シェリー・メイ ③
屋敷を出た所で、執事と思わしき男がククリ刀と杖を私たちに渡してきた。
ちゃんと返してもらえた事にわたしは少なからず驚いた。
そして、執事は疲れたような顔しながら一礼し、私達を見送った。
気の毒だとは思うけれど、私達ではどうする事も出来ない。
「それで、一体全体どのような思考回路であのような無茶な取引をしたのですか?
まさか服従の首輪を付ける事を承諾するとは正気を疑います」
私はヴァンディス家の屋敷からの帰路にてアキト様を問い詰める。
本当に、この人は何を考えていたのやら。
「いやいや、仮に俺に服従の首輪されても、元の姿になれば分解出来るし。
アーシェとシェリーが先にこの街を抜け出して、残った俺も首輪を外してとっととズラかる。
そういう算段だ。
そこまで悪くないだろ?」
それを聞いて私は即座に反論しようとするが、先にアリシエ様が口を開く。
「あのね、私達の目的はエルフ達の解放も含まれてるんだよ?
それが果たせないまま私達の正体がバレるような事になれば、聡いスカーレットさんはすぐに変化の魔法の対策を練ってくるわ。
そうなれば私達はこの街から出られても、他のエルフの人達は助けられない。
オマケに、迷宮に入る上で冒険者登録をしなくてはいけないのに、変化の魔法を解除させる仕掛けをされた検査が入ったらお終いよ?
だからここまで私達は姿を隠してるんでしょうに」
まったくもう、とアリシエ様は言う。
どうやら、アリシエ様は普段抜けてる所もあるが、こういう時は冷静に判断出来るようだ。
少し見直した。
「むぅ、そこまでは確かに考えて無かったけど、捕まったお前たちを放っておけなかったんだって。
解放できる手段があの時はあれくらいしか思いつかなかったし」
アキト様は不服そうに言う。
「そのお気持ちは有難いです。
それに、簡単に捕まった私達にも責はあります。
ですが、どうか服従の首輪を安易に受け入れるという事はしないで下さい。
アキト様が誰かに服従される姿をなど、見たくは無いのです」
私は懇願するように言った。
「……悪かった。
二度とそんな事はしないよ」
アキト様も流石に反省してるようだ。
猛省してもらいたい。
「それはそれとして、問題はあと迷宮に入る仲間が必要って事ね」
アリシエ様が唇を噛みしめる。
これだけは予想外たったわ、と一言ボヤいた。
「そうですね……。
迷宮にさえ入れば私達が元の姿に戻っても結界石は反応しませんから。
けれど、私達以外の者の目に触れれば、その口封じも考えなければ」
「口封じとか物騒な事言うなよ。
信頼出来そうな人を選んで頼むしかないんじゃないか?」
アキト様が短絡的にまた何か言っている。
私はその頬を抓りながら言う。
「そのような甘い事を言っていたら足下を掬われかねません。
それに、明日には迷宮に入るのです。
そんな短い間に私達転移者の事を黙認出来る信頼関係を築けると?」
私は小声で問い詰める。
そしてバチンッと指を離す。
「いってぇ、わかったっつうの。
でもそんじゃどういう風に人選するんだ?」
アキト様は頬を抑えながら言う。
「ならば、口を割らないよう調教しましょう」
私が人差し指を立てて提案する。
「その発想が恐ぇよ。却下だ」
アキト様は怯えた目で即座に否定する。
軽い冗談だったのだが。
「ともかく、冒険者ギルドに向かいましょう。
そこで一先ず登録を済ませて、仲間探しを今日のうちにやってしまわないと。
もうすぐ日が暮れてしまう。
時間があまりないわ」
そう言ってアーシェ様は空を眺める。
既に空は夕暮れの色を帯びている。
私達は足早に冒険者ギルドへと向かった。
「て、てめぇ!昼間のハーフエルフじゃねぇか!」
冒険者ギルドに着くなり声をかけてきたのはガタイの良い巨漢だった。
ズンズンと私達に向かってくる。
「あれ?お前もう元気になってんのか。
またやり合っても良いが、今は急ぎの用があるからな。
また今度相手してやるから」
そう言ったのはアキト様。
どうやら顔見知りのようだ。
アキト様の言動にその巨漢は額に青筋を浮かべる。
「ふ、ふざけやがって!
