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少女は白本を抱いて世界を渡る  作者: 柚森 信
四章:新式法術
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039

年内に、と思っていたら間に合わなかった……orz


あけましておめでとうございます。

今年はもうちょっとまともなペースで更新できるよう

頑張りたいと思います。

よろしくお願いします!


 


 古来より、美人の涙とは大変に風情があるものだ。

 目に麗しくもあり、人の心に訴えかける力もまた格別に強い。

 声もなく、ただ静かにはらはらと頬を濡らす姿など、目にするだけでその悲しみがひたひたと胸に染み入る。


 ――元凶が自分であるなら、なおさらに。


「あの、か、かあさま……」


「……」


 目を覚ました途端、傍で待っていたらしいメリアと視線が合った。

 若葉色の瞳が潤んだのはすぐのことで、後はもう声をかけるのもはばかられるほど静かに、静かに頬を濡らすその姿に不肖の娘はもう言葉もない。

 責めるでもなく、叱るでもなく、だというのにここまで心抉られることがあるだろうか。


(面と向かって叱られるより、心が痛いよぉぉぉぉぉ!)


 こんなにどうしたら良いかわからないことなど、そうあるものではない。

 まだ気怠い身体をよいしょと持ち上げると、ミアは眉を下げ、枕元でただ涙するメリアの顔を覗き込んだ。

 一杯に涙をためた瞳を向けられ、うぐっと声に詰まる。


「母様、あの、ごめんなさい。本当に、こんな無茶はしない……ようにするから」


「ふーん。絶対にしないとは言わないんだ?」


「だ、だって兄様、今回だってしようと思ってしたわけじゃ……! 無茶したいわけでもないんだけど、……っ」


 伸びてきた細い腕にぎゅっとしがみつかれ、ミアは壁際からまぜっかえしてきたアイルへの反論を飲み込んだ。

 失うまいとするように抱きしめる腕の強さと、耳元で小さく咽ぶ声が、本当に胸に痛い。


「心配かけて、ごめんなさい」


「……」


「反省してる。今度は、もっと慎重になるから」


「……」


「それから、ありがとう」


「……?」


 ミアの反省と謝罪に言葉もなくコクコク頷いていたメリアは、ここでようやく訝しげな視線でミアを見つめ返してくる。

 涙に濡れてなお、すべらかな頬へ指を伸ばす。

 いつもより温度の低い肌に小さな指先が触れると、睫毛の先にたまっていた滴がほろりと落ちた。

 すん、と短く鼻を鳴らし、潤んだ新緑がこちらをじっと見つめている。

 自分のせいで泣かせているのは心苦しいのだが、こんな儚げなメリアを見るのは初めてで……くう可愛いなぁ!余計に胸が痛いわ!!


「結局は私の力不足だったけど、父様と母様から教わったことで、私にも少しはできることがあったから」


「そんなの……、わたしがもう少しちゃんと色々教えていれば」


「そこは、その、予測できない事故だったってことで。それに母様は、十分に色々教えてくれてるじゃない」


 実際、ミアの学習進捗を確認しにやってくるナルスあたりに言わせると、「あと二年半このペースで進んで、教学院に何を勉強しに行く気だ?」とのことらしいし。

 真顔で問われて「社会勉強?」と返したら、なんとも言えない顔で「養女までヘイアース家ってことか」などと意味不明なつぶやきを漏らされた。

 いや、それはともかく、本当に通常ではありえないらしい濃度で様々なことを教わっているのだ。

 己の持てるものを惜しみなく与えてくれるメリアが、自分を責める謂れはどこにもない。


「今回のことは、私が、身の程を越えたのが原因」


 ――母様、ごめんね。大好き。


 見ている側が切なくなるほど、こんなにも心配してくれる母がいるのだなぁ、と思った瞬間にその言葉は自然と零れていた。

 普段なら口にはしない言葉であったし、そもそも理屈として締めの発言としてはどう考えてもおかしい。

 それでも、それは意図しない分だけ、より真実に満ちていたのだろう。

 思わぬ一言に目を瞠ったメリアが、泣き笑いながらようやく見せてくれた笑顔を目にして胸に満ちたのは、日本人気質の照れくささより深い安堵がはるかに上回っていた。

 輝くような笑みが、どれだけミアを思ってくれているかを伝えてくれる。


 ただ、窒息しそうなほどのハグはどうかと思います、おかあさま。

 これも、愛の重さですか……?!







