033
「――ねぇ、ルーマー。わたしたちはあなたと、今までとても良い関係を築いてきたつもりだったわ」
茶を供した使用人が部屋から出て行った後、来客用の上等なソファーに品良く腰掛けたままメリアが物憂げにため息を吐いた。屋敷では見られない権高い風情に、隣のミアは驚いて目を円くしている。
衣裳部屋へ連行された後、納品された冬服を一通り見ていたメリアは、いくらか眉を寄せたかと思うと突然ミアを連れて街へ出かけると言い出した。
納品された中から一着を引っ張り出しなにやらトールに調べてもらっていたが、それを拡張法陣を仕掛けた鞄へ放り込みミアと一緒に仕立て屋へ直行して――。
わけもわからず店の奥までついてきたミアだったが、メリアが突然このような腰高な態度を示すとは思わず、内心非常に驚いている。
言いつけ通り出された茶には指も触れず、ミアは静かにメリアの隣でただ黙って成り行きを見ているしかない。
薄く笑みを浮かべてはいるが、向かいに腰を下ろす男に向けられた瞳は相手の出方を窺うもので、冷ややかに観察される仕立て屋の店主もメリアの発言に驚きを隠せない様子だ。
「わたくしどもが、奥様に失礼なことを致しましたでしょうか」
「ええ、おそらくあなたの関与しないことだとは思ってはいるのよ。とはいえ、注文してもいない物が納品されるというのはどういうことかしら」
「なんと……!」
壮年の店主が言葉を失う。
ため息混じりで頷くメリアへ、真剣な面持ちで店主は引き締まった身体を乗り出した。
「それはどのようなものでしたでしょうか」
「布の質はいつもここで扱っているもののようだったわ。けど、わたしが注文したデザインではないのよ」
「それは今お持ちでしょうか」
「ええ」
傍らの小さな鞄を開くと、メリアはさっと子供サイズの服を一着取り出す。みかけより体積の大きいものが出てきても驚かない店主は、なるほどヘイアース家と付き合いが長いのだろう。
差し出された服を手に取り検分していた店主も眉をひそめた。
「これは……確かに奥様がご注文なさるようなものではありますまい。これでは、お嬢様がお苦しいはず」
「ええ、こんな窮屈な服をこの子に着せるつもりはなくてよ。タグもいつも付いているものと違うわ。どういうつもりなのかしらね」
「一名、心当たりがございます。若い職人でございますが……おそらくは『山の上のお嬢様』に自分の作品を着て頂きたかったのでしょうが、なんとも未熟な……。
わたくしの躾が行き届いておりませんで、奥様お嬢様には大変ご迷惑をおかけいたしました。なんとお詫びを申し上げれば良いやら」
重く息を吐いた店主は、指すら触れられていないカップに気付いてさらに表情を沈痛なものにする。
サイアニアスでは、供された飲食物を口にすることが接待する相手への信頼や友好の態度を表す。触れられることのないカップがメリアの怒りを示していた。
メリアは目を細めて心もち顎を上げる。
上流階級然とした雰囲気を醸し出したまま、メリアは何かを考え込むような風情でややあった後、鷹揚に頷いてみせる。
「そう……。良い服なら、注文していなくてもこちらへ一声かけただけで喜んで受け取ったのだけど。
こんな押しつけがましいデザインでは、受け取るわけにはいかなくてよ。わたしたちは、職人の着せ替え人形ではないのですからね」
「もちろん、心得ております」
「では、そちらの良いようにしてちょうだい」
「かしこまりました。……奥様。差し出がましいことではございますが、ご迷惑をおかけしたお詫びに、わたくしからお嬢様へ新しく一着お贈りしましても構いませんでしょうか」
ミアの瞳がさらに丸くなる。
ここまで大げさな話になるようなことだろうか?
