027
前回がアレだったので、今回はのんびりめで。
増量気味です。
「――はい、ミアもう起きてもいいわよ。でもゆっくりとね」
メリアの合図で、ミアはその身を起こす。すっかり見慣れた弱灯が枕元で頼りなく揺れる中、ベッドへ座り込んだミアへ木製のカップが手渡された。
「特に問題はないみたい。あと、これ飲んだら今日はこのまま休んでなさいね」
「はぁい」
カップの8分目ほどまで注がれた液体を少しずつ飲み干していく。調整のたびに飲まされるもので中身はよくわからないが、飲んでみた感覚はちょっと濃い味の水というか、甘味の薄いスポーツドリンクの親戚のような飲み物だ。
こうして月に一度、メリアとトールから『逆行』の魔道具と法術の調整を受けている。最初は三日に一回だったものが、このところは月一に落ち着いているということは順調なのだろう。場所は最初に静養していた部屋だ。属性の均衡が保たれたこの部屋は、微細な観察と調整にちょうど良いのだという。
朝食の後、調整室と呼ばれるようになったその部屋に入り、まずトールから魔道具のチェックを受ける。その後、メリアから術式方面での細かい調整をされているとのことだが、大抵トールのチェック中に眠ってしまい終わった頃メリアに起こされるのでよくわからない。最初、二人だけに立ち回らせて自分ひとりが寝入ってしまったことを恐縮したものだが、かえって状態が安定するからその方が良いと言われ、その後からは気にしないように……というより、むしろ寝かし付けられているような気がする。
「ねぇ、母様」
「なぁに?」
「今日、父様が腕輪の確認をしてた時少しだけ魔力が動いたような気がして……その後ふわふわ眠くなったんだけど、もしかしてアレって」
「あらあら、気付かれちゃったのね」
バレちゃった、と悪戯が見つかったような口調でメリアは楽しげに笑った。
やはりわざと眠らさせられていたのか、と納得しながらカップに口をつける。なにやらメリアが上機嫌なのが訝しい。
「母様?」
「うふふ。ちゃんと魔力認知できてるんだなって、嬉しくなっちゃったの。なかなか魔力に反応してくれなくて、一時はどうなるか心配だったんだから。わたしが目の前で色々と法術実験しても全然反応がないし」
せっかく頑張ってたのに、と唇を尖らされるが、なぜメリアの法術でスイッチが入らなかったのかはミア自身にもわからないので、どう答えようもない。
そもそも、そんな目的があったということを後で聞いて驚いた。もしかしたら自分は法術が使えないかもしれないと少々悩んでいたあれはなんだったのか。こうして「先に教えてよ!」と思わされることがたまにある。
「……それより、あんなすごい法術を見せてもらえた理由が、そっちだったことに驚いたんだけど」
「そう? ミアがあんまりビックリし過ぎない規模にしてたつもりなのよ。もしかしたら、控えめにしてたそれが良くなかったのかしら。失敗したわね」
本気でそう思っているらしく眉を寄せている。なんというか、突っ込みどころが多くて軽く眩暈がする。
そういえば、書字法術が使えるようになってトールの弟子ということになった後、しばらくの間「ミアが弟子だなんてずるい」というわけのわからない理由で拗ねられたとトールが曖昧な微笑みで漏らしたことがある。
可愛い弟子が欲しいらしいが、メリアの弟子というとナルスしか知らないミアには何とも言えない。
ああうん……今のマッシブな体格では可愛いとは、うん、可愛いとは言えないが、可愛げはあると思う。なにしろ、メリアの言動にいちいち突っ込みを入れてはグッタリしているのだから。メリアのようなタイプにそう細かく反応すると、かえって面白がられると思うのだが……。
今でもああなら、若い頃はきっと散々いじられまくったんじゃないかと思うと少しおかしくなる。
「そういえば、明日ナルスさんが来るって父様が言ってたけどホント? だったら、何かお茶菓子用意したほうがいいかなって思うんだけど」
「ねぇミア。別に、推薦人だからってナルスに懐く必要はないのよ?」
空になったカップを差し出しながら尋ねると、メリアがきゅうっと眉根を寄せてしまった。
そんなに嫌そうな顔をしなくても良いと思うんですが。すごく苦労してる部下で、信頼してる弟子なんじゃないの?
