第四話 怖がりのセシリア様が可愛い
翌日、鳥のさえずりと朝の日差しで目が覚めた。
俺はリヤカーの上で大きく伸びをする。
食料は逃げた主人公が大量に用意していたので、それを頂いた。
レオンがクレア様と出会う前に倒した野生豚が近くで、『ワイルドボアの肉』と『ワイルドボアの毛皮』になっていた。
この世界は魔物を倒すと死体は消滅してドロップアイテムだけが残るらしい。
アッシュの記憶では知っていたが余りにも絵面がシュール過ぎた。
ワイルドボアのドロップアイテムをバッグに詰めていると閃いた。
(東の森に来たのだから、ついでに冒険者ギルドの依頼もやってしまおう)
何を取ってこい来いとか、何かを集めて来いとかいう依頼――お使いクエストである。
ありきたりな内容が多く、薬草収集や食材収集、魔物の部位収集などがある。
先に品物を集めてから依頼書を後から受けるのだ。
もし依頼がなかった場合は集めたアイテムは無駄になるが、それは仕方がなかったと諦めるしかない。
ちなみに、どれくらいの量が必要なのかは目星が付いている。
これはアッシュが冒険者になった頃からリサーチしていた情報で信憑性がかなり高い。
俺は周囲を歩きながら色々なアイテムを集めだした。
「ぶいぶい」
薬草を摘んでいると、ワイルドボアの子供が近づいてきた。
「ぶう」
人間に親を殺されたはずなのに、近づいてくる。
(どうしようかな)
とりあえず腹が減っているかなと思って持ってきていた食料を分けてあげた。
幸せそうに平らげると、また請求されたので分けてあげた。
随分と強欲なワイルドボアである。
「お前、ウリ坊って名前にするわ」
「ぶいぶい」
子豚は何故かご機嫌そうに鳴いた。
「気に入ったのか?」
「ぶい! ぶい!」
その後も俺が採集している間、ずっと後ろに付いてきていた。
☆
日が傾き始めたのでリアカーを押して町に戻り始めた。
台車の上には、ご機嫌な子豚――『ウリ坊』が乗っている。
「ウリ坊、落ちるなよ」
「ぶいぶい」
何となく会話になっているような気がする。
俺はウリ坊に話かけながら街まで歩いたのだった。
☆
「魔物の持ち込みは禁止されています」
俺達は城門で兵士に止められていた。
「こいつは普通の子豚ですよ」
「ぶうぶう」
何度も同じ答えを返していると、ウリ坊も一緒になって抗議してくれる。
贔屓目に見ても良くできた子豚である。
折れない俺達に兵士も困り顔になっていた。
「どうした。何か問題でも起こったのか?」
街の中から上長らしき声がした。
門の影で顔までは確認できないが、声音から女性だと判断できた。
「ハッ! セシリア隊長! この者が魔物を街に入れようとしたので、引き留めて確認しておりました!」
(セシリア隊長? まさか! セシリア・ノートレイン様ですか!? 見たい、会いたい、話をしたい!)
セシリア・ノートレイン。
男嫌いで潔癖症のヒロイン。
パラパラ開始時には騎士団の団長を務めていたはずだ。
設定資料集によると、二年後の厄災時の活躍で騎士団長に抜擢されたと書かれていた。
ノートレイン伯爵家の次女で伯爵家の婚約者がいるらしい。
「列が長くなってきている。詰め所に連れて行け」
凛々しい声だけは聞こえるのに姿が見えない。
「ハッ!」
俺達は兵士の先導を受けて門の横にある詰め所に移動した。
リアカーが大きいので詰め所の外で検閲を受ける。
セシリア様は残念ながら来ていない。
俺の魂の叫びは神様には届かなかったらしい。
兵士はウリ坊を四方八方から観察している。
耳の形、牙の数、目の位置、縞の模様などを魔物図鑑と照らし合わせているようだ。
俺は兵士の後ろから、その図鑑を盗み見した。
誰が監修したのか魔物図鑑。
子供のお絵かきよりも酷い絵面が並んでいた。
これは無罪確定である。
「これは間違いなく魔物ですね」
しかし、俺の予想はあっさりと覆された。
「なんでっ!?」
驚いた声を上げた俺に、兵士は見て下さいと目の前で図鑑を広げてくれる。
指差された魔物はモウジュと書かれている。
特徴は少し似ている気がするがヘンテコな絵柄では判断ができない。
それよりも図鑑に載っている名前の方が問題だった。
モウジュ――二年後に起こる大厄災の元凶、そして最悪のモンスターの名前だ。
俺はウリ坊を見つめた。
つぶらな瞳にだらしなく開いたままの口。
これが大厄災になるとか想像できない。
「異議あり!」
門兵に人差し指を突き出し、俺は全面的に戦うことを決意した。
「何だ貴様達、まだ検閲が終わっていなかったのか?」
セシリア様が金色の長髪を揺らしながら現れた。青い色素が目立つ碧眼を俺に向けた。
