035
少々、気持ちのよろしくない人物が出てきます。
ねっとり描写注意報。
「――いかがでございましょう」
「さすがね。期待を裏切らない良い出来だわ」
「恐れ入ります」
満足げなメリアに店主が一礼する。
是非にと乞われ、その場で試着することになったミアは鏡の前で難しい顔だ。
「お嬢様はお気に召しませんでしたか」
不安そうな視線を受け、はっと我に返ったミアは慌てて首を振った。
「いいえ、とても素敵な外套ですね。かわいいと思います」
「そうですか、それはようございました」
ルーマーの唇に安堵の笑みが浮かぶ。にこやかな顔を崩さないままミアは鏡を眺め、内心でまた苦笑する。
密に織られながらも軽い上質の毛織物は肌に優しく、胴回りも身体を圧迫しないようベルトはデザインを引き締めるための飾りに近い。
ミアの好みを察したか、主な色合いも白と淡い青紫で、ふわふわとした白い飾りのついた襟元から腕にかけてケープのようなシルエットが柔らかく身体を包んでいる。飾り縁だけが薄いピンクなのはメリアに配慮したせいだろうか。色の組み合わせとしては似合っているので、ここは諦めるしかない。
華美に過ぎず、さりとて少女らしい可愛らしさを引き立てる素敵なデザインだと思う。
ただ、それを着ているのが自分だということに納得がいかない。
(どうしても、可愛い格好に違和感があるのよね……)
鏡を覗き大人たちの視線がこちらから外れていることを確認すると、ミアはふっくらとした頬を指で摘み軽く両側に引っ張る。
そう、こんな台無し加減でようやくほっとするのだ。
自分が可愛らしいと言われることに、ミアは未だに慣れることができなかった。
あれから十日あまり後、仕立て屋のルーマー氏から連絡が届いた。
いくら寸法を把握しているからといってもこんなに早く仕上がるとは思わず、ミアはその素早さに驚いた。店主としては、上客からの今後の信用を左右する重要案件を最優先にしないわけがないのだが。
ちょうど神殿長も隣街の祭事へ出ているとのことで、メリアはミアを誘いもう一度カレントの街へ出てきたというわけだ。
是非にと乞われその場で試着した外套はメリアの目にも納得いくもので、早速鞄の中へと収められた。
上機嫌なメリアは供された茶にも手を付け、その場で春の新しい服まで注文を済ませてしまう。
真剣な面持ちで内容を十分確認し、ルーマーはようやくひとごこち付いたようだ。
「それでは、出来上がりましたらご連絡いたします」
「ええ、楽しみにしているわ」
「奥様お嬢様の信頼にお応えできるよう、全力を尽くします」
腰掛けたまま一礼するルーマーへ、メリアも鷹揚に頷いてみせた。
「ところで、ひとつ尋ねたいのだけど」
「なんなりと」
「先日あなた、この子のことを『山の上のお嬢さま』と言っていたわね。あれはどういうこと? ああ、責めているのではなくてよ」
「これは……失礼をいたしました。実はわたくしどもの工房の中に、奥様お嬢様のことを『山の上の方々』とお呼びしている者たちがおりまして……」
「ふぅん。間違いではないわね。確かにわたしたちの屋敷は、カレントの街から見て『山の上』だわ」
カップに唇を寄せつつ、わずかに目を伏せる。
そんなメリアへ、ルーマーは言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「わたくしは皆様方のことを詮索するつもりはございません。ですが、一部には不思議に思う者もおります。
貴族階級の方ではあられませんのに、なまじの方々より物腰優雅で品位もお人柄も優れていらっしゃる。転移の法術を使いこなしておいでのせいか、富裕な方々ですのに馬車をあまりお使いでない。下々の者が口にするような街の食べ物も隔てなく好まれる。
なにより、長くこの街と関わりを持っておいでのようですのに、お姿は変わらずお美しいまま。――いったい、どのような素性の方々かと」
「そう……。ふふっ、あなたはどう考えているの?」
「わたくしは初めてお会いした時と変わらず。旦那様は旦那様、奥様は奥様です」
「それは嬉しいわね」
そりゃあ、普通疑問に思いますよね……。
ぬるくなったミルクティーを飲みつつ、ミアは内心苦笑する。
