041
説明回ですが、切りどころがなくてちょっと長めです。
カップが行き渡ったところで「まずは」とトールが口火を切る。
「四種と断定したのは、メリアが感知した状況に基づく話になるけれど、間違いはないかな」
「上回ることはあっても、それより少ないということはないわね」
「私……、そんなにたくさんのことをした覚えはないんだけど」
隣で肩を竦めるメリアのひどく断定的な声に、ミアはきゅっとカップを握り込む。
自分で聞いていても不安気な響きになってなってしまったが、そこまで真剣に分析するほど大事になるようなことなのだろうか。
「良きにつけ悪しきにつけ、自覚なくそれだけのことをしたとなれば事態を正確に把握するべきだ」
手近な椅子に腰かけたトールは、わずかに眉を寄せて微苦笑した。
「高い潜在能力があるというのは良いことだけれど、自覚がないというのはそれを自己制御できていないということだからね」
「わけもわからず大出力でぶっ放して倒れた、ってのが、今のミアの状況。状況を自分でもわかっとけってことさ」
「うっ……」
自己把握、状況理解。
これらは現役冒険者の立場からアイルがよく口にすることで、だからこそ意外と説得力があって内容が重い。
特にきつく叱られたわけでもないが、似たような心持ちでミアは黙って目を伏せた。
「四種のうち、わかりやすいところでは書字法術ね。同時に、それで召喚された法陣を行使してこれで三つ」
「三つ……法陣二種だと?!」
「ええ、わたしも自分の記憶を疑ったけど間違いないわ、行使された法術は二つあったもの」
「それに『逆行』の常時展開か……」
目を見開いたエルフへ、メリアがあっさりと頷いた。
椅子は足りているはずなのに、元の場所――床の上で胡坐をかくアイルが腕を組んで唸る。
「法陣二種は後で聞くとして。魔道具の法術常時展開って、魔力の自動供給ってだけの話じゃ済まないワケ?」
法術理論についてはほぼ門外漢のアイル同様、ミアも疑問に思うところだ。専門家であり製作者でもある二人の顔を交互に見つめる。
「それは、魔道具の種類によるわ」
どう説明するべきか考えていたのだろう、アイコンタクトを交わした二人のうち、まず法術専門であるメリアが言葉を選ぶようにして慎重に口を開いた。
「単純供給するだけで良い法術なら簡単よ。例えば単純結界や単純な隠蔽といったあたりなら、全方向に効果発動すれば済むんですもの。だから、動力になる魔石と併用で放置しても問題ないわ。
でも、この魔道具は別物なの。ミアの成長を阻害せずに身体と環境を維持し続けるには、ある程度以上魔力の指向性とその制御が必要だもの。そのための式も多重に組み込んであるし……適性も多少はあるけど、ミアが一般法術を発動できないことにも関わるくらいには、ミアの魔力特性に影響を与えているのよ。同じ扱いができないのも当然でしょう?」
「通常の魔道具というのは、使用者へそこまで影響を与えるものではないということだよ。
身体機能の増強、抑制という魔道具は現存するものに含まれている。けれど、肉体性能に干渉するでもないというのに魔力特性のみに干渉する魔道具は滅多に存在しない。つまり、この腕輪はかなり特殊ということだ」
「……二人とも、よくこんな魔道具を作れたものだな」
「だって必要だったんですもの」
「娘の生命を左右するなら、全力を尽くすのは当然だろう?」
「それは――」
途方もなく重い息を吐いたディドが旧知の夫婦にどこか恨めしげな視線を向けるものの、即断言した二人に唸りながら黙り込んでしまう。
やはりこれは、常識度外視の魔道具らしい。
昔から付き合いの深い間柄でこうなのだ。外部に漏らせないのも――ナルスにすら詳細を話せないのも当たり前か。
具体的なレベルではまだピンとこないが、途方もない重要事項であることは理解して、ミアはそっと自分の腕を撫でる。
「そんなとんでもないものを、私が使っててもいいの……?」
「何を言ってるの。これはミアのために作ったんじゃない」
「そうとも、君以外の誰が使うというのだろうね?」
「う、うん……」
勢いに押されるように頷く。確かに、ミアの『体質』のために作られた以上はミアが使う以外の使用意図もないわけだが。
(ますます、この腕輪のこと、うかつに知られるわけにいかなくなったんじゃない……?)
