第四章十八話「歓迎」
「誰だあれは」
ひそひそ声が聞こえてくる。
「あんな奴いたか……?」
「まさかよそ者?」
「龍神様に見つかる前に早く出て行ってもらえないかしら」
無事村に侵入した琥珀たちは堂々と村を歩いている。そんな彼女たちを遠巻きに観察し、嫌悪の表情を浮かべているのは村人たちだ。
「……歓迎されてないね」
今まで歓迎されることはあっても忌避されることはなかった琥珀は、周りの村人の様子を見渡して呟く。
「そりゃあね。門番の話は聞いていたでしょ?」
「龍神様が守ってくれる。その代わりによそ者は入れないって話だよね」
キテラは村人の嫌悪に晒されている状況でもケロリとしていた。
よそ者を拒む代わりに平和を約束していたという龍神。
自分たちの安全を守ってくれるのだ。村人も龍神と同じようによそ者を嫌うのも無理はない。
「でも変なの」
「変?」
「他の村と交流を絶って生活できるはずがありませんわ」
クリスはあごに手を置いて考え込み、イオアネスは村人の視線をどこ吹く風と受け流していた。
「物資はもちろん人材だって一つの村では賄えない。きっとまったくの秘境ってわけじゃないはずだ」
「そうなの?」
「現に村の人たちはわたくしたちを遠巻きに囲むばかりで追い出そうと動く人はいませんわ」
そういえば村に入るときも門があった。交流を完全に絶つのなら、門ではなく壁になっているはずである。
出て行ってほしいと囁く声はまだ聞こえてくる。きっとわざと聞こえるように言っているのだろう。
だけど村人は遠巻きで観察するだけで、実際に追い出そうとする人はいない。せいぜいが今のようにネチネチと言葉を飛ばしてくるぐらいだ。
「それはボクたちが武器を持っているからじゃないかな?」
「まあ得体の知れない奴に守ってもらってるんだから力はないわよね」
キテラは直接手を出してこようとしない村人たちを鼻で笑う。これならまだ勇者の剣を盗む村のほうが気概があって面白い。いや迷惑なので二度とされたくはないが。
「得体が知れないなんてことはないの。信仰はいいことなの」
「クリスの知ってる神じゃないのよ?」
「そう言われてみれば、この村の人は異教徒なの。邪教徒と一緒なの」
「さすがにそれは違うと思うよ」
龍神に守られているがゆえによそ者を忌避する村人たちと、儀式と称して人の命を奪う邪教徒を一緒にするのはどうかと思う。
クリスの過激な評価に、邪教徒とも何度かやり合った琥珀たちは全員苦笑した。
「ところでキテラ」
「何? 初めての視線に戸惑う勇者様?」
「もうっ! イジワルなんだから!」
キテラがニヤリと笑い、琥珀は両手を上下に振って不満を露わにする。
確かに嫌悪の視線に慣れていないから居心地が悪いけど、だからって茶化していいわけではない。
「はいはい。それで? 何が聞きたいの?」
「龍神様を探すんだよね?」
「ええ。貴重な手がかりだもの」
「どうやって探すの?」
「えっ」
琥珀の純粋な疑問に、キテラの足が止まった。
「見たところそれらしいものはないよね? 村人さんたちも協力してくれそうになさそうだし」
「話を聞いて回るというわけにはいきませんわね」
周りを見てから話す琥珀にイオアネスも助力する。
見た目的には普通の村だ。大きな神社や教会があるわけでもないし、村人が特別裕福にしている様子もない。琥珀たちが鍛え上げた村と大きな違いがあるわけでもない。
部外者である琥珀たちが見て回っても大した情報は得られないだろう。なら人に聞いて回るしかないのだが、どう考えても協力してくれるとは思えない。
「ついでに言っておくけどあの魔法は使ってほしくないからね?」
追撃とばかりに琥珀は笑顔で門番が無理やり命令を効くようにした魔法の使用を禁止した。
「キテラ、どうするのですか?」
「む、うぅ。どうしよう」
「やっぱり。考えなしだったんだね」
八方塞がりとなったキテラは頭を抱えて唸り声をあげる。魔法を封じられてしまうと魔法使いは何もできない。
琥珀はため息を吐いて、一人で突っ走った末路に立つキテラに呆れた。
「どうするの? 龍神が守護神だから暴れるの? 多分出てくると思うの」
「アダム様と同格以上の相手と正面から戦うのは無謀だよ」
クリスの言う通り、村人に危害を加えれば守護神として村人が出てくる可能性はある。
しかし仮にも神と呼ばれる存在。しかも魔王より強いかもしれないのだ。ただ情報が欲しいからという理由で敵対するにはあまりにも格の差がありすぎる。
「じゃあどうするの?」
「手はないんだよ。ね、キテラ」
「うるっさい! サンのくせに生意気なのよ!」
「どうして僕だけ!?」
琥珀やイオアネスと同じ言葉を繰り返しただけでキテラに怒鳴られて、サンは仰け反りながら目を丸くした。
「無難なのは村長の家ですわね」
「そうだね。協力してくれるか分からないけど」
村長なら多少なりとも情報を持っているだろう。もしかしたら一発で確信に触れられるかもしれない。