そう思いながら、メリアの指示は黙っているようにとのことだったので口をはさめない。
あれよあれよという間にメリアは店主の申し出を受け、ミアの冬服に新たな一着が加わることになっていた。
仕立て屋を出て近くの公園まで移動すると、ベンチを見つけたメリアは「一休みしましょうか」と露店で二人分の飲み物を買う。
腰を下ろし木のカップへ口を付けると、ようやく一息ついた心持ちだ。
慣れない空気にどうも気疲れしてしまった。
「……母様、さっきのは?」
「さっきのって?」
店を出る頃には機嫌を直していたメリアがミアへ向ける視線は、いつもと変わらない。ニコと機嫌良く微笑んだメリアは首を傾げ、しかしすぐに頷いた。
「ああ、あれね。ただの注文違いなら、これ違うわよ、って言うだけのつもりだったんだけど、なんとなく嫌な感じがしたからトールに見てもらったのよ」
「嫌な感じ? 服に?」
ミアの目にはただのデザインを張り切り過ぎた子供服にしか見えなかったが、メリアには違う風に見えたらしい。
思い出したか、わずかに顔をしかめる。
「欲みたいなものを感じたのよね。それでトールに見てもらったんだけど」
「……父様、裁縫方面でも何か特殊能力持ちなんですか……?」
唖然としたミアへ、瞬いたメリアが小さく吹き出した。
違いますか。そうですよね、さすがにそこまでじゃないか。
「まさか、違うわよ。そうね、この言い方ではそう勘違いするわね。ふふ……彼に見てもらったのは、タグの方よ」
「ああ、さっきいつものと違うって」
やりとりの内容を思い出したミアの言葉に、メリアは楽しげに頷いた。
「よく覚えてるわね。そう、タグにサインのようなものが刺繍で入ってるものだから、何かわかるかなと思ってトールに調べてもらったの」
「そんなものまで対象になるんだ……」
書字法術の応用幅が広いのか、それともトールが万能なだけなのか。どちらとも判断の付かない話を聞きながら、ミアは調査の内容を尋ねる。
メリアがやや顔をしかめて見せるので、あまりよろしくない内容だったようだ。
「色々な欲が混ざってるみたいね。自分のデザインした服を売り込みたいとか、可愛い子を自分の好みに飾りたいとか……他にもね」
「それ、あまり嬉しくない」
「でしょう? 自分が着せたいっていうだけじゃ、良い服なんて作れるわけないじゃない。服というのは着る側も心地良くなくちゃ。ルーマーはそのあたりもよくわかってるから、付き合いが長いのだけど」
控えめながら芯のしっかりとした店主を思い出す。
「感じのいいおじさまだったね」
「うふふ。昔はもう少し青かったけど、良い味が出たわよね。トールが一番だけど、それでも良い男というのは見ていて目に楽しいわ」
「母様の場合、見た目だけじゃなくて中身の評価も厳しいから」
「当然じゃない?」
「私は、あまりに過ぎる美形は苦手かなぁ……」
美形なんて、鑑賞するだけでおなかいっぱいです。
昔から、顔の良い男女とはあまり良い縁がなかったように思う。というより、性根のよろしくない人間が多かったというべきか……。とうに縁の切れた従妹も結構な美少女だったと思うが、小さい頃から付き合いで地味に苦労させられた。
それを考えると、美女・美青年揃いのヘイアース家の中でよく平穏無事な日常を送れるものだな、と首を傾げたが、人間性が大違いだと即座に反省する。
(あれらと比較対象にした私が間違ってました……!)
……ああ、兄には一部性格に難があったか。
うん、やはり美形な若い男は要注意だ。父様はその範疇に入れないが!
要注意対象へ入れない理由は、性格がとても良いからであって若くないからではない。断じてそこは違うのだ。
その基準だと、二百歳のアイルが対象外になってしまうからな!
「さあ、帰って残りの確認をしましょうか」
飲み終わったカップを露店へ返したメリアは、再びうきうきと楽しげな面持ちだ。
また着せ替えが始まるのかと青くなりかけたミアは、ふと耳を澄ましゆっくりと瞬いた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「今、何か聞こえなかった?」
「何かって……」
「あ、ほら。音楽みたいな」
かすかな旋律のようなものが、とぎれとぎれに聞こえてくる。
言われて初めて気付いたという顔で同じく耳を澄ませたメリアが、合点のいった様子で頷いた。
「ああ、属性神の神殿ね。オルガンを演奏しているんだと思うわ」
「えっ?! オ、オルガンがあるの?!」
バッと顔を上げ、瞳を輝かせたミアが勢い込んでメリアへ迫る。
いつもと逆の構図にメリアが目を白黒させるが、ミアはそれに気づいていない。
「え、ええ……。公園を横切ってその少し先に神殿があるんだけど……行ってみる?」
「行きたい! そばで聞きたいし、演奏も見てみたい!」
「ミア、あなた……」
マジマジと驚いたようにミアを見つめたメリアは、だがすぐに破顔して頷いてみせる。
「そんなミアを見るのは初めてね。うふふ、わかったわ。行ってみましょう」
「ホント?! ありがとう母様!」
はしゃぐミアを見つめ、母の顔で嬉しげに笑み綻んだメリアは――ミアに気付かれないようにこっそりと困ったようなため息をひとつ漏らした。
謙譲語とか尊敬語とか……(眩暈
私用で、数日ほど時間不定期更新になります。




