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断頭台の露と消えた元王妃、異世界ではハーブ園で静かに暮らしたい ~パンがないなら薬草を育てればいいじゃない~  作者: ローナ


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押し寄せる注文とスローライフの危機

「マリー様、大変です……! 王都の大商会から、ハーブ染めウールの特注ドレス百着の追加発注が来ました! さらに隣国の貴族からもローズウォーターの買い付けの使者が……!」


ある日の朝、ハーブ園『プチ・ルテティア』のテラス。

私は山のように積み上げられた注文書と仕入れの伝票の束を目の前にして、頭を抱えながらテーブルに突っ伏していた。


「もういやですわ……! 私はただ、朝露に濡れたカモミールを愛でながら、優雅に温かい紅茶をすすりたいだけですのに〜っ!」


私の悲痛な叫び声が、爽やかな朝の庭園に虚しくこだました。

先日の領主の夜会での大成功以来、我が『プチ・ルテティア』のブランド価値は爆発的に跳ね上がり、大陸中の富豪や貴族たちが押し寄せる一大ビジネス拠点へと変貌を遂げていた。

静かなスローライフを送るはずだった私の計画は、いまや連日の過密スケジュールと果てしない生産管理に追われる「超ブラック企業」の経営者さながらの悲惨な状況に陥っていたのだ。


朝から晩まで蒸留器の前でハーブを煮詰め、夜は夜で新しい染色の試作品を作り続ける日々。

優雅な王妃ライフどころか、前世の宮殿での政治的なプレッシャーよりも遥かに過酷な肉体労働に、私の優美な爪もすっかりボロボロになりかけていた。


「おい、マリー。そんなところでジタバタしてても、注文書は一枚も減らねぇぞ」


テラスの隅で大剣のメンテナンスをしていたルークが、呆れたような、しかしどこか面白がるような目で私を見下ろした。

「王都の商売人どもは、お前の姿を一目見ようと門の外ですでに長蛇の列を作ってる。……どうするんだ、このままだと過労で倒れるか、この庭が商人の足音で踏み潰されるかの二択だぜ」


「そんなの、絶対にイヤですわ……!」


私はビュッと顔を上げ、美しい青い瞳にメラメラと闘志の炎を燃え上がらせた。

「この私が、こんな下品な事務作業や単純労働ごときで自由を奪われるなど、美学に反しますのよ! ……いいこと、ルーク。私には素晴らしい秘策がありますわ」


「秘策?」

「ええ。私一人で何もかもをやろうとするからいけないのです。労働は美徳ですが、『過重労働』は愚者のすることですの。この村のシステムを根本から変えますわ!」


その日の午後。

私は村の集会所に、クロエや鍵職人のレオ、そして村長をはじめとする村の主要な大人たちを全員招集した。


「皆さま、よく聞いてくださいまし」


私は壇上に立ち、扇子の代わりに手元のメモを上品に翻しながら、きっぱりと言い放った。

「我が『プチ・ルテティア』に寄せられる注文の数々は、もはや私一人の手で処理できる限界を遥かに超えております。そこで、本日をもってこのカルミア村全体を『ハーブ生産および加工ギルド』として組織化いたします!」


「ぎ、ぎるど……ですか、マリー様?」

村長が冷や汗を拭いながらおずおずと聞き返した。


「そうですわ。これからは、すべての作業を分業化しますの!」


私はホワイトボード代わりの木製パネルに、テキパキと計画図を書き込んでいった。


栽培部門:村の農民たちが分担して、カモミールやローズ、ワームウッドなどの専用ハーブ畑を大規模に管理・育成する。


抽出・調合部門:クロエや若い娘たちが、私の厳密なマニュアルに従ってローズウォーターやハーブオイルの基本抽出を行う。


製造・技術部門:レオをはじめとする職人たちが、蒸留器のメンテナンスやハーブ染めウールの織り上げ、パッケージの加工を担当する。


管理・監査部門:そして私、マリアージュは、すべての品質を最終チェックする『最高総監督プロデューサー』として、優雅に紅茶を飲みながら指示を出すのみとする!


