41 満月の儀式
「陛下」
時は遡り、前日の夜。
シガルは極秘にキリアンと面会していた。
李花が日本に戻ってから、シガルは自分の気持ちと戦っていた。
――お前は李花が好きか?もし十六日後、李花が俺に靡かずお前のことを想うようであれば、お前の元に返してやる。だから、お前の血で彼女を呼び戻してみろ。
前日の夜、泰貴はシガルの帰り際にそう囁いた。
――お前のことを想うようであれば
李花に好意を持たれている事はわかっていた。
すがるような視線、あの黒い瞳に仄かに宿る想い。
最後の日にあの目を向けられると、そのまま抱きしめて返したくなくなるのが怖くて、シガルは「彼女」に会うのを避けた。
逃げだとわかっていた。
でもそれが「彼女」のためだと思った。
夜な夜な現れる彼女の幻想。
最初は姉かと思ったが、姉ではなく彼女だった。
少し癖のある黒髪に大きな黒い瞳。
艶やかな唇で名前を呼ばれる度に、心がざわめいた。
自分の勝手で再び呼び戻すことはできないし、王宮の池は取り壊すことになっている。
そう言い聞かせてきたが、彼女が泣いている夢を見た。
樽の中で、暖かな乳白色の液体に浸かった彼女は、しゃっくりをあげながら泣いていた。
――ボットさん
吐息と共に名を呼ばれ、その想いが伝わってきた。
たかが夢。
しかし夢にしてはその色が鮮やかで、暑いほどの熱気を感じた。
だから、シガルは確かめることにした。
間違いであれば、十六日後に再び元の世界に返す。
そうして二度と彼女には会わない。
そう決意をして、彼はキリアンの元を訪れた。
「いいぞ。余が許す。しかし、条件がある」
寝間着用の白いシャツとズボンを身に着けたキリアンは、ベッドに座っていたがその手には物騒にも鞘に入ったままの剣が握られていた。
「一つ、リカが既にナガイのものであった場合、素直に手を引くこと」
軽快に剣先で床を叩きながら、まず彼はそう口にした。
「ナガイのもの」という言葉に、シガルは一瞬だけ表情を崩す。それにキリアンは気がついていたが、構わず続けた。
「二つ、彼女がお前のことを好いており、この国にとどまると決めるまで、彼女の身は余が預かること」
「へ、陛下?」
「心配せずとも余は何もしない。余はサイラルの娘を王妃にすると決めているからな。だが、リカが余を選んだ時は諦めるのだ」
「陛下!」
「自信がないのか?」
キリアンは冗談に思えないほど真剣にシガルに問う。
「正直自信がありません。しかし、彼女が選ぶのであれば仕方ありません」
「あきれた叔父上だな。だから、母上は心配されていたのだな」
「母上?姉がなぜそこに出てくるのです」
「母上が昨晩余の夢に現れたのだ。リカであればよかったのだが、あれはまぎれもなく母上だった。余のことを心配したのではなく、お前のことで現れた。さすがに余は泣きたくなったぞ。余はまだ十四であるのにな」
「……陛下」
「おお、話が逸れたな。それで母上はお前の恋を応援しろと言われてな。仕方ないので、母上の言葉を聞くことにしたのだ。余が預かるといっても、王宮の森でメリル付で住まわせるだけだ。王宮内に留め置くと面倒が起きるからな。余は諦めているのだが、サイラルなどは何か画策するかもしれない。余の義父はまだ結婚に踏み切れておらぬからな」
シガルの脳裏にサイラルの顔を浮かび、納得する。
マグリートを始め大臣達がサイラルに女性を差し向けているのだが、未だにいい返事をもらっていない。
それは女性側の問題ではなく、彼の問題であった。
「まったく困ったものだ。これでは年の差は開くばかりで、幼女趣味と後世に伝えられてしまうかもしれないぞ」
キリアンの口から幼女趣味という言葉が発せられ、シガルは頭を抱えたくなる。しかし当の本人は顔色を変えず、困ったものだと繰り返していた。
「まあ、サイラルの問題は後だ。今はお前だな。いいだろう。儀式を行うといい。根回しは余がいたす。儀式の際は余とサイラルも同席する。よいな」
「はい」
色よい返事をもらい、翌日の夜。
シガルは自らの血を使い、李花を呼び戻した。
満月を頭上に、池に血を滴らせる。
池に光が溢れ、そこに一人の女性の姿が浮かび上がった。
「リカ!」
シガルは池に入り、彼女の体を抱きしめる。
柔らかすぎる彼女の感触に、壊さないか心配になりぎこちなく抱え直した。
癖のある黒髪は彼の腕を絡めとり、その濡れた服は彼女の体に吸い付くように張り付いていた。胸の大きな双房はその存在を主張し、完熟しきった桃のようなお尻はその見事な曲線を描く。
シガルが動くたびに、二つのたわわな塊が弾けるように揺れ、彼の体に触れる。その度に自制心が試され、肉体的ではなく精神的に疲労しながら池から上がった。
「……母上とはまったく違うな」
「おっしゃるとおりで」
そんなシガルが抱える李花を見て、キリアンとサイラルはその豊満な体に圧倒されて、呻いてしまった。
しかしキリアンは直ぐにやるべきことを思い出し、命を出す。
「これは目に毒だな。シガル。すぐにリカを小屋につれていき、お前は職務に戻るといい。後はメリルに任せる」
「陛下……?」
「シガル。陛下の命に従うように。陛下もお部屋に御戻りください」
「余もか」
「当然です。それともコダマ様をやはり王妃になさいますか」
「……」
キリアンは答えず、その間にシガルは李花を抱えたまま不安になった。
「し、心配するではないぞ。シガル。余は、サイラルの娘と結婚する!」
しかし、しばらくしてキリアンは少し焦った調子で明言する。
それで少し安心し、彼は腕の中で眠る妖婦ごとき李花に視線を落とした。
瞼は閉じられ、睫が濡れていた。頬はピンクに染まり、唇が半開きで吐息が漏れる。それが甘く感じられ、シガルは自分の体がうずくのがわかった。
「シガル様。こちらです」
いつの間にか王宮の池に来ていたのか、メリルが側に現れ、シガルは我に返る。
「ありがとう」
危なく理性を失うところだったと、シガルは彼女に礼を述べる。そんな彼に対してメリルは少しだけ目を伏せる。しかし彼は彼女のそのような変化に気がつくことはなかった。
満月はまだ煌々と上空で輝いている。
シガルは、キリアンとサイラルに頭を下げると、大事そうに李花を抱える。そして小屋へ案内するメリルの背中を追った。
李花は周りの様子など気にすることもなく、シガルの腕の中で昏々と眠り続けていた。




