずだ。
「でもー、わたしがいないとみんなが悲しむんだー。それはできないやー」
ジャハムはちょっと残念そうに肩を落として首を横に振った。
「そっか。じゃあ今日は帰るね。ありがとう。話を聞かせてくれて」
きっとそういう教育がなされているのだろう。生贄が勝手に逃げ出さないよう言い聞かせているに違いない。ヘドが出る。
まだ思いつきに近いので今回は大人しく引き下がった。
「絶対に君を助け出してみせるから」
確固たる信念を胸に。
勇者は頑固者。一度決めたことは意地でも叶えるのだ。