「――以上ですわ!」


私が完璧な笑みで締めくくると、集会所はしばらくの間、キョトンとした沈黙に包まれた。

やがて、その意味を理解した村長が、目を見開いて震え声を漏らした。


「ま、待ってください、マリー様……! それでは、私たちがハーブの栽培から加工までのノウハウをすべて引き受けて、自分たちの手で商売をするということですか……? それじゃあ、利益のほとんどが村の懐に入るじゃありませんか!」


「当然ですわ。私の美学は、私一人だけが富を独占することではありませんの。このカルミア村全体が豊かになり、誰もが誇りを持って暮らせる美しい楽園にすることこそが、我が究極の目的ですもの」


私のその言葉を聞いた瞬間、村人たちの間にどよめきが走り、そして熱狂的な歓声へと変わった。

「マリー様万歳……!」「俺たちにそんな大役が務まるか不安だが、やってやれないことはねぇ!」「これからは村全体で『プチ・ルテティア』を支えるんだ!」


かつて日照りと貧困に泣いていたカルミア村の人々の顔が、希望と誇らしい決意に満り輝いていた。

隅っこで聞いていたルークも、腕を組んだままふっと小さく笑い、「……まったく、どこまで人を巻き込むのが好きなんだ、お前は」と首を横に振った。


それから一週間。

私の発案した「分業化(ギルド体制)」は見事に機能し始めた。


村全体がひとつの巨大なアロマ&ファッション工房として組織化されたことで、私への負担は嘘のように激減した。

毎朝、村人たちがそれぞれの持ち場で最高品質のハーブと生地を仕上げ、私はただ最終チェックのハンコを押すだけで、以前よりも遥かに高いクオリティの製品が安定して大量生産できるようになったのだ。


そしてある日の夕暮れ。

すべての業務が滞りなく終わり、静けさを取り戻したハーブ園のテラス。


「ふう……やっと、本当の平和が戻ってきましたわね」


私はふかふかの椅子に深く腰掛け、クロエが淹れてくれた極上のカモミールティーをそっと口に含んだ。

夕日に染まる庭園では、風に揺れるラベンダーが心地よい香りを漂わせ、遠くの村からは村人たちの楽しげな話し声や笑い声が聞こえてくる。

誰もが豊かで、誰もが自分の仕事に誇りを持っている。これこそが、私が前世から夢見ていた「本当の意味での優雅なスローライフ」だった。


「どうだ、お前の言う『分業制』とやらは大成功だったようだな」


いつの間にか隣に座っていたルークが、大きなマグカップを傾けながら私に声をかけた。

「おかげで、お前もようやくその優雅な紅茶を飲む時間ができたってわけだ」


「当然ですわ、ルーク。私はいつだって完璧な采配を下すのですから」


私はふふんと誇らしく胸を張り、カップを彼のカップに軽く合わせた。

「でも……あなたがいつも私の背中を守っていてくれたからこそ、私は安心して新しい仕組みを考えることができましたのよ。……感謝していますわ、我が専属用心棒さん」


私のその言葉に、ルークは少しだけ気まずそうに目を逸らし、しかしどこか温かい笑みを浮かべた。

「……ちっ。お前にそんなこと言われると、調子が狂うな。……ま、これからもお前が穏やかに紅茶を飲めるように、俺はこの庭と村をしっかり守り抜いてやるさ」


カランと、心地よい陶器の音が夕風に溶けた。

押し寄せる注文の嵐を華麗に乗りこなし、カルミア村はさらなる繁栄と美の楽園へと進化していく。元・王妃マリーの異世界スローライフは、仲間たちと共に、最高に優雅で心温まる黄金期を迎えていたのだった——。

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