017
すごく短いですが。
「ミア、いる?」
珍しく随分慌しい足音がすると驚いて顔を上げたミアは、部屋に飛び込んできたアイルが妙にほっとした風情を見せたことに首を傾げ、
「ちょっ、兄様その格好?!」
「出先から戻ってすぐだからねえ。汚れててごめん」
「汚れてるとかそういう話じゃないですよ!」
「そうかな?」
すぐさまギョッとして声を上げた妹の指摘に、今度はアイルが首を傾げる。
碌に手荷物もなく出かけた兄が見送った時と同じ服だというのはわかる。だが、何をすればそんなにかぎ裂きだらけになるのだ。当の本人はミアが何に驚いているのか、まるでわからないという顔をしているが。
慌てて駆け寄り、つい手の届く範囲で兄の身体を確認してしまう。
「ていうか、怪我は?! 怪我してないですよね!」
「怪我らしい怪我はしてないから大丈夫だよ」
「じゃあ、何やったらこんなに酷いことになるんですか! これもう捨てるしかないじゃない!」
「……ああ、服?」
悲鳴に近い声に、初めてミアの動揺する理由を知ったといわんばかりのアイルはその途端、多少の当惑から満面の笑みへと表情をシフトさせた。
「崖を下ってる途中で生えてた藪に軽く突っ込んでねえ。むしろ、勢い殺すのにわざとやったんだけど」
「なんで!!」
「仕事押し付けられたんだよ。まともなルートだと戻りが遅くなるからちょっと近道をね。おかげである程度は時間も稼げたから、間違いではなかったかなあ」
「……ちなみに、何の仕事?」
「異常繁殖してた魔物の退治を少し」
「まも……っ、怪我は?!」
「だから大丈夫だって」
ほらほら、と些かおどける仕草で両手とついでに片足も挙げる。そのまま飛び跳ねかねない勢いに嘘ではないと悟り、ミアはようやく肩の力を抜く。
「よかったぁ……。って、なんでそんなに笑顔なの」
本当に心配したのに。
「そりゃあ、心配してもらえるのが嬉しくて。っと、ごめんって」
思い切り目の前の腹を引っ叩いておく。
大げさに呻く兄だが、笑顔なのは変わらないからたいしたダメージではあるまい。腹立たしい。
「いや本当にごめん。最近そこまで心配してくれる相手というのも、あまりいなくてねえ」
「……人望がないと?」
「いやいや、いやいやいや。さすがにそういう理由ではないと思うよ?!」
目を眇めて眺めれば、何がツボに入ったか実に楽しそうに笑い始めた。相変わらず、兄のことはまだよくわからない。
「……とりあえず」
「うん?」
「着替えてきたら? というよりもまず、私のところへ来る前に着替えてくるものでしょ?」
「そんなことよりミアの顔が見たくてねえ。ほら、一日半も顔見てないから」
「たった一日半で?」
「俺にとっては、一日半も、なの」
呆れたミアに兄が浮かべた苦笑が単純なものに見えず、ミアは口を閉ざす。訝しげに見上げれば、「とりあえず満足」とよくわからない発言を残してアイルは着替えに出て行く。
「すぐ戻るから待ってて。あ、今日の茶菓子はなんだった?」
「……ミルクアイスです」
「それ初めてだよねえ。ちなみに、朝と昼は?」
「いや、それより早く着替えて。その後でだったら、昨日の献立も話すから」
「了解」
あっという間に姿を消す兄を見送り、ミアは半ば呆然としながらソファーへ戻る。
「なにあれ。というよりも、何か印象変わった? ……いや気のせいかなぁ」
もう少し自分と距離があったような気がしたような?
いや、あの兄が自分を構いたがるのは前からだったけど……。
「……まあいいか」
悪くなっていないなら考えても仕方がない。戻ってくるまでもらったばかりの新しい冊子の続きに目を通しておこう。
そんなミアの心積もりは、なぜ?!と言いたくなるほどの早さで戻ってきた兄の乱入で全て台無しになるのだが。




