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夢は枯野をかけ廻る  作者: 由宇一
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答えを聞くため冴は繭美に電話を掛けた

「おい、犯人が見つかったぞ」

「……もういいです」

繭美の声は、今起きたかのようにかすれていた。そして終った事だからと繭美は応じない。

「そうか。ではその、『もういい理由』を言いに来てもらおうか。店はともかく、私らへの非礼は詫びてもらいたい」

あくまで店から現職キャストとしてではなく、同僚同士での私的な会合である事を強調する。

「何なら自宅へ駆け付けてでも聞くからな」

「……」

繭美の自宅は、冴と頬月も住んでいる同じ古アパート内だ。部屋が違うだけだし、その部屋も非常時の社員共有事項として筒抜けだ。

「……はい。分かりました」

「よし」

簡単な落ち合い場所の交換後、電話は切れた。


その後、頬月と冴の指名は続き、いつも通り、客と個室での戯れに追われる時間がラストまで続いた。

頬月の手錠が解けるのは客と個室での戯れ中のみとなった。

頬月は抵抗しなかった。しかし、ある条件を一つ付けた。

「トイレに行きたくなったら外して欲しい」

「何故だ? 下着を降ろす位出来るだろう? いや、むしろ下着を降ろす格好とでも言うべきか」

「だ、だから――ウッ!」

必死に喉奥から込み上げてくるものを抑えて、頬月はトイレに駆け込んだ。


やがてトイレから頬月が戻って来た

「吐き出したのは大小じゃなくて……? どうしようもねぇ爆弾娘だな、お前」

「……爆弾娘じゃありません。爆弾魔です」

「ああ、ごめんごめん――いや、そうではないだろう?」

「……はい。これも罰です」

性癖どころか悪阻ですら冴の知るところとなった。

「これからどうするんだ?」

「産む。育てる。殺しは、堕ろしはしない」

「いずれバレるぞ?」

「分かっています。その時は、いや、それまでに辞めるつもりです」

「そうか」

その日のラスト後。翌日正午。向かった先は、繭美との約束の場所だ。風俗街の離れ――まさか風俗嬢が風俗街縄張り内で寛ぐ訳がない。現に指導内容である――に位置する、ビル地下の居酒屋、その奥まった一画。


会った繭美は、幾分窶れた様子だったが概ね元気そうだった。

開口一番、繭美は、自分自身による自作自演だったと打ち明ける。画鋲を直そうと近付いた時に踏み、辞めるように仕向けたと。むしろ頬月が駆け付けたのが予想外だった、と告げた。

そして剥がれたシフト表の裏面に見えた「助けて」という文字も予想外だった。お陰で本気で驚いてしまい、足裏に軽く触れるつもりが本気で踏みに行ってしまい、頬月に引き抜かせるほどだったと。

「梅毒は本当か? 仮病ではないだろうな?」

「はい。本当です」

診断の証明書を見せる。日付は何故か、かなり前の日付になっている。

「実際に感染を知ったのは?」

「その診断書の、かなり前」

「え?」

感染の中を勤務していたという事だ。いや、感染嬢として勤務していた事になる。

「ここで感染しました」

「……」

「だから、私もここで感染させてきたんです。梅毒は、感染個所の皮膚接触で感染しますから、感染させるのは簡単なんですよ」

「お前からの感染だと何故分かった? 他店の女からかもしれないだろう? そうすればそいつの自己責任の話だ」

病気が病気もさることながら、その特定の困難さも立派な理由な一つだ。それに自業自得が付け足せば、自然足は重くなる。

「同じ梅毒で、同じ客の二度目でした。感染後に他店の女の方と遊ぶこともないでしょう。間違いはありません」

「念のために聞いておくが……私を選んだ男が私以外の女と女遊びしてなどいない、などと意固地にはなっていないよな?」

「なっていません。男性は、誰が相手でも性的興奮を覚えられれば抜ける性分なのは分かっています。これは性教育の話です」

「いや、だから、感染が発覚するまでに時間があるだろう? その間に物好きなら他店の女とも遊んでいるじゃん?」

「私が感染までの性接触した異性は一人だけという状態でした」

「その根拠は何だ?」

「彼氏が、元カレが来ました。私を指名しました」

「……」

「指名で元カノを選ぶために風俗店に来る人が、普段風俗で女遊びしていると考えるのは不自然でしょう?」

「お前が感染させたんじゃなくて、お前と梅毒を共有したかったんだろう?」

「結果。彼は感染しました……私が感染させたんです」

「それから元カレ以外にも触れた相手はいたという事だよな?」

「はい。私が感染させてきました」

「では、お前が感染させられたのは誰だ? 岩田しか相手がいなかった段階で、岩田から感染したのは分かった。だがそれを今回の感染に同じくするのは時系列の関係から不自然だ。まさかずっと岩田からの感染の措置を怠っていたというなら話は別だが。いや、仮にそうだとして、そうすれば体中梅毒の痘痕まみれでバレバレ、契約解除だよな? 今までどうやって凌いできた? 仮病か?」