外部と接触する機会が少ないこともあり、ヘイアース家について街の人たちがどう考えているかについてあまり考えたことがなかった。
竜人であることを知らせるつもりはないようだが、長命種ゆえに『院』のような環境でなければひとところに留まる弊害はあって当たり前だ。人によっては恐れすら抱くだろうその事実を、ルーマーは当たり前のように受け入れている。このような人間がいるからこそ、トールたちはカレントの近くに住まいを置くのだろう。
また竜人ゆえか、この家族には並の貴族よりもよほど貴族らしい部分もある。特に「それらしく」振舞う時のトールとメリアは、その美貌も相まって威厳すら漂っているように思う。王族はまだ見たことないが、並んでも遜色ないのではなかろうか。
(あと、あまり気にしてなかったけど、やっぱり馬車使わないのって違和感あるんだ……)
転移法術を使う時に邪魔、という理由を聞いたことがあるのでそれについては改善の見込みはない。街の住人たちに謎を残すことになるが、そこは致し方ないだろう。
ルーマーの言葉に淡く微笑んだメリアだったが、すぐ訝しげに眉を寄せる。
「そんなあなたの工房から、どうして暴走する職人が出たのかしら」
「……正直、わたくしにもあまり理解できる話ではないのですが。どうも、お嬢様が自分の手による衣裳をお召しになることに執着していたようでございます」
眉をひそめるルーマーからミアへ向けられた視線はほんの一瞬だったが、そこに込められた申し訳なさそうな、痛ましげな気配にミアは気付かないふりで子供らしくドレスの飾りに気を取られたように装う。
問題の若い職人とやらは、あまりよろしくない色々を抱えていたようだ。
トールの下調べ通りか。
うへぇ、とカップに隠した口元を行儀悪く思い切りひん曲げる。
(ロリ的な意味で見初められたとかだったら嫌だなぁ)
問題となった服そのものを、実はミア自身でじっくり観察する機会がなかった。メリアに見せてもらおうと思ったらさりげなく躱され、そのままルーマーの手に渡って終わった。
出世欲とか自己顕示欲までならまだマシだが、それ以上だったら色々と問題があるのでは、とミアはここまで考えないようにしていた方面へ意識を向ける。
……どうやらそれが正解だったと知るのは、この後のことだ。
用件を済ませた二人は、仕立て屋を出て早速神殿へと向かう。多少嫌な話も聞いたが、オルガンの音色が待っていると思えばミアの足取りも軽くなる。
公園のそばまで来るとかすかに旋律が聞こえ始めるのは、先日と同じだ。
「今日も演奏してるみたい!」
「良かったわね」
笑みを交わし神殿へ急ぐ。
前回同様、神殿内へ入った二人だが、今度はあまり目立たないように後ろの方の座席へ座ることにした。
ミアとしてはすぐそばで鍵盤とその上を滑る指の動きを見てみたいところだが、今のところは音色を耳にできるだけでも良いと思っている。メリアが不愉快な思いをせずに済む方が大事だ。
奏でられている旋律も前回と同じもので、ミアは覚えかけているメロディに合わせて膝の上で小さく指を躍らせた。
そろそろ楽譜集も開いてみようか。でも家に楽器はないし……。
そんなささやかな葛藤を抱えつつも、最後まで音色を楽しみ、演奏が終了したところでメリアにもう良いと合図して席を立つ。
今日は事前情報通り困った相手も出てこず、二人はそそくさと神殿前の広場まで撤退完了した。
「ミア、喉乾いてない?」
「少しだけ乾いたかな。でも、さっきルーマーさんのところでお茶飲んでるし、一杯は飲めないと思う」
「じゃあ、二人で半分ずつにしましょうか」
いつも以上に笑顔のメリアが近くの露店へ向かう。半分ずつ、という行為に喜びを感じたらしい。
娘との半分こはそんなに嬉しいものかな、と首を傾げて見送るミアの視界に――ふと影が落ちた。
「ああ、お嬢様……。やはりそうだ。山の上のお嬢様は、ミア様とおっしゃるのですね」
突然現れた男は、ミアに視線を注ぎにっこりと笑みを浮かべる。
身なりをそれなりに整えているように見えて、どこか荒んだ雰囲気の若い男は、口元へ笑みを乗せたままゆっくりとミアへ近付いた。
その視線に、ミアの背筋がぞくりと粟立つ。
品定めしているようでいて妙に熱っぽい、絡むような、嫌に情念の籠った……執着、そうか!