 涙を拭った後、自分で鏡を覗きこんで慌てて軽く目元を冷やし――といつものペースを取り戻したメリアは、トールを呼んでくる、と言い残し笑顔で部屋を出ていく。

 自分のせいで泣かせたという自覚があるだけに、ここしばらくはメリアの言動に逆らえないだろうという確信を抱いて、ミアは軽くため息を吐きつつ背もたれにしていたクッションに沈み込んだ。


(心配かけた元凶だもんね。……いや、元々の引き金はあの変な男だっけ)


 そういえばそうだ。

 元はと言えば、あの男が自分に気持ちの悪い執着を見せたことからだ。ミアにうかつに近寄ろうとした男が、メリアに咎められ逃げようとしてこうなった。

 そもそも、後ろ暗いところがあるから逃げることになるのだ。

 あの時の視線を思い出し、ミアは口元をひん曲げる。


「……あの変態、どうなったのかな」


「変態?」


 わずかに剣呑な気配を纏った声が頭上から降り、同時に視界を影が覆った。

 ミアは覗き込むように上半身を屈めてきたアイルを見上げる。……今度は物理的に首が痛い。

 そういえばいましたね、兄様。


「ええと、変態の話は聞いてない?」


「いや? 大体は聞いたけど、ミアが断言するほど変態だったのかと思ってねえ」


「あーー……」


 あれはまごうことなく本物の変態でした。

 とりあえず思い出すから、この話突っ込まなくてもいいかなぁ?


「ちょっとアレは、もう出くわしたくない感じかなぁ」


「へぇ……」


「ええと、あの、報復はほどほどに」


(この笑顔は、絶対「おまわりさん、こっちです」ってやつだ……!)


 具体的な発言で思い出すのもどうかと言葉を濁したが、その意図は伝わってしまったのだろう。

 目を細め薄く酷薄な笑みを浮かべたアイルへ、ミアは思わず宥めるような言葉を向けてしまう。

 この兄は時折こうして、どこか危うげな気配を見せる。精神的にではなく、なんといえば良いか……野に放ってはいけない系の危うさだ。

 アイルは「予想外」と呟くと、真意を確かめるようにこちらをまじまじと見つめ、どこか面白がるような風情を見せる。


「ほどほどでいいんだ?」


「兄様がリスクを背負うほどの価値もないでしょ?」


「そこに価値を見出すかどうかは、俺が決めることだとは思うけどねえ」


「あんなヤツと関わることに、価値があるとは思えないけど」


「ははあ、なるほど。わかってないわけだ」


「……?」


 この兄はこうして、時々ミアに関して意味の通らない、もしくはわかりづらい発言をして勝手に完結する癖があるような。

 ミアは、あんな変態のためにアイルが手間をかける価値もないだろうと思ったのだが……アイルにとっては違う意味があるのだろうか?

