025
少し長めですが、切るには半端だったのでまとめて。
途中で少々繊細な話題が出てきますが、
あくまでも竜人の話で、フィクションです。
(と、一応予告)
「ということで、お茶の時間にナルスが来るから着替えましょ」
「はっ?」
昼食後、そんな唐突な宣言にミアは思わずメリアの顔を二度見することになった。
「ナルス、さん?」
……って誰?
呆気に取られて言葉にできなかった疑問の答えは、のほほんとデザートを食べ続けていた兄から与えられる。
「ほら、昨日話に出てた、ミアの推薦予定人」
「推薦……、あっ思い出した」
そういえば、どこかで聞いたような名前だと思ったら。
「ついでに言うと、母さんの休み穴埋め中で大変な人」
「……あぁーー」
思わずしみじみと納得してしまう。
というより、やはり苦労してる人がいたのか、とそちらの方により納得してしまった。なんだか、そんな人に余計な仕事をさせて申し訳ない気もする。
「私的なことだよね。そんなこと頼んでしまっていいのかな」
「将来的にお仲間が増えるってことなら、喜んでくれるとは思うけどねえ」
「でも、母様の職場は図書院じゃないでしょ?」
「法術研究にも、図書院は関係あるらしいけど?」
「……なるほど」
言われてみれば、学術研究と図書資料は切っても切り離せない。図書院の人員が増えれば他の部門のプラスにもなる、それはその通りだ。
納得の面持ちで頷いたミアは、じゃあそういうことで、と笑顔のメリアに身柄を確保される。
「えっ、ちょっ、母様どうしても着替える必要ってあるの?!」
「だって、可愛いところを見せ付けたいじゃない。街にもあまり連れて行けてないのよ、少しはわたしだって娘を飾る喜びを楽しみたいわ!」
つまりは、母様の欲求不満解消か!!
残る兄に視線を向けるが、既に笑顔で見送る体勢に入っていた。いつものことながら当てにならない!
「あー、無駄な抵抗は諦めて頑張るんだぞ?」
「にいさまなんか、太ってしまえぇぇぇぇ!!」
ボウルに入ったミルクアイスを平らげる兄へささやかな呪詛を撒き散らしながら、ミアはメリアの小脇に抱えられたまま衣装部屋へ運び入れられることとなった。
略式のドレスに着替えさせられミアは応接室へ向かう。来客対応とあってかエスコート役がついているが、今日は珍しく兄がその役目らしい。とはいえ、兄の格好はシャツとズボン、上着に帯剣といういつもの格好で、自分だけ着替えさせられたことが釈然としない。
ちなみに、準備や出迎えで両親は先に応接室へ移動済みだ。
「まあ、たまには母さんのわがままに付き合ってやってよ。昔から、娘に憧れ持ってるからねえ」
「……たまにだから仕方ないとは思ってるけど、やはり柄じゃないって思っちゃうから」
柔らかいシルクのふんわりとしたシルエット。
子供の身体だからコルセットはないが、白いワンピースドレスの上へ紫がかった薄青色のオーバースカートを重ねている。鮮やかな桃色を使いたがったメリアへ抵抗した結果、妥協してくれたのがこれだ。編み上げウエストにふわふわリボンを使っているのが、メリアなりの主張なのだろう。
可愛らしい服だとは思うが、それを自分が着るということに抵抗があるのだ。姿は子供なのだから、中身の年齢に合わせると不自然だとはわかっているのだが……
「母様もまだ若いから、まだまだ女の子を産むくらいできそうなのに」
思わず零れた呟きにアイルが珍しく曖昧な面持ちで苦笑する。どこか苦しげな様子に、ミアはこの話題があまり好ましくないのだと初めて知った。
「うーん、元々種族的に多産じゃないんだよなあ。そのうえ、特に二人とも魔力が強すぎるから……そういう場合、産まれる子供が魔力に耐え切れないこともあるらしくて、母体の調整に随分時間がかかるんだってさ」
足が止まる。
軽い気持ちで口にしてしまったが、もしこれがメリアの前だったならと思うと息が詰まるような思いだった。
立ち止まり目を見開いたまま見上げるミアを、静かな濃色の瞳がじっと見下ろしていた。責めている様子はまったくないのに、あまりにも静かな視線が自分の身勝手さを暴き出すようで逃げ出したくなる。でも、おなじ女性としてそれは出来ない。たとえ本人がこの場にいないとしても、だ。
「……ごめん、なさい」
「母さんはああだし、知らなかったんだから仕方がないさ。ミアは悪くない」
「それでも、考えなしの発言だったのは間違いないから……」
慰めるように髪を撫でるアイルに、ミアは弱々しく頭を振った。
あれだけ仲睦まじいのに、簡単には子供を望めない夫婦だったのか。
知らないこととはいえ、軽々しく口にして良い話題ではなかったのだ。今この場に兄しかいないことは、不幸中の幸いだったろう。
考えてみれば、兄が産まれたのは二人の寿命を基準に考えるとやや遅い時期にあたるのではないだろうか。
メリアの年齢は詳しく聞いていないが、ざっくり聞いた範囲でも直接目撃した出来事と歴史年表をつき合わせれば七百年は決して下回らないはずだ。おそらくはそれ以上。となると、アイルが産まれて二百年というのが彼ら視点でかなり最近の話のように思えてくる。
恐る恐る尋ねれば、困ったように笑うアイルが小さく頷いた。
「種族としては遅い生まれの子というのも珍しくはないけど、あの二人は特に婚姻期間が長いのに調整がなかなか難しかったらしい。ははは、それでやっと産まれた子供がコレだからねえ」
可愛げのない自覚はあるよ?