そう、顔合わせの後で彼がメリアの弟子と聞いて色々なことが腑に落ちたのだ。なるほど、それは慣れてもいるだろうしさぞ大変なことだろう、と。
「懐くっていうのはよくわからないけど、会うのも一ヶ月ぶりなんだし、色々お話も聞きたいじゃない。それに、作ってみたいお菓子もあるから」
「ああ、実験台ね」
だから、それならわかるという顔で頷くのはやめてください。
もそもそ布団にもぐりながら、ミアはあの研究者というにはガタイの良い男性に心の中で頭を下げる。
養女の立場だが、母が本当にすみませんというその一念だ。
なんというか、年上に不憫という感想を抱くのは間違ってるかもしれないが、せめて美味しいものを用意して労わってあげたほうが良いかもしれない。
(あんまり肩入れすると逆に迷惑かかりそうだし、加減が難しいなぁ)
前回ミルクレープに喜んでくれていたから、甘過ぎなければ甘味も大丈夫だろう。さて、何を作ろうか。
こんな使い方はどうなんだろうと思いつつも、『召喚』を覚えたおかげで記憶の曖昧なレシピを呼び出せて助かる。もちろん呼び出しているのはレシピだけではないが。
明日は朝のうちに何を作るか決めて、トールに作成の手伝いをお願いしなくては。
(手伝いお願いと言っても、主に作るのは父様になるのよね……、ふわぁ……)
淡い灯りが視界の隅でちらちら揺れるのを眺めているうちに、ふんわりとした眠気が訪れる。
さっきまで寝てたのにこれって寝過ぎにならないかな、まぁ寝る子は育つって言うけど……、などと益体もないことを考えながらミアはそのまま眠りの世界へと沈んでいった。
「よう、嬢ちゃん。ちゃんと勉強してたか?」
一か月ぶりに応接室で会うナルスは、前回と同じく気さくに声をかけてくれる。
ミアからすれば、親戚のおじさんかお兄さんに会ったようで親しみやすい。独身だと聞いたので、ここは脳内でお兄さんと呼ぶに留めておく。実際口に出すと多分アイルが面倒なことになりそうだ。
相手に合わせて挨拶もそこそこにしておく。軽く裾を引いてからソファーへ座り、ミアはさっそく会話に加わった。
「まだ入り口でウロウロしてる感じです。先は長いですね」
「ははっ、それがわかってるなら心配はいらねぇな。と言っても教学院でこれから色々勉強するんだから、今は予備学習みたいなもんだ。気楽にやりゃいいぜ」
半ば身を乗り出しながら、にやりと笑って激励を口にする。
そうか、そうだよね。勉強する施設に行くための勉強なんだから、あまりギュウギュウに詰め込む必要もないんだっけ。
ナルスの指摘に「あ、そうか」と声を上げると、目を丸くしてカラリと笑ってのける。
本当に気の良い人だなぁ……。
だから母様、そんなに睨まないで上げてくださいってば。ナルスさんは悪くないでしょ!
「様子見に来るとは言ってたけど、まさかこんなに早く来るなんて思わなかったわ。何しに来たの」
「顔出すなら予定組めないからいっそ定期的に来い、つったのは室長だろうが」
「本気にするなんて思わないじゃない」
「うおい!」
「母様……」
さすがに母様それは酷い。
意図しないまでもわずかに咎めるようなものになったらしく、ミアの視線に気付いたメリアは小さく肩を竦める。
「まあ、わたしの言ったことですものね。仕方ないわ。決まった日に来るなら歓迎しないこともなくてよ」
「へーへー、そりゃどうも」
肩をそびやかしたメリアに、投げやり気味なナルス。
なんというか、本当にお疲れ様です。やっぱり美味しいものを用意していてよかった。
この間、トールはいつもと変わらず穏やかにやりとりを眺めているだけだ。ミアはトールのことを常識人だと思っていたのだが、メリアのこういう暴走にはあまり口を挟まない様子。……常識人という評価を少し変更した方が良いかもしれない。
「ええと、ナルスさんが来られるので、お茶菓子を作ってもらったんですよ」
「そこんとこは、自分で作ったんですよ、じゃねぇのか」
「だって、私じゃまだ身長とか腕力とか色々足りませんから……」
痛いところを突かれ、ぐうっと唸ったミアの顔を見て、ナルスがなぜか安心したような面持ちだ。それはどういう意味かちょっと問い詰めてみても良いだろうか。
「しょうがねぇか。早く大きくなれよー?」
