012
敷地内の離れには、メリアの研究室だけではなくトールの研究室もある。
図面を書き起こしたりは書斎でもするが、魔道具の作成はこちらのみでしているとのこと。事故対策と聞いて、研究室二人分が離れにある理由のひとつをなんとなく理解したような気がした。
昼食後の時間、トールの誘いに喜んで研究室へ足を踏み入れる。工具と思しきものがそこここに置かれているが、外観からの予想より部屋が狭い。
そう尋ねたところ、試作品を含めた完成品が奥の部屋に積まれていてそちらの方で面積を取っているのだとか。
よしきた!
魔道具の試作品と聞いて胸躍らないわけがない。トールに駆け寄り薄い上着の裾をそっとつかんで見上げる。鏡を見なくてもわかる、今きっと自分は満面の笑みだ。
「どんなものがあるか、見てもいい?」
「それは構わないけれど、つまらないかもしれないよ?」
「時計以外にも、父様が作ったものを見てみたいの!」
おねだりというものには慣れていないが、別に今はそういうつもりでやってることじゃない。これは純粋に欲求の発露だ。
元々、残業を途中ぶっちぎりで本屋へ駆け込み、意識を失ってもなお新刊の包みを手放さない程度には書を嗜んでいる。
いや訂正しよう。
自宅では本棚から溢れた本を積み上げ、書籍の柱が乱立する中で寝ていた。埋もれるように書と触れ合うのは学生時代からの三大ストレス解消法だった。
紙面のみで親しみまくっていたリアルなファンタジー世界を楽しみたいという欲求を、誰が止められようか! …我が身の現状はさておく。
トールは目を瞠って娘を見下ろすが、小さく吹き出したのはそれからすぐのことだ。
「わかった。ただし、私の許可なく触れたり手を出したりしないこと。いいね」
「はい!」
ああもう、魔法の道具ですよ魔法の道具!
ミアは、緩む頬を両手で押さえる。
今までにもいくつかは魔道具に接している。『逆行』の腕輪、時計。あとは厨房にあった保冷庫や転移用の魔道具か。
さすがに転移用のものについてそうと知った瞬間興奮したことは否定しないし、どれも立派な魔道具だ。
しかし、どれもある意味「生活に必要なもの」という認識であって、心躍るファンタジー用品というものとは微妙に受け取り方が違うのだ。腕輪だって、ミアにとっては既に「生きて活動するのに必要なもの」なのでその範疇に入ってしまう。毒されたとか言うな。
キャーッと叫びかねないほどはしゃぐミアを微笑ましげに見つめながら、トールは奥の扉を開ける。
さあどうぞ、と少々大仰な身振りで招き入れられ、ミアはわくわくしながら扉をくぐった。
物置とトールが言うそこは単語に導かれるイメージの雑然とした雰囲気はなく、ある程度仕分けされ片付けられている空間だった。少し疑問に思って尋ねたところによると、倉庫と物置は法術を適応しているかどうかの違いで呼び分けているらしい。
(やはり父様の性格なのかしらねぇ……)
ほう、と溜め息をつきながら周囲を見回していると、ミアが目を引かれた順に詳しく説明をしてくれる。
実験的に作ったはいいけれど、消費魔力の対効率が悪かったとか威力の調整が難しくてとか、トール視点からすると失敗作が多いらしい。
それでも、結界維持や遠視の媒体などミアのイメージするいかにも「魔法」という道具もいくつかあり、それらを見ているだけで心が浮き立つのを感じた。
今は『逆行』を常時発動していることから法術の行使に関して制約が多いらしく、いっそ父の手ほどきで魔道具作成を学ぶのもいいかもしれないな、と考える。
(ドーンとかバーンとか少し憧れはあるけど、生きていくなら堅実が一番よね)
あれだけの時計を作るだけあって、トールは生活に密接した道具も多数試作している。そのうち実際にこの屋敷で使っているものも多いとのことだ。
その話を聞きながら、異世界知識を持つ自分だったらまたこれらとは違った発想もできるのではないかと考え、ミアはそれもひとつの有力な手段として心に留めた。
早く生活できるだけの技能を身に付けて、少しでもヘイアース家の役に立ちたいのだ。
一通りを見てまわりミアは興奮冷めやらぬ面持ちで胸に手を当て、ほう…と息を吐く。
「はぁ……、父様って本当に凄い魔道具名人なんですね!」
「名人かどうかはわからないけど、ミアから褒めてもらえるのは嬉しいね」
トールは目を細め、輝く瞳で見上げる娘の賞賛を照れくさそうに受ける。
ミアの口調が丁寧なものに戻っているが、興奮しているその姿に隔意は感じられない。真っ直ぐな尊敬の表れだ。
「娘からの賞賛がこんなに嬉しいなど思わなかったよ」
「私だけじゃないですよ! どんな人だって、父様の腕前と才能にひれ伏すに違いありません!」
「大げさだよ」
「だって、こんなに凄い職人なんですよ! 私、父様の娘だというのが嬉しくてたまりません」
まだまだ興奮の続くミアの頭を撫でながら、トールは苦笑する。
「ミアの気持ちは嬉しいけど、少しだけ訂正しよう」
「なんですか?」
「私は別に職人というわけではないよ?」
「だってこれだけ素晴らしいものを作ってるのに……」
きょとんと見上げるミアに頷き、父はそれをあっさりと口にした。
「趣味に没頭してしまう性質でね」
ミアの黒目がちな瞳が大きく開かれる。
自分を見つめたまま微動だにしないミアを覗き込み、トールは気遣わしげに首を傾げた。
唖然と開かれていた唇がすうっと息を吸うのを見て取り、青褐の瞳がひとつ瞬く。
「どうしたんだい?」
「――魔道具の作成って、父様の仕事じゃないんですか?!」
「趣味だよ」
いとも簡単に、にこやかに断言された。
そんな馬鹿な!!
