第四章十四話「お人好し」
「うん。この調子ならすぐに旅が再開できそうだ」
三人の教育をこっそり見て回った琥珀は、満足だとばかりに頷いて一人村の外へ出た。
腰には村長から返してもらった剣を差している。見るのも嫌なはずなのに、なければないで不安になるのだから本当に困ったものだ。これもアダムの策略だとしたら、気に入らないけどよい考えと言うほかない。
「コハク。ここにいたのですか」
村の外を一人で歩いていると、軽やかに走ってきたイオアネスに追いつかれた。
ちょっと予想外だったけど琥珀は落ち着いて深呼吸し、イオアネスに悟られないように微笑みながら振り返った。
「イオ。勉強会はもういいの?」
「わたくしがお教えできることはないですから。それに、コハクだけ別の仕事をするつもりでしょう?」
「何のことかな?」
見事に図星をつかれた琥珀は口の端がひくっと震わせる。
「とぼけないでほしいですわ。周囲の魔物を根こそぎ倒すつもりでしょう?」
イオアネスの顔を見る。彼女は確信を得たような表情になっていた。同時にどこか呆れたような顔にもなっている。
確かに周囲の魔物を一人で倒していこうとすれば呆れられるのも分かる。なぜならそんなことは不可能だからだ。
「どうやってさ。魔物は現象なんだよ? 簡単に集められるものじゃないんだ」
魔物は空気中に溶けた魔力、通称魔素と呼ばれるものが集まることで誕生する。
時間と魔素の濃度が濃くなることで初めて魔物が誕生するという性質上、人間が制御できるものではないし根絶やしにすることもできない。
だからイオアネスの言っていることも可能ではない。琥珀が考えていることを正確に予想していなければの話だが。
「魔物は魔力に引き寄せられる性質がありますわ。つまり魔力の高い人間の元に集まりやすい」
「そうだね」
琥珀は頷く。旅の道中一番最初に教えてもらったことだ。
だから勇者は魔物を引き付けやすい。魔王を倒すための道中も危険な旅であると。
「この村で一番の魔力はキテラですが、彼女は勉強に集中している。サンやクリスもいるでしょうから村に魔物が来ても問題はないでしょう」
「うん。皆ボクの頼れる仲間だからね」
「ではどうしてコハクはその頼れる仲間がいる村から離れようとしているのですか?」
イオアネスは責めるような目で琥珀を見ていた。
小さな村は今万全の守りを築いている。勇者パーティが滞在するというのは場合によっては騎士団よりも強固な盾となるからだ。
当然琥珀が離れれば強固な盾は揺らいでしまう。琥珀たちはそもそも数が少ない。少数精鋭と言えば聞こえはいいが、一人でも欠ければ守りが貧弱になる弱点だらけな盾でもあった。
「急用を思い出したんだよ」
イオアネスの視線から逃れるように、琥珀は顔を背けた。
言い訳としてはあまりにも心もとない。しかし本心を答えることもできない。
もし話をすれば止められると理解しているからだ。これからしようとしているのはイオアネスの予想通りであり、彼女を巻き込むにはあまりにも危険すぎる。
「その急用を言い当てましょうか? 村から離れた位置で魔力を放出し、釣り餌になるつもりですわね?」
「だから魔物を倒すつもりだって言いたいの?」
「違うのですか?」
イオアネスはきょとんとした顔で、それこそ自分は間違っていないと確信したような顔で首を傾げる。
「……はぁ。違わないよ。やっぱりイオに隠し事は通じないね」
「当然です」
観念した琥珀は肩をすくめ、降参した。
魔物を絶滅することは不可能だ。しかし、既に誕生している魔物を集めることぐらいは簡単にできる。
例えば勇者のように魔力量が多い人間なら、魔物の好物である魔力を放出するだけで引き寄せられるのだから。
琥珀も魔物を引き付ける囮となり、ここら一帯の魔物をまとめて倒すつもりでいる。
「村の人たちを強くしたからと言って、それだけで解決するとは限らない。あの洞窟みたいに強い魔物が群れでいればすぐに元通りになる」
いくら頼れる仲間が鍛え上げたとしても、村人たちではオークには敵わない。あくまでもゴブリン程度の魔物から自力で守るために戦う術を教えているからだ。少なくとも琥珀はそう考えていた。
強敵を前にしたとき、敵わないと逃げ出して再び怯えるだけの生活に戻るのでは意味がない。しかし戦って無駄死にしろと言うつもりもない。
「だからある程度は駆除しないといけない。時間稼ぎにもなるからね。ボクにできるのはこれぐらいだし」
村の人には任せられない。でもキテラやサン、クリスには村人を鍛えるという大切な仕事がある。皆に頼むことはできない。何より、魔物を集めるということはそれだけでも危険なのだ。死ぬかもしれない苛烈な戦場に大切な友人を送り込むような真似はしたくない。
だから琥珀は、一人で戦うために村から出ようとしたのだ。
「コハクはお人好しですわ」
「そうなのかな? 自分じゃ分からないや」
琥珀は困ったように笑う。
ただしなければならないことをするだけなのに、お人好しと言われても自覚はできない。
「お人好しです。大切な剣を盗まれても怒るどころか皆に協力して、挙句の果てには一人で全部解決しようだなんて」
「解決にはならないよ。魔物の根絶は不可能なんだから」
「それでも付近の魔物を倒せばしばらく平和になりますわ。少なくとも村人だけで対処できる程度には」
「そうなるといいね」
再び琥珀は笑顔になる。今度はただ祈る少女のようないつ壊れてもおかしくないような儚さの笑みだ。
