011
母様のターン&後半、母様視点。
説明回でもあります、すみません。
「アイルは出かけたから、代わりに今朝はわたしと頑張りましょうね」
離れにある研究室でミアと向かい合って腰掛けると、メリアは若葉の瞳を和ませふんわり微笑む。
どこか少女めいたその微笑は、朝食後に息子をたたき出していた折の迫力ある笑顔との落差が激しかった。
ヘイアース家の中で感情の動きが最も大きいのは、間違いなくメリアだろう。トールの場合は、普段は穏やかに微笑むばかりなのに探究心が刺激されることで途端に熱を上げる。
もしかすると一番波が少ないのはアイルかもしれない。いつもミアに見せるのは笑顔ばかりだった、と昨日のサロンで気付かされた。困っていても呆れていてもそれらは笑顔の延長でしかない。
(笑顔以外私に見せる必要がないということなのか、そういう部分を見せるほど信用されてないのか……)
思考に沈みかけるが、ミアはすぐにそれを放り出した。
馬鹿馬鹿しい。あれだけ無防備に好意をみせる相手を疑えるはずがない。
なにしろ、今朝のメリアとの攻防は、ギルドへ依頼を転送したから早速手続きへ行けというメリアと、ミアとの時間を過ごしてから!というアイルの主張がぶつかったからだというし。なんだその理由。
「今朝は、裏山へミアを連れて行くつもりだったのに…」
せっかくのデートが…と戯言を口走る兄の襟首をつかみ、庭の移動法陣へ文字通り放り込んだ母はとても良い笑顔をしていた。
そもそもデートとは、獣道を切り開きながら歩いたり、命綱一本で切り立った崖道を下ったりすることではない。あれがデート基準なら世間一般の恋人たちが泣く。
あと、確かに屋敷裏の山だがあれを気安く裏山と呼ぶな。あの峻厳な山道を誰が6歳の幼女に踏破させようと考えるのだ。修験者か。
ちなみに、ギルドへの依頼は代理でも可能だが依頼を受けるのは本人でなければならないとのこと。つまり、アイルは昨日の話を持ち出した段階で、最低一度はギルドへ出向く必要が発生したということだ。
「ギルドで捕まったらおそらく戻るのは明日の午後だから、明日朝もわたしが一緒に過ごせるわね。素敵!」
……あの兄、冒険者ギルドで一体どんな扱いを受けているんだろう。
母も生き生きしすぎている。メリアが今朝早々にアイルを追い出したのは、もしかして連日講義が目的だったのではないか。そうだとしても、今日の山登りを回避できたミアに異論はない。
「これだけゆとりがあるなら…そうね。今日は今までのおさらいから始めましょうか」
手元の資料をちらと眺めたがすぐにそれを伏せる。おさらいというなら、本当に理解できているか今のうちに挑戦してみるとしよう。
ミアは軽くまぶたを閉じ、素早く考えをまとめると顔を上げた。
*****
――法術は、構築、発動、維持を主軸とする。
呪文、法陣等を発動の鍵とし、魔力によって力場の構築と術式維持を行う。
素因子の属性は効果に寄与するが、発動にも少なからず影響を与えている。
また、法術は基本的に7種類の属性法術で系統付けられる。
火、水、風、地、木、光、闇。
それぞれ、内包する素因子属性に応じて適正があり、適正のある属性術しか行使できない。
適正度合いにも強弱があり、ときに反発する属性を持つ者もいる。
ただし、木属性のみは基本四属性全てに適正ある者のみが行使可能な、特殊な属性である。
近年、複数の属性を術式構造に含む「複合型」法術も増加の傾向にある。
例外的に、これらの属性以外の要素をもつ法術があり、代表的なものとして空間法術、物理法術、書字法術が挙げられる…
ここまでを歌うように諳んじて、ミアは口を閉ざし二の腕に触れる。そこには袖に隠されて腕輪があるはずだ。
「この『逆行』は、空間法術の……複合型ですよね」
「そうよ。主となる構成が空間法術だから大別すると、ということになるわね。
単一型と複合型の違いは?」
「ええと…、単一型は消費魔力の対効果が高くて安定発動しやすい利点があるが、応用範囲が複合属性よりも狭く発動効果が把握され易いのが弱点。
複合型の利点は、できることの範囲が飛躍的に増大すること、絶大な威力を期待できること。
弱点は、同じ規模の単一型より消費魔力が大きいこと、発動や発動後の安定に問題が起きやすいこと、術式構築の難易度が上がること……でしたっけ」