あれだけ熱中して、しかも離れに母様と同じくらい立派な研究室まで持って、しかもこんなに研究を重ねて優れた作品を色々作っておいて仕事じゃない?!
おそらく世界で一つだけという、『逆行』の腕輪を完成させるだけの技能を持っているのに?!
なにか理不尽さを感じるのは自分だけではないはず。
これだけのものを作り上げて趣味というのは、本職の立場からすると非常に複雑なものがあるのではないだろうか……
「私ほど長く生きてるとね、どうしても色々凝り性になってしまうのだよ」
悶々としていたミアは、どこまでも穏やかな声とその内容にこくりと息を呑んだ。
「……母様には訊けないようなことを訊いてもいいですか」
「なにかな?」
「父様、おいくつですか」
思わず居住まいを正して尋ねてしまう。
意を決しての問いに返答がくるまで眉を寄せて唸るから、触れるのが難しい話題だったかとびくびくしていたら、
「うーん……、千三百まではなかったはずだね」
響きの軽さに脱力した。
ああ…思い出してらっしゃったんですね……
「二百年ほど前からしばらくの間はアイルの育児と教育で忙しかったが、それ以前は仕事とメリアの研究を手伝うくらいしか楽しみがなくてね。
それで、興味引かれるものに少しずつ手を出していたのだよ。料理と裁縫はその頃から始めたのだけれど、魔道具の作成を始めたのは割と最近でね」
「もしかして、兄様が独り立ちしてからですか?」
「そうだよ」
「ちなみにそれってどのくらい前……」
「おそらく……まだ百年は経っていないかな」
どこか恥ずかしげですがそれは人間でいうと一生分以上の時間です、父様。
時間は十二分にあるからね、とのんびり笑ってらっしゃるけれどその一言はとても重いです父様。
少しの無為でも人間おかしくなりかねないのに、想像を絶するほど長い時間を過ごすには趣味なくしてはやっていけないだろう。
新しい技術や発想への探究心はきっとそこに根を発するのだろうなぁ、とミアは溜め息をついた。
それはそうと、兄の年齢までわかってしまったのだが。
(そうか、二百歳くらいなんだ。あれで二百歳……)
しかも社会に出て百年近く経っているらしい。
そりゃあ、それだけ長く冒険者をやっていればギルド内でもさぞかし色々あるだろう、それはもう色々と。帰りが明日の午後なのもそのあたりが理由と推測する。
それよりも、あの態度ではそんな風に「年上感」を感じさせないんだがどういうことだ。
いくら長命種で経過年数と精神年齢は違うかもしれないと言っても、少しは経験あります感とか頼り甲斐を漂わせるとかないのか。いや、頼れないわけではないのだけど。
(それに、二人の息子だもんなぁ)
落ち着きは感じさせるものの、どう見積もってもせいぜい二十代後半までにしか見えない父と、身のこなしや笑顔がどう考えても二十代前半の母である。
『歳相応』を求める方がおかしいのだろう。きっとそうだ。
母様の年齢や結婚の時期については、ここは追及しない方針で。考えもしないですよ!ポイだ、ポイ!!
色々と納得せざるを得ない話にミアは肩の力を抜く。軽くめまいを覚えないでもないが、何を言っても仕方ないだろう。
全て事実だ。
でもそうなると、今度はトールの仕事が気になってくる。
仕事の関連で転送された手紙というので魔道具製作についてだろうと思い込んでいたのだが、そうではないらしい。
これだけ色々な技能を持っているのにそれらとは異なる、休暇でも問い合わせが届くような仕事とは一体なんだろう。研究者と本人が言っていたから、頭脳労働系の内容だろうが……
そう尋ねれば、ふむ、と顎に指を当ててなにやら考え込んだ。
「そうだな……。ちょうど良いからミアに私の仕事を見せてあげよう。
――もしかすると、君にとって何か利となるかもしれない」
父の珍しく意味ありげな微笑みに、ミアは瞬いて大きく首を傾げた。
父様の物言いが多少堅い理由のひとつがこれでした




