028
法術研究の回です。
「うーーーん、何が悪いんだろ」
「少々絞込みが甘いようには思えるけれど、実験内容からするとそれはそれで方向性は正しいのだから困ったね」
「そうなんですよね……」
いつもの書斎のいつもの机で。
困ったように笑うトールの前でミアが唸る。うんうん唸る彼女の前に何枚もの用紙が散らばっていた。ほのかに魔力を帯びたそれに記されているのは、全て内容は違えど日本語ばかりだ。こういう時にこそサイアニアスの言語を基準に物を考えれば良いのだろうけど、今は実験が主眼のため反応速度を考えてミアにより馴染みの強い日本語文書を対象に術を行使している。
「ええと、……『召喚』」
新しい魔法紙を手にすると、明確にコレとイメージして頁を呼ぶ。呼び出したのは、日本の自室へ置いてきた写真集からひまわり畑の一枚。
うん、これは間違いなく成功。
「――『検索』、『召喚』」
また新しい魔法紙を手にして、二つの呪文を唱える。
次にイメージしたのは、単語のみ。その言葉を強く意識に刻んで呪文をひとつ。自分の中に浮かび上がってきた何か《・・》を掴み取るようなイメージでもうひとつ詠唱。
指先から熱が逃げるようないつもの感覚がきて、魔法紙が反応する。狙った単語を含む国語辞典の頁が呼び出されて、今回も成功。
国語辞典など全文を正確に覚えているはずのないものは、こうして単語ひとつに鍵を絞ることで対象を確定する。これも今のところ失敗することはほとんどない。
ところが、だ。
「次の鍵は――そうだね、冷たい飲み物で」
「また範囲が広い……」
ううっと唸りつつ、曖昧検索をイメージしつつミアの中のざっくり《・・・・》とした「冷たい飲み物」を浚いあげる。
なんとなくこうかな、と方向性がつかめたところで詠唱。
「『召喚』」
あえて対象を絞らず、ぼやけた体感のまま法術が発動する。
いずれかのレシピを期待してそこに現れたのは、カラオケ店のソフトドリンクメニューだった。賭け事予想でいうところの大穴が来た気分だ。なぜこうなった。
「また違うのが引っ掛かったぁぁぁっ」
「これは?」
「遊戯施設で提供されてる、ドリンクのメニューです……」
「ほう、これはこれで興味深いね」
点在する見慣れた商品写真がそれとなくミアの心を抉る。
目標のものじゃないって証拠だからね! しかもファミレスとか飲食店系のメニューじゃないし。そんなにカラオケ行ってないんだけどなぁ。写真が目立ってるから印象の問題?
面白そうに写真を覗き込むトールの前でぐったりと突っ伏す。これが例えば、冷たいジンジャーエールのレシピ、と限定すればちゃんと現れてくれるのだ。単に『召喚』の訓練ならそれだけで良い。
それを、なぜこのようにあえて曖昧な条件での法術行使を続けているかというと、一応ちゃんとした理由がある。
「あの時、並列処理が発動した感覚を正確に再現できるようになれば、君の有効な武器として活用できる」
「武器と言っても、中の人都合で戦闘能力はそんなに望めないと思いますよ」
「ナカノ? 人間社会において、物理的な戦闘だけが戦いではないと君にもわかっているだろう?」
「まあそれは……」
ヘイアース家の養女として社会に出るミアに対して、世間的には相当期待値が高くなるようだ。期待が高まれば当然ミアへの評価も厳しくなる。一方的な期待などと実にありがた迷惑な話だが、世間とはそういう理不尽なものだとミアは社会人経験の記憶から承知している。
このことについては以前から薄々そんな予感もあったうえに、ナルスがそれとなく言及してくれたため「ああ、やはりそうなのか」と納得できてしまった。最初からちゃんと指摘をしてくれるナルスは、本当にすごく良い人だと思う。
これだけお世話になっている人たちのためにも、方向を間違った期待も下種な思惑もまとめて鼻で笑ってやるぞと意気込みは十分だ。
