第四章十三話「強くなってもらいます」
「というわけで、あなたたちにはこれから魔物には負けないぐらい強くなってもらいます」
村で唯一の広場に村人全員を体育座りさせ、琥珀は腕を組んでいた。
やはりというか、琥珀の剣を盗んだのは村の総意だったようだ。勇者の名前を出して呼びつけるとすぐに招集できた。
今は代表者として琥珀が前に出ており、一歩引いた位置で眉間にしわを作っているキテラを含めた四人が控えていた。
「あの、勇者様」
「ボクのことは先生と呼ぶように」
「先生様」
「様は付けない」
勇者様という呼び名が気に入らない琥珀は譲らない。そして彼女の頑固さは間違いなく人類一だ。
「先生。どうしてワシらが強くならねばならぬのだ?」
数度のやり取りで琥珀の頑固さを理解してしまった村人の一人、小柄な琥珀とは比べ物にならないぐらい体格の良い男が手をあげる。
多分この男が村一番の力持ちなのだろう。ゴブリンを倒せと依頼してきた村人の中にもいた気がする。対魔物においては村で一番の権力があるのかもしれない。
「あなたたちはボクの剣を盗みました」
「うっ」
「でもボクは怒っていません。それどころか納得しました。魔物にも勝てないような人たちはそういうことするのかと」
琥珀としては素直に感心しているだけなのだが、村人たちの顔は段々と沈んだ顔になっていく。
ただでさえ自分たちが犯した罪の被害者の言葉は刺さるのに、琥珀は納得したうえで罪を羅列している。
村人たちにとってこれほど辛いことはそうないだろう。
「それは、勇者様と違って」
「先生、でしょ?」
言い訳をしようとする村人の一人に、琥珀はニコニコしながら訂正を求める。
「……先生と違ってワシらは弱い。魔物一匹倒すのにも苦労するぐらいに」
「はいそうです。確かにボクらと比べればあなたたちは圧倒的に弱い。でもだからといって諦めるようではいけないんです。また盗みを働いたら別の誰かが困ってしまう」
殺すつもりはない。しかし更生しなかった可能性について考えていないわけでもなかった。
むしろ琥珀は庇った立場として、より再犯を防がなくてはと燃えている。
「だからワシらはもう盗みを」
「ダメです。信用できません」
即答され、村人たちは反論を失って黙り込んだ。
「ボクの仲間の一人はあなたたちに裁きを下すべきだと言っていました。もしも今ここでボクが見逃せばきっと火の雨が降ることでしょう」
「そんなっ」
「だから強くなってもらうしかないのです。自分たちで魔物を倒せるぐらいに」
琥珀がチラッとキテラを見ると、紅蓮の魔法使いはフンッと顔を背けた。
「でもどうやって強くなれと言うのですか。町は遠く武器もない。この村には兵士もいないんですよ」
村人の中から出てきた疑問に、村人たちはしきりに頷く。
誰だって自衛を考えなかったわけではないだろう。村の運営に、ひいては自分たちの安全に関わってくるのだ。ほとんどの人間は守られたいと考える。
しかし守ってくれる人はいない。人が集まり騎士団を所有している町は遠く、歩いて向かえば三日はかかる。
ならば自分たちが戦えばと思案するがそれもうまくいかない。小さな村では物資に乏しく武器の入手は困難だ。自分たちで作ろうにもほとんど村から出た経験がない村人たちでは満足いく武器は作れない。
「分かっています。というか、それだと剣だけ盗んでも意味ないですよね?」
「それは……」
琥珀の素朴な疑問に、村人たちは黙り込んだ。図星だったからだ。
「兵士ならボクたちがいます。得意ではないですけど武器の基礎的な作り方も教えましょう。後は皆さんのやる気次第です」
琥珀は村人全員の顔を見渡して、言う。
「罪を悔い改めるというのなら、ボクたちの教えを全力で覚えてください」