村を守らなければならない立場の村長が、簡単に協力してくれるとは思えないが。
「大丈夫ですわ。何せ剣を持った人間が二人と魔法使いが一人いるんですもの」
「脅すつもり? ダメだよ」
「そんなつもりはありませんわ。向こうがどう考えるかは知りませんが」
性根から善人である琥珀は脅そうとする考えに難色を示す。
だがイオアネスはあくまでも向こうの勘違いだと何でもない顔で言い放った。
「剣を持っている時点で脅しみたいなものだよ。諦めないと」
「うぅ」
サンに肩をすくめられ、あまりにも正論だったので琥珀は唸る。
「手放す、なんて言わないでくださいね? また盗難騒ぎは面倒ですわ」
「うぅう」
「さすがにいじめ過ぎましたかね」
じゃあこんなもの捨てると琥珀が口に出す前にイオアネスは先手を打つ。
反論を奪われた琥珀はさらに唸り、イオアネスは肩をすくめながら微笑んだ。
「サン、キテラとクリスと一緒に村を細かく調べてください」
「目的はもちろん龍神の捜索ですね?」
「はい。教会のようなものがあるかもしれません。それを全力で探してください」
「かしこまりました」
イオアネスの指示に、サンは胸に手を当てた敬礼を返す。
「コハクはわたくしと一緒に行きましょう。二人だけなら剣を持っていても護衛として見てもらえるはず。脅しとしての効果も薄いでしょう」
護衛として機能させるためにはイオアネスの正体を明かす必要がある。別に隠すつもりもないが、王女という立場は面倒ごとも多く連れてくる。琥珀を護衛だと言えば剣を所持している理由も同時に納得してくれるだろう。
「イオと二人……?」
「何か?」
「ううん何も。交渉は任せてもいいよね?」
琥珀の顔が一瞬だけ強張る。けれどキテラの責めるような視線を感じ、琥珀は首を横に振った。
気にしない、普段通りの態度を取ると約束したばかりだ。例え二人きりになったとしても変な距離は取らないように気をつけなければならない。
「もちろんですわ。というかコハクに任せたらお話になりませんもの」
「どういう意味かなそれは」
暗に交渉の才能がないと言われた琥珀はニコリとした笑顔で額に青筋を走らせる。
「おねえちゃんたちなにしてるのー?」
話がまとまり、行動に移そうとした琥珀たち一行。
その足を止めたのは、声変わりする前の質問だった。
「えっクリス?」
「私じゃないの。というかどう聞いても子供だったの。コハクはバカにしてるの?」
「違うって。じゃあ誰?」
琥珀が反射的にクリスを見ると、シスターは明らかな不満顔で勇者を睨み返す。猛禽類のような鋭い視線に琥珀は苦笑しながら目を逸らさなくなった。熊とかと同じで目を離した瞬間に襲い掛かられるだろうと感じたからだ。
「ねーえー。なんでむしするのー?」
不本意にクリスと睨み合っていると袖を引っ張られた。
琥珀は意識の九割をクリスに向けたまま、けれでも確認しないわけにはいかないので袖を引っ張ってきた正体を確認する。
「……子供?」
袖を引っ張った正体は小さな影だった。決して大柄ではない琥珀の腰ほどしか背丈がない。
黒髪の少女だ。艶のある髪は手入れが行き届いているとよく分かる。大切にされているのだろう。
「無邪気ゆえの警戒心のなさ、ですわね」
イオアネスが腕を組んで、大人とは違う行動をする子供に呆れる。
周りに視線を配るが少女の親と思しき人間はいない。ヒソヒソ声が大きくなるだけだ。親の目が離れたところで忌避されるよそ者に接触されているのだから、親としては気が気ではないはずなのだが、どうやら助けようとする者はいないらしい。
「ねーえぇー」
「コハク、聞かれてるわよ」
袖をぐいぐいと引っ張る少女に、キテラが鬱陶しそうに目を細めた。
「キテラが答えてもいいんだよ?」
「無理よ。アタシ子供嫌いだし」
「僕もダメかな。怖がらせたら悪いし」
「二人とも、肝心なときに使えないね」
キテラとサンが一緒に首を振り、琥珀はもうっとため息を吐いた。
「お姉ちゃんたちはね。龍神様について調べてるんだよ」
「りゅーじんさまー?」
「うん。知ってることがあったら教えてくれないかな?」
琥珀は膝を曲げて少女と目線の高さを合わせて、子供用に柔らかな口調で首を傾げる。
そういうことをするから他人の初恋をことごとく奪うんだろうが。という声が聞こえた気がした。
「うーん。よくわかんないー」
「そっか。じゃあ龍神様がいそうな場所って」
「でもおうちかえればわかるかもー」
初めから答えを期待していなかった琥珀は別の質問をしようとした。しかし、少女が言葉をかぶせることで中断させられる。
「おうち?」
「うんー! いろんなほんがおいてあるんだー」
「それはいい提案ですわ」
少女の言葉に、腕を組んだままのイオアネスが頷いた。
「そうなんだ。じゃあお姉ちゃんたちも本を読みたいな」
「いいよー。こっちー」
琥珀は微笑みを浮かべたままイオアネスの言葉に頷き、少女に案内を頼む。
クリス一人だけは少女に対して険しい顔を浮かべていた。




