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42 二度目の異世界トリップ

(溺れる!)


 迂闊に湖に足を踏み入れ、李花の体は漫画のように水の中に勢いよく落ちた。

 水が口の中に入ってくる感覚を最後に彼女は意識を失った。

 なので目を覚まして一番最初に女性の顔が視界に入り、戸惑う。


(えっと、この人。確か……)


「メリルさん?」

「気がつきましたね」


 無表情に加えて無感情の声。

 彼女は李花に視線を合わせることなく、そう言うと立ち上がった。


「ボットさんに知らせてきます。あなたは部屋で待っていてください」

「ボットさん?!」


(えっと、心の準備が。戻ってきたんだ。この国に。しかも、ボットさんにってことは。ボットさんが呼んでくれたの?)


 動悸が外に聞こえそうなくらい早まっていた。

 頬は上気し、一気に彼女の心が舞い上がる。


「……いい気なものですね」

「は?」


(えっと、メリルさんだよね?あの冷静沈着な。なんかすごい台詞を聞いたような)


「あなたが戻ってきたので、また面倒なことになります。本当はこのままどこかに捨てたいのですけど。ボットさんの希望なので、あきらめます」

「え?」


(これは本当にメリルさん?)


 灰色のワンピースに白のエプロンのメイド姿で、仁王立ちする彼女はメリルに違いなかった。

仮面のように張り付いたままの表情。抑揚のない話し方。

 どれもこれも記憶の中のメリルと一緒だった。


(あ、でもなんかデジャブ。あ、この感じはサギナだ。サギナがメリルさんの皮をかぶって話している感じ?でもサギナは中にいないはずだし)


「とりあえず。ボットさんに知らせてきます。あなたは決して部屋を出ないように。わかりましたね?」


 茶色より琥珀色に近い瞳で睨まれ、李花は黙って頷く。そうするとメリルは部屋を出て行った。


(えっと、まったく説明なしで出て行ったけど。どういうことなんだろう。きっとボットさんが私のことを呼んでくれたのは間違いないよね。だから、メリルさんがボットさんを呼びにいったんだし。でもなんで、メリルさんが私の世話を?というか、この部屋は?)


 李花はベッドから降りて、部屋をぐるりと眺める。

 部屋は非常に狭く、ベッドが一台置かれ、隅には机と椅子。天井は石造り、窓はカーテン代わりの布が垂らされていたが、光が漏れてきているため、日中であることはわかる。

 窓に近づいて外を見たい衝動がこみ上げてきたが、不用意に人に見られることはまずいだろうと、李花は再びベッドに腰掛けた。


(ここって、どこなんだろう?まあ、監禁するための部屋ではないことは確かだろうけど)


 そんな感想を持っているとメリルが戻ってきた。


「これに着替えてください。ボットさんが外で待っていますから」

「ええ?いきなりですか?」

「いきなり?どういう意味ですか?」


 視線で人を殺す、その例え通りの鋭く睨まれ、李花は縮こまりながら頷いた。


(こんなに怖い人だったっけ?)


 印象が大分異なるメリルから青色のワンピース、茶色のかつら、眼鏡を渡される。


「鬘と眼鏡もですか?」

「その髪と瞳では目立ちすぎます。王宮内では異世界の者は帰ったことになっていますから。もちろん王宮外ではその事実すら知らされておりません」

「そう、そうですよね」


(うへ。怖いよ。なんで?)


 てきぱきと答えるメリルに恐怖心を覚えながら、彼女は着替えを受け取った。


「お手伝いが必要ですか?」

「いえ、必要ありません」

「それではどうぞ着替えてください」

「え?」


(ここで?まあ女性同士だけど、ちょっと見られるのは嫌だな)


「しょうがないですね。私は背を向けているのでどうぞ」

「ありがとうございます」


 扉側に歩き、彼女は李花に背中を向ける。

 そうしてやっと着ている服を脱ぎ始め、あることに気がついた。


(ブラジャーをつけてない。パンツは薄いズボンみたいなのがそうだよね。女性も男性もあまり変わらないんだ)


 ワンピースを着てみると、ブラジャーという支えを失った乳房が激しく揺れる。しかし胸の部分は布地が厚い為、透けて見ないことに李花は安堵した。


 癖のある髪をまとめてから茶色の鬘をつけ、最後に金属製の輪にガラスを入れた重量のある眼鏡をかけて変身完了となった。


「これで誰もあなたが異世界の人間だと疑う人はいません」

「はあ」


(眼鏡が重すぎ。っていうか、鼻当てがないから顔にぺったりくっついて気持ち悪いし)


「さあ、いきますよ。名前もコリカと呼びますから」

「こ、コリカ?」

「コダマ様の名前をもじりました」


(なんか、妙な感覚を持っているな。メリルさん)


 微妙に笑いがこみ上げてきたが、ここで笑ったら殺されるかもしれないと必死に耐えた。


「コリカ。いきますよ。あなたは王宮の森から出ることがありませんが、近衛兵とすれ違う可能性もあります。極力話さないようにしてください。聞かれたら、コリカと名乗り、サイラル様のご親戚ということにしてください」

「サイラル様、宰相様の親戚?」

「陛下とサイラル様がそのようにあなたの身分を隠すことに決めました」

「身分を隠す?」

「はい」


(なんだろう。あ、混乱を避けるためか)


「細かい説明はボット様がいたします。ついて来てください」


 状況を一生懸命飲み込もうとしている李花に構わず、メリルは扉を開け、すたすたと歩き出す。


「あ、待ってください!」


 李花はずり落ちそうな眼鏡と格闘しながら、慌てて彼女を追った。



 部屋の扉を空けるとそこには小さな居間があり、暖炉が壁際に、長テーブルが一台、椅子が四脚置かれていた。窓もあったがカーテン代わりの布が張られ、全体的に薄暗かった。

 メリルが玄関を開けると、森が広がっており、李花は少し感動する。


 立ち止まり新鮮な空気を吸い込み、空を見上げる。

 雲がいくつか浮かんでゆっくりと流れていた。


「コリカ」


(コリカ?あ、私のことか!)


 声がした方向を見ると、鋭い視線で射られ、李花は慌ててメリルの後を追った。




(めちゃくちゃ早足なんだけど!)


 小走りになりながらも李花は彼女を必死に追う。

 すると唐突にメリルは足を止めた。


 彼女の背中越しに、男性の姿が見える。


(ボットさんだ)


 すらりとした長身。しかし細身ではなく、近衛兵の制服の上からでもその鍛えた上背が見て取れる。短く切った茶色の髪は木々の隙間から漏れる日の光で輝いていた。

 瞳は現国王と同じ青い瞳。まぶしいためか、眼を細め、李花たちとは反対側を眺めていた。


 心の奥から暖かな感情が溢れ出す。それは熱を帯びていき、李花の頬は自然と赤らんだ。


「私はこちらで待っていますから。どうぞ」


 メリルは道を開ける様に脇に退く。

 道などあるはずがないのに、李花にはシガルへの道が伸びている気がした。


(がんばろう。自分の気持ち伝えるんだ。そのために来たんだから)


 包むような優しさをくれた泰貴ではなく、李花は不確かな自分の恋心を選んだ。

 愛と呼ぶには早すぎる淡い恋心。

 しかし自分の気持ちに正直に生きたくて、湖へ足を踏み入れた。


(がんばるぞ)


 李花は自分を鼓舞すると、歩き出した。


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