断るなんて許さないという意思を持つ、確固たる覚悟を。
「魔法の基礎を学ぶ必要はないわ。大事なのは紋様を覚えることと効果を理解すること。そうすれば多少は応用が利かせられるはずだから」
村長の家の一室を借り、キテラは赤い魔法陣の描かれた羊皮紙を広げていた。
「はい!」
キテラが指先で空中に描く魔法陣をキラキラとした目で観察しながら、少年は羊皮紙にペンを走らせる。
琥珀が思いついた村人皆強くなろう計画。キテラの相手は彼女の半分しか生きていない子供が数人だった。
「子供で助かったわ。柔軟な思考は何よりも大切なものだから」
村長の家に集められた子供は皆、魔法を使う程度には魔力を有している。キテラ自ら選定したのだ。狂いはない。
ちなみに魔力を持っていたのは子供だけではなく、何人かの大人も魔力を持っていた。しかし、 魔法は使えても魔法陣の構築は先入観を持たないまっさらな頭、例えるなら子供の頭脳、のほうがすんなりと習得できるだろうと判断した。だからキテラは急遽教師の真似事をしているのだ。年下好きとかそういう意味ではない。そもそも年上の方が好きだし。
キテラは勝手に思考を走らせて、勝手に自爆して顔を真っ赤にした。
ちなみに大人たちは前線に出る役目を担っている。そのため勉強よりも訓練に参加させるべきだと琥珀とサンが決めた。琥珀たちには時間がない。分担して頭と体に叩き込むが、全員に全部教えるつもりはなかった。そこは村の中でやってほしい。
「書けました!」
「見せてちょうだい」
「はい」
子供の一人が魔法陣が描かれた羊皮紙をキテラに差し出した。
「ふうん。大筋は理解してるみたいね」
「ありがとうございます!」
紅蓮の魔法使いは不慣れゆえ歪んで描かれている魔法陣を流し読みし、満足したのか朗らかに笑って頷いた。
「でもここ。綴りが間違ってる」
「あっ……ホントだ」
魔法陣の一部、円の中に記入された呪文の文字が一つ入れ替わっているところをキテラが指差す。
自信満々に表情を輝かせていた少年は、しゅんと音が出そうなぐらい落ち込んだ顔になった。
「もう少し勉強しましょうか。この調子ならすぐ使いこなせるはずだから」
「はい! よろしくお願いします」
キテラが落ち込む少年の頭を軽く叩くと、少年はやる気に燃えた表情でガッツポーズをとった。
「私が格闘師範なのはどう考えてもおかしいと思うの」
琥珀が村人たちを説得した広場にて、村の男たちに囲まれているクリスは腕を組んでいた。
「ハァッ!」
「はいなの」
「ぐぁ」
気合いの雄叫びをあげて背後から襲いかかってきた男の一人を最小限の動きで投げ飛ばし、クリスはため息を吐く。
背後からの奇襲を狙ったまではいい。しかし雄叫びをあげてはすべてが無意味だ。攻撃の直前に自分の位置を知らせる奇襲など何の意味があろうか。
「まったくコハクにも困ったものなの。私はシスターなの。戦闘は苦手なの」
琥珀の計画では役割分担がされており、クリスは村の男衆に戦闘経験を叩き込む役となっていた。
納得いかない。
琥珀はあまり役で悪いけどと頭を下げていたけど、そういう問題じゃないと思う。そもそもクリスの仕事は人を癒すことであり戦闘は専門外なのだから。
クリスは自分が今までしでかしたことを棚に上げ、再度盛大なため息を吐く。
単純な腕力ではサンに並び、イオアネスにも負けないほど血の気が多い彼女は戦闘にも長けている。さらにどれだけ訓練で傷つけてもすぐに治せるため、本人が乗り気じゃないだけで戦闘訓練においてクリスほどの適任はいないのだ。
「よろしくお願いします!」
ちょうどクリスの正面に立つ男が元気よく頭を下げた。