そう言って、いつも通り掴みどころのない笑みを浮かべてみせる。
この話はもうここで終わり、というミアへの意思表示なのだろう。メリアへこの話題の気配を見せたくないと、ミアもアイルの作った流れに乗る。
深呼吸ひとつでこちらも笑みを浮かべて見せると、よくできましたとばかりにアイルが目を細めた。
「……兄様の場合は、可愛げだけが問題じゃないような気もするけど」
「ああ、そうかもねえ。でも修正しようっていう気もないかな」
「それって、性質が悪いって言わない?」
「だよなあ。だから、母さんからミアに期待が集まってるんだよ。ついでに俺からの期待も高まってるというかなんというか」
「ううっ……」
「ということで。ナルスの前で、可愛い娘で可愛い妹っぷりを見せ付けてくれるな?」
扉の前で立ち止まり、手を差し出した兄がにっこりと笑う。
差し出された手を取り、ずっと高い位置にある瞳を見つめてミアも負けじとにっこり笑った。中から両親と客の声が聞こえてくる。もうここで無作法な大声は出せない。
「兄様も可愛い妹のお願い、聞いてくれるのよね?」
「できることならね」
「じゃあ、お茶菓子のミルクレープ、今日食べていいのは2ピースまで」
「……酷くないかい、それ?」
「さっきボウルでミルクアイス食べてたじゃない。いくら兄様でも本当に太るわよっ」
「甘いものは別腹っていうらしいけどなあ」
あまりにも憮然としたぼやきにミアは含み笑いを漏らしながら、開かれようとする扉の前で静かに背を伸ばした。
*****
「ようこそおいでくださいました」
応接室に入ると、空いた椅子のそばまでエスコートされる。あまり使うことはないが外部からの客に合わせ、この部屋にあるのはそれぞれに小さな脇机を備えた一人掛け用のソファーばかりだ。同じ机や椅子、食器を使うのはよほど親しい、あるいは信頼した相手に限られるのがこの世界の文化らしい。
着席の前に裾をつまみ、略式のカーテシーで歓迎の挨拶をする。
顔を上げるが視線は控えめなまま笑みを浮かべた。この間、清楚に淑やかに!と呪文のように自分へ言い聞かせ続けている。
「初めてお目にかかります。ヘイアースの養い子、ファミアーシュ・リスタと申します。以後なにとぞお見知りおきくださいませ」
「あ、ああ……これはご丁寧に」
アイルよりもかなり大柄な男が、驚いたようにこちらを見つめていた。目を皿のように丸くして、唖然という表現がぴったりくるような表情だ。
彼にティーカップを運んだメリアに突かれようやく硬直から解けた客人は、それでもまだ驚いた様子で立ち上がり丁寧な自己紹介をしてくれる。
「はじめまして、お嬢さん。ナルス・グレイです。こちらこそよろしくお願い申し上げます。
あー、ホント驚いた……。室長、こんな素直な幼女どこから浚って来た、って痛い痛い痛い!!」
「何が言いたいのか、じっくり聞かせてもらいたいわね?」
「いや、特に言いたいことはないっ!」
「そう」
満面の笑みで客人の背中へ手を添えて?いたメリアがグレイ氏の発言に頷いて、つと身を引いた。
メリアが傍を離れても件の客人はまだ顔を引きつらせているが、このかなりがっしりした体格の彼に母は一体何をしたのだろう。
席に腰を下ろしながら首を傾げるミアに、その答えが与えられることはなかった。
「あーまぁなんだ、ところで早速だが本題に入ってもいいか? というより、ファミアーシュ、だっけ。お前さんも硬くならずに普段通りにしてくれればいいから」
「それはあなたが言うことじゃないでしょ?」
「そんなこと言ったって、院への推薦人になれってことならこれから嬢ちゃんとも付き合い長くなるだろうが。あんまりお行儀良くされちゃ、こっちが疲れるんだよ」
「せっかく、可愛くて素敵なレディらしいところを見せびらかそうと思ったのに」
「やっぱりあんたのワガママか!」
「可愛くて礼儀正しいなら、問題ないじゃない」
「見せびらかすってのがそもそもオカシイだろ!」
些か不満げな母は通常運転だが、その通常運転に慣れているところを見るとメリアの部下で苦労しているというのは本当らしい。
最初の挨拶こそある程度礼儀を保ったものだったが、ヘイアース夫婦によほど馴染んでいるのだろう。客人のざっくばらんな口調もさることながら、あの母が素を見せている。父も余所行きの意図的な穏やかさではなく、リラックスした雰囲気のままだ。
「……なるほど」
「は? 何がなるほどって?」
思わず感心した呟きを漏らせば、耳が良いのかドサッと腰を下ろしながらミアの声を拾って反応を示してくる。
