第7話 現世 竜殺しの苛立ちと亜麻色の髪と盲目の巨女との出会い
現代。五回目の転生をやさぐれながら謳歌しているキーゼルは。
「ヒャッハー!!!ギャハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
更に西に向かい、そこの集落で住民を貪る小型竜を素手で圧倒していた。
キーゼルは竜の解体後、木の幹に腰掛け煙草を燻らせていた。
そこに別件の竜討伐の緊急の依頼を受け、速攻で移動した。
「害獣共め」
人間を蹂躙する竜に少々苛立ちが勝った。
なので、住民の安全を確保した後、大剣と銃を地面に投げ落とし――
キーゼルは武器を投げ捨てるや否や、迫りくる竜の爪を紙一重でかわす。
するりと懐に入ると、その顎を拳で打ち抜いた。
「聞こえているかクソトカゲ?唯の人間に素手で負けるか!?そんな訳ねえよなあ!?なあ!!!」
巨大な竜が唸り声を上げて噛みかかる。キーゼルは身を翻し、腹部に掌底を叩き込んだ。
「グギャッ!?」
竜の巨体が一瞬浮き上がり、地面に崩れ落ちる。内臓が焼けるような鈍痛が走る。
「鱗は固いが内臓は柔いなあ、効くか?ヒャハハハハハハ!!!!!」
キーゼルはさらに一歩踏み込み、首筋の逆鱗めがけて強烈な回し蹴り。
「ぎぃぃぃぃぃ!」
「オラァア!!殺してみろやァ!!ヒーィヒヒャハハハハハ!!」
逆鱗を砕かれ、竜が泡を吹いて悶絶する。
仲間の竜たちが怒号をあげて襲いかかるが、キーゼルは舞うように回避した。
「人間相手に力使って村奪ったテメェらが、偉そうな口叩くなや」
竜の顎を拳で打ち抜き、そのまま足で踏み潰す。
「ギェグ!?」
「ギャハハハハハッ!!散々見下しておいて人間に地べた這いずり回されるってどんな気持ちだ!?ヒャハハハハハッ!!!!!!」
キーゼルは首を傾げてゲラゲラと笑う。
「――最初に手を出したのはテメェらだろ。その落とし前もつけずに泣き寝入りかァ!?」
最後の竜が怒り狂い、炎を吐く。しかしキーゼルは地面に落ちた自分の剣を蹴り上げて防いだ。
「熱いなァ!!このクソボケ!」
次の瞬間。
「おぉおおっ!!」
跳躍と共に竜の頭部に膝を叩き込む。
「ぐごぁ!?」
竜の鼻が潰れ、脳震盪を起こし動きが止まった。
「何で武器を捨てたか分かるかぁ?
弱―い人間に素手でぶち殺された方がよぉ…手前ェらの絶望が濃くなるだろぉ…?」
キーゼルのどす黒い憎悪の籠った紅い瞳を見て狂死する竜も居た。
――‥‥‥。
大地に折り重なる竜たちを見下ろし、キーゼルは血まみれの拳を振り血を払う。
「獣同然のクソトカゲ共、お前らは唯の人間を集団で襲う卑怯者なんだなぁ」
キーゼルは汚れた服をパタパタと払い、煙草に火をつけた。
「糞野郎。クソトカゲ共、てめえらは糞に成れ、ボケが」
竜をいくら倒そうが、心に燻った苛立ちは消えない。
帰路に着く最中も燻るそれはキーゼルの心をどす黒い炎で燃やす。
(小型は問題ない。中・大型も条件下では素手での制圧は可能)
キーゼルは淡々と思案した。
狂った黒竜はあの大木の枝分かれした部分位の全長。
(あそこまでの体躯と、頑強な身体と強さ)
どう攻略するか。
煙草を箱全て吸い尽くすまで思案したが、妙案が浮かばない。紫煙が晴れた空に吸い込まれていくのを見送りながら、キーゼルはぼんやりと考える。
(もう一度……あの女侯爵の元で鍛えてもらうか?)