近隣の魔物を倒しても効果は薄い。魔物は自然発生するため、絶滅は不可能だからだ。仮に今日全滅させたとしても明日には魔物が生まれる可能性がある。
いくら魔素の密度が下がった影響で弱い魔物しか出てこなかったとしても、琥珀としては力不足を感じてしまう。
「まったく。怖いですわ」
「えっ何が?」
何か怖いことあったっけ、と琥珀は首を傾げてしまう。村人と違い今さら魔物に恐怖するわけでもないだろうに。
「このままだとコハクが遠い人になってしまいそうで。いつの間にか手の届かない場所に行ってしまいそうで怖いのですわ」
「あはっ何それ。大丈夫だよ。ボクはいつだってイオのそばにいるから」
「そう言って安心させようとしても無駄ですわ。わたくし知っているんですからね?」
「えっ何かしたっけ?」
理由は分からないけどイオアネスが説教モードになっていると気付いて、琥珀の表情はわずかに強張った。
「村に立ち寄るたびにご飯を食べようとする理由。少しでも多くその村が儲かるようにと考えての行動でしょう?」
「あっあはは。恥ずかしいな」
琥珀は頭の後ろで手を組んで、頬をわずかに赤くする。
意図がないとは言わない。いつか気付かれると思っていたし、イオアネスがキテラをよく諫めてくれるのも気付かれていると思っていたからだ。もちろん、腹の虫も激しく要求しているからではあるけれど。
「夜中に一人で抜け出して、魔物と何度も戦っていることも」
「うっ」
今度は気付かれないようにしていたことだったので琥珀の顔が引きつる。
確かに訪れる村が平和であるようにと必要以上に魔物を倒したことは何度かある。野宿しているときも安全を確保するために同じく一人で剣を振るった夜もある。
内緒にしておこうと思っていたのに、イオアネスには気付かれていたようだ。
「わたくしたちを立てるためにあえて魔物の注意を惹くことに集中していることも。いざとなったら守れるようにと常に目を光らせていることも。すべて知っているのですわ」
「……そんなことないよ?」
「嘘が下手なのは相変わらずで安心しますわ。それすら上手だったらわたくしの手は本当に届かなくなりますから」
目を泳がせながら琥珀は否定する。しかしイオアネスには呆れた様子ですぐに勇者の言葉が嘘であると見抜かれてしまった。
一人で夜中にも戦っていれば、自然と琥珀とそれ以外の四人に実力差が生じてしまう。琥珀はそれを悟られないようにあえて前線で魔物の注意をひいていた。トドメのほとんどを味方に任せていたのも同じ理由だ。
しかし目敏いイオアネスにはそれすらも勘付かれていたらしい。つくづく隠し事が通用しないお姫様である。
「コハク」
「何?」
「わたくしも行きます」
「言うと思ったよ。皆はいいの?」
村を守るのも立派な仕事だ。今は皆勉強に集中しているだろうから反応も遅れるだろう。すぐに動ける人間がいたほうがいい。というか一緒に来てイオアネスまで危ない目にあわせたくない。
「そっくりそのまま返しますわ。そしてその答えも一緒のはずです」
「頼れるんだから任せておけば大丈夫、ね。分かったよ。一緒に行こう」
「はい。よろしくお願いしますわ」
ぺこりと頭を下げるイオアネスに、琥珀は頬をかいてしまう。
乗せられた気がする。まあ、イオは頑固者だからダメって言ってもこっそりついてくるんだろうけど。それなら最初から横にいてくれたほうが守りやすいか。
「今回はボクは助けられないからね。危ないと思ったらすぐ逃げるんだよ」
「その言葉そっくりそのままお返ししますわ」
琥珀が言い聞かせるように指をさすと、イオアネスはしれっとした顔でロングスカートをたくし上げて真っ白な太もものホルスターからナイフを取り出す。
「ボクは逃げられないよ。魔力があるから、どうしても引き付けちゃう」
「じゃあアタシが村にいても同じじゃない」
「大丈夫だよキテラの影響が出ないぐらい離れるつも、り……」
琥珀の言葉はどんどんと力がなくなっていった。その視線は一点を見ており、口はあんぐりと開かれている。
「どうしたのコハク。まるでここにいるはずのない人間に遭遇したみたいな顔になってるわよ?」
琥珀の視線の先には、ニヤニヤと悪戯っぽく笑う紅蓮の魔法使いがいた。
「なっどうしてキテラが!? 村にいたはずなのに」
この場にキテラがいるわけがない。いていいはずがない。
なぜならキテラは村で魔法について教えているはずだからだ。つい先ほど確認したばかりなのだから、先回りされているはずがないのに。
「そんなの決まってるの」
「一人で勝手に頑張ろうとしている仲間の手伝いをするためだよ」
「クリス、サンまでいるの? あっまさかイオ」
「誰もわたくし一人とは言ってませんわ。早とちりしたコハクが悪いのです」
勇者パーティが全員集合してしまったことに驚いた琥珀が唯一事情を知っているイオアネスを睨む。裏で手を回したであろうお姫様はツーンとした顔でしれっと言い切った。
「くっ。分かったよ。村の戦力がないのはさすがに心配だ。すぐに片付けるよ」
守りの戦力が必要だと考えていたから一人で村から出たのに、今度は逆に村が危険だ。でも帰れと言っても絶対にこの四人は聞いてくれないと理解している琥珀は、諦めて歩き出す。
付近の魔物をおびき寄せる釣り餌になる。防衛能力のない村のために早く目的を達成しなければならない。
「かしこまりました」
「りょーかい」
「はいなの」
「お任せください。コハクの出番はなくしますわ」
サン、キテラ、クリス、イオアネスの順番でリーダーの指示に頷く。
この日の晩以降、しばらくの間小さな村に魔物が姿を見せることはなかった。