「言われるまでもありません」
「ははは。それで、作ってもらったってことは、室長が?」
「いえ、父様です」
「は?」
「父様に作ってもらいました。父様は、お菓子作りも名人なんですよ!」
「……マジか」
レシピがあるとはいえ、ほぼのものを一度で成功させるなんてすごいとミアは思っている。
道具や材料が明らかに足りていないところをカバーするその技能は本当に素晴らしい。ちなみに、一度挑戦して足りない道具があれば自作してしまうのも、らしいと言えばらしい。凝り性と自称するのも納得だ。
父様すごい、と言わんばかりに胸を張るミアは、ナルスの視線が泳いでいることにようやく気付く。
「何か、不都合でもありましたか?」
「いや……、あー、そういや、前もミルクレープの追加作ってたのは旦那だったか……」
ナルスが遠い目で、なんだその才能の無駄遣い、とか呟いているのはなんだろう。
まあ確かに、魔道具作成の達人で千歳越えの竜人を、たかが菓子製作に駆り出すのは無駄遣いと言えるかもしれないが。
それでも作った魔道具はすべて有効活用しているので問題ないだろう。細かいことを気にすることはない。
そのようなことを、ミアとトール本人が口にしたら余計に頭を抱えられた。何がそんなに気になるのだろう。
「ひとまず、冷め切ってしまわないうちに食べないか?」
トールの苦笑で、その話題は打ち止めだ。
ということで用意した茶菓子を披露。今回初公開のラングドシャだ。こちらは卵白を重点消費するため、残った卵黄を使い倒す目的で夕食のデザートは濃厚プリンとなっている。ナルスの持ち帰り用も両方準備済みだ。
当然、どちらも大量消費するアイルについても対策済みである。
「はい、これが兄様の分」
「ミアもよくわかってるじゃあないか」
「他の人の分まで手を出さないでくださいね」
「これだけあれば、きっと大丈夫だと思うけどなあ」
笑顔のアイルには、平皿ではなく大鉢に積み上げたものを渡しておく。これだけあればある程度は持つはずだ。
ちなみに、アイルの甘味消費量については、その後一切体型の変化がないことから消費減の説得を断念している。この乙女の敵が!と、毎回内心でささやかな暴言を浴びせる程度は許容してもらいたい。大量作成の負担増は、作成時の体力提供で話をつけた。大量の泡立てや粉ふるいなど手間のかかる作業の手伝いで厨房に立たせているが、案外面白がっているあたり血は争えない。
ナルスは白く焼きあがった軽い焼き菓子を一枚手に取り、興味深げにためつすがめつして眺めた後ポイと口に放り込んだ。
初体験の軽い歯触りに目を白黒させているナルスの様子に、思わず笑みが浮かぶ。
こういう顔を見るのは少しばかり痛快だったりする。と言っても、レシピからきっちり期待通りのものを再現してのける両親がいればこそだが。勉強もそうだが、三年の間にそちらの技能も是非習得したいものだ。
「これ、どこの王都に持ち込んでも絶対大人気だな。やってみる気ないか?」
「うーん、そこまで望んでませんから。私のそばにいる人たちが美味しいと思ってくれればそれで」
「もったいねぇと思うんだがなぁ」
「そもそも、今私にそんな余裕ないですよね?」
「違いない」
多分レシピ集くらい作れば少なからず反響はあるだろうが、今はそこまでする気もない。独立後でも目立つ要素は極力避けたいので、レシピ集を作るにしても何か策を講じるだろう。
もしお金が必要になったらその時に考えよう、と今は心の隅に書き置くくらいに留める。
出した焼き菓子があっという間にナルスの皿から消えたのを見て、少しお土産に持って帰ってくださいと声をかけておく。
「お、そりゃ嬉しいな。これで酒飲むのも悪くないかと思ったんだよ」
「ああ、それも美味そうだ。この歯触りと香りって、酒と良い組み合わせになるかもなあ」
「あんたもそう思うか……って、早いなおい!」
大鉢をさっそく空にしたアイルにぎょっとしたナルスの声が飛ぶ。
とりあえず周囲への被害が出なかったことに安堵して、ミアはため息をひとつ。
「兄様。そんなにあんまり軽く食べられてしまうと、作り手側の労力が軽く扱われているのかと思いますよ」
「そんなつもりはないんだけどねえ。美味しいからつい手が止まらなくて……ミア怒ってる?」