内心、びっしりと冷や汗状態だ。
このような魔道具がなければここで生きていけない自分の体質に、何やら失望と諦観に似た感情もなくはない。同時に、常識外れなほどの性能を持つ魔道具を、ミアのためにと作ってくれた両親の思いも嬉しい。
複雑に絡む感情をもてあましたミアは、腕輪のはまった左腕を抱きしめるように抱え込んだ。
こんな面倒な体質のうえ自分の持つものを制御もできないなんて、とんだ爆弾だ。そんな人間を抱え込んだヘイアース家のリスクとは、どれだけのものになるのだろう。
普段は考えないようにしているネガティブな感情が、浮かび上がろうとしている。
自分がここに存在することにすら疑いを抱いてしまうような、そんな――。
「もうっ!」
「……へわっ?!」
途端に、柔らかいものにぎゅうぎゅうと胴を絞めつけられ、また頬に弾力のあるものが押し付けられて、ミアは目を白黒させる。
当てているとか当たっているとかそういうレベルではなく、窒息しそうな勢いで顔を胸元へ引っ張り込まれる。かなり本気で慌てたミアがもがくようにして目を上げた先で、拗ねた面持ちでメリアが唇を曲げていた。
「また! 変なこと考えてたでしょ!」
「か、母様っ?!」
「ミアがそんな顔してる時は、決まって変なこと考えてるってもうわかってるんですからね!」
「ちょっ、苦し……っ」
「ミアはわたしたちの大事な娘なのっ。それ以外何か問題があるの?!」
「問題というか」
「それとも、わたしたちがそこらの人間に何か勝ち目がないとでも思ってるの?」
「それはないけど」
うん、それはない。
それだけは、何があろうとどんな状況だろうと「否」と即答するしかない。このチートな両親と兄に、どこの誰が敵うというのか。
食いつくように即答したミアを、メリアは嬉しそうに笑って腕に抱きしめなおす。
「それなら、わたしたちの娘であるあなたに何も危険はないということよ。わたしたちが怖いのは、あなたを失うことだけなんだから」
「……うん」
「だから、余計なことは考えちゃダメよ? あなたがいない我が家なんて、もう考えられないんですからね」
「……はい、母様」
どうしてこう、この人たちは自分の想いを見事に読んでしまうのだろう。
経験を重ねた彼らにとって、ミアなどまだまだ、文字通りの小娘ということなのだろうか。おそらくはそれもあるだろう。
だが、同時にそうと察せられるほどにミアのことをよく見てもいるのだろう。細やかに心を配っているからこそ、些細な仕草や表情、視線の動きで感情を読み取ってしまえるのだ。
彼らから娘、妹として受け入れ愛されているというのは、なまなかなことではない。今更ながらに、ヘイアース家の覚悟と決意のようなものを感じてミアは胸が詰まるような熱を覚えた。
この人たちのためにも、グラついている場合ではない。ヘイアース家の弱点になってはいけないのだ。
彼らの実力からすればミアの努力などささやかなものでしかないだろうが、それでも気構えだけは整えておかないと、何かあった時足手まといになってしまう。
(もっと、しっかりしなきゃ……)
そのためにも、自分の力量を把握して制御できるようにならなければ。
ギュッ、とメリアを抱きしめ返して顔を上げる。
微笑みを浮かべていたトールが、目を細めてその笑みを深くした。わかっているよ、と言わんばかりに頷かれ、ミアは気恥ずかしげにメリアの腕から離れてわずかに居住まいを正す。
「さて、話を戻そうか」
常と変わらない様子で、トールが穏やかに言葉を継いでいく。
「ここでの問題はまだ幾つもあるが、残りの目立ったものだけを取り上げるとして――結界法陣の二種同時と、新式の書字法術についてかな。ミア本人は、その時のことをどう覚えているのだろうね?」
ミアはトールに促され、首を傾げながら記憶を辿った。
結界を発動させたことは薄ぼんやりと覚えているが、それが二種類だったかは覚えていない。
ただ、ひたすらに「起きるだろう爆発を封じなくては」と強く思ったことくらいしか……。
それを素直に告げると、トールは珍しく表情を消して目を伏せた。
「……なるほど。それで通常結界の内側へ、内指向性の結界が構築されていたのだね」