「仮病ではありません。感染しました」

「誰からだ?」

「分かりません。日に何人と疑似セックスする中で、数週間後に発症する病気の感染源の特定なんて不可能です」

「そこを、お前から元カレへの感染や、岩田からお前への感染は、その長期ですら数回あるかないか程度だから、特定出来たという事だな?」

「……はい」

「あんたか、それとも相手か、どちらかの執着心かは知らんが……凡その筋は通ったな。まぁいい。問題は、そういう問題ではないだろう? つまりはお前が相手した相手、全員か?」

「いいえ。感染させたくない客には性病を明かして辞退やトークだけにしてもらいました。あるいはコンドーム被せて口や手コキのような性接触を起こさず抜くだけとか。中には、感染の中を、あえて望んできた一部物好きもいましたよ」

「よく口止め出来たな。行為の中断なんて男には堪ったモンではないものを」

「行為じゃなくて、要は抜けたらいいんですよ」

「いや、だから、そういう問題ではないだろう? 病原体ばら撒いて来たんだろうって。私たちにこそ。コンドームと言ったって、あくまで気分的な問題で、完全には無理だって知っているだろう?」

本来なら即座に報告する位の悪質な迷惑行為だ。

「はい。罰が下りました」

「……」

「最初は軽く踏んで、怪我をした体で休むつもりでした。その間に治療に専念しようと。でも本気で踏みに行って怪我をしてしまった――」

「……」

「天罰です。治ったら戻れるわけありません」

「……捕まらなかっただけ、逃げ切れただけ、有難いと思えよ」

「……はい。逃げ切れた、とは思ってはいません」

繭美は小さく頷いた。


「私も辞めるよ」

頬月が告げる。ケダモノたちとの性接触の日々に嫌気が差し、ヤケになって本番を解禁した結果、客との子供が出来てしまったという。今はまだ続けられる程、妊娠の兆候が見えていないが、やがて隠し切れない日がくるだろう。

「元々同性愛なのもあり、アンタをオカズにして、必死にこの悪夢から逃れようとしていたこれからは、おなかの子を『恋人』の女を見つけて育てるよ」

頬月は決意を見せた。

「おいおい、意中の相手だったのだろう、繭美は」

「いいえ。オカズなだけです。別腹とでも言いましょうか。おなかの子を共に育てる伴侶とは違います」

頬月はキッパリと言い切った。繭美は微笑んでみせた。


「私も」

冴も店を辞める事を決意してみせた。

繭美自身の話で終わっていた。頬月は自責の念に過ぎない。

その中を、無駄にかき乱し、互いの信頼関係で成り立っていた中、ぶち壊してしまった、挙句が探偵ゴッコだ、情けない、恥ずかしい、と。

もちろん、二人は慰留するが、冴の決意は変わらなかった。

そして何よりは、繭美がみたという「助けて」は、私、冴のものだったと自供した。

SMからヘルスへと慣れない中で気付いて欲しいと書いた落書きが、結局届かず、むしろ同僚二人の心身に傷を負わせる事になり自責の念に囚われていたという。

「SMは、上下ではないんだよ。信頼関係だから」

SMは信頼関係で成り立つプレイだ。S役がM役に勝ってはならない。殺してはならない。

「そんなの、それこそ、この仕事自体は信頼関係の仕事さ」

「そうだったな。いや、すまん」


三人は、誰も悪くない、いや、皆、悪者だった、と抱き合った。


それから話題は、今生の話とばかりに、改めて互いの自己紹介と移った。

繭美は、黒髪のロング。コケティッシュな大和撫子顔。源氏名は、業界人としては珍しく本名もじりの同音異義語。

頬月は、ショートのバイセクシャル。源氏名は、花のホオズキから。個人的には、そのまま漢字表記の「鬼灯」を希望したが、読めない危惧を店から指摘され、繭美に同じく、語源の一つでもある「頬」と、ツキ読みに同じ「月」の字を当てた。また、ホオズキについて調べてみたら、図らずも堕胎に使われたそうだ。堕胎に胎児を拒絶した花を冠した風俗嬢が、今では腹の子を産むというのだから皮肉な話である。

冴は、最年長の元SM嬢。源氏名は、ともすれば堅物にもなる独立キャリアウーマンのイメージに合うだろう名から選んだ。


店を出た三人は、共にすぐそばの風俗街敷地内に位置する従業員用の古アパートの自室へと帰っていった。繭美が引き払いの期限まで、今はまだ、いつでも会える仲である。風俗嬢の名の下に。

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