7話 我が家の隠れた英雄
日常編です
牢から出た数日後にメイは帰ってきた。
数台の馬車から編成される定期馬車から降りた人たちでごった返す正門前にて探し、見つけたときにはなにやら不安そうな顔をしていたが、俺とリンを見つけるとすぐに笑顔になった。
ディーとダリエラとは顔なじみらしく、俺と臨時パーティーを組んでいると言っても「だろうね」っと納得していた。
二人にはラミス達がスラム街にいた頃に様子を見てきて欲しいとメイが依頼を出し、それぞれの元クランの仲間たちとも面識があったようで《死の魔物大行進》で亡くなったと聞き、屋敷に帰る前に墓地へ寄り墓前にて祈り涙した。
死に対して向き合える者は多くは無いので、こういった行動はうれしく思う。
屋敷に帰ってからは使用人たちの《メイトラ様おかえり会》という名のお茶会が深夜まで続き、翌日にはお茶の飲みすぎで胃もたれしたメイに付き添ったりと少々慌ただしかったが、メイ本人に怪我が無くて良かったよ。
「今帰った」
「おかえりなさいませ旦名様」
俺はランバの定期的な診察を終え帰宅すると、いつものようにラミスが玄関先でうやうやしく礼をした。
「今日中の用事は終わった、以降は出かける用はないから庭に赤茶を用意してくれ。それから・・・」
「メイトラお嬢様もご一緒に、ですね。直ちに用意の方をいたします」
「頼んだ。それから、さきほどウルから義兄さんにメイが帰ってきたことを言うなと言われたんだがなにか知らないか?」
診察が終わった帰りがけに「メイトラに会いたい」と呟いたランバに、今はのんびり家にいるよと伝えようとした際、見学をしていたアリエルに口を塞がれた。
彼女は「きっと勉学に励んでいると思いますよ」とランバに誤解を与えそうな言い方をすると、俺を引きずって逃げるように部屋を出ると、ランバの部屋から一番遠いウルの部屋に連れていかれ、ウルからやたら熱心にメイの情報をランバに与えてはならないと力説されたのだ。
俺の後ろでウンウンとうなずくアリエルもここ無しか遠くを見つめていたような気がする。
ラミスはこの話を聞くと、「やはりいまだにですか・・・」とため息をついたが、何か問題があったのか?
「実を言いますと、ランバ殿下は妹君でありますメイトラ様をずいぶんと溺愛しているのです。以前は毎日のようにメイトラ様は結婚させない、一生ご自分が守ると周囲にも本人にも話しておりました」
「本人にも‥‥‥」
「ですからランバ殿下が洗脳される以前から、メイトラ様はランバ殿下を苦手とされています」
「そりゃぁ身内から結婚させないなんて言われればな。政略結婚すらさせてもらえないとか、女として複雑か」
「大事にされているとはいえ、女性部分の否定にも取れますので。ランバ殿下ご本人に悪意がないだけに、メイトラ様も嫌いにもなれずと」
まさかあのランバが重度のシスコンとはな。
洗脳時は随分と目の敵にしていたと聞いていたが‥…婚約者の俺は大丈夫なのか?
もしかしたら屋敷に乗り込んでくるかもしれないな。
「考えると妙な寒気がしてきた。早い所用意を頼む」
「かしこまりました。近頃は暖かくなってきましたのでさぞ日差しが心地よくなりましょう」
その後庭へと出向き、メイを待つ間に赤茶を楽しんでいたのだが、ふと給仕をしていたメイドに違和感を覚えた。
「ミリア、やたらと動きが鋭いがなにか武術でも始めたのか?」
猫の獣人で俺と同じ年齢のミリアは、赤茶の淹れ方に関しては我が家一の腕前だ。
母親が王城務めのメイドだったため幼少期からの訓練で常日頃から優雅な動きを見せていた。
それがどうだろう。
迷宮からそのまま牢へ行き、今日久しぶりに彼女に茶を入れてもらったが、その動きはまるで変っていた。
全体の動きは滑らかだが足先指先までピシリと鋭く、体の重心が安定し足音も小さい。
俺が褒めるとミリアは頭を下げ礼を言った。
だがまだまだ未熟、尻尾がせわしなく動き回っているぞ。
ってちょっと待て!帰ろうとするな、理由を教えてくれ!
