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少女は白本を抱いて世界を渡る  作者: 柚森 信
二章:覚醒
13/44

013

 


 トールに連れられ向かった先は書斎だった。


「父様、ここで仕事をするの?」


「正確には仕事ではなく、同じようなことだが」


 楽しげな面持ちでミアを見つめてくる。

 これから悪戯でも始めようかというその姿は、トールにしては些か珍しいものだった。


(兄様だったらちょっと警戒するけど、父様のこんな顔見てるとこれから何が始まるんだろうってワクワクするかも)


「そろそろ、ここも整理が必要だと思っていたのだよ」


「整理?」


 ぐるりと部屋を見渡す。ほどよく片付けられていて、何かを整理する必要があるようには思えないが。


 書斎は中央に置かれた三つの机を取り囲むように、書籍と書類で埋め尽くされている。三面が天井まで届く書棚、残り一面も地図や図面がいくつも貼られミアの思い描く書斎そのままの佇まいだ。

 魔道書関連はメリアの研究室奥にあるとか一部は倉庫にしまわれているとも聞いたが、ここにあるだけでもその冊数はかなりのものだろう。読み書きを学び始めた当初、ここにある本を読みたいという欲求が文字修得の原動力のひとつとなった。それは今でも変わらない。

 ミアが改めてその蔵書量に目を奪われている間に、トールは棚から文箱をひとつ取り出していた。

 机へ置いた文箱の封を開ける。

 この屋敷の中では比較的厳重な扱いに入るそれが何かと気になってみたが、


「……あれ?」


 箱に収められていたのは、淡い生成色の何も書かれていないただの紙。

 明らかに拍子抜けした声だったのだろう、仕掛けが上手く働いたような悪戯めいた瞳が向けられる。


「見ての通りただの紙だけど、厳密に言うとただの普通の紙ではないよ」


 それはそうだろう。そうでなければ、部外者が立ち入らないこの屋敷で封までして保管する理由がない。

 箱から数枚を取り出しトールはまた文箱を元の場所に戻す。同時に、同じ棚から一冊のファイルを手に戻ってきた。

 ファイル一冊と白紙が数枚。

 机の上に必要なものを揃えたトールは膝をつき、目を細めてミアの瞳を覗き込む。何かを探るような視線もつかの間のこと、ニコと笑んで頷いた。


「ミアの魔力も変わらず安定しているようだから、問題はなさそうだ」


 ということは、何か法術が絡むのか。

 専門家のメリアとは異なり、トールが法術を使うというイメージがあまりなかったことも手伝って、これから起きようとしている出来事への期待が高まっていく。

 上がっていく心拍数を宥めるように深呼吸するミアの黒髪をひと撫でした手が、そのまま差し出される。


「これから使う法術は志向性がとても強いし構築も発動も独特のものだから、君の『逆行』に干渉しにくい。

 ほら、私に触れて魔力の動きを感知できないか試してごらん」


 差し出された手をぎゅっと掴めば「念のため離れないように」と傍に引き寄せられ、ミアは腰の辺りにしがみついたまま父が卓上の紙に指を触れさせるのを見守った。





「 『検索サーチ』、『一覧参照インデックス』 」


 力を秘めた言葉が立て続けに詠唱される。

 コツコツと机を叩いた指の先、何も記されていなかった白紙が淡く光りそこに文字が浮かび上がった。

 大きく目を見開くミアだが、まだ作業は始まったばかりだ。

 なにやら一覧の記載された用紙を取り上げ内容を確認するとトールはファイルを開く。そこには、先の紙と同じ体裁の一覧が挟まれていた。

 その上へ新しいリストを置き、


「 『再読リロード』 」


 再びの詠唱でそれらが合成される。

 新規の情報を含め再編された一覧を数枚めくり今一度確認を終えると、トールはファイルを手に書斎を見回した。



「 ――『書架移動トランスファー』 」



 その一言で世界が変わる。

 ざわっと総毛立つような感覚に襲われミアは息を呑む。同時に目前で展開し始めた事象に目を剥いた。


(本が空飛んでる――?!)


 棚に納められた書籍のほとんどが、人手に拠らず引き出され宙を飛ぶ。

 無軌道に飛んでいるように見えるが、互いにぶつかることもなく迷うこともなく目的地に到達すると大人しく棚へ収まっていく。

 それらは父の視線一つでコントロールされているように見えた。あるいは、手の中にある一覧を指でなぞればその箇所が淡い光を放ち、対応する書籍が所定の位置へと移動する。


(信じらんない嘘みたい、なにこれーーっ!!)


 昔、本を読みながらそこで登場する魔法に淡い憧れを抱いていた。サイアニアスに来てからも、法術と関わるたびにわくわくした。

 だが、こうも手の届く距離で、破壊とは別種でありながら圧倒的な光景を目にするとは思わなかった。一歩でも動くと本の波に巻き込まれそうで、この嵐の支配者であろうトールの傍を離れられない。

 この中には辞書も混じっているのに、全て等速だなんて力学無視だ。文字通りの『魔法』なのだ。

 飛び交う書籍を呆然と見つめながらきゅっと父の服を握り込んだミアは、頬を撫でる硬い指の感触に瞬いた。

 放心状態から、はっと我に返る。魔力の感知を試すように言われていたことを思い出して、慌てて背筋を伸ばした。


 まがりなりにも必要な物品に封をしてあるということは、頻繁に使う術ではないのだ。それをわざわざ自分に見せてくれた。

 おそらく貴重であろう機会を無駄にはできない。

 何をどうするのかよくわからないままだが、先ほどからまるで治まらないザワザワするような感覚がそれなのだろうとそちらへ注意を傾けた。掴めそうで掴めない、指先が掠めながら取り逃す、そんなもどかしさに歯噛みしながら必死でそれを追いかける。

 そうして、必死の集中に頭の芯がチリチリと鈍い痛みを訴えかける頃、カチリと意識のどこかで何かが噛みあうような感覚を覚える。

 僅かなめまいの後、ミアの中で視覚に拠らない新しい視点が展開され始めた。


(……?)


 視界に別の層が重ねられたような違和感がある。

 あるいは新しくフィルターをかけられたような、遠くて近い微妙に現実感の薄い曖昧な感覚。

 目には見えない何かが淡く光っているようなというと陳腐になるが――おそらく、これが魔力なのだろう。

 かろうじてだが部屋を覆う網の目のようなものを感じる。クモの糸のように規則的で細く、触れれば溶ける霞みのように淡い……

 トールと手元のファイルを軸にして緻密に張り巡らされているそれは、ミアの脳裏に、ネットワークを電子が動くようなイメージを呼び起こした。あるいは、薄い紗を淡い染料がその面積を広げながら染め上げていくような、微細で儚い印象を。


 細く意識を凝らせば、書斎の一冊一冊にトールの魔力が作用しているのを感じる。

 ファイルの一覧を基に魔力で印をつけられた書籍が引き金として定めの通りに移動し、収められるとそれに関連付けられた書籍が即座に移動を始めるその繰り返し。そういう法術なのだと直感で理解・・する。

 メリアから見せてもらった「一般法術」とは異なる気配に、構築も発動も独特のものというトールの言葉を思い出した。

 多数の書籍が宙を移動するという予想だにしない光景と、そこに働く魔力の整然とした緻密さとの両方に度肝を抜かれたミアは、それを発動し維持している術者――父にしがみつき成り行きを見守っているしかない。


 最後の一冊が粛然とその移動を終えた時、ぱたりファイルを閉じたトールが静かに微笑んだ。


「――これが書字法術。そして私の仕事…中央図書院、司書業務の一端だよ」


 

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