第四章十七話「通行止め」
「通行止め?」
琥珀ははてと首を傾げる。
勇者御一行は野宿を何度か繰り返し、新たな村と思しき場所に到着した。
村だと断言できないのは背丈の十倍はありそうなとてつもなく大きな門が閉ざされていたからだ。さらに何かを囲うようにして同じ高さの壁が横へ伸びており、果てを見ようにも途中で霞んでいた。
門の前にはフルフェイスの門番が一人、ピリピリと緊迫感ある様子で立っているのみ。通行止めと説明されたのは門番からだった。
「どういうことよ。アタシたちはこの先に用があるんですけど」
王都に立ち寄る族ではないのだ。まさか村への立ち入りを断られるとは思っていなかったキテラの声音には苛立ちが混ざっている。
「目的はこの村じゃないだろう。迂回していくんだな」
「アンタ、なかなか度胸が据わってるじゃない」
「待って落ち着いて。キテラは洒落にならないから」
ほとんど傷のない新品の鎧を着ているくせに、とキテラがこぶしを振り上げる。
琥珀は慌ててキテラを羽交い締めし、彼女の攻撃を止める。彼女が本気を出せば石でできた立派な門も数分で瓦礫の山だ。
「そうなの。代わりに私が」
「いやクリスもダメだから」
我こそはと手を上げるクリスを、今度はサンが羽交い締めして動きを封じた。
「今まで旅をしてきて通行止めということはありませんでしたわ。何か事情でもあるのでしょうか?」
「そうだね。例えば土砂で道が塞がっているとか。困ってるならボクたちも手伝いますよ」
唯一手が空いているイオアネスとキテラを羽交い絞めしたままの琥珀が揃って相手を心配したような表情を浮かべる。
「違う。お前らには関係のない話だ」
「そうなのですか? ではなぜ?」
「答える理由がない」
毅然とした態度で門番の男は言い放った。
「どきなさいコハク、イオアネス。コイツは痛い目に合わせないと分かんないわよ」
「さすがにダメだよ。気持ちは分からないでもないけど」
とうとうキテラの頭上に真紅の魔法陣が浮かび上がる。琥珀は慌てて腰の剣を抜き、頭上にある魔法陣を砂浜に書いた落書きを消すようにかき回した。
「行きましょうコハク」
「イオ?」
静かな声音に不穏な気配を感じて、琥珀が首を傾げる。
意図せずその場にいる全員の注意を集めたイオアネスは、門番の横を堂々と通り抜けた。
「おい待てと言っているだろうが!」
イオアネスの予想外の行動に、門番は声を荒げる。
「理由もなしに止められると? わたくしはイオアネス。エドワード王の妹ですわ」
「姫君!? どうしてここに」
「旅だと言ったでしょう?」
先ほどとは別の理由で門番が声を荒げるが、問題のイオアネスは涼しい顔で言い放つ。
「先も言いましたが、あえてもう一度たずねます。どうしてわたくしたちはこの先に進んではならぬのでしょうか」
「それは……」
明確に立場が違うと教えたうえで、イオアネスは問い直す。しかし人間で二番目に偉い立場のイオアネスに問いただされても門番は首を縦に振らなかった。
「どいてください。話になりません」
「分かりました。お伝えします。だからこれ以上進まないでください」
しびれを切らしたイオアネスが止めていた足をさらに前へ進めると、とうとう観念した門番が彼女の前に回り込んで頭を下げた。
「しょうがないですね」
門番から求めていた言葉を引き出したイオアネスは言葉は仕方なく、けれども表情はしてやったりと語っていた。
「ときどきイオが怖くなるよ」
イオアネスと門番のやり取りを眺めていた琥珀は思わず本音をこぼした。
イオアネスが味方のはずなのに門番のほうに同情してしまう。心優しい琥珀からすれば命令と権力の間で揺れ動かされる門番は哀れでならなかった。
「イオアネス様はまだお優しいほうですよ。エドワード様はもっと凄いですから」
「あー、なんとなく予想ができるような」
エドワードならきっと、余の道を防ぐとは不敬であるとか言って部下に首を刎ねるよう命令するかもしれない。まだ命があるだけ門番はマシなのだ。いや余計と同情してしまう。
「王族ってとんでもない奴しかいないわけ?」
「逆に言えばとんでもない人しか王族は務まらないってことなの」
旅に同行するまで王族と顔を合わせたこともなかったキテラとクリスは本気で引いたような顔になっている。
「ボクその王族に求婚されてるんだけど」
「コハクはまともじゃないから大丈夫なの」
「ちょっとクリス? どういうことかな?」
ボクがまともじゃないって。ははは。何を言ってるんだ。
とても聞き流せない言葉が聞こえてきたので、琥珀は笑顔で額に青筋を浮かべた。
「聞こえてますよ」
「なんでもないよ」
「だから聞こえてるって言ってるんですが。まあいいですわ」
イオアネスの冷たい声に琥珀は即答する。門番と向き合っている今イオアネスの表情は伺えないのに、彼女がどんな顔をしているのか雰囲気から読み取れた。
「それで、どんな事情があるのですか?」
「この先にある村は、龍神様を奉っています」
「龍神様?」
聞いたことのない単語に、琥珀パーティは揃って首を傾げた。
「アダム様とは違うの?」
「アダム様は魔物から助けてくれないだろう?」
「そんなことないの」
何度もアダムの威光を借りているクリスは、即答で門番の言葉を否定した。
「そうですね。一部の例外を除けばアダム様は傍観に徹しています」