「おおよそはそのあたりね。
昔は単一型で対効果を求めたり威力を高めたりという研究が多かったけど、今は複合型で新しい式構築を発見する研究が主力かしら」
「術式に高度な内容を求めていけば、自然とそうなりますよね」
ふむー、と当たり前の顔で頷く教え子にメリアは目を細める。
教わる立場という意識からか、この時間はミアの口調が敬語に戻る。けじめという意味で良いのではないか、というのが三人の意見で特に指摘はしない。そんな瑣末時に意識を奪わせるより、教える内容の方へ集中させたい。
それはさておき。
先進的な文明世界の中で成人したからだろう。今もミアは複合属性式の存在について当たり前のように受け入れているが、この世界の人間で複数の属性を組み合わせるという意識を持つのに苦労する者は珍しくない。メリアの弟子たちですらそうだ。
属性神という固有の存在を強く認識しているためか単純な見た目での思い込みが強いのか、ひとつの事象に混在する複数要素を認識、また分析把握できないのだ。
法術というのは型通りの呪文を唱えることでも一応発動はするが、より正しく発動させるにはその構造を正確に理解する必要がある。
カガクという学問を学んでいたことで『現象への理解』という面では今の自分すら上回っているミアがもし法術を極めたなら、一体どこまでの高みに上れるのだろうか……
「細かく挙げると色々な要素が入り組んでくるんだけど、特殊法術の中では空間法術が一般的かしらね。この家の中でも、保存庫や大型倉庫で使ってるから」
「ああ……だから、私は倉庫には入っちゃ駄目ってことですか?」
「そう。異なる空間法術が同時に発動した時に、術式がどう影響を受けるのかまだ読みきれなくて……」
「私に使うのが初めてなんですよね。それなら仕方ないですよ」
申し訳なさそうにしているのだろう、自分の顔を見て慌てたように手を振る仕草が可愛らしい。
しかし研究者としては、実証不足な法術を運用しなければならないことに歯がゆさを感じる。なるべく早くミアへの影響を調べつくして、より制限のない生活を送れるようにしてやりたい。
それに――
(常時発動の法術だから、ミア自身が術式を多面展開した場合の影響も予測しきれないなんて!)
現在、ミアには法術理論のみを教えている。
素因子の属性化が確定していないからとか、魔道具作成に興味があるなら理論は必須だとか、そんな理由でまだ実践に手を付けさせていない。
それらに偽りはないが、ミア自身にまだ伝えていないことが呆れるほどありすぎる。
常時発動型の法術が本人の魔力を消費して展開されていることも、そのひとつだ。
魔道具依存とはいえ、ひとつの法術を常に展開している状態で別の法術を発動させようとすれば、必然的に二つ以上の法術を多面展開することに繋がる。
本人の魔力認知ができない状態の今、同時多面展開しようとすれば制御の失敗を高確率で招きかねない。失敗結果が暴発になるか、魔力の異常消耗になるか……それすらも予測できないのだ。
幸か不幸か、ミアの身体を環境順応のため『幼体化』させたことで、本来持っていた魔力も成長にあわせて少しずつ増加傾向にある。魔力不足で『逆行』の発動が不安定になることだけはない。
とりあえず今の《・・》生活に必要なことを優先する、という大義名分があるうちに、ミアの状況を安定させる方法を見つけなければ。
(今のペースで魔力が増えれば、制御も絶対に覚えてもらわなくちゃいけないし。
一般法術以外で魔力を使うコツを覚える機会があればいいんだけど)
基本理論を諳んじていく愛娘の声に頷きつつ、メリアは思考を巡らせる。
魔道具作成を初歩から始めてみるか、あるいは色々な発動媒体に接触させて魔力認知から始めてみるか……
(旦那様に相談してみましょう。何か方法はあるはずよね)
ところで、さっき彼女が呟いていた「すいじょうきばくはつ」という言葉はなんだろう。妙にそそられる単語なので、あとで是非詳細解説をお願いしたい。
可愛いくて素直なうえに、優秀で知識も豊富だなんて本当になんて出来た娘だろう。明日の昼まで夫と二人でこの娘を独占できるのが、楽しみでたまらない。
今朝、可愛げのない息子を放り出した甲斐はあった、とメリアは内心己の行動に深く満足していた。
他にも、いくつか単語を聞き出された模様です。