聞かれるとは思っていなかったので多少慌てながら、一度だけメリアへ視線を向け……ミアは腹を括った。メリア自身が「見せびらかし」だと暴露したのなら多少は態度が崩れても問題ないということだろう。
「その、母にすごく慣れてらっしゃると思って」
「ああー、まあ一応それなりに付き合い長いしな。これに慣れなきゃ、部下なんてやってられねぇし」
「母の部下、ですか?」
「そう、あっちが室長で俺が主任。一応な。しかしなぁ、室長がいないから今結構忙しいってのに急に呼び出すってどういうことだよ」
「それは……申し訳ありません」
「なんで嬢ちゃんが謝るんだ」
「お願いした内容は、私の私的な用件でしたし……」
想像通り、かなり無理をしてもらっている様子にひしひしと罪悪感が募る。
椅子に座ったままとはいえ申し訳なさにミアは頭を下げるが、今度はミアに謝らせたというのでメリアからナルスへ視線が刺さり始めた。いや本当に色々申し訳ない。
しかし、六歳児にここまで謝らせることに、今度はナルス側の罪悪感が刺激されたようで慌てたようにミアへの擁護を口にする。
「いや、問題はそっちじゃなくてな。こっちにも予定があるんだから今日の明日のって言われても困ったってだけで、急な予定をぶち込む室長が」
「ふうん、わたしが悪いって言いたい?」
「………あんたも悪くねぇんだろうよ!!」
自棄のように言い放ち憮然とした面持ちでカップの中身を啜る姿は、本当に長年苦労しているのだろうなと自然に感じられるものでミアは思わず苦笑……しかけて、そっと口元を覆った。
いけないいけない、六歳児が苦笑する姿はいかにも子供らしくない。
「ていうか、ファミアーシュはもっと砕けてもいいって」
「ミアです」
「へ?」
「ファミアーシュではなく、ミアと呼んでくだされば」
「わかったよ。俺はナルスでいいから」
「ナルスさん?」
「うーーん、……まあいいか」
苦笑したナルスはこれ以上押し切るのを止めたらしい。
あとは時間の問題だな、と呟くと、脱線していた話題からいよいよ本題へと踏み込んでいく。
「それで、室長」
「何、ナルス?」
「嬢ちゃんの教育指導はこれからだって?」
「本格的にはそうなるわね」
「指導が今からで、もう推薦の話ってのは気が早くねぇか。今から始めるなら、推薦状のいらない十歳の受験でもいいんじゃねぇかと思うが」
ミアが聞いていても納得の理由で疑問を提示するナルスへ異議を唱えたのは、ここまでを穏やかに見守っていたトールだった。
「推薦については、私からの提案でもあったのだけれどね」
「……旦那が?!」
ギョッとしたように身を引いたナルスが、目を剥いたままトールへ視線を向ける。
トールは変わらぬ穏やかさでカップをソーサーへ戻し、静かに微笑んで見せた。……ナルスの背が強張ったのは気のせいだろうか。
「そう、私が今の時期から顔合わせをしたほうが良いと勧めたのだよ」
「根拠があるってことか」
「君は見ていてわからないかな」
トールの問いかけにナルスは腕を組みしばらく唸った後、否定とも肯定ともとれない様相で短く首を振る。
「……並じゃねぇってのは嫌でもわかるさ。ただ、推薦人として根拠はどうしても欲しい」
「そうか。まあ、明確な根拠はあるよ」
「へぇ、今すぐ見せてもらえる類のものか?」
「もちろん」
微笑んで立ち上がったトールは、黙って成り行きを見つめていたミアの元へやってくる。
ミアのそばに膝を突き、懐から取り出したのは二枚の魔法紙だった。
「――『召喚』」
呟くような詠唱で呼び出したのはある一文。それはつい昨夜、調べものをしていたミアが詳細な理解を求めてトールへ質問をした辞書の抜粋部だ。
もう一枚の魔法紙を差し出され意図を悟ったミアは、微笑みに促されるようにして父と同じ呪文を声に乗せた。
「……『召喚』」
意思を込めて唱えると同時に指先から熱が僅かに移動した。『逆行』の法術を妨げない指向性の強い魔力が発動する。
呪文の詠唱は必ずしも必要ではないが現象を確定する鍵としては有効、と教えられた通り……求めた頁が望みの形でそこに現れる。
その発現は、事実を未だ知らない人物に驚愕を招いた。
「――?! なにっ、書字法術だと!!」
椅子を蹴立てて立ち上がったナルスが、血相を変えて駆け寄ってくる。
トールの手元にある魔法紙に記されたたった一文と、ミアの手元にある魔法紙に浮かび上がった辞書の頁とを見比べたナルスが言葉を失った。
ナルスの驚愕ぶりを目の当たりにして、ミア本人も驚きと困惑に硬直していた。
(ここまで驚くこと、なの?)