そんな状況で書字法術を扱えるというのは有効なポイントとはなるが、それに加えて知られても問題のない売り《・・》が何かもうひとつはあった方が良いという話し合いの結果、実験の際に無意識で発動した、トールですら初見の法術というものを正確に修得しようということになったのだ。独自法術というのはそれほどに価値が高いらしい。
ちなみに、大量の未発表レシピについてミア自身も売りとして挙げなかったことについては、賢明な判断だとして家族から褒められた。とはいえ、目立つのが嫌という理由については減点をくらったが。ひとつやふたつならともかく、あれだけ大量となると知られていない知識の情報元ということで下手をすると命の危険があるらしい。
そこまでのこととは考えていなかった平和ボケした元日本人が青ざめて、情報抑制について家族の判断を仰ぐことを約束したのは言うまでもない。もしかすると、ナルスが王都で焼き菓子を売りに出すかと尋ねてきたのもこういう考えがあったからかもしれない。あの場で断っておいて良かった。
「アレ、どうやってやったかなぁ」
ぐぬうと唸りつつ、ミアはあの時の条件を思い出す。
単語を確定して呼び出す、という条件は通常の『召喚』と同じように思えるが微妙に違う。
今鍵にしている単語は、綴りや表記を明確に脳裏に描いて呼び出すものだ。だから、連想方式で結構これというものをかなり具体的に描いてから引っ張り出している状態になる。
ところがあの時は「せんぺんいちりつ」という耳からの音と、たしかそんな日本語があったようなという曖昧な記憶だけで魔力が動いた。手元に国語辞書の頁を呼び出して初めて「千篇一律」の熟語を単語として認識したくらいなのだ。
つまり、発動のタイミングが一段早いことになる。
微妙な違いと言えばそれまでだが、そこが大きな違いにもなるのだと偉大な師匠は言う。
「鍵が似たような条件に見えようとも、明確に思考を捉えなくては発動しない法術と、感覚だけで反射的に発動する法術とではまるで別物なのだよ。反応速度の違いが、生死を分ける可能性もあることを考えなさい」
これは、難易度の高さに匙を投げかけた時トールにたしなめられた言葉だ。生死を分けるような場面にそうそう出くわしたくはないが、師匠の言葉ももっともなので地道な作業は今も続いている。
作業状況が暗礁に乗り上げかけている今、訓練の最後に使えそうな新しいレシピを一品発掘することが何気ない気分転換となっている。作りもしないのにどうしてこんなに記憶からレシピが発掘されるのかというと、大学時代に文芸サークルで乱読に勤しんだ経験がここで生きていた。
文芸サークルと言っても、書評の交換という口実で文字が印刷されているものならなんでも読むという節操のなさが売りのサークルで、部室に積んであるものも古い学術書から婦人雑誌系のレシピ本、漫画もあれば某薄い本も解読不能な古文書もあるという「混沌」の単語がしっくりくる空間だったと懐かしく思い出す。一度まともに読んだことがあれば対象認識される書字法術は素晴らしいが、それでいくとアレやコレも対象として呼び出される事故もありうるのだ……。ちょっと怖い。
閑話休題。
なにをどうしても通常の『召喚』になってしまうミアの現状に、魔力遮断の布を手に呼び出された写真を見比べながらトールがため息をつく。
「ふむ。これは、独自法術の詠唱を先に特定した方が良いかもしれないね」
「詠唱の特定?」
「あの実験の折りには、詠唱なしで呼び出していただろう? 今の君は、継続して『召喚』で術を行使している。この結果はその詠唱に縛られているのではないかとも思えるね」
「……ああー」
それはあるかもしれない。
ちゃんと呼び出そうと思って今までずっと『召喚』を使っていた。しかし、詠唱そのものが「現象を確定する鍵としては有効」ということは、逆に詠唱によって現象が特定されてしまうということでもあるのか。曖昧検索で最適処理のつもりが、結局単語検索みたいになってたってこと?