着ている軽鎧は露出の多いデザインをしていて、抜群のスタイルを余すことなく伝えている。
「ハッ! この者から異議を申し立てられましたので!」
俺は心の中で黙れ小僧と絶叫した。
「嫌だなあ、兵士さん。俺がいつ異議を申し立てました?」
すかさず兵士と肩を組んで仲良しアピールをする。
見えない位置から腹パンを一発ぶち込んで。
「……うぐぅ」
「どうした!?」
こちらにセシリア様が駆け寄ってくる。
「セシリア様、危険です止まって下さい!」
兵士を抱き上げたまま、セシリア様を留める。
「何だ?」
セシリア様が怪訝な表情に変わった。
だが俺としてもこれ以上、近づかれてバレると困る。
「これは……豚熱ですね」
俺はこれ以上ない神妙な表情を作った。
「……豚熱だと?」
静か頷くと声のトーンを少し落とす。
豚熱とはどういう病なのかを伝える為に。
「そうです。感染症の一種で、子豚に寄生するデカメロンチャンが原因だと言われています」
「……デカメロンチャンだと?」
「そうです。その寄生虫が体内に入ると内にある臓腑が腐食を……」
「きゃああぁぁっ! ダメダメっ!! それ以上はダメ!」
セシリア様は両耳を塞いで座り込んだ。
彼女が怖い話が苦手なのは特典の資料で知っている。
俺は密かに笑みを浮かべ勝利を確信した。
「し、失礼致しました。デカメロンチャンの恐ろしさをご理解頂けたのでしたら幸いで御座います」
コクコクと涙を我慢するセシリア様がカワイイ。
「わたしは調薬の嗜みも御座いまして、本当に偶然ですがデカメロンチャンの特効薬を数個持っております」
俺は地面に兵士をお置いてバッグから薬瓶を取り出す。
指に緑色の粘液をたっぷり付けて、兵士の口へ突っ込んだ。
「ぶふぉ!」
兵士は一瞬だけ声を上げると再び気を失った。
「もう大丈夫でしょう。後は時間が解決してくれます」
「そう、良かった」
セシリア様はホッと息をついて表情を和らげた。
「それでは私は失礼します。また、お会いできる事を楽しみにしております。ノートレイン伯爵令嬢様」
「え? お代金は?」
「貴女様の安心した表情が何よりの対価ですよ」
俺はリアカーの引きながら爽やかな笑顔を返した。
ちなみにウリ坊は、ぷうぷうと寝息を立てている。
セシリア様がどんな表情をしていたのか、夕闇に隠れていて見ることが叶わなかった。
☆
冒険者ギルドに到着したのは、二十一時を少し回った頃だった。
リアカーを表通りに置いたままに出来ないので、ギルドの納品倉庫へ向かった。
納品倉庫は依頼商品の引き渡しをする場所の事だ。
倉庫に入ると数人の冒険者達が駄弁っていた。
俺に気が付くと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近づいてくる。
アッシュは普段からコイツ等にタカられていて、頻繁に袖の下を融通していた。
問題を起こしてレオンに迷惑をかけたくなかったらしい。
だが俺にそんな事は関係ない。
「おう灰被り、良いものもってるじゃねーか?」
「ギャハハハ、美味そうな子豚もいるぜ」
「早く換金してきて俺等に寄越せよ」
前にいる三人が雑魚キャラで、後ろで黙ったままのヤツがリーダーのような気がする。
俺は無視する事にした。
「やっぱ喋れねーから返事は無理かあ?」
「おれ、おれ、おれ」
「ギャハハハハハ、おもしれー」
プツンと何かが切れた。
俺の事は悪く言われても気にならないが、アッシュを悪く言うヤツは許せない。
俺は振り返ると一瞬で間合いを詰めた。
「「「へ?」」」
間の抜けた声を上げるチンピラ。
だが、もう遅い。
一人目の顎。
二人目の鳩尾。
三人目の鼻っ柱。
計三発。
それだけで三人は床に転がった。
声も上げずに倒れるチンピラ達。
後ろにいた男の眉がピクリと上がった。
「貴様、誰に手を上げたのか分かってるのだろうな?」
「知らねえよ、タコスケ」
スキンヘッドの厳つい風貌をした男。
コイツが誰なのかアッシュの記憶を辿っても分からない。
「ジェントレー家に楯突いた事を後悔しろ!」
タコスケは魔法の詠唱を始めた。
格闘家相手に詠唱を始めるとは、舐められたものである。
俺はゆっくりと歩いて近づくと襟首を掴んだ。
タコスケは顔が恐怖で歪んだまま詠唱を続けている。
「ごくろーさまでしたあっと!」
俺は襟首を引きつけて黄金の右を放つ。
数本の前歯を華麗に散らして吹き飛ぶタコスケ。
上等な上着のポケットから財布を奪う。
中を見ると銀貨が十数枚入っていた。
「……これ、アッシュから巻き上げた金だろ」
俺はその中から見覚えのある銀貨だけを抜き取った。
ジェントレー家……さあ聞いたことが無い名前ですねえ。