 首を傾げるようにして見上げるミアの視線に苦笑したアイルは、つるりと口元をひと撫でしていつもの笑顔に戻った。


「まあいいか、父さん母さんが何かしてたみたいだから、今更俺が動くまでもないだろうし」


「それはそれで、怖いものがあるんだけど……」


「だから、今更今更」


 ひらひら手を振られ、ミアはわずかな逡巡の後、終わったことと判断して同意の頷きを返した。

 何か必要があれば、頼もしい両親から何らかの話があるだろう。

 もうあの変態はどうでも良い、よし。


 ――しかし。


 ミアは再び兄へと目を向けた。

 アイルは少々行儀悪く、靴を履いたままで半ばベッドに乗り上げるように腰を下ろし、ミアの顔を覗き込んでくる。

 物言いたげな視線にはとうに気付いていたらしい。


「それで、意外って顔してるのはなんで?」


「え、だって、兄様も何か言うかなって思ってたから……」


 普段からミアに絡みたがる兄にしては、今回のことについてあまりどうこう言ってこないことが不思議だった。

 てっきり、色々な隙について突っ込まれると思っていたのだが。

 思い切ってそう尋ねてみれば、なにやら意味深な笑みを向けられた。


「そうだなあ。父さんから叱られ、母さんにああして泣かれて、それでも何も堪えてないようなら何か言ったかもね」


「うっ」


「いや――」


 十分堪えてますから!と言いかけたが、それを遮るようにすぐさま続いた否定形の単語にミアは首を傾げ――続く言葉に頬を強張らせる。


「逆に何も言わなかったかもしれないけど」


「そっちの方が怖いよ……!」


 それってもしかして、見捨てるとか見限るとかそういうアレじゃない?!

 ぼそり零した呟きはちゃんとアイルに拾われていたらしく、顔を上げた先には満足げな笑みがあった。

 くしゃりと髪を撫でられ、ミアは目を円くする。


「ほら、ちゃんとわかってるだろ? だから今回俺から言うことは特にないよ?

 そうだな、強いて言うなら――」


 ふ、と気配が変わる。

 珍しいくらいの真顔に、ミアは小さく息を呑む。


「ホントに心配したから」


「ご、ごめんなさい……」


「やりたいことに飛び込むのもいいけど、リスクは見誤らないようにな?」


「うん……」


 リスク計算できるだけのものも持っていない今は、危ないことに首を突っ込むなということでもあるけど。

 それでも、頭から全面禁止するでもない兄は、色々見透かしてるのだろう。

 くしゃくしゃにしたミアの髪を自身の手で直していくアイルをぼんやり見つめ、二百歳というのはやはり伊達ではないのだな、などと考える。


「ん、何?」


「……普段からこうなら、素直に尊敬するのになぁって」


「えっ、普段からこうじゃない?」


「じゃない」


「断言?」


「うん」


「酷いなぁ。ホントに心配した兄は妹の発言ですごく傷ついた」


「その棒読みで、どこまで信じてもらえると思ってる?」


「愛すべき妹なら全部信じてくれるよね。って、その胡乱なものを見る目はどうしてなんだろうねえ」


「自覚がないって無敵だと思うの」


「この兄は妹を愛してるっていうのになぁ」


 そうして、いつものように嘆きながらアイルは泣き真似で顔を覆う。

 いつも通りに近い言葉遊びの結末は、まったくいつも通り過ぎてミアは苦笑以外の表情を選べない。

 そう仕向けられているとわかっているから尚更だ。

 これもまた、彼なりの気配りなのだ。

 すぐ泣き真似に飽きたらしいアイルは、廊下に目をやり肩を竦める。

 おそらくトールを呼びに行っていたメリアが戻ってくるのだろう、とミアも廊下へ視線を向けた。


「さてと。細かいところは父さん母さんに任せるけど、俺も今後のことを色々考えることにするか」


「今後? 色々って?」


「色々は色々だよ。目が離せない妹がいると大変だよなぁ」


「………」


 なんとなく不穏なものを感じる発言だが、今のミアの立場では突っ込めない。

 そうわかっていてこんな言葉を選ぶのだから、アイルは本当に捻くれたいい性格をしている。


「えー、褒めても何も出ないけど?」


「褒めてないから!」


 

アイルが言った「価値」は、大事な妹に手を出す相手への見せしめという意味では行動する価値があるかなぁと。

でも、父母がもうやってるからいいか、となりました。

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