しかし、未知の法術に特定の詠唱なんてあるのだろうか。
「一般法術においては、新式の法術を発現するとそれを組み立てる過程で詠唱が完成していくから、わざわざそういったものを決める必要もない。しかし、書字法術の場合は術者が必要とする法術が自然と発動するものだから、初回発動時に詠唱が略されることはよくあるのだよ」
「え、でも詠唱のない書字法術って、今のところない……んですよね?」
「そうだね」
現在確認されている書字法術の内容については、本格的な訓練が始まってすぐに一通りの講義は受けた。聞いた範囲ではどれも存在理由に納得で、適性は別として使ってみたいものばかりだったのでよく覚えている。
「書字法術は、先も言ったように発現が少々特殊になる。その分、行使する術者本人に分析研究も依存しているのだけれど」
と、トールはここで少しばかり何かを思い出すように目を閉じた。
「私も独自法術は持っているけれどね。完全に自分の中で発動条件が確定すると同時に、これだと身のうちでしっくりくる詠唱単語も自然と思い描けるものなのだよ。
だからこそ、先に再現と発現状況を完全確定してしまおうかと思っていたのだけれど、それがうまくいかないということは発想を逆に考えた方が良いのかもしれない」
「逆の発想かぁ……」
「そうだね、先に詠唱を定めるのなら、具体的にどんな目的と結果をその詠唱に求めるかを突き詰めてみよう」
書字法術の詠唱は、かなり端的に出来上がっているかと思えばその一言に大きな含みを持たせていることもあり、運用方法は術者の認識次第で幅が広がるという。
良い例が、検索・精査系だ。
この系統は主に四つの法術で成り立っている。
一番馴染みのある『検索』は、ある特定の情報を探して読みとるものだが、検索対象がある種限定されている。
『追跡』は、情報のありかそのものを調査し関連事象までも追う検索の上位法術。ありかを追跡する法術なので、特定後は自力でそれを入手する必要がある。
『読取』は精査系で、手元の紙や書籍、筆記を対象としてそこに含まれた情報を収集する法術。ただし、目の前の資料に含まれるもの以上は望めない。
『全走査』は最上位法術で、関連するすべてを対象として視覚だけでなく意識でも直接情報を読み取るというものだ。
使いどころが難しそうな癖のある法術ばかりだが、それぞれに熟達することで使い勝手が数段上がる。
例えば、自分の深層記憶を探って一瞬目に留まっただけの文献内容を思い出したり、書庫に埋もれた関連資料を芋づる式に発掘することもできる。場合によっては、事件捜査で遺留品の調査を手伝うことも過去の遺物から失われた技術のヒントを拾うこともできるという。
古代文字や象形文字のような現在解読できない文字でも、それが記録という意思でもって記された存在であれば効力を発揮するし、既に読めないほどボロボロになっていても、それが紙もしくは紙と同じ目的で使用された文物ならそれもすべてが法術発動の対象になる。
それは、筆記の文化を持つ種族であれば調査において広く強力な切り札のひとつになるだろう。
なるほど、それだけ活用の幅が広いとトールが人手不足を嘆くのもわかるような気がした。
ここから転じて考えてみる。
ミアの欲しい結果はある程度わかっている。ならば、その結果を的確に表す詠唱があれば良いということだ。
……連想ゲームといくべきだろうか。
「まだ時間は十分ある。あまり気を詰め過ぎて進むべき方向性を見誤らないようにしなさい。ゆっくり確実に」
「はい」
指で優しく髪を梳かれて、ミアはこくりと頷いた。
確かに、まだ一か月ほどしか経っていない。思考錯誤で挫折するにはまだまだ時期が早過ぎる。間違った結論を出して回り道しないよう確実に行こう、とミアは気持ちを切り替えた。
「では、今日はここまでだよ。メリアがお茶を用意しているけれど、その前に今日のレシピをお願いしようかな」
「ええと……今日のリクエストはなんでしょう」
術の成功は自信につながるし、呼び出したレシピでトールやメリアたちに美味しいものをつくってもらえるのだから、嫌という感情は一切ないのだが。
(父様の笑顔が眩しい……)
ミアはどこか遠い目になりながら、リクエストの豆腐料理を基準に己の欲望に任せたメニューの脳内検索を始めていた。
麻婆豆腐や炒り豆腐、美味しいですよね。
ところで、今回の内容都合で21話の一部を若干修正しています。
書いている当初からそのつもりでしたが、表現が悪かった箇所です、すみません……