なんならここでっ!」
「もー!急いでるって言ってるでしょ。
そこどいて!」
アリシエ様が男の胸倉を掴んで放り投げる。
巨体が床を転がってテーブルに激突する。
巨漢は一体今何があったのか、と目を瞬かせている。
周りの人々も口を開けて唖然とした表情でその光景を見ていた。
非力として有名なエルフが巨漢を力任せに放り投げたのだ。
普通ならば有り得ない。
その有り得ない状況が、周りを黙らせるには十分だった。
私達は静まり返った広間を受付まで真っ直ぐ歩いていく。
「受付嬢さん、また来ました。
今度は連れも一緒だ。
冒険者の登録をしたいんだけど」
アキト様が受付嬢に話しかけ始める。
どうやらこちらも顔見知りのようだ。
「ご、ご無事たったのですね。
噂でジーノの酒場で騒ぎがあったと耳にしましたが、ひょっとしてあなたが?」
「あー、まぁ、そんな事もあったような、無かったような?
それはそれとして、冒険者登録をしたいんだけど、お願い出来ないか?」
アキト様が適当に誤魔化して再度頼み込む。
そんな至る所で問題を起こしていたのか、と頭を抱える私。
受付嬢は「は、はい」と慌てて返事をして書類を出してくる。
「ここに名前と種族、居住先を書いてもらいます。
念のためにステータス鑑定を行って名前と種族は照らし合わせますね。
その後現在のステータスをこちらで記入致します。
あといくつか質問をしますので、それが問題無ければ登録完了です」
そう言って羊皮紙を一枚づつ私達に渡して来た。
私はその一枚を受け取り、羽ペンを持つ。
名前と、種族。
あと居住先はエルフの里で良いだろう。
アキト様を見ると、きちんと読めてるようだし、内容も書けているようだった。
ちゃんと勉強の成果は出ているようだ。
私は感心する。
それぞれ書類を提出すると、受付嬢が鑑定石を持ってくる。
私達を一人づつ鑑定し、内容を記載していく。
鑑定する度に受付嬢は驚きに目を大きく開いていた。
恐らく、ステータスの高さに驚いているのだろう。
元の姿までとはいかなくても、今のステータスは十分高い方だと言えるだろう。
「み、皆さん凄いステータスですね。
ベテランの冒険者以上ですよ。
エルフって、実はとても高い能力を持っているんでしょうか?」
受付嬢は顔を引きつらせてそう言った。
「私達は里の中でも魔物討伐を主にやっていましたから」
私もまた適当な理由をでっち上げる。
受付嬢は「はぁ」と生返事をする。
うーん、この娘、新人だろうか?
もっとシャキッとして欲しい。
「書類は出来ました。
あとは、いくつか質問させてもらいます。
まず、冒険者になる目的は何ですか?」
こんな事も聞かれるのか。
私達は目を合わせる。
そして私が口を開く。
「迷宮に入っての腕試しと金作ですね。
私達程の腕ならある程度の稼ぎが期待出来るとの話なので」
私がそう言うと、隣の二人も頷く。
「そうですか。
では、次に冒険者ギルド登録にあたって、その情報は登録者全員が確認出来ます。
名前、種族は勿論、ステータスもです。
それにあたって半年に一度のステータス更新をお願いしております。
構いませんか?」
「半年を過ぎても更新しなかった場合は?」
恐らくそうなる可能性が高いので聞いておく。
「特別大きなペナルティはありませんが、期間が大きく開いた場合は再登録が必要になります」
なるほど、その程度ならば問題はないはず。
二人を見ても同様に頷いている。
「では最後に、当ギルドを利用する際、問題行動は慎むようお願い致します。
冒険者は気性が荒い方も多くいますが、先程のようにあまり大きな騒ぎを起こし過ぎるようでしたら登録が取り消しになりますので」
アリシエ様の先程の行動の事か。
アリシエ様が小さくなっている。
「だが、ジグルとかいう奴が絡んで来たんだぞ?
あっちの方を取り締まるべきだろ」
アキト様が庇うように言うが、それを遮るように声が飛んでくる。
「ジグルの言動は後で私からキツく言っておく。
ハーフエルフ。
まさかお前も冒険者希望とはな」
そう言って近付いてくるのは目をバンダナで覆った青年だった。
なんだか禍々しい鎧を身に纏っている。
「リーカス……だっけか?