「ないしこうせい?」
耳慣れない単語を口の中で転がすように呟けば、トールが短く頷いた。
「おおよそ、結界というものは内外からの単純な衝撃に耐えるためのものだ。内指向性の結界は主に封印が目的となるけれど、それはつまり内向きにより純度を高めたものと考えることもできる。ミアはこれを衝撃を漏らさないという目的で運用したようだよ。
――もっとも、ミア自身は具体的に覚えていないようだが」
はい、まったく覚えてません……。
ミアはひやりとしたものを感じて身を縮めた。
あの時は本当に無我夢中で、よく暴走もさせずに無事終わったものだと――今更ながらに空恐ろしくなる。
が、今は反省というより状況把握が優先だ。
黙ってカップの中身を減らしていたアイルが、法術方面の素人として疑問を提示した。
「なんでそこで二種類必要になるんだろうなあ? その、封印用の結界があれば十分な気もするけど」
法術の素人というのはミアも同様だ。見たり体感したりという経験の面ではアイルがはるかに上回っているため、疑問点を見出すのも兄の方が早い。
そもそも、ミアには法術だけでなくこの世界での常識もいまひとつな部分がある。こういうことはアイルに任せた方が良いだろう。
ミアは黙って大人たちのやりとりに耳を傾けることにする。
アイルの疑問にある程度の形を示したのは、現場にいたメリアだった。
「これはわたしの感覚でしかないけど、内指向性の結界を通常結界で直接補強する……つまり、封印する力を上回る圧力がかかった場合の、保険といったところじゃないかしら。当然、外からの衝撃防止という部分もありそうだけど」
「ふうん、なるほどねえ。でもそれは、ミアが意識してのことじゃないよな。どうしてそんなことに?」
「おそらく、被害を食い止めようとする意識が強かったせいじゃないかしら。それより、少し話で触れただけの内指向性結界を発動できたことも驚きね。無意識で理論構築の応用をして、実行レベルまで引き上げたのかしら?」
「無意識でそこまでできるものかねえ?」
「基本理論を完全把握していれば、絶対に不可能とは言えないわ。なにより、新式の書字法術を実現したのと同じタイミングなんだし……」
「要するに、ミアを野放しにできないってことかぁ」
「……それは、アイルに言われたくないと思うわよ?」
メリアから呆れ混じりに少々きつい視線を向けられ、うへぇとおどけた風情でアイルが肩を竦める。
ミアにとっては些か落ち着かない話題に発展していたが、アイルのその仕草に妙にホッとして強張りかけていた腕の力をそっと緩めた。
その兄からはちらりと悪戯っぽく視線を向けられ、ミアは瞬きを繰り返す。緊張に気付かれていたらしい。
なんとなく気恥ずかしい思いで、カップを持ち上げてその中身を初めて口にする。冷めかけたお茶は、ブレンドされたハーブティで柑橘系の香りが優しく広がる初めての味だった。
そういえばこれは、アイルが淹れていたような……。
(話題はもうわかりきってたから、こうなることも予想付いてた、のかな。やっぱり)
本当に、普段からずっとこうなら素直に尊敬できるのに。
メリアとアイルのやりとりで結界法陣についての話題がひと段落ついた気配を見て取ったか、これを一区切りとしたトールが次の――本命の話題を展開し始めた。
「いずれにしても、発動した本人が詳細を覚えていない以上は私たちは推測を語り続けるしかない。そのことにも多少の利はあるかもしれないが、現象を追及するのは別の機会にしよう。
今回最大の焦点は、新式の書字法術で二種類の法陣を召喚、行使したという事実だろうからね」
「新式の書字法術か……」
興味を隠しきれない様子で、ディドがわずかに身を乗り出して問いを重ねる。
「召喚といえば『召喚』が筆頭となるが、それとはまた異なる術式なのだな?」
「私が知る限りではそのはずだね」
「どのような術式なのだ」
若干ではあるが気難しい気配が鳴りを潜め、好奇心が前面に出ているのを見ると、なるほどトールの同僚なのだなと納得できる。
ということは、この堅苦しいエルフも書字法術の使い手なのか。
(……あれっ、それって私も未来の同僚ってことになるの?)