イオアネスは一般論の話ですとクリスにアイコンタクトを送り、門番の言葉に表面上は同意した。
クリスに一瞬だけ睨まれてしまったが、彼女だって情報を聞き出さなければいけない状況は理解している。仕方なくと言った様子で反論を呑み込んでいた。
「だが、龍神様は違う」
誰だか知らんがアダム様より優れているわけないだろうという視線がシスターから発せられるが、勇者パーティは誰も気付いていないフリをした。
「龍神様はこの村を守ってくれる。おかげで魔物の心配もなく平和に暮らしていけるんだ」
「そんな言い伝えがあるのですか。知らなかったです」
イオアネスは初めての情報に口を開いて感心していた。
王宮まで名前が広まっていないのだから、大した神ではないのだろう。そもそもこの世界はアダムによる一神教だ。例外は魔王ぐらいなものだが、それでも神と呼ばれることはない。
魔王以上、アダム以下。そのような存在がイオアネスの耳に届かないわけがないのだが。
「でもどうして僕たちが村に入ってはいけないのですか?」
話を聞く状況となり、いつの間にか暴れなくなったクリスを放していたサンが首を傾げた。
「龍神様の指示です」
門番の言葉に、勇者パーティの頭にハテナマークが浮かんだ。
「龍神様は村人が外に出ることとよそ者が入ってくることを嫌います」
「それで通行止めってわけね」
キテラがポンと手を叩いて一人納得したように頷いた。
龍神は村を守っているらしい。だがしかし、龍神には嫌いなものがある。
ならば交渉という名の脅迫をすればいい。龍神が出した条件で言えば、村を守る代わりに人が流れることをやめろと言った具合だ。力関係がはっきりしている以上、龍神の命令には逆らえない。
「いくら姫君でもこの先を通すわけにはいきません。お引き取りください」
「だそうです。どうしますかコハク」
門番の裏にある事情を察したイオアネスは、パーティのリーダーに判断を求める。
「ううーん。龍神様ってのは気になるし閉ざされた村のグルメも気になるんだけど」
琥珀はあごに手を置いて考え込んでいた。
琥珀としては色々と気になるところはある。特産品はもちろん村人たちが困っていないかとか魔物の脅威は本当に問題ないのかなど。
「……今回はやめようか。色々と問題になりそうだし」
だけど龍神が守ってくれるのなら多分大丈夫だろう。アダムみたいに性格が悪かったら最悪だけど、村の守護神の性格が悪いとは考えられなかった。
「待って」
じゃあ迂回しようかという雰囲気を、珍しく好奇心が全身から溢れているキテラがぶち壊した。
「ねえ門番。アンタの話だと龍神様ってのはずっと村を守っているのよね?」
「はい」
「じゃあ不老不死の可能性が高いってわけね」
キテラは一人で納得し、満足そうに頷いている。
門番はもちろん仲間である琥珀たちもキテラがなぜ喜んでいるのか理解できず、首をひねっていた。
「どういうことなの?」
「不老不死の魔法は存在しない。あらゆる生物は死から逃れられないからよ」
その場を代表して琥珀がたずねると、キテラは人差し指を立てて説明を始めてくれた。
「でも例外が存在する。アダムをはじめとした人ならざる者たちよ」
「確かにアダム様は千年は祀られているはずなの」
キテラの言葉に補足するように、この場で一番アダムに詳しいクリスは頷いてみせた。
「アダムを見れば分かる通り、不老不死を手にしている連中は大体尋常じゃないわ。神に等しい力を持っていると言っても過言じゃない」
「だから?」
「世界を渡る方法を知っているかもしれない」
「――っ」
それは、琥珀がもっとも求めている情報だ。
考えてみれば当然ではある。アダムと同格なのだから、アダムに可能なことを知っていたとしても不思議ではない。琥珀が帰るための手がかりについても何か情報を持っているかもしれない。
「村に入る入らないはどうでもいいけど、龍神とやらには話を聞くべきだと思うわ」
「ダメだ。それは許可できない」
再び、今度は違う理由で門を押し開こうとするキテラの前に門番が立ち塞がった。
門番からすれば村の存続にかかわることだ。簡単に説得に応じてくれるとは思えない。
「いいえ。アンタはそこをどいてくれるはずよ?」
キテラがとても悪人面の笑みを浮かべ、指先を門番の目前に突き出す。
キテラの指先を基点にして真っ赤な魔法陣が宙に浮かび上がった。
「――ハイ。ワカリマシタ」
魔法陣が真紅に光ると門番は焦点の定まっていない目で呟き、ゆっくりと門を開け始めた。
「ちょっとキテラ。何したの?」
どう見ても普通ではない様子の門番をして、琥珀は紅蓮の魔法使いのマントを引っ張る。
「話をするための魔法よ。さ、行きましょ」
キテラはケラケラと笑いながら軽く答え、門番が開けてくれた門を潜り抜ける。
キテラが使った魔法はごく単純なものだ。相手の正気を奪い操り人形にする。他人を好き勝手出来るからと禁術指定された魔法である。
「さすがにどうかと思うな」
「うるさいわよサン。これはコハクのためなんだから、仕方なくよ仕方なく」
魔法に対する知識だけは、それも禁術指定される凶悪な類だ、イオアネスよりも詳しいサンが呆れたように肩をすくめる。
キテラは余計なことを口走るなよと軽く殺気を込めてからサンを睨む。それからまた歩き出した彼女の足取りは旅の道中でもそう見ないぐらい軽やかだった。




