ヴェルサイユ直伝! 奇跡のハーブティー
「マリー様、本当によろしいのですか? あんな無法者たちを相手にするなんて……!」
カルミア村の広場。村長が青ざめた顔で私の後ろをついてくる。
私の隣には、大剣を背負った無口な用心棒ルークが、いつでも抜刀できるように険しい顔つきで控えていた。
先日の悪徳商人ガルニエ商会による理不尽な取り立て騒動。年貢の代わりに村の土地と若い娘たちを奪おうとした彼らを、私は前世で培った宮廷外交の交渉術——ではなく、純然たる『正論の暴力』と、ルークの物理的な威圧感によって綺麗に追い払うことに成功したのだった。
「ご心配なく、村長さん。あのような下劣な商人が最も恐れるのは、暴力ではなく『権力と噂』ですわ。二度とこの村に近づかないよう、たっぷりと恥をかかせておきましたから」
私がフッと不敵に微笑むと、村長は引きつった笑みを浮かべて頷いた。
しかし、追い払ったとはいえ、深刻な問題はそのまま残されていた。日照りによって今年の作物は全滅し、村人たちは明日食べるパンすらない極限の貧困状態にあえいでいたのだ。
「このままでは、村の皆様は飢えで倒れてしまいますわね……」
ルテティアの廃屋を改造した私のハーブ園『プチ・ルテティア』のテラスで、私は腕を組み、ふうと息をついた。
お金がないなら、作ればいい。パンがないなら、生み出せばいい。
前世でヴェルサイユの贅沢を支えるために膨大な財政を動かしてきた私にとって、村の経済を立て直すことなど、ドレスのコーディネートを選ぶよりも簡単なパズルにすぎなかった。
「ルーク」
「なんだ」
「村の酒場へ行きますわよ。皆様に『奇跡のハーブティー』をご馳走して差し上げますの」
カルミア村唯一の酒場『酔いどれ猪亭』。
昼下がりというのに、店の中は日照りと貧困に絶望した村人たちと、近隣から流れてきた怪我だらけの冒険者たちが、濁ったエール麦酒をあおって重苦しい空気を充満させていた。
「ちっ、今年の依頼は割に合わねぇ……。魔物のせいで腕を負傷したってのに、治療費も出やしない」
「酒の味も薄くなったし、もうおしまいだな……」
殺伐とした店内に、カランコロンと軽やかな音が響く。
私が店に入ってきた瞬間、薄汚れた男たちの視線が一斉に突き刺さった。ボロボロの麻のワンピースを着た素朴な少女。だが、その背筋はピンと伸び、どこか近寄りがた気品をまとっている。
「そこのご主人、大きな鍋をお借りできますこと?」
私が店主に声をかけると、男は怪訝そうな顔をしながらも、年代物の鉄鍋を差し出した。
私は持参した麻袋から、丁寧に乾燥させたハーブの束を取り出す。
「さあ、皆様。暗い顔をしていないで、これを御覧なさいませ」
周囲の冒険者たちが「ガキが何をしているんだ」「冷やかしか」と野次を飛ばす中、私は凛とした手つきでお湯を沸かした鉄鍋にハーブを投入していった。
ベースとなるのは、心身の緊張を解きほぐす『カモミール』。
血行を促進し、肉体の疲労物質を驚異的なスピードで分解する『野生タイム』。
そして、意識を覚醒させ、荒ぶる魔力を優しく鎮める『ブルーペパーミント』。
前世のヴェルサイユ宮殿で、王妃の美と健康を保つために最高峰の調香師たちが研究を重ねた『黄金比率』。
そのレシピを、この異世界の強力な魔力を帯びたハーブで再現するのだ。
お湯が沸騰し、ハーブが開き始めた瞬間——。
「……っ!?」
店内の空気が、一瞬で変わった。
むせ返るような酒と埃の臭いが消え去り、代わりに天上の庭園を思わせる、甘く、爽やかで、心底から魂が洗われるような高貴な香気が、酒場全体をふわりと包み込んだのだ。
「なんだ……この香りは……?」
「花の匂いか……? いや、それだけじゃない……嗅いでいるだけで、肺の奥まで清められるような……」
野次を飛ばしていた冒険者たちが、一斉に鼻をひくつかせ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
私は優雅な手つきで深めの木製カップに黄金色の液体を注ぎ、一番近くに座っていた、腕を包帯でぐるぐる巻きにした屈強な老冒険者に差し出した。
「おじ様、お疲れのようですわね。召し上がれ。『王妃の残り香』と名付けた特製ハーブティーですわ」
「わ、私に……?」