そんな声を出そうにも褒められてご機嫌な彼女の後ろ姿を見て躊躇してしまった。
そしてミリアと入れ替わるようにメイがやってきたので、結局この問題は有耶無耶になった。
「お待たせしましたアナタ。ふふっまだ婚約者ですけど呼び方は許していただけますか?」
「もちろんだよメイ。さぁこちらへ」
傍らにいたラミスが引いた椅子にメイを座らせ、メイの留守中にあった迷宮の話しをする。
俺が冒険者ギルドに設置していた映像受信・投影の魔技具があり、映像そのものも保管されているから何が起きたかはいつでも確認できるのだが、映像に写らなかった場面や体験したこととなると経験者である俺たちが直接話すしかない。
彼女は俺の話す内容によって一喜一憂し、世話役のラミスと護衛の為にいた私兵の男も時折合いの手をいれながら熱心に聞いている。
やはり冒険とは男にとっていくつになろうとも熱くなるものなのだな。
二十階層で迷宮主が現れる場面のところでメイドがお茶請けを持ってきたため一時話を中断、こら私兵よ、露骨に残念がるな。
「お待たせしました。本日はリゴンが安かったのでパイにしてみました」
「あぁ、ありが・・・・何をしているんだリン?」
ワゴンを押してきたメイドをよく見れば、メイド服に身を包んだリンだった。
俺は青い髪をたなびかせ笑みを浮かべるリンに驚き、ワゴンの上に鎮座する物を見て二度驚いた。
えっと、本人は何と言っていたかな?
リゴンのパイだったか?
リゴンとは球体状で中身も皮も黄色い果実であり、近い味と言えばリンゴだろうか。
決して目の前にあるような紫色や黒色に染まりゲル状に皿に盛られ、時折動くような物ではない!
「お前・・・・・料理をしたのか?」
「はい、前に作ったときにみんな喜んでくれましたから!それにイニスティア家と個人契約を結んだのでこれくらいしなくては!」
言い忘れていたが、リンとディー、ダリエラとは牢からでた際に冒険者として我が家と契約をさせてもらった。
この個人契約を結べば、冒険者側は期間中契約主の依頼しか受けられないが、十分なバックアップと安定した給金が与えられ、何より一度結んでしまえば冒険者としての株も上がり、期間が終了すれば指名依頼を貰いやすくなる。
雇う側としては出資額はでかいが、貴重な素材を最優先で手に入れることができ、凄腕の護衛が手に入る。
俺はリン達と契約を結んだが依頼制限はなく、こちらから言わない限り通常通りに行動してかまわないとしている。
何よりも相互の信頼に重きを置いた契約だ。
なぜ彼女たちと契約を結んだかは追々語るとして今は目の前のこいつだ!
「前に喜んだか‥…」
「はい、料理長さんやメイドの方々に試食してもらったのですが、みなさん涙を流すほど感動していただいて」
「涙か‥‥」
ちらりとラミスを見ると、彼は虚空を見つめて微動だにしない。
まるで自分はここにはいないとでも言うように気配もだんだん薄くなっていく。
「あ、アナタ‥‥」
「大丈夫だ、流石に食べて死ぬような料理をリンが作るわけが」
コォォォォォォォ、コホォォォォォ
「アナタ、あの料理からなぜかうめき声が!?」
「リン!おまえ何を入れたんだ!」
「な、なんですか?リゴンとパイを作る材料だけですよ」
それはつまり市場で売っている食料だけってことか?
どこにでもある物でこれを作ったと?
・・・・・・・・・・ギョロリ
「おい、今こいつ目を出したぞ。本当に余分なものは無いんだな!?」
「そうですけど?」
俺達が怯えているとリンの後ろから料理長がやってくる。
その顔は青ざめ、なぜか目を充血させているが、泣いていたのかな?
「リングラット殿、言ったではないですか。もう少し上達してから出ないと旦那様にお出しできませんと」
「ですがみなさん喜んでくれたではないですか」
「い、いや‥…そうです!喜びだけではダメです、天にも昇る気持ちにさせなければ」
「おい料理長、それ以上は止めるんだ!お前が倒れたらみな悲しむぞ!」
「なるほど、そうですね。では料理長さん、味見の方よろしくお願いします!」
「‥‥‥‥まかせてくださぃ」
「料理長ーーーーー!!」
「ホラ、メシアガレ」
尊い犠牲の元、俺とメイのティータイムは守られた。
自然と残った四人でリンの後ろをとぼとぼ歩く料理長に向かい敬礼をする。
生きて帰れよ料理長。
それ以前にそもそも食べ物なのかアレは。
後、最後にあの料理喋らなかったか?
レイヌ 「ラミスはリンの料理を食べることができたのか?」
ラミス 「旦那様、爺は生きたまま食べるような品のない食べ方はいたしません」
レイヌ 「生きたまま?料理の話だよな!?」