「挨拶するよりかかってくるの。魔物は待ってくれないの」
「うわぁ」
クリスは一歩で距離を詰め、九十度頭を下げている男の上体のさらに下に体を潜り込ませて、背負い投げの要領で投げ飛ばす。
「もうっ。これは抗議ものなの」
見事に宙を舞った男の情けない声をよそに、クリスはようやく琥珀への不満を横に置いた。
「というか。一人ずつ来る時点でダメなの。私を倒せないのは分かっているはずなの」
「……はい」
クリスにいいようにあしらわれている男たちは肩を落とした。
「なら全員でかかるの。私は一人。数の利点を生かさない理由はないの」
「「「はい!」」」
男たちは教官の示した道を歩くべく、クリスに一斉に襲いかかった。
しかし勇者パーティ随一の剛腕に数の暴力が通用するはずもなく、クリスは器用にすべての男を捌いて片手で全員投げ飛ばした。
「まあ、連携も取れていない相手に負けるほど私は弱くないの」
呆れた調子で呟くシスターに、村の男たちは理不尽だと内心でこぼした。
「二人はいいよ。気が楽なんだから」
炎の熱気がこもる土壁の建物で、サンは滝のような汗を流していた。
「親方! これならどうだ!」
何もすることがなくあつさにただ耐えているサンの元に、同じく玉のような汗を額に貼り付けた深いシワの男性が剣を見せに来る。
サンは汗のかき過ぎで朦朧としていた意識を男性の持つ剣に集中させる。
「まだ鈍いね。焼き入れの条件を見直してみたらどうだい?」
「分かった!」
サンから見て、実際に王都で数多の剣を見てきた使い手から見ての率直な感想に男性は深いシワをさらに険しく刻み、部屋をあっためている熱源へと戻っていく。
「僕は剣を使う側であって鍛冶は専門外なんだ。まあ確かに、他の皆よりは知っているかもしれないけどさ」
琥珀による計画、サンの役目は剣をはじめとした武器の製造を任されていた。琥珀曰くもっとも武器をよく知っているからということらしい。確かに騎士として様々な武器に触れてきたけど、作る側にかんしては全くの専門外だ。
琥珀にはもちろん伝えた。だけど頼めるのはサンしかいないと言われてしまえば任せてと胸を叩くことしかできない。惚れた弱みというやつだ。
仕方がないのでサンは鍛冶を担当している老骨の男性に武器を作らせ、その評価をすることで一緒に改良することにした。素材は無限にある金貨で代用しているが、練習だけなら不足はないはずだ。
「これはどうでい親方!」
「僕は親方じゃないよ。とりあえず貸して」
サンは豪快な笑みをしわと一緒に顔に刻み込んでいる男性から剣を借り、上下左右に試し振りをする。
どうでもいいけど、素材が素材だけに悪趣味な輝きの剣だ。実力よりも見た目を気にする貴族がよく腰に差していたけど、個人的にはあまり好きではない。
「ううーん。質自体は悪くないと思うんだけど」
「思うんだけど?」
「個人的にはバランスが好きじゃないな。重心が手前過ぎる」
サンは琥珀のように神造兵器を使っているわけではない。当然質が悪いものもよいものもそれなりに触った経験がある。
一目で優れた剣だと理解したサンは、好みの問題ではあるが修正を要求する。
「この切れ味を維持したままちょっとだけ先端に重心を集めることってできるかな?」
「そんなの、やったことが」
「じゃあやってみよう。大丈夫。練習用の材料はたくさんあるから」
そう言って、サンは琥珀から預かった小袋から小さな村では到底見ることがない量の金貨を取り出した。
「うすっ! 俺たちのために財を崩してくれてんだ。絶対ものにしてみせるぜ!」
「……アダム様のおかげで金貨は無限にあるんだけど。まあ黙っておこう」
よりいっそうと気合を入れる老骨の男性に、サンは困ったように頬をかいた。