「……作っているのは私じゃないから、私が怒るのも筋が違うし」
わざわざ席を立ち覗き込むようにしてくるアイルが思った以上に真剣で、眉を下げた面差しを見ているとミアの苛立ちそのものが間違っているような気がしてくる。口ごもるように答えたところで、苦笑したトールが「まあまあ」と間に入った。
「アイルには今回のように労働力を提供させるから、それで良いのではないかと思うよ。メリアもそれで異論はないようだし」
「当然そこは協力するよ。厨房に入っても俺だけやることなくて、つまらなかったしねえ」
「兄様、その理由……」
「うん、正直なところを言ってみたんだが」
「正直過ぎると思う」
問題はそこじゃないと思うのだが。
しかし、兄の言い分も理解できなくはない自分がいる。もう少し身長が伸びて体力がつけば厨房でもできることが増えるのに、と思っていたからあまり文句は言えない。むしろ、アイルの乱入で自分のできないことの多さに気付いて少々へこんでいたくらいだ。くそう、兄様のバカ。
もっともそれも八つ当たりだとわかっているから、ミアもおおっぴらに口に出す気にはなれない。本当に早くできることを増やしたい。
ところで母様。やたら静かだと思ったらソファーをくっ付けて父様と食べさせあいっこしてたんですか。ナルスさんいるのに。
本当に自重しないのだな、といっそ感心してナルスに視線をやると、目を逸らして苦笑い程度でカップの中身を減らしていた。なるほど、慣れか。
「……なんか、普通の家族だよなぁ」
ぽつりと零れたナルスのつぶやきが印象的だった。
「うちにどんな印象を持ってたんですか?」
「なんだろうな、俺にもよくわからん」
真顔で返されて、ミアも首を傾げるしかない。
先入観ってやつかな、と付け加えられたから、メリアからの被害が今まで大きかったせいだろうか?
「さて、そろそろ帰るか。これ以上部下たち放りっぱなしじゃ、あいつらも泣くだろ」
「ナルスも立派になったわねぇ」
「そもそも、あんたの部下でもあるんだぞ?! ていうか、室長不在で俺が!泣いてるんだが!!」
「うふふ、頑張りなさぁい?」
「昔からあんたはそういうやつだよ!!」
くそっ!と唸って、ナルスは勢い良く席を立った。
大股で外へ出ようとするナルスに、ミアも慌てて立ち上がる。
「ええと、他の皆さんにもお土産持っていきますか?」
「いや、行き先追及されたら困るからあいつらのはいい。全部俺がもらう」
「あ、そうですね」
そうか。仕事抜け出してお茶しているのは知られても困るよね。
ミアもそう納得して、傍らに用意していたトール作の小型保冷箱からプリンを取り出した。別に軽くラッピングしたラングドシャも渡そうと、二つを抱えてナルスを見上げる。相当な身長差で首が痛い。
鋼色の瞳に先ほどより少し柔らかい色で見下ろされ「やはり美味しいは正義」と確信していたら、ふと表情を改められた。
「あれ、嬢ちゃん少し背が伸びたか?」
「え、本当ですか?」
「ああ、すこーしだけどな。数値測定は仕事柄得意だから、間違いはないと思うぞ」
指先でほんの少しと強調されるが、成長していると言われるのは嬉しい。正確には成長ではないのだが。そういえば昨日『逆行』の調整をしたばかりだと思いだし、そのせいかと納得する。
「ま、ホントに早く大きくなれ」
土産を手渡そうとしたら、ナルスはそれを受け取りながら膝を折って目線を合わせてくれた。ミアの顔を覗き込んでニッと笑いかけてくる。
純粋な好意というのは嬉しい。それも、母が信頼するほどの人となればなおさらだ。
珍しく照れて薄く血の気が上る。
そんなほんわり《・・・・》した空気もつかの間、背後で危険な気配が動いた。
「幼女趣味だとしたら、俺が相手になるけど。殺りあう?」
「んなわけあるかぁ!!」
剣の柄に手を置いたナルスの剣呑な発言に、真顔で全力否定して荷物を手にしたナルスが出ていく。
立ち去り際くしゃりとかき回された髪を手櫛で直しながら、
(……結構渋くて男前だし、元の年齢だったらナルスさんもアリだったかもなぁ)
他愛もないことを考えるミアは、アイルの発言が結構本気だったことを知らない。
フラグは立ってません(笑