かつて地獄のような修行を課してきた女侯爵の厳しい顔が脳裏に浮かぶ。あの人間離れした…と言うか、人外の戦闘技術を磨き直すのは悪くない考えだ。だが……
(いや……違うな)
キーゼルは頭をガシガシと掻いた。技術的な問題ではない。
もっと根本的な、解決の難しい問題だ。幾度となく繰り返した転生の中で、常に付き纏ってきた壁。
(心因的な問題……か)
師匠となってくれた勇者の末裔の少年にも言われた。
こればかりはどれだけ鍛えてもどうにもならないと。
過去の記憶が断片的に蘇る。何度生まれ変わろうと変えられなかった運命。
あの漆黒の竜の圧倒的な力と、それに対する己の無力感。そして……
「クソ……」
キーゼルは呻くように呟いた。キーゼルの殺意と相反して攻略に重要な回路を断ち切ってしまっている。
その時だった。
「これはダメやよぉぉおおおおお!!!!!」
麻の袋を抱えた人――否。
人と竜の特徴を併せ持つ娘が物凄い速度でキーゼルの目の前を通り過ぎた。
あまりにも間の抜けた声と土煙に、思わず気が抜けた。
「…いや、戦えよ」
遥か後方で別の竜が娘を追跡していたようだ。
人型の竜族とか関わりたくないので放置しよう。
そう決めたものの。
「ふぎゃっ」
娘が盛大に転倒した。麻の袋をガッチリ掴んでいるのだ、顔面から。
キーゼルはあちゃー、と手を額に置いた。ズザザザァァァァッと物凄い勢いで滑っている。顔面で。
追跡してきた竜も『嘘だろ』という顔をしている。キーゼルは半目で呟いた。
「こっちが気の抜けるレベルでドジかますなよ」
まあ、いい。
――褒賞が増えた。
キーゼルは大剣の腹で竜の鼻っ面をぶん殴る。
のたうち回る竜に一言告げた。
「死ね」
「アカンよお!!おにーさん待ってぇ!!」
竜の混血の少女が鼻血を出して引き返して来た、が――
キーゼルとの距離感が掴めないのか、その胸が後頭部に直撃した。
危うくむち打ちに成る所だ。
(嘘だろ?俺、175㎝あるんだけど)
少女は自分よりも遥かにデカかった。少なくとも2mは超えているだろう。
しかし、こんな森の中にワンピースとサンダルとは、何を考えているんだ。
「あのね、大事なお花を取られそうになっただけなんよ。…まだ種やけど。
この子の故郷のものじゃないん?だから堪忍してや」
「……お前、竜なのか?」
「えっと、お父ちゃんがそうやよ?ぶつかってごめんなあ、うち、目が見えんのよ」
「竜の癖にお人好しなんだな……てめえ」
呆れてものが言えねえ。
「ふぅん。お前みたいなデカブツに頭突き?されるなんて初めてだわ」
キーゼルは不機嫌そうな顔を上げると、長身の少女を見上げた。固く閉じた瞳は空に向いていたが、キーゼルの声で顔をこちらに向けた。
「それが大事な種って奴か?」
「そうやよ、うちが頑張って集めたんやけどね」
少女は地面に膝をつき、鼻血を垂らす竜に優しく触れようとする。キーゼルはそれを遮った。
「待て。こいつはお前を食う気だったんだぜ?」
現に少女の服は赤く染まっている。
「ちゃうよぉ。このお花が懐かしかったんやって」
「その鼻血以外の、服の血は?」
「え?…ああっ、うちのごはん!?」
鞄に入れていた木の実が潰れたらしく、赤い染みはソレだった。
甘い香りと赤い汁がぼたぼた落ちる。
とことんこちらを脱力させる娘だ。
「なあなあ、お兄さん。この子、全部欲しいって聞かんのよ。少しならええんやけど、言うたら怒ってなあ。
…どうやったら、説得できるかなぁ」
キーゼルは無言で少女の顔を見た。少女は両手を合わせて祈るように言う。
「お願いやよ、うちはこのお花を育てて見たいんよ。きっと綺麗に咲くんよ」
少女の口調は驚くほど無邪気で、危険を感じていないようだった。
キーゼルは舌打ちすると、竜の身体に蹴りを入れた。
「ならこうだ。お前の一部と交換しろ。例えばこの鱗とかな」
