43 恋に障害はつきもの?
「……リカ?」
シガルは気配で気がついたらしく、彼女が呼ぶ前に振り向いた。
「えっと、こんにちは」
李花は動悸の激しさに負けてしまいそうになりながら、とりあえず挨拶をする。
「……すごい格好だな」
「はは。髪と目の色を隠すためみたいです」
(言葉が続かない。どうしよう)
鬘に手を触れながらその後の言葉を捜す。
シガルは目を細め、口元に笑みを浮かべた。
(うわって。なんかこのまま死んでしまいそうなくらい、かっこいいんだけど)
彼の笑みが眩しすぎて彼女は思わず俯く。
「よかった。その格好で。そうじゃないと、俺多分何も言えない」
「え?」
(ボットさん?素のしゃべり方だ。丁寧語じゃない)
「リカ、」
(だめだ。死んでしまう)
嬉しすぎて胸が苦しくなり、頭の中が沸騰しそうだった。
彼の影が近づくのがわかり、顔を上げた瞬間、
「コダマちゃん!!」
ふいに気配もなく後ろから李花は抱きしめられた。
「うわあ。すごいね!柔らかい」
「何、してるんですか!」
「マグリート様!」
どさくさに胸を揉まれるが、彼女が肘を当てるよりも素早くシガルがマグリートの両手を捻り上げていた。
「いたっ!シガル。この僕になんてことをするんだよ!」
「突然現れて、む、胸を触るなんてありえません!」
「そうですよ!」
(っていうか、犯罪!こんな変態だとは思っていなかった。というか、ゲイかなって思ったけど、違ったんだ)
「だってさあ。目の錯角みたいに胸の部分が膨らんでいたから、真相を確かめたくね」
「目の錯覚?なんですかそれ!」
(そんな意味不明なことで胸を触るなんて!セクハラもいいところ。ひど過ぎ!)
「マグリート様。腕の一本くらい折らせていただいても構いませんか?仕事には差し付かえないように、利き手ではないほうを折らせていただきます」
「シガル!何言ってるんだよ。冗談だって。はは」
「笑い事じゃないですよ。すごく傷つきました」
「リカがそういうのであれば、やはり」
「いや、やめて。もう言わないし、変なこともしないから! 」
マグリートがいつもの茶化した感じではなく、少し必死な様子を見せたので、李花の腹の虫が少し収まる。
「もういいです。ボットさん。ありがとうございました」
彼女がそう言うとシガルがマグリートの手を開放し、彼は手首を回し、動きを確認する。
「本当。怖いな。シガルは。ところで、いいところだったみたいだけど?」
「いいところ……」
ちらりとシガルが李花に視線を投げかける。
(あ、ボットさん。何か言いかけていたよね?)
「後で話す。リカ、後で二人だけで話がしたい」
「はい」
(うわあ。話ってなんだろう。期待しちゃっていいの。私!)
李花のご機嫌ぶりと少し照れた様子のシガルを見比べ、マグリートはつまらなそうに口を尖らした。
「あーあ。よっし。決めた。邪魔しよう、と」
「え?」
不吉な言葉に二人が同時に聞き返す。
「息もぴったり。もう本気で邪魔するからね。幸せになりたいなら、この僕を倒してからね」
引き続き放たれたマグリートのよくわからない台詞に李花とシガルは顔を見合わせるしかなかった。
居間いっぱいに人が溢れている。
キリアン、サイラル、マグリート、そして李花が粗末なテーブルを囲み、シガル、サギナ、メリルは壁際に立っていた。七名の大人が入るには居間は小さく、しかも窓には布が掛かったままで、李花は息苦しさを感じていた。
(えっと、なんでこんなことに)
マグリートが現れ、シガルと話す時間を奪われた。その上、キリアンが朝食のために訪れているとメリルから知らせを受け、急遽小屋に戻る。
小屋にはサイラルもいて、サギナとメリルが朝食の準備をしていた。
サギナは相変わらず嘘くさい笑顔を浮かべていたが、李花が姿を見せると一瞬驚いた顔をしたので、鬘と眼鏡のせいかと彼女は納得した。実際は別の理由なのだが、彼女が気づくことはなかった。
密室の上に、近衛兵も遠ざけているので鬘と眼鏡の取り外すように言われ、李花は少し息をつく。鬘は蒸し暑く、眼鏡は重い上に顔にくっつくために不快感をもたらしていた。
しかし露になった彼女の本来の顔を見て、顔を背けたのはシガルだった。夕べの妖艶な彼女の姿を思い出してしまったのだが、李花がわかるわけがなく、少し傷つく。
思い出したのはシガルだけではなく、うら若き少年王も少し頬を赤らめる。
その様子にサイラルはため息をつき、マグリートは興味津々だった。
「どうしたのかな。陛下もシガルも?」
「マグリート。黙っていてください」
茶化されると面倒なことになりかねないと、サイラルが制する。しかしマグリートがやめるはずもなく、続ける。
「昨日の夜。コダマちゃんの不埒な姿でも見たの?水に滴る彼女の豊満な体。僕も見たかったなあ」
「え?なんですか。それ!」
(すごくエロい言い方なんですけど。っていうか??)
記憶がない、気を失っていた李花は何があったのかと、シガルとキリアンを見る。二人は気まずそうに視線をそらしていた。
(え?何?私、どんな格好していたの?)
「マグリート。それ以上可笑しなことを言わないでください。コダマ様。別に何かあったわけではありませんのでご安心ください」
「えっと、」
(そう言われても、二人の様子がおかしんだけど。まさか、私、裸だったとか?)
青ざめる李花に助け舟を出したのは、メリルだった。
「コダマ様は池でずぶ濡れで、服が体に張り付き、体の線が強調されておりました。そのため入らぬ刺激を陛下とボットさんに与えてしまったのです」
「ええ?体の線?いらぬ刺激?」
二十二年も生きていて、誰も彼女に面と向かって言ったことがなかったので、彼女は自分の体がどれだけ異性にとって悩ましいのか知らなかった。
そのため、メリルの補足説明には、首を傾げる。
「コダマちゃん。自分を知らないってだめだよ。本当」
「マグリート。それ以上口を開くと縫いつけるぞ」
すっかり可笑しな雰囲気を作ってしまった諸悪の根源に、堪忍袋の緒が切れたサイラルが口調をがらりと変えて脅す。
それでやっと彼は黙ったが、空気は変わらず、キリアンは終始上の空。シガルはあさっての方向を凝視し、何やら耐えている様子だった。
(いつ帰るんだろう)
それから朝食を終えたキリアンがサイラルとサギナを伴って小屋を後にした。マグリートは「邪魔する」発言どおり、小屋に居座り続け、シガルは本来の近衛兵の仕事に戻らざる得なかった。
(今日、またボットさんと会えるのだろうか?)
マグリートの話は面白かったが、シガルと話したい李花にとっては辛い時間であった。そんな彼女を救ったのは、あのサギナだった。
小屋に現れ、サイラルからの伝言を伝える。
「サイラル様がお呼びです」
「えー?」
マグリートは不満な声をあげたが、重い腰をやっとあげた。