老冒険者は震える手でカップを受け取り、恐る恐る口に含んだ。
その瞬間、彼の白髪混じりの巨体がビクリと跳ね上がった。
「なっ……こ、これは……!!!」
彼の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
長年の冒険で関節に溜まり切っていた慢性的な激痛が、嘘のように消えていく。三日三晩眠れていなかった頭脳が、湧き出るような活力と共にクリアに冴え渡っていく。蓄積された疲労の澱が、温かな熱となって全身から抜け落ちていくのを感じたのだ。
「う、うまい……! なんだこれ、美味すぎる……! それに、体の芯から力がみなぎってきやがる……っ! 私の古傷が、痛まねぇ……!?」
老冒険者が大声を上げたことで、酒場は一瞬にして静まり返った。
他の冒険者や村人たちも、我先にとカップに群がり、次々とそのハーブティーを口にしていった。
「嘘だろ……? 飲んだ瞬間に、魔力の枯渇感が消えたぞ……!」
「肩のコリが……! 腰の痛みが消えた……! まるで十歳若返ったみたいだ……!!」
店中のあちこちから、歓喜の悲鳴と感嘆のため息が漏れ出した。
ただの野草だと思っていた雑草が、これほどまでの『奇跡の癒やしドリンク』に変貌するとは誰も夢にも思っていなかったのだ。
「ど、どういうことだお嬢ちゃん……! これはいったいどこで手に入れた秘薬だ!?」
「教えろ! いくら払えばいい!? 金貨なら出す!」
興奮した冒険者たちが私を取り囲み、札束(正確には銀貨や銅貨)を目の前に突き出した。
私はふふんと誇らしげに胸を張り、扇子がない代わりに軽く手を振ってみせた。
「秘薬ではありませんわ。これは、このカルミア村の荒れ地で私が育てたハーブを、正しい比率でブレンドしただけのものですの」
「なんだって……? この村の雑草が……?」
「そうですわ。そして、このハーブティーの製法を、私は今後この村の皆様にすべてお伝えいたします」
私の言葉に、村長をはじめとする村人たちが目を見開いた。
「ま、マリアージュ様……! それでは、このお茶を売れば……!」
「ええ。日照りで小麦が育たないなら、代わりにこの『奇跡のハーブ』を育てて、王都や他の街の冒険者たちに高値で売りつければよろしいのですわ。そうすれば、村の財政は一瞬で潤い、皆様は二度と飢えることがなくなりますの!」
静寂のあと、酒場を揺るがすような大歓声が巻き起こった。
村人たちは涙を流して互いに抱き合い、「マリアージュ様万歳!」「これで飢えずに済むぞ!」と叫んだ。かつて私のことを「身寄りのない貧乏娘」と呼んでいた者など一人もいなくなった。
その日の夕暮れ。
ハーブ園『プチ・ルテティア』のテラスで、私はルークと共に温かいハーブティーを啜っていた。
「お前なぁ……」
ルークが呆れたような、しかしどこか感心したような複雑な顔で私を見つめた。
「ただの村娘だと思っていたが、次から次へと言葉巧みに人を動かしやがる。あの荒くれ者の冒険者どもが一瞬で手懐けられちまったぞ」
「失礼ですわね、ルーク。私はただ、皆様に『本当の美と豊かさ』の素晴らしさをお教えしているだけですのよ」
私はカップをソーサーに置き、夕日に染まるカルミア村の街並みを眺めた。
かつてヴェルサイユで浪費し、断頭台の露と消えた私。あの時は、私の贅沢は誰の心をも満たさず、ただ憎悪を生むだけだった。
けれど、この異世界では違う。
私の知識と美意識は、苦しむ人々を救い、荒れ果てた村を豊かに蘇らせる力となっている。
「パンがないなら、ハーブを育てればいいじゃない……。ふふ、悪くない生き方ですわね」
つぶやいた私に、ルークはフッと初めて見せる柔らかい笑みを浮かべ、自分のカップを私に軽く合わせた。
「ああ、そうだな。……だが、マリアージュ。お前のその『奇跡のハーブティー』が噂になりすぎたせいで、遠くの街から面倒臭い客が来るかもしれんぞ」
「あら、上等ですわ。どんな客が来ようとも、我が『プチ・ルテティア』の極上の香りで、完璧に平伏させて差し上げますわよ!」
こうして、ただの野草だったハーブは「奇跡の癒やしドリンク」として王都や周辺の街まで瞬く間に広がり、元王妃マリーの小さなハーブ園は、さらなる大きなうねりへと巻き込まれていくのだった。