竜が暴れかけたがキーゼルに喉元に短剣を突きつけられ、その一睨みで沈黙した。
「いいか?今すぐ決めろ。この場でぶっ殺されて種も何もかも灰になるか。大人しく交渉するかだ」
「えっ灰はアカンよ?少しならあげるから…」
竜は少女の提案を呑んだのか、鱗を差し出した。
「わぁ!ありがとうなぁ!痛くないの?ありがとうっ」
少女は嬉しそうに竜の鱗を受け取ると、懐から小さな袋を取り出した。
「ほなこれお礼やよ。大事に育ててなあ」
竜は恐れおののきながらそれを受け取ると、逃げるように走り去った。
「……お前ホントに危機感ねえな」
「あの子は故郷を懐かしがっているだけやよ?」
キーゼルは天を仰ぎ、煙草に火をつけた。竜の影が遠ざかっていく。
「さてと……俺はそろそろ行くぞ」
「お兄さん、ありがとなあ。あ、名前言うてなかった。
うち、プリムラっていうんよ。お兄さんなんてお名前?」
ふわふわとした亜麻色の髪。蜥蜴や蛇の特徴は薄く、角こそ生えてはいるが腕や耳は獣の毛並みに似た出で立ち。
娘は純粋無垢に、そう自己紹介をした。
「助けてくれたお礼にこの木の実食べる?蒸栗すももって言うんよ。実はサクサクしててなー…」
娘の会話の半分は掠れたように聞こえなかった。
ただ、唯、その名にキーゼルの魂が震えた。
『プリムラ』
狂った黒竜の番だった、亜麻色の髪と翡翠色の瞳を持つ人間の娘プリムラ。
(これ)
目の前のプリムラが手渡した木の実は、何度転生しても地上で見たことも無い。
悲しみに暮れる『プリムラ』に、幼竜『ジゼル』がくれた木の実。
天空の竜の国ラトビルに自生していたもの、『プリムラ』がほんの少しラトビルを好いたきっかけ。
幼竜の協力で天空城を出たにも拘わらず、幼竜もプリムラも狂った黒竜に殺された。
目の前には、死んで尚。竜紋によって、未来永劫狂った王子の番として転生する娘の名を持つ…。
亜麻色の髪の、プリムラ。
「………」
「おにーさん?どうしたん?」
キーゼルは立ち上がり、酒瓶を傾け数口飲むと、腰に下げた。竜の血糊を袖で拭いながら低く言った。
「‥‥‥俺の名は、…キーゼル。当分、お前の護衛を務めてやる」
竜に襲われ、盲目では気が気じゃない。そう付け加えた。
プリムラの瞳がぱっと輝いた。その瞼は固く閉じられ、目が見えないはずなのに、まるで光を集めたように。
「ほんまに!? うちのおにーさんになってくれるん?」
「そういう言い方はやめろ。あくまで護衛だ」
「でも嬉しいなぁ!うち、ひとりぼっちやったから」
麻袋を大事そうに抱えたプリムラが、突然くるりと回転した。ふわりと舞う麻のスカート。
「ねえキーちゃん! こうするとお姫様みたいやない?」
「……お前の基準がわからん」
「だって、キーちゃんが守ってくれるんやろ? そしたらうちはお姫様やん♪」
『プリムラ』がこんな風に無邪気で居たことは無かった。
「でも、うちもキーちゃんが困ったら守るねぇ。うち、力持ちやもん」
(違う。君はただ……守るべき対象だ)
キーゼルは拳を握りしめた。ただ、こればかりは伝えておこう。
「取り敢えず、顔の泥を拭え。
あと、キーちゃんはやめろ。俺の師匠がそう言われているんだよ」
「そうなん?じゃあ、ゼーちゃんっ。ゼーちゃん優しいなあ、ありがとなー」
「…好きにしろ」
今世は、君を守る。必ず。
無力でいるのはうんざりなんだ。
前世は、傷だらけになった君を守れなかったから。
「ゼーちゃん!これから宜しくな!」
こうしてキーゼルとプリムラの奇妙な生活は始まった。
身長差分
前世
ジゼル :132cm
プリムラ:158cm
現世
キーゼル:身長175㎝
プリムラ:身長230㎝
※キーゼルは平均身長より低いがそれでも一般女性よりは高い。
次回から再び前世のプリムラの話に戻ります。
胸糞描写が多数増えますのでご注意ください。




