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夢は枯野をかけ廻る  作者: 由宇一
12/15

翌日土曜。明け方。私の携帯には、冴からの第一報が入っていた。

その後、家賃も払えぬ一時に現居住地が確定するまでの間「研修」「合宿」の体で私を軟禁――私自身は、出入り自由な緩やかな監禁「軟禁」だと思っている――した岩田が、犯人にして、その逮捕の報が入っていた。直接は私の画鋲事ではなく、数々の余罪が逮捕理由になっていたらしい。

その中には、私の軟禁生活の日々も家宅捜査で判明したようだ。出てきたものの中には、私の経血を冷凍保存していたものも含まれていたらしい。男性器から尻穴まで愛させられた私でも、これには流石に嘔吐感を覚えずにはいられなかった。

いずれにせよ、今は警察に拘留中の身の上の話だ。関係者として私も事情聴取に応える日々が来るかもしれない。


岩田との軟禁生活では、万一の本番の一環としてセックスした。既に初体験を済ませ、私自身何度か懇意の客とは本番を行ってきた中、未練はなかった。もちろん行為の前には必ずピルを呑んだ。いや、岩田に呑ませられた。責任を客に負わすなと叩き込まれ。

(性技を学んだのも岩田。画鋲も岩田。私の人生、結局全て岩田だったのだ。私は何も変わっていない。だから、これらからは、私自身の足で一歩を出す返すのだ)

足のたとえのついでと足裏を眺める。流石に直接の傷口は塞がっているとはいえ、未だ微かな斑点で痕跡は残っている。梅毒陽性の中、僅か一ミリ以下ながらも歩き一つで梅毒バラマキの危険水域だ。念を押してガーゼを絆創膏で貼っている。

岩田に身体を貪り尽くされた中、今更そんなことはどうでもいい事だ。店と契約は解除。大学も卒業間近。建前は苦学生たる私への「カンパ」の体で行われてきた、事前に男子学友たちからの指名抑えに応える「出張営業」も店仕舞いだ。

風俗嬢の副業持ち、就活を忘れ風俗が勤務先だった中、卒業論文をしくじり留年して延々学生身分を引っ張り続ける道もあったが、卒業後を無職として迎えてでも卒業を選んだ。

獄中の岩田は、私に火の粉を向けるだろうか。私が客に感染させたと知っているのは、居酒屋で明かした頬月と冴だけだ。それも私自身、再感染した被害者が実態だ。冴の言う通り、誰が誰だか分からない中、感染していた私が、ただ自責の念に囚われ、一心に背負い、そして被害を願っただけだ。その客が私から感染したという物証は何もない。正に責任擦り付けだ。裁判に争う原告からの招致も、警察からの任意同行も難しいだろう。勝ち逃げとは言わないが、業に対して無制限に頭を垂れるのも、また違うだろう。重要参考人として招致されはするのだろうが。


夕方。繭美の社宅部屋では、早速引き払いの作業を済ませ、宅配便と退去立会人の到来を待つため一段落ついた後、スマホから店関係の情報を消していった。

荷物と言えば段ボール箱数箱。最も大きなものは万年床に敷かれた煎餅布団。引っ越しのトラックを待つより、布団を捨て、小口に応える宅配便の方が早いだろう。

感無量の中、最後の引き上げと繭美はアンモニアと経血と嘔吐の饐えた匂いする古びたトイレに入り、室内の一画に貼られた紙の一文を見ていた。


旅に病んで 夢は(かれ)()を かけ廻る


松尾芭蕉、辞世の句とされる句だ。辞世の句かどうかは本当の所は分からない。旅は続く中でそれっぽいものが決め手となった、等いくらでも言付けは出来るからだ。

この部屋の手配が完了後、岩田との軟禁から解放され、この部屋に来て、梅毒陽性判明時、大学ノートを切れ端に書き留め、日々の戒めと芭蕉の歌を殴り書き、テープで留めていた。

風俗という名の旅の間で梅毒に病み、梅毒は血液を駆け巡った。今度はあの画鋲の雑菌が駆け巡っているのだろう。

いや、梅毒だけではない。唾液からフェラチオによる精液もある。シャワーやマウスウォッシュで洗浄したとはいえ、体内に心を許していない赤の他人の体液の侵入を許してきたのは確かだ。

テープを外す。脳裏に画鋲で抑えたシフト表が浮かんだ。

「……」

今なら分かる。時代を忘れずにおくものを、システムの流れの上で弊害になっている現実があると店に糾弾の必要があったのだと。そこで撥ねられたのならば、そこまで。辞める選択もあったのだと。変えなければならなかったものがあったのだと。

それが出来なかった私は、確かに「スキル不足」だったのだろう。これは大学で学ぶスキルで、岩田から学ぶスキルではなかった。私一人では無理でも、頬月と冴の力を借りて以前のような「スト」要求に出ていたのならば実現可能だったのかもしれない。


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