(多分、この男だ……!)
ミアへ衣装を着せることに執着した、若い職人。
ルーマーが「もう問題ない」と言ったからには、おそらく厳しく叱責したか処分があったかだろうに、それでもミアたちの後を追ったのか。
「怖がらなくても大丈夫ですよ、ミア様。ただ、俺の服を着てほしいだけなんだ。そんなつまらない服ではなく、お嬢様の可憐な肢体を引き立たせるような……俺の作った服を」
「………」
ミアは後退りながら、ゆっくり首を振る。
いや、怖がるなと言われても無理! そのねっとりした目は明らかに変態的だから!
「その黒髪を俺の手で結い、その象牙の首筋と手首へ俺の手でリボンを巻き、たおやかな胴を締めたい……。細い足にシルクの薄布で靴下をつくり、俺の手で履かせて差し上げて……」
(いやぁぁぁぁぁ!! 妄想モード入ってる!気持ち悪いぃぃ!!)
酔ったように自分の望みだけを垂れ流す青年は、異様に輝く瞳でミアを見つめたまま歩みを止めない。
「ミア様。俺の手で飾って差し上げますよ。そして――」
子供にはわからないかもしれないが、これでも中身は成人済みの女だ。自分へ向けられる視線がどんな種類のものかくらい、見分けがつく。
いや、子供でもこの空気には危険を感じるだろう。それほどに、ここまで強い感情を間違えようもない。
――こいつは本気でヤバい。
変態は全力でゴメンだ!!
逃げるには子供の足ではリーチが足りない。
今使える法術はまだこんな時に使えるものではなかった。
それでも役に立つかどうかもわからないまま、ミアは何かの時のため隠し持っていた魔法紙へ指を伸ばし、
「――その子に何をしているの?!」
それに触れようとした時、鋭い声が二人の間に割って入った。
ぎくりと身を強張らせた男は、動揺したように声を振り返る。怒りを隠そうともしないメリアは、凍りつくような視線を向けたままこちらへ歩み寄る。
纏う魔力が急速に高まり、その影響か周囲の空気がゆらりと揺れるように見えた。
「いや、俺は……」
メリアの視線に青ざめた男は、狼狽えたように落ち着きをなくす。
首を振り、じりじり二歩三歩と下がると、怯えてやみくもに駆け出した。
「うわぁぁ……っ!!」
「……ちっ」
舌打ちはしたものの、男がミアに触れることもできず逃げ出したのを見て取り、ほっとした面持ちでメリアが駆け寄ってくる。
危険は去ったと認識するなり、ミアは眩暈を覚えた。
ふらつき近くのベンチにへたり込んだミアの顔を、覗き込んだメリアが大丈夫かと声をかけようとした瞬間、
「おいっ! 危ない、よけろ!!」
傍の通りから、鋭い馬のいななきと数人の悲鳴が同時に上がり、安堵に緩みかけていた二人の視線が引き付けられるようにそちらへと向いた。