そりゃあ、確かに世界で八名しか使えない法術だとは聞いているが……。
メリアの部下で主任の肩書きを持っているということは法術に関して並の研究者ではないのだろうが、そのナルスがここまで顔色を変えるほどということは、父には失礼ながら珍獣扱いくらいに思っていたミアの認識を改めるべきだろうか。
ナルスはそれぞれの魔法紙を真剣な面持ちで観察し、確かめるように指先で触れて考え込む。
ふ、と肩の力が抜けたところで、そんな彼の様子をじっと見ていたトールが最後の一押しを口にした。
「魔力の質くらい、見分けられない君ではないだろう?」
「あ、ああ……。発動もそれぞれ別の術者ってのは間違いなかった。しっかし、なるほどな……」
肺が空になるのではないかというほど、深々と息を吐く。
顔をしかめながらもはっきりと笑みを口元へ刻んで、ナルスはがしがしと髪をかき回した。
「こりゃ確かに紛れもない根拠だ。これなら推薦しろってのもわからなくもない。……どうせ旦那のことだから、四年じゃなく三年後に必要な理由ってのも旦那なりにあるんだろ?」
「それについては、また後で話をしようか」
「あー、そうだな」
……なんだか思わせぶりだが、「三年くらいまでは復帰依頼を無視できる」からと言ったメリアの発言そのままを理由として伝えるのも難しいからだろうか。
さすがに苦労させてる部下相手にそれは言えないよなぁ、と思いながらも、ミアは賢明に口を閉ざしたまま娘として両親の威信を保つための協力を果たしてのけた。
(……そういえば、兄様が静かじゃない?)
メリアがすぐそこで書字法術に驚くナルスを眺めてニヤニヤ、いや、ニコニコしているのは知っている。
しかし、部屋に入ってからアイルの発言が一切ない。妙に静か過ぎやしないだろうか。
「もしかして……っ」
ハッとあることに気付いたミアが、ティーワゴンへ視線を投げる。
なんのタイミングか、真っ直ぐに視線の絡んだアイルが動きを止め――大きく切り取った茶菓子を手ににんまりと笑ってみせた。
「バレたか」
「兄様っ、今日食べていいミルクレープは2ピースまでって言ったじゃない!」
「できることなら、とも言ったよねえ」
「本当に、ほんっとうに太っても知らないからね?!」
「じゃあ食べ終わったら、裏山でちょっと消費してこようかなあ。ミアも一緒に行く?」
「無茶言わないでっ!」
どうしてこうなった、と言いたくなるほどミアのレシピから産まれる甘味に取り付かれた兄を前に、原因を作ってしまったミアの脳裏を「メタボ」や「糖尿病」という不吉な単語が駆け抜ける。
いくら冒険者でも、摂取カロリーが半端ないではないか。このままでは内臓脂肪が恐ろしいことになるのでは……などと製造者責任を感じる妹は客人の前ということを忘れ、アイルが煽るままもはや取り繕うことも不可能なやりとりを展開し始める。
「あー、なんつーかこう、室長らの家族って感じだよなぁ……」
その客人は、妙に安心する自分が嫌だ、と暢気にぼやくだけだから特に問題はないのだろうが。
「ところで、彼が食べているのは君の取り分のようだけれど」
「なにいっ?! おい待てそれよこせ!!」
「……新しく作ってくるから、君たちは少し待っていなさい」
「わたしもたくさん食べたいし、あっちは諦めて新しいのを手伝ってこようかしら。うふふ」
――結局この日、ミアの抵抗むなしくアイルの胃袋へはミルクレープ1ホールが消え、新しく作られたもう1ホールのほとんどが残りの大人げない大人たちに消費されることとなったのである。
その時、母様は渾身の力で彼の背骨を掴もうとしていました。
(当然指食い込んでる)