おいおい、絡むのは勘弁してくれよ」
アキト様がウンザリした顔でそう言った。
この人はこの短時間でどれだけいろんな人と出会っていたのやら。
思いの外行動力があるようだ。
もっと内気な人かと思ったのだが。
「生憎、お前達が冒険者と認められれば同業者としてそうそう手出しも出来んからな。
表立って争うつもりは無いが、リーカス狩猟団に行った事のツケは必ず払わせる」
覚えておけよ、とリーカスは言い残し、アキト様を一睨みして未だ倒れている巨漢のもとへ行く。
あの巨体の肩を持ち上げて冒険者ギルドから立ち去っていく。
それをジッと見つめていたのはアリシエ様だった。
その表情からは少なからず動揺が見て取れる。
「……知り合いですか?」
私が声をかけると、我に返ったような反応をして私を見る。
「え、ええ……。
リーカスとは騎士学校で一緒だったから。
聖騎士を辞めたとは聞いていたけど、まさかこの街に戻ってきてたなんて」
そう小声で言っていた。
とうやら彼には何かしら複雑な事情があるようだ。
だが、今は後回しだ。
「それで、問題行動は控えるよう約束します。
これで登録は終わりですか?」
私は急かすように言うと、受付嬢が書類をまとめて頷く。
「はい。最後の質問は念の為のようなものです。
荒くれ者は多いので、思うところは多々あるかと思いますが、ギルド内での問題行動は控えてもらうようお願いします」
そう言ってペコリと頭を下げる受付嬢。
ともかく、これで登録は完了した。
あとは問題のあと一人の仲間を見つける事だ。
「迷宮には四人一組でないと入れない、というのは本当ですか?」
一応私は確認の為に尋ねてみる。
「はい。そのような決まりになっております。
表向きは安全性を考えての事ですが、売り上げを伸ばす策略でしょうね。
迷宮に入るには一人銀貨十枚必要ですから。
四人はいれば一度に四十枚稼げるという事です。
私が言うのも何ですけれど……。
ギルドの受付に文句を言う方もいらっしゃいますが、領主様の取り決めた事でして、偏向は出来ないのです」
なるほど、合理的な稼ぎ方ではあるかもしれない。
冒険者が死ににくくなれば再び迷宮へ入り、その際にお金が入る。
それも四人という制限を設ければより稼ぎは良くなる、という事か。
「私達、迷宮に入りたいんだけど、仲間が一人足りないの。
誰か紹介してもらえたりするの?
出来れば温厚な性格で、人の話に耳を貸してくれるタイプが良いんだけど」
アリシエ様が苦笑いしながらそう言う。
「紹介、というのは少し難しいですが、今このギルドのロビーにいる方々なら、それぞれ特徴をお知らせできます。
ただ、殆どの方は既にパーティを組んでいるか、迷宮には入らないソロ活動の方ですね……。
今この中で迷宮行きを希望してる人なら……」
受付嬢が目をそれぞれのテーブルへと走らせる。
すると、一つのテーブルを見つめる。
「あー……あの娘がいますが、少々問題があるかもしれません」
受付嬢は目線の先のテーブルを指差して言うが、その歯切れは悪い。
私達がそのテーブルを見ると、一人でテーブルに突っ伏してる女の子がいた。
大きな尖り帽子を被り、顔は伏せているので顔付きは確認出来ない。
その女の子は明らかにサイズ間違いの深い緑のローブを纏っている。
「あの娘が……迷宮に入るのを希望してるの?
寝てる?」
アリシエ様がそのテーブルを見ながら受付嬢に聞く。
「あー、多分、お腹が空いて寝て紛らわしているんだと思います。
あの娘、今日ずっとああしていますから」
それを聞いてアキト様が驚いた声を上げる。
「もう夜になるぞ。朝からずっとああしてるのか?
何か待ってるのか?」
「パーティの誘いを待ってるのです。
彼女は魔法使いなので、前衛がいなければ力が発揮出来ないので」
受付嬢が説明する。
しかし、それならば……。
「生粋の魔法使いは重宝されると聞きますが?
誰からも誘いが無いというのはどういう事でしょう?」
私が尋ねると受付嬢は言いにくそうに口を開く。
「えーっと、あの娘は少し他の魔法使いとは異なっておりまして。
安定した魔力を保てない体質のようなのです。
付けられたあだ名は“アイドリー”。
本名はリーファ・コリンウッド。
彼女が小柄なのはホビット族だからです」
私達三人はそのリーファという少女に視線が集まった。