そういうことらしい。まだまだ先のこととはいえ、なんとなく落ち着かない話だ。
家族ぐるみで付き合いが長いということは、ただ気難しいだけの人物ではないはずだが。
人物観察にも意識の比重が傾きだしたミアの視線の先では、ディドに食いつかれたトールがいつも通りの落ち着いた姿勢のまま、ふむと軽く考え込んでいる。
「偶然発動したあの術式と同じ、ということであれば、検索系と召喚系の並行処理となるけれど」
「ほう、複合の並行処理か。確かにそれは新式に違いない」
眉間のしわはまだ残っているが、それも先程よりずいぶん浅くなり――なにより、薄青の瞳が生き生きと輝いている。やや低く滑らかに響く声も、どこか熱を帯びて勢い付いていた。
うん、間違いなくトールたちの同類だ。
となれば……
「叶うならこの目で確認したいものだが――ファミアーシュ嬢にお願いしても良いだろうか?」
そう来ますよね!
予測された通りの発言に、ミアは大いに納得する。しかもこの声、だれかに恋をしているのかと問いただしたくなるくらい妙に熱っぽい。
(ああ、うん……。大丈夫です、間違えたりしません。法術に興味があるんですよね!)
研究にしか目がないという知り合いはいなかったが、本にしか意識が向かないという知り合いは何人もいた。
おそらくそれと同類だ。
見た目が良いだけに、この手の人物は周囲に勘違いする異性が何人も発生したものだ。
まあ、このエルフ氏は仕事で引きこもり生活が長いというし、以前の傍迷惑な知り合いたちと比べて周囲への害は少ないだろうから、距離が近くなったとしてもそんなに大きなとばっちりはないだろう。
両親や兄とも付き合いが深い様子でもある。将来の同僚予定ともなれば、この程度のことを惜しむ理由はない。
書字法術で使用する魔力はごく僅かなものだ。
ミアの体調はまだ万全とは言い難いが、メリアやトールもそばにいる。特に問題にはならないだろう。
そう考え、一度きりの行使に留まっている分、あの時の記憶から発動時の体感と詠唱を手繰り寄せようと準備していたミアは、続く予想外の発言に軽く驚いた。
「今すぐは駄目だ」
トールが少々難しい面持ちで、ディドの要望に否を示している。ミアが見ている普段の熱心さから考えると、この場での実験に同意するものだと思っていたのだが。
ミアと似たような感想を抱いたのだろう、ディドも友人の発言に軽く目を瞠っていた。
「なぜ」
「そのために、君に来てもらったのだからね」
「……あの要請が、このため、とは?」
「決まっているだろう。魔力抑制だ」
トールが穏やかな中にも揺るがない強さで口にした単語に、ミアは首を傾げて父の意図を図ろうとしていた。
ラクラウ氏は、やっぱり引きこもり研究者系です。
それにそぐわない特技も持ってます…が、それはまた先の話で。
兄様、多少挽回